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3話

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「これ、合計合わない。直したからそっちでももう一回確認してくれるかな」
「……はぃ……」

 チカは書類を女子社員に渡すと、その場をサッサと離れた。

 土曜日だというのに仕事だ。さらにこういう日は余計に集中力がないのだろう、若い社員のミスが多くなるからこっちまで滅入るのだ。

 足早に休憩所に向かい、自販機からコーヒーを取り出すと勢い良く飲んだ。そのままベンチに座って意味もなく壁に貼ってあるポスターをぼんやり見つめた。

 自分の悪い癖だ。本当は、しっかりメリハリつけてミスを怒るなり、本人にやり直させたりする方が、若手の為になる。だけど、めんどくさいのだ。

 自分はどんどん色んなものが削ぎ落されていってしまってる気がする。それは忙しさを言い訳にしているのもあるが、仕事と家の往復が精一杯で、休みもどこかへ行こうとする気が起きなくなってしまった。そうすると、友達とも遊ばない、彼氏も作れない、表情や感動の欠落、無気力。物欲性欲食欲もない。どんどん悪化している。
 だから怒ることなんて、そんなめんどくさいこと尚更する気も起きないのだ。
 自分は、人間として必要なものが枯れ果てている。

 それでもここ最近は、ゴトー君のお陰でコミュニケーションを取ることも悪くないなとはチラリと思うようになった。
 帰ってから「お帰り」と言ってくれる人、ゴトー君はロボットだけど、そんな存在があるのっていいなと思えてきた。
 今までなら仕事の疲れを背負ったままいつまでもボーとテレビを見つつ夕食を取っていたのが、アホな会話に付き合わされてると気持ちが切り替わっているというかオンオフのメリハリがついてるような気がするのだ。


 ふと、昨夜のゴトー君のプレゼンを思い出した。
 毎夜、どーにも必要ない機能を教えてくれるのだが、昨夜はひとつだけ使えるものがあった。
 スマホをポケットから取り出して、しばらく操作したのち画面を見つめる。すると、そこによく見知った光景が映し出された。アパートの部屋の映像である。

 ゴトー君についている機能のひとつ、それは録画機能だ。ゴトー君の視線から見える映像を、時間指定して見ることができるのだ。これは女一人住まいの防犯対策にいいじゃないかと思ったのだが、ゴトー君曰く『その手のプロの女性が好む機能だそうです。男性目線でどう自分が色っぽく犯されているかを勉強するのに役立ちます』だそうだ。いったいラブロボの開発者は、何を目指してるのか、性別どっちなのか、謎は深まるばかりだが。

 いつも気になってた、自分が不在後のゴトー君のアパート生活。
 出社後の時間から見ているのだが、しばらくは固定カメラのように玄関が映りっぱなしなので早送りしてみる。
 するとやっと動き出したのか、キッチンに向かったようで、そこで布巾を濡らしている。
「おっ」
 いつの間に覚えたのだろう、その濡らした布巾でテーブルやキッチンを拭いている。
「すごいじゃん」

 二日前ぐらいから、ロボットのくせにおこづかいをねだるようになったのだが、ちゃんと見えないレベルでも働いていたようだ。

 ゴトー君はその布巾をまた洗い直して、今度は部屋を拭き始めた。しかも家具のテトリスも始まっている。

「いやいやいや、床はもう掃除ロボに任せていいんだって。てかその布巾、床にも使ってたの?」

 家具のテトリス会場が、居住スペースに戻されホッとすると、今度はテレビをつけている。

「まるで人間だな」

 チャンネルを弄って見始めたのは、どうやらお料理番組のようだった。
 なんとなく、軽々しく突っ込めなくなってきた。画面、ゴトー君の視線はそこからピタリと止まっている。番組がエンディングを迎えたところでテレビは消され、再びゴトー君はキッチンに向かった。
 すると、まな板や包丁を取り出して、何かを切る真似を始めた。
 アパートの冷蔵庫には食材はない。自分が料理をしないからだ。だから切る真似をして練習をしているのだろうか。
 今度はフライパンと木ベラを取り出し、炒めているようだ。さっきの番組の真似をそのまま行っているようだ。

 何も入っていない黒いフライパンを混ぜ続けるその映像を、早送りも出来ず見入ってしまった。

 なんだろう、この感情。なんか忘れていたものだ、なんていう名前のものだっただろうか……。

 急に画面が動いた、部屋を振り返ったようだ。そしてとある一角を映している。その画面の中央で、ゆっくりと動き出したのは、充電中だったお掃除ロボットだ。時間指定しているからちょうど起動したのだろう。
 するとゴトー君はそれに向かっていったのか、ドンドン掃除ロボットに近付き、コテンッとまたひっくり返してしまった。

「ぷっ!」
 どんだけライバル心燃やしてるんだか。
 なのに呆れる気持ちはさらさらない。なんだが、すごく気分が上がっている。とても久々すぎる高揚感に戸惑いすらある。

「……なんか、ちゃんとした服買ってあげよう、うん」


 日曜日に、何年も行ってなかったデパートに足を運び、男物のスウェットと下着、エプロンを買ってゴトー君に着させた。
 今までのグレーのパッツパツでなく、ちゃんと体に合ったサイズで割りと上品な濃紺の生地とワンポイントのロゴが入っていて、爽やかイケメン度が倍率ドンッと上がった。

「うん、似合ってるね」
『ご主人様からのプレゼントですね! ボクもお返ししたいです。ボクの体を好きにしてください。もしくは無理矢理鬼畜攻め設定に変更していいですか?』
「却下」

 チカはテーブルにパソコンを置いて立ち上げた。
「ゴトー君、ほらよく見てて」
 画面が見えやすいようにずらしてからマウスでクリックしていく。
「このサイトにログインしてから、欲しいものをこうやって選べば、宅配の着払いで好きなもの買えるよ。ただし、おこずかいの範囲内でね」

 チカが見せたのは某有名スーパーが行っているネット注文宅配サービスだ。これでゴトー君が心置きなく料理の練習が出来るだろうと教えたのだ。
 喜ぶかと思ったが、反応は違った。アンドロイドが喜ぶと思った自分もちょっと感覚がおかしくなってるのかも知れないが。

『ボクの欲しいものはご主人様の喜ぶ笑顔です』
 アンドロイドなのだから真顔が標準装備だろうけど、そんなに真面目に見つめられてストレートに言われると、さすがにドキッとしてしまう。きっとこれも、購入者を喜ばせる為のプログラミングされた言葉なんだろうけど。

「私、割りと喜んでるよ毎日。表情が欠落してるってよく言われるから、気にしないで」
『ご主人様がボクで、阿鼻叫喚の悶絶絶頂でよがり狂い快楽堕ちして泣き叫び歓喜する笑顔を見るのが』
「いや待て。それのどこに“笑顔”要素あんのよ。ほんとどーゆう会話のプログラミングなの」

 堪えきれず吹き出した。すごく久々に声にして笑った。こんなに笑うことがしんどいとは、忘れていた感覚だ。

 ゴトー君はキョトンとした様子で止まっている。きっと何で笑いだしたのかわからないのだろう。
『ご主人様、まだボク挿入してませんけど』

 笑い苦しみすぎて、翌朝腹筋が痛かった。



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