恋するキャンバス

犬野花子

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羽馬千香子

5話 これってデートですよね?(1)

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 疑いたくなるほど順調だ。
 ただいまスポーツ店で、見事に綺麗に美乃里ちゃんペアとはぐれた。しかも、私は誠司くんともはぐれていない。
 もっと言うなら、はぐれたことについて誠司くんが、なんの違和感も抱いていない様子なのだ。
「どうせすぐ会えるだろ」と目の前の靴選びに夢中になっちゃっている。しかもしかも、その横顔のなんとキラキラしたことだろう。嬉しいと楽しいが手を繋いでランタッタしている、ああ幸せ。大好きなひとが楽しそうに過ごしているのを、こんなに間近で見放題かつ独り占めしているだなんて、ここは極楽浄土なのか?

「あ、わりい。俺ひとりで満喫してるよなこれじゃ。俺、ここにしばらくいるから、お前も見てまわってこいよ」

 ふと振り向いた誠司くんの、なんの警戒も睨みも効かせてない素直な表情をいただいてしまった! え、私こんなに満喫しちゃってるけど、あとからなにか罰ゲームとかあるの?

「ここにいさせてください!」

 どんな罰ゲームだろうが受けて立ってやる! この今の幸せを壊せるものなど、この世にあるものか!

「お、おう……」

 私の鼻息まじりの決意が思ったよりボリューム大きすぎて、若干誠司くんが仰け反ったものの、おそばにお仕えすることを許していただけた。

「じゃああとで、羽馬の行きたいところまわろう」

 どんな徳を積んだのか美乃里様。あなた様のおかげで、もはや恐ろしいほどのご褒美を次から次へと与えられてるんですけどっ! え、待って、極楽浄土の向こうの扉開けたら閻魔大王が腕組んで待ってるとか? いやいや、扉ばっかり気にしてて、落とし穴から地獄へ真っ逆さまパターンか! ううっ、まだもう少しここへいさせてください。楽しそうな誠司くんを目に焼き付けさせてください。貴重なんです、次はいつ拝めるのかわからないんです。あ、カメラ、パパから借りて持ってくればよかった!

「お前の顔、さっきからすごいな」
「え? なに?」

 そういえば今朝は興奮しすぎて、いつもより歯磨き粉が山盛りに出てきてしまったし、そのまま口に突っ込んでシャコシャコしているうち妄想に耽りすぎて泡ブクになったのだった。ちゃんと拭き取った記憶もないしな、やばいな。

「歯磨き粉ついたままだった?」

 遅ればせながら口元を隠してみる。

「ぶっ」

 むせるように誠司くんが噴き出し、笑い始めた。
 どうやらなにかのツボにハマったらしく、お腹を押さえて肩を震わせている。
 なんにせよ楽しそうなので、私もその姿をしっかり拝み楽しむことにした。


 誠司くんが靴とスポーツバッグを購入し終えて、今度は文房具店に入った。地元の商店街やスーパーマーケット内の文具コーナーでは出会えないたくさんの猫グッズを見てしまったが最後、私は持参したすべてのお小遣いを使い果たしてしまった。
 足りない。持参金が五千円ぽっちじゃ、足りない。お昼ごはんを抜いたとしても、帰りの電車賃は死守しなければならないのだ。ああ、電車賃を使えば、この見かけたことのない猫イラスト付き蛍光マーカー五色セットが手に入るのに。

「ぐぬぬっ」
「羽馬、これなんだ?」

 誠司くんが持ってしげしげと見つめているのは、小さなぶち猫だった。尻尾がくにゃりと長めに巻き上がっている。

「ひゃん、なにこれかわいい!」

 飛びつかんばかりに食い入るよう見れば、どうやら尻尾が動く仕組みになっているようだ。

「見て誠司くん! ほら、この尻尾動かせるよ! あ! くりんっておろせた! え! これひょっとしてバッグ掛けできるグッズ!? ひゃーぁかわいいー!」
「バッグ掛けってなんだ?」
「テーブルの端っこに、この猫ちゃん置いて、ここの尻尾下げればバッグが掛けられて、地べたに置かないですむんだよ」
「へー」
「やばい。とてつもなくかわいい便利グッズまであるのか、恐るべし都会。あ待って、ウソー! 千円もするの!? 連れて帰れなーい!」

 なんてことだ。こんなことなら、正月のお年玉全部持ち出せばよかった……。

「……羽馬、そろそろ……」

 ためらいがちな誠司くんの声がかかって、目の前のぶち猫から視線を奥へ滑らせると、いまだかつてないほど近い距離に誠司くんの赤らんだ顔があった。もっと言えば、どうやら私は興奮した勢いで、ぶち猫を持つ彼の右手首をがっつり掴んでいた。

「ふわっ!」

 やばばばい。触れてしまった誠司くんにっ。しかもがっつり握りつぶす勢いで! ていうか、顔近っ! ほっぺた赤いのかわいい! 怒ってもない! 困ってるみたいたけど、怒ってはない!

「手を離せ」
「あ、はい……」

 怒られてしまった。
 ああ、惜しい。近いことに気を取られて、誠司くんの腕の感触を味わいそこねた。しっかり記憶させ実感したかったのに。誠司くんの表情にドキドキ忙しすぎてままならなかった!

「……お前って、ほんと好きなんだな」

 ほっぺたは赤いままだけど呆れたように、私に握りつぶされかけていた手首をグリグリと撫でている。

「うん、好き。ぜひ今後は毎日会っていただきたい。できれば、デートをさせてください」
「俺のことじゃねーよっ、猫のことだよっ」

 誠司くんは、頭を抱えて「うおー!」と叫びながら店を出ていってしまった。

 恥ずかしがりやさんとの意思疎通は、かなり難しい。野良猫ちゃん相手でも、もうちょっと距離感掴めるのにな。

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