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第45話 影の玉座
しおりを挟む玉座は揺らいだ。
だが、倒れてはいない。
その背後にある“影”こそが、真の支配者。
レイナはついに――その扉に手をかけた。
***
王宮の奥深く。
謁見の間から、さらに三重の扉を隔てた先に、それはあった。
記録保管塔。
だが、これはただの書庫ではない。
禁書、尋問記録、粛清命令、王家の密約、国家の設計図――
すべてが、この中に眠っている。
それは、“世界の裏側”が息を潜める、静かな“心臓”。
「……ここが、“影の玉座”?」
セレノの問いに、レイナは頷いた。
「表の王が座る玉座の裏側。
本当に国を動かしてきたのは、ここに潜む“観察者”たちよ」
「誰にも名を知られず、顔も記録されない」
「けれど、法案にも処刑にも任命にも、彼らは影から関与してきた」
それは“記録の管理者”を名乗りながら、実態は“未来の選定者”。
王でさえ見通せぬ深淵に潜み、
“記録”という檻でこの国をねじ伏せてきた者たち――
それが、“影の玉座”の正体だった。
***
塔の最下層。
まるで地下聖堂のような、円形の部屋。
壁一面に錠と鍵。無数の封印と、沈黙。
その中心に、黒衣の老女がひとり座していた。
「貴女が……レイナ・ヴェルシュタイン」
その声は乾いていた。けれど、底が見えなかった。
「ようこそ、記録の核へ。
貴女は、国家の“危険因子”として分類されています」
「光栄ね。“記録”に恐れられる存在になれたのなら」
一歩ごとに、床の封印が軋む。
老女が、わずかに笑った。
「貴女の母、リシェル・ヴェルシュタインも、かつてここを訪れた。
だが彼女は抗わなかった。“王家の分流”として、沈黙を受け入れたのよ」
「……母を語らないで」
レイナの瞳が揺れた。
老女は、なおも冷たく続ける。
「母は“選ばれなかった”。
だが、貴女は“記録されなかった”。
王族の証を持ちながら、その存在を――この場所で“焼かれた”女」
「……まさか……」
「貴女の人生は、“未来から切り離された過去”。
だが、ここに戻ってきた。記録を壊すために」
胸の奥で、何かが軋む。
母の声が、記憶の奥で揺らいだ。
――あなたは、自分で未来を選ぶのよ。
それは、“敗者の血”が残した、唯一の特権。
そして今、レイナはそれを“運命”に変える。
***
レイナの唇が、わずかに吊り上がった。
「……ならば私は、“消された王家”の亡霊。
影に潜むお前たちごと、記録ごと――燃やしてやるわ」
「愚かね。ここは燃えない。
ここに触れた者は、誰一人――帰れなかった」
そのとき、セレノが一歩前に出た。
「レイナ様。ここで手を出せば、貴女の記録そのものが消されます。
国家から“存在を否定される”ことになります」
「わかってる。……でも、それでも行く」
「なぜ、そこまで」
レイナは静かに、けれど強く言った。
「私を否定したこの国の“心臓”を、
私はこの手で握り潰す。
私という存在が、誰にも消せないものになるように」
***
セレノは、彼女の背を見つめていた。
王の血を持ちながら、名を持てなかった女。
そして今、その王座に爪をかけた“存在してはならぬ継承者”。
それは激情でも、復讐でもない。
ただ静かに、美しく、冷たく完成された“在り方”だった。
彼は目を伏せ、小さく呟いた。
「……昔、誰かに理屈の通らぬ助けを受けたことがある」
それは語るための言葉ではなかった。
ただ、記録のように――そこに置かれた一節だった。
「名前も、理由もわからない。
だがその時、“どう在るべきか”を教えられた気がした」
レイナは何も言わなかった。
問わず、詮索せず、ただ沈黙のまま歩き続けた。
それでよかった。
それが、彼らの“距離”だった。
名前のない連帯。
過去ではなく、選択だけで繋がる、戦場の同盟。
“彼女の隣”という場所に意味を与えてしまえば、すべてが歪む。
だから名は出さない。何も渡さない。ただ、隣に在る。
それが、かつて命を拾われた者に許された――唯一の“恩返し”だった。
***
記録。血。否定。
そのすべてが、レイナという“未記録の女”に収束する。
彼女は今、王座の裏にある“最深の毒”に指を伸ばす。
そして隣には――
かつて救われ、今、救うことを選んだ者が立っている。
崩れるのは、玉座ではない。
その背後に潜んできた――“影の玉座”そのものだ。
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