星とぼくの出会いのきずな

Y.Itoda

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1章

モヤモヤ

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『十五時十分。警告! 神沢くんと仲良ししてるとこ目撃されてるぞ』

「お~う。おつかれ~」
 小春は、どこかの社長みたいに、猛ダッシュでやって来た私を労う。歩いて十分ほどで着くファミレスだ。
「ちょっとー、どー言うことー?」私は息つく間もなく席に座る。
「こっちが聞きたいさー。まあまあ落ち着きな~」
 そう言うと小春は「あっ、すみませーん!」と手を上げてドリンクバーを追加注文した。
 
「で? 好きになっちゃったんだ? 」
 私は咳込むようにメロンソーダを吹き出す。「ごめん、ごめん」と、すぐにお絞りでテーブルを拭いた。
「神沢くんそういうの無頓着そうだもんなー……」
 小春はティラミスを口に運んでから、私の顔を見て、ね? と訊く。
 けれども、声は聞こえているが、私は一点を見つめて、ぼおーとしてしまう。おいしそー……ティラミス一番人気のやつだな……食べよっかな……
「ななみ~?」
 優しく声をかけてから、私の顔を不思議そうに覗き込む小春に気づけなかったからだと思う。さらに私の顔の前に手をかざして上下させているのにも反応できなかったからだろう。

「あっ! 神沢くんっ!」

 痺れを切らした小春は当然立ち上がって声を上げ、大きく手を振った。
「ええっ⁈」目を覚ましたように勢いよく立ち上がった私は、きょろきょろと辺りを見回したあとに、まるで悪巧みを目論む悪人みたいに、にたにたと微笑んでいる小春と視線があって着席した。かか顔が、あ熱い……。
「あっ、すみませーん!」
 小春は手を上げ、小気味こぎみ良くデザートを追加注文した。

「てか、ごめん。それ勉強中でしょ?」
 さっきから椅子の上にあるタブレット端末が目に入っていた。
 私はアップルティーを口に含んでから、目の前にやってきたティラミスにスプーンを入れる。
「あーこれ? ちがうちがう。読書、読書。気分転換に聴いてただけ」
 小春はタブレットを手にしてから、聴いていた本を見せた。
 何年か前に流行った映画の原作だった。隕石が落ちて死んでしまった好きな子を救うラブロマンス。いわゆる『セカイ系』アニメ。
 私はまた一点を見つめて、ぼおーとしてしまう。ほうき星……
「ん~? 何~? 一緒に見たの?」
 小春は微かに届いた声にゆったりと反応した。不思議そうに私の顔を見る。
「いいですね~。ロマンチックですこと~。こっちはやっと勉強の軟禁状態から脱出して来たってのに」
「ちがっ」私は瞬発的に否定の言葉をすぐに発っしたと同時に、それほど重要事項ではないと、すぐさま頭で理解すると、
「もし、巨大隕石が地球に向かってるってわかったらどうする?」
 そう訊いていた。

「へ? 落ちるの?」

 小春はとぼけた顔で、かつのんびりと私を眺めている。
「わからない」
 語尾が少し強張ったためか、小春の表情も神妙な面持ちへと変化していた。「終末論的な?」
「わからない」
 ちょこっと困ったように微笑んで、小春はタブレットを操作すると、「だってさ。ほれ」と画面をそっとこちらに突き出した。
『地球に巨大隕石が落下するとわかったら、以下のような行動を取ることが大切です。一、緊急事態の情報収集。地震や津波と同様に、巨大隕石が落下するという情報は緊急事態になります。速やかに公式の情報や専門家の評価を確認し、未知のリスクに備える必要があります。二、避難指示の確認。政府や自治体からの避難指示がある場合は、即座に従いましょう。避難場所や避難経路などの情報を事前に把握しておくことも重要です。三、身を守るための行動。隕石の衝突から身を守るためには、建物内に避難するか、地中深くに潜って身を隠す必要があります。窓を割ることや、落下物に直接触れることは避けます。四、緊急避難キットの準備。いざという時のために、緊急避難キットを用意しておくことも大切です。水や食料、ラジオなどの必需品を備え、健康状態や病歴などの情報も事前に整理しておきましょう。地球に巨大隕石が落下する場合は、突然の出来事になるため、冷静な行動と準備が大切です』
 とAIが回答している。
「そうなんだけどさ」と、私はこぼす。
 浮かない表情を目にして、聞きたいことはそうじゃないということを小春はみ取ってくれたのだろう。身を乗り出してタブレットを覗き込むと画面をタップし、次は声で話しかけた。
「回避できないの?」
 何とも言い難い不思議な間だった。低俗な人間をあざけ笑うような。かつ、実はもっと高速に生成できるのに、わざわざ人類にならす時間を設けてくれているかのような振る舞い。まあ、これが日常となる日もそう遠くないのだろうけど。
 画面に文字が走り出すと、私は声に出して読み上げた。
「残念ながら巨大隕石の落下を回避することはできません」
 小春は、ですよね~と感慨深くうなずく。
 私の望んでいた答えではなかったけれど、常識的な知見を再認識して通常の世界へ戻ってこれたような気になった。——ん?
「待った。続きがある」
 余談ですが、と始まり、私は文章の生成の完了を確認してから、読み上げる。
「私たちが生きているこの世界は回避不可能ですが、同時に存在するとされている。無数の並行世界、無数の並行現実へ移動することが可能ならば、回避することは可能です」
 二人で顔を見合わせてから一呼吸置き、互いに飲み物を口に含んだ。

「何? このAI。ちょっと怖くない?」

 私もAIチャットを使ってこのようなトリッキーな返事は初めてだった。小春の言葉に、うん、とこくりとする。

 私たちは皆、無意識のうちに、その無数の世界線を少しずつ移動しながら生きているという——

 ちぐはぐするこの変な空気感を打ち消すように小春が口を開いた。
「ま、皆んな一緒に終末を迎えるんならしょーがないっしょ。最後の日は一緒だぞっ」
 小春はたまに、恥じらいもなくこういうことを平気で口にする。何だろ……しんみりと言葉が心に刺さる。私はうるうるした顔で小春を見てしまう。

「七、それじゃまた」
「うん。また」
 私の家の前で声を交わすと、小春は去り際に言った。
「うちのおじいちゃんには気をつけなよー」と。

「あんた、すみばあちゃんの家いつ行く気ー?」
 ただいま、と靴が錯乱した玄関を上がる間もなくキッチンから声がして、私は「明日ぁー」と返事をした。
 自分の脱いだ靴だけ向きを整え、洗面所で手洗い、そそくさと自分の部屋へと向かった。
「自分で連絡しなさいよーー」
「わかったー」

 何?

 お母さんの機嫌が悪い。声の圧力でわかった。
 触らぬ神に祟りなし。私は急いで部屋へと逃げ込んだ。

 椅子に腰掛け、夏休みの宿題の続きに手をつける。三百ページとか、まじ狂気だろ……。
 シャーペンをくるくると回しながらファミレスでの回想にふける。
 全くのノーマークだった。いまだに、重さんが毎晩のように地域をパトロールしているとは。
 ——ひょっとしてうちの母にも伝わっているのでは。
 一瞬、悪寒がした。
「はああー……」
 まだ終わりのみえない宿題を目にして深い溜息が出た。
 何だかなー……AIチャットが全て答えられることを暗記するって。
 これ意味あるのか?
 ただでさえ受験対策に必死で、宿題の意味さえわわかりかねているというのに。
 何だかなー……。
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