恋するキャンバス

犬野花子

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羽馬千香子

12話 絵の中の私(2)

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 何も描けないまま、文化祭の日はやってきてしまった。顧問の先生には素直に謝った。先生は「それでいい。無理して描くものじゃない、正解だ」と言われて、なんだか涙が滲みそうになった。
 私のこの、誠司くんに向けていたものは、キャンバスに綺麗な色だけを塗りたくって無理矢理”恋”という題名をつけようとしていたのかもしれない、なんて思ってしまった。
 何もわかっていないのに、背伸びしようとしてすっ転んだようなものなんだ、って。

 それ以来、美乃里ちゃんいわく「落ち着いた」ように見える私を、逆に彼女は不安がっている。「らしくない、やばい」と落ち着かない。

 だからこそ目一杯文化祭を楽しむことにした。クラスの出し物ドミノは第一部の回では無事成功したし、他の学年やクラスの出し物もまわれるだけまわった。
 誠司くんの姿も飛び込んできたけれど、表面上ではいつも通りでいられたと、思う。

「あ、そうだ。美術部のも見てく?」
「千香子のもある?」
「来年こそなんか描く!」
「ないんかい」

 自分は提出できていないけど、みんなの作品の仕上がりが楽しみだったのだ。あと、大変お世話になっている円堂先輩が、どんな大作を描き上げたのか興味津々なのだ。

 他の有志やクラスの出し物と違って、地味と言えば地味なので、よっぽど絵に興味あるか、もしくは円堂先輩の絵が目的の人しか来ない可能性もある。

 だけど、階段を上がって美術室のある廊下に出て、ガヤガヤと人だかりができているのが見えた。

「あれ、繁盛してる」

 先輩本人がいるわけでなく、無人状態なのに、人がそんなに滞在するほどの大作があるのだろうか。

「あ、ほら! やっぱりじゃない?」

 すれ違いざまに向けられたように感じる会話に、違和感覚えつつも美術室に入った。先輩たちの絵が、イーゼルに乗せた状態で点々と配置されていて、そのうちのひとつに、女子生徒たちがかたまって見ていた。円堂先輩の作品のようだ。

 ひとまず順番に端から見ていこうとすれば、野次馬根性で一番に円堂先輩の絵を見にいった美乃里ちゃんがすごい形相で戻ってきて腕を引っ張る。

「やばいやばい、ちょっと、見て!」

 引き摺られるように連れられて作品を覗いて、そして息が止まった。

 黒い街並みとオレンジの世界の中に、自分によく似た制服姿の女の子が、今にも泣き出しそうにしていたからだ。

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