本当の絶望を

SALT

文字の大きさ
1 / 31

1

しおりを挟む

「ラビラとの婚約を破棄することになった。
2年間も次期国王と婚約できたのだ、誇るべきことだ」

いつものように、
国王べギール・オーガストは、顔色一つ変えず要件を淡々と口にした。

広間には無駄な装飾一つなく、石造りの壁に掛けられた赤いタペストリーだけが唯一、王の威厳を主張している。
空気は冷たく澄んでいて、どこか息苦しい。

「この決定は絶対だ、異論は認めん」

子息であり私の元婚約者、べギール・ラビラ王子そっくりで、何を考えているのかがわからない。

感情がすべて削ぎ落とされたような声だった。

「承知しました…」

国王のお言葉だ、私に拒否する権利などない。

王室に呼ばれた時点で、こうなることは察しがついていた。

近頃、ラビラ様と会う頻度が少なくなっていた。

多忙ということだったが、会うことができても、婚約当初のような優しさはなく、素っ気ない態度だけが目立っていた。

ローズの住むピアール侯爵邸でも、婚約が破棄になるかもしれない、そのようなことをメイドたちが話している場面に幾度となく遭遇した。

だから覚悟はしていた。

だが、実際に面と向かって口にされると想像以上に胸にくるものがあった。

ラビラ様との婚約のために、私はかけられるものを全て投資してきたというのに…

そんな中でも、ローズを深い闇に突き落とす言葉たちは、彼女の気持ちなんて関係なしにやってくる。

「ラビラの再婚約者だが…
ローズ、お主の妹、ミカエラに決定した。私もラビラも一切不満はない」

「そんな…」

よりによって、どうしてミカエラが…

青天の霹靂とは…
食らう側はあまりに無力だ。

これほどの屈辱…
どうしたらラビラ様と婚約していたことを誇るという発想にいたるのか。

涙が出てきそうだった。
その場に膝から崩れ落ちたかった、このまま死んでしまいたかった。

私は我慢した、いや我慢せねばならなかった。

侯爵邸に戻ればお父様が私を待っている。

私もお父様に聞かなければならないこと、言いたいことがある。

それまではなんとしてでも耐えなければならない。

最後の力を振り絞ってお父様の元へ向かう。





侯爵邸に入ると、婚約破棄のことをもう聞きつけたのか、私に向けた笑い声が絶えず聞こえてくる。

灰色と化した視界の中でもわかる、家政婦や使用人たちのいつも以上に白い目線。

この家では、私は居場所のないただの不純物でしかない。

以前なら気にしていたことだろうが、もうそんなことはどうでもよかった。

とにかく足を進めた。

「お嬢様、きっと大丈夫です、侯爵様がなんとかしてくれます」

侍人のソフィーが辛そうな表情で何度もそう呼びかける。

ソフィーも、もうどうにもならないことに気づいているのだろう。

それでも慰めようと必死になってくれていることが、唯一の救いだった。

「15年間ずっと私のそばにいてくれたけど…
最後の最後までありがとう」

どんなことがあっても、ソフィーはいつも私の味方でいてくれた。

ソフィーがいたから、今までやってこれた。

「ローズ様がどうなっても、私が必ず貴方の味方になります」

20年間生きていて、私は初めて、自ら誰かを抱きしめた。

ソフィーは体を震わせた。

私は涙を堪えるのに必死だった。

一度流してしまったら、もう止まらないような気がした。





いざ侯爵室の扉の前に来ると、先ほどまでの勢いは消え去っていた。

恐怖が怒りを上回ったからか、急に冷静になってしまう。

繰り返し頭の中で吐き出していた言葉たちを、
お父様にぶつけられるか不安になる。

それでも、もう引き返すことはできない。

気持ちの整理もつかぬままの状態で、私は扉を開いた。

「失礼します」

「待っておったぞ、ローズ」

パイプ式の煙草を吸いながら、お父様は侯爵専用の椅子に深く腰かけていた。

目が合った瞬間、あの瞳に心が揺れる。

琥珀色
その光はまるで、曇りひとつない真実の刃のように、ローズを貫いた。

お父様と目が合った瞬間、過去のトラウマが思い出され、一瞬にしてローズを縛り付けた。

壁に飾られた肖像画の視線までもが、黙ってローズを見下ろす。
空気は淀み、煙の香りと重なって、息が詰まるようだった。

「国王より、私と王子の婚約を破棄する旨を伝えられました。再婚約者はミカエラになるそうです」

「そうか」

お父様は全てを知っているようだった。

おそらく初めからミカエラにするつもりだったのだろう。

私はミカエラが15歳になるまでのただの代役。

「ローズよ…」

「いきなりで驚くだろうが、すぐに荷物をまとめて西の都・アンディークへ向かってくれ」

「そこでしばらくの間、休んでいなさい」

「それは追放ということでしょうか…」


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

ただの婚約破棄なんてため息しか出ませんわ

アキナヌカ
恋愛
私、ユディリーア・パヴォーネ・スカラバイオスは、金の髪に美しい蒼い瞳を持つ公爵令嬢だ。だが今は通っていた学園の最後になる記念の舞踏会、そこで暇を持て余して公爵令嬢であるのに壁の花となっていた。それもこれも私の婚約者である第一王子が私を放っておいたからだった、そして遅れてやってきたヴァイン様は私との婚約破棄を言いだした、その傍には男爵令嬢がくっついていた、だが私はそんな宣言にため息をつくことしかできなかった。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

【完結】さよなら、馬鹿な王太子殿下

花草青依
恋愛
ビーチェは恋人であるランベルト王太子の傍らで、彼の“婚約破棄宣言”を聞いていた。ランベルトの婚約者であるニナはあっさりと受け入れて去って行った。それを見て、上手く行ったと満足するビーチェ。しかし、彼女の目的はそれだけに留まらず、王宮の平和を大きく乱すものだった。 ■主人公は、いわゆる「悪役令嬢もの」の原作ヒロインのポジションの人です ■画像は生成AI (ChatGPT)

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

大好きな彼女と幸せになってください

四季
恋愛
王女ルシエラには婚約者がいる。その名はオリバー、王子である。身分としては問題ない二人。だが、二人の関係は、望ましいとは到底言えそうにないもので……。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...