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第一章 これは魔法ですか? いいえ、高度に発達した科学です。
no.000 転生したらターミネーターだった件
しおりを挟む高度7200メートル。
落下する黒い影があった。
その影は風切り音に負けないほどの絶叫で、今まで一度も一度も信じなかった神仏に、心の底から祈っていた。
「う、うわぁああああ!! た、た、たすけてー!! 神さま仏さま閻魔さまー!!」
いくら祈ろうと物理法則が歪むことはなく、かの落下物――キガミ・コウタは重力に引かれて、自由落下の物理法則に基づいた速度で落ちてゆく。
『ひゅーう!!』
その傍らで、楽しそうにくるくると回りながら、スカイダイビングを楽しんでいる小さな白い物体があった。
「誰かーー!! 頼むから! へるぷみー!!」
『やっほー!』
その白は隣で絶叫しているコウタを全く気遣うことなく、そのパラシュートなしスカイダイビングを心の底から楽しんでいる。
「死ぬって! 死ぬって! 地面見えてきたし! 絶対死ぬって!」
『ちっちっちっ。舐めてもらっちゃ困りますよコウタさん! このアミスの設計したその無敵ボディに、不可能はありません!』
「お母さんお父さん僕は先に逝きますごめんなさい!!」
謝罪が掻き消され、その数秒後にコウタは大地へと着弾した。
事の発端はほんの10分前。コウタが目覚めたところから始まる。
―――――
『高度に発展した科学は魔法と見分けがつかない』とは、いつかのサイエンス・フィクション作家の言葉だ。
それはある意味で合っており、ある意味では間違っていたことを、人類は思い知った。
魔法は実在したのだ。それも、皮肉にもと言うべきか。発展した科学によって発見された。
一見なにも無いところから爆炎を出し、激流を生み、豪風を吹き荒らす。そんな魔法らしい魔法が実在したのだ。
この魔法の出現ははのちに、『概念革命』と呼ばれることになる。
そんな概念革命後の世界で、キガミコウタは目覚めた。
……というよりも飛び起きた。
「あいたぁっ!?」
――胸を抉られるような激痛が走り、跳ねるようにベッドから転げ落ちる。
どごんと重たい音が部屋に響き、痛みにのた打ち回ろうとしたが、その必要はないことにすぐ気づく。
「……痛くない」
確かめるように胸をさすっても、痛みの余韻はどこにもない。
心臓を抉られたかのような胸の痛みは、ほんの一瞬、それが幻であるかのようにいつの間にか消えてしまっていた。
なんとも不思議な目覚ましに、コウタはてなと首を傾げた。
そしてすぐに、自分の置かれている状況にも首を傾げることにもなる。
「ここ、どこ?」
最後の記憶は確か夜の自室だ。やけに明るかった満月を覚えている。
しかし、いまは見覚えのない殺風景な白い部屋、どこか病室のようでもある場所だ。これといった家具などは全くなく、あるものといえば、今も腰かけている狭いベッドくらいのものだ。
「……」
部屋を見渡すと、異変に気付く。
まず、窓がない。次に扉も見当たらず、四面全てまったく同じ壁だ。外からの音も聞こえない。
どこからどう入ってきたのかも見当がつかず、コウタはさらに首をかしげたが、ふとあることに考え付いた。
「夢か」
窓も扉も見当たらず、また不自然な静けさ。この現状をコウタが夢だと断定するのにそこまで時間はかからなかった。
「……二度寝しよ」
寝ればどうにかなる。そう思って、コウタは再びベッドに横たわる。
――ぎしりと、ベッドがそこそこ大きな音を立てて軋んだのが、少し気になった。
目を閉じ、眠るために訳の分からぬことを考えようとコウタが思考を巡らせた、その時だった。
まるで、待ったをかけるかのようにちょうどいいタイミングで突然その声がコウタに聞こえた。
『夢じゃありませんよ?』
――それも、直接脳内に。
「ほぎゃあっ!?」
コウタは反射的に飛び起き、勢い余って壁に激突してしまう。
ぐらりと部屋が揺れ、みしりと壁が音を立てる。
――一瞬、幻聴かとも思った。しかしその女性の声は確かに耳元で聞こえた。
現に今もなにやら文句のような、小言のようななにかをぶーぶーと垂れている。
『そんなに驚かなくてもよくないですか? そりゃあちょっとはびっくりさせようとは思いましたけど、ほぎゃあって。バケモノでも見たみたいな感じじゃないですか? 流石にショックであるというか誠に遺憾というかその意を表明したい気分になりましたよ?』
その声を聞いていると、段々とコウタの記憶がよみがえってくる。
――知っている。この人を。この人は。なぜ自分がここにいるのかを知っている。
気配は背後からする。コウタは意を決し、振り返った。
『おはようございまーす! コウタさん、朝ですよ!』
そこには、体長50センチほどのデカいクリオネが浮いていた。
「……おはようございます、アミスさん」
白く細長いどんぐりを逆さにしたような丸い円錐形の胴体に、羽にも手にもなりそうにない、謎の平たいパーツが二対着いている。そして何故かにっこにこ笑顔の顔文字がディスプレイ表示されている、まるいコマのような頭部。
そんなドローンタイプのオートロイドが、コウタの目の前に浮いていた。
「やっぱりアレは、夢じゃなかったんですね」
昨晩のことだ。コウタは夢の中で、この目の前の巨大クリオネ――アミスにとある提案を持ちかけられた。
『強く新しい体を手に入れて、見たこともない世界に行きたくはありませんか?』
そんな、ありがちな提案だった。
コウタは産まれてからずっと、身体が弱い方であった。
少し走っただけで息が切れ、体育の成績は清々しいほどに1のみ。挙句の果てに腕相撲は帰宅部の女子にだって負ける。
風邪は二割の確率で肺炎までこじらせるし、骨折こそしなかったが、筋力がない故か捻挫はしょっちゅうだった。
――それを特に不満に思ってはいなかった。誰にも得手不得手はある。自分はそれが体力を始めとした健康面、運動面だった、というだけだ。
だから、そんな夢を見るとは思いもしなかった。
『……異世界転生、でしたっけ? よく知りませんけど、そういうのもう流行りませんよ。最近の流行りはおじさんの女体化、あるいは悪役令嬢らしいですよ』
コウタはこれを夢だと思っていた。
なにせ突拍子がなさすぎるし、たまたま寝る前に見ていたアニメの影響、あるいは眠りに落ちる直前によく陥る、意味のわからないことを考える類いだろうと思っていた。
『……異世界、まぁキガミさんからすれば異世界みたいなものですね。流行り廃りはどうでもいいのです。むしろボディは最新鋭ですよ? いかがです?』
『ふぁ……眠いんでなんでもいいです』
『まいどあり!』
――といった具合の夢だ。
まさかこれが現実になるとは誰も思うまい。
けれどもあまり取り乱していないのは、それ自体に少しばかり憧れがあったからだ。
「……しかし、新しい体って言われても何も変わった気がしませんが」
包帯の巻かれた腕を見ながら、コウタはそう言った。
――痛々しい見た目だが、痛みは全くない。
しかし。次にアミスが放った言葉に、頭の痛さを抱えることになる。
『同調は問題なさそうですね。私特製の超高機能駆動金属無限無敵不滅スーパーハイパースペックメカニカルメタルインフィニティインビジブルイモータルボディのボディ心地はいかがですか?』
「……なんて?」
――アミスがさらりと放った語句に、頭痛と、とてつもない嫌な予感を覚える。脳が追い付けず、聞き返す以外、口からなにも出すことができなかった。
『まぁ、説明するより見てもらった方が早いですね』
コウタの困惑をよそに、アミスはテキパキと話を進める。
待ったをかける間も詰問する間もなく、カチリとなんらかのスイッチが起動する音が聞こえる。
天井から壁一面にかけて、大きな鏡が静かに降りてくる。
コウタの中の嫌な予感は消え去るどころか、より強まっていく。
そして、それは的中することになる。
鏡に映った自身の姿を見て、コウタは絶句した。
まず、黒い。肌が黒めの人種になったとかそんなレベルではなく、構成材質がほとんど黒だ。
緑に光る両眼と黒鋼色に鈍く光る肌、というよりもむしろ、グリーンのカメラアイと黒い金属装甲のカラダ。
耳をすませば鼓動でなく静かな駆動音が聞こえ、触れると見た目通りとても硬い。指で弾けばにぶい金属音がした。
金属鎧のような、ロボットのような、モビルスーツのような、そんな人間型のマシンがそこにいた。
つまるところ、鏡にはターミ○ーターが映っていた。
「…………は?」
――デデンデンデデンと、どこか聞きなれたBGMが聞こえた気がした。
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