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第46話 忘却の系譜
しおりを挟む――お前は、王の血を継いでいる。
それは、祝福ではなかった。
“選別”の結果だった。
レイナの耳には、記録塔の老女の声がまだ焼きついている。
「選ばれなかった血には、名前を与えぬ。それが王家の掟」
選ばれた者だけが“王”を名乗り、
その他は、家系からも歴史からも“忘却”される。
ヴェルシュタイン家は、名家などではなかった。
それは、王家が切り捨てた“不要な未来”だった。
***
塔の外。
夜の帳が王都を静かに包み始める頃、
レイナは石畳の上で足を止めた。
背後に控える影、セレノ。
その足音は空気に紛れ、気配は刃のように沈んでいた。
けれど今だけは、わずかに揺れを孕んでいた。
「……レイナ様。貴女は、この真実をどう受け止めておられますか」
「どう、とは?」
「……貴女が王族の血を引いていると知った今も、変わらず壊すつもりなのですか。
その玉座は、貴女自身の“根”でもあるはずだ」
レイナは静かに、空を見上げた。
「……だからこそよ。
選ばれなかった血が、“選んだ者”を超える。
それを証明しなければ、私はこの世界に残れない」
「否定ではなく、証明……」
「ええ。これは革命じゃない、“清算”よ。
記録にすら残されなかった血が、記録そのものを支配する者を打ち倒す。
それだけが、“私という存在”を刻む唯一の術」
セレノは返す言葉を持たなかった。
彼の視線は、レイナの背へ静かに注がれていた。
だが、そこにあるのは憐れみでも忠誠でもなかった。
――理解にすら似た、沈黙の共鳴だった。
***
翌日。王城の評議室。
「記録塔から……彼女が生還した?」
「信じられぬ。あそこは、記録されるか、消されるかの場所。
生者が戻ったなど聞いたことがない」
「情報は? 何を持ち帰った?」
「……“王家の血”と、“ヴェルシュタイン家の抹消記録”」
空気が、凍る。
それは、この国最大の虚構が――彼女の手に渡ったという意味だった。
「今なら、まだ手を打てる。処理するべきだ」
「できぬ。……“神託を拒んだ巫女”を断罪し、
“侯爵家を崩壊させ、聖域を裂いた”女だ。
民の半数は、すでに“彼女の言葉を信じている”。
殺せば、王家の正統性が崩壊する」
「では、いっそ……迎え入れるのか?」
その言葉に、誰も即答できなかった。
だが、否定の声もまた出なかった。
“破壊者”を“象徴”にすげ替える――
それは、王家が歴史の中で幾度となく選んできた、最も“王家らしい”選択だった。
***
その夜、密使がひとり、レイナのもとを訪れた。
セレノが報告書を差し出す。
「……王家からの、正式な接触です」
「処刑と懐柔。両方の可能性を含んだ動きね」
「彼らは迷っています。“生かせば玉座を脅かす”。“殺せば民心を失う”」
レイナは書状を受け取りながら、無言のまま封蝋を指先でなぞった。
その仕草は、飽きた劇を何度も観た者のようだった。
「……都合のいい話よね。
選ばれなかった私を、今になって“王家の器”に仕立てたいなんて」
「拒絶を?」
レイナは、微かに笑った。
「ええ。私は、彼らに“赦される”つもりなんてない」
そう言って、胸元から一枚の古びた写真を取り出す。
そこには、褪せた色の中で――
幼き日のレイナと、母リシェル、そして――もう一人、少年の姿。
「……私だけじゃない。捨てられたのは、“彼”も同じだった」
それだけを残して、レイナは写真を懐に戻した。
セレノの瞳が、わずかに揺れた。
だが彼は、何も問わず、何も語らなかった。
かつて彼が語った、あの言葉――
「かつて、理屈の通らぬ助けを受けたことがある」
その“誰か”の名は、今も明かされぬままだ。
だが、その沈黙こそが――答えだった。
レイナがかつて“救った”者として、
彼は名を告げることをしない。
ただ、その隣に“在る”ことを選んだ。
それが、“真実である必要のない関係”の形だった。
***
風が吹く。
王都の灯がひとつ、またひとつ、闇に溶けていく。
レイナは、その夜の中に静かに立っていた。
玉座を終わらせると決めた女。
忘却された系譜を、世界の中心に叩きつける者。
そしてその隣には――
かつて救われ、今も黙して“傍にある”者がいた。
言葉も、感情も、明かさずとも――
二人はすでに、共犯だった。
それだけで、もう彼らは充分すぎるほど、毒だった。
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