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CASE①
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高校生活にまだまだ慣れない四月の終わり頃。新しい風が吹き、生徒だけでなく先生達も浮き足立つ季節。そのよく晴れた日。私こと宮原寧々は部活を何にしようか悩んでいた。
地方の高校の教室の机には、先輩の誰かが掘ったであろう落書きが黒く変色し、その先輩が何年も昔の人である事を暗に告げている。
「マネージャーなんて良いんじゃない? 寧々の運動能力、壊滅的なんだしさー」
昼休みの教室で、中学からの友達の由美が私の机の落書きを爪でカリカリしながら、面倒臭そうに言った。茶色いウェーブ掛かったショートカットが良く似合っていて、セミロングの黒髪ストレートの私からすれば少し羨ましい。
初対面の時から由美はずっとこんな感じだ。歯に衣着せぬと言ったキャラが何故か憎めない。表情豊かで友人も多いようだ。
「言い方っ! 確かに私は運動は得意じゃないないけどさぁ……うーん、マネージャーってのもなぁ」
「でもさぁ、寧々。何かしらの部活は入りなよ~? 内申書ってヤツに関係してくんじゃん?」
落書きカリカリに飽きたのか、私の机に頬杖を着きながらダルそうに言葉を吐く。その口には棒付きの飴が咥えられており、由美が喋る度にイチゴの匂いがふわりと香ってくる。
「そーなのよねぇ……大学進学の確率は少しでも上げとかないと、お母さんウルサイしなぁ……ねぇ、由美は何部か決めたの?」
「あーし? 帰宅部よ。き・た・く・ぶ♪」
茶髪をかき上げながら、得意気に言われて腹が立つ。しかし、別に本当に腹を立てる訳では無い。由美のこの調子に腹なんて立てていたら、今頃私はストレスで爆発してしまっているだろう。
「えー? 何よー、人にばっか勧めといてさぁ」
わざとらしく頬を膨らませる。その様子を見て由美は口から出ている棒を摘まんで口から飴を出し、口の前に出た飴にキスをする。そしてニコリと笑って首を傾けた。
「ま、本当は一応、天文部に席は置いてるけど、行く気は無し!」
「うわ、不真面目な奴ぅ」
「私はバイトをバリバリする予定だから。部活なんてしてる暇は無ーいの♪」
――可愛いくないっての!
中学時代からこういう子だけど、本当に不思議と憎めない。自由な感じの由美を羨ましく思う事もあるけど、そればかりは生まれ持った性格と言うヤツだろう。仕方がない事だ。
「はぁ。まぁ良いわ。今日も何か見学に行ってみよ……」
大体の運動部はもう先週回ったから、文化部に行く事にする。
私は運動は得意ではない。それでも内申書と健康の為に運動をしようとは思ったが、高校から始める勇気がどうしても出なかった。それに遠征やら朝練やら、拘束時間が長いのは困る。
「……寧々さぁ、寧々もバイトにすれば? 無理して部活に入らなきゃならない理由がある訳でも無いじゃん?」
「……それは、そうなんだけど」
急な真面目顔に少しドキリとしてしまう。由美は同性の私から見ても嫌味の無いタイプの美人だ。
由美の顔を見ていたら、私の脳裏にお母さんの顔がチラつく。私は慌ててそれを振り払った。
「きょ、今日色々見てみて、無さそうならバイトも考えてみるね」
「うん、分かった。良かったら一緒にやろうよ♪ バーリバリ稼ごうぜぃ♪」
両手でガッツポーズをする由美。
――バリバリ稼ぐのも悪くはないんだけど、バイトしたいって言ったら、お母さんが何て言うか……
私は無意識にまたお母さんの事考えてしまう。今日は取り合えず、放課後の見学の事だけを考えよう……
時は進んで放課後、部活に向かう生徒で学校内が騒がしい。四月末だと言うのに肌寒い気温で、そこら中から「寒ーい」と女子生徒の不満の声が聞こえてくる。
そんな中私は、文化部の部室が集まる、文化部部室棟に足を運んでいた。本校舎の裏手側、グラウンドの隅に設けられたこの棟は、二階建てで割と綺麗な建物だ。
部室棟と言ったら、一般的には運動部だけのイメージだけど、ウチの学校には文化部の部室棟もある。その事が他校の生徒には珍しがられ、たまに遊びに来ていると聞いた事がある。由美からだけど。
――さて、どこから行こうかな。
私が部室棟を眺めて迷っていると、不意背後から声を掛けられる。
「貴女、もしかして一年生? 見学に来たのかしら?」
「ふひぃ!?」
変な声を出して振り返ると、一瞬妖怪か何かに魅いられたのでは、と目を疑った。
いつからそこに居たのだろうか。ウチの制服を着た一人の少女……学年を表すリボンは一つ上級生である事を告げていた。
「面白い声を出すわね。面白いわ」
透き通る白い肌。赤みの強い目。そして白髪。身長は私よりも低いけど、スラッとした体格にそれなりに膨らんだ胸……私の完全敗北と言ったところ。
面白いと言っておきながら、顔は全く笑っていない。造り物にすら思えるほどに整った顔立ちが、無表情で恐ろしく感じられる。
――いやいや、赤い目って有り得ないでしょ?まさか……
「きゅ、吸血、鬼?」
感じた事をついそのまま口にしてしまった。
「初対面の先輩に向かって、顔面蒼白で吸血鬼呼ばわりするとは、興味深い子ね」
吸血鬼先輩(?)はクスクスと笑った。その顔があまりに綺麗で、私は今度は言葉が出なかった。まるでCGみたいに綺麗過ぎる笑顔に、ゾクりと背中が寒くなる。
とても澄んだ声が耳に残る。綺麗故に怖い。そう思わせる声質が似合い過ぎて恐怖の相乗効果を生んでいる。
「それで、貴女はそこで何をしているの? 見学者なら、早く部活決めないとね。今週末までが期限でしょ?」
そう言われて我に帰る。今週末までに部活を決めないと、先生から指導が入るらしい。ウチの高校は理由が無い限り部活に席を置かなければならないのだ。
「あ、はい! そうでした。あの……先輩は、何部なんですか?」
一応聞いておかないといけないかと思い聞いてみると、先輩は冷たくニコリと微笑んだ。
「私はオカルト部よ。どう? 女の子ならそういうの、興味無いかしら?」
――オカルト部って……先輩に似合い過ぎてるでしょ!
私は心の中で叫んだ。実際の私は軽く愛想笑いをしていたけれど。愛想笑いは得意だ。しかし、得意だからと言って上手だとは限らない。現に私は、愛想笑いで上手くいった試しは無かった。
「ははっ。えぇっと……その、あんまり……」
そのまま愛想笑いで誤魔化す。正直に言って、私はオカルト系は全く信じていない。
肝試しとか、お化け屋敷とかは怖いと思うけど、あれは信じてなくても怖いと思う。
「そう、それなら仕方ないわね。時間取らせたわ、ごめんなさいね」
先輩は再び無表情に戻った。私は何だか少し申し訳ない気持ちになり、頭を下げた。私の愛想笑いに気を遣ってもらったと思ったのだ。
実際にそうなのかもしれないが、まさか聞く訳にもいかない。それが一層、私を申し訳ない気分にさせる。
「すみません……」
「良いのよ。良い部活に巡り会うと良いわね。それじゃ」
先輩は小さな声でそう言い、スッと私の横を通り過ぎる。ふわりと浮いた髪の毛から物凄く良い匂いがする。
私と同じ生き物なのかと疑いたくなるほどに何もかもが魅力的であるが、ゾクゾクした背筋の寒気は消えなかった。
「あ、そう言えば」
先輩は何かを思い出したように振り返る。肩甲骨ほどまで伸びた白髪がまるでドラマのように綺麗に靡く。
行動の一つひとつが何と言うか、絵になる。東京とか歩いてたらスカウトされるんじゃないだろうか。
「もし、何か困った事があったら、文化棟の二階……」
そう言って部室棟二階の一番奥の部室を指差す先輩。
「オカルト部に来てね。相談に乗るわ」
「は、はい。ありがとうございます。先輩」
「檜山咲良よ。二年C組」
無表情のまま、先輩は自己紹介をした。私は一瞬何を言われたか分からなかった。先輩の赤い瞳が真っ直ぐに私を見ていて、吸い込まれそうになってしまったから。
「……あ、私は宮原寧々です! 一年C組です!」
ハッと我に帰り、慌てて私も名乗る。
「寧々ちゃんか。可愛い名前。それじゃあね」
クスりと笑って再び歩き出す。私は無言で先輩の背中を見守った。ゆくっりと部室棟の二階に上がっていく姿は美しく、現実味が薄れているように感じられた。
結局この日は手芸部と漫画部、園芸部を見学して終わった。見学中はずっと檜山先輩が気になってしまい、集中出来ず。上の空のまま帰宅したのだった。
地方の高校の教室の机には、先輩の誰かが掘ったであろう落書きが黒く変色し、その先輩が何年も昔の人である事を暗に告げている。
「マネージャーなんて良いんじゃない? 寧々の運動能力、壊滅的なんだしさー」
昼休みの教室で、中学からの友達の由美が私の机の落書きを爪でカリカリしながら、面倒臭そうに言った。茶色いウェーブ掛かったショートカットが良く似合っていて、セミロングの黒髪ストレートの私からすれば少し羨ましい。
初対面の時から由美はずっとこんな感じだ。歯に衣着せぬと言ったキャラが何故か憎めない。表情豊かで友人も多いようだ。
「言い方っ! 確かに私は運動は得意じゃないないけどさぁ……うーん、マネージャーってのもなぁ」
「でもさぁ、寧々。何かしらの部活は入りなよ~? 内申書ってヤツに関係してくんじゃん?」
落書きカリカリに飽きたのか、私の机に頬杖を着きながらダルそうに言葉を吐く。その口には棒付きの飴が咥えられており、由美が喋る度にイチゴの匂いがふわりと香ってくる。
「そーなのよねぇ……大学進学の確率は少しでも上げとかないと、お母さんウルサイしなぁ……ねぇ、由美は何部か決めたの?」
「あーし? 帰宅部よ。き・た・く・ぶ♪」
茶髪をかき上げながら、得意気に言われて腹が立つ。しかし、別に本当に腹を立てる訳では無い。由美のこの調子に腹なんて立てていたら、今頃私はストレスで爆発してしまっているだろう。
「えー? 何よー、人にばっか勧めといてさぁ」
わざとらしく頬を膨らませる。その様子を見て由美は口から出ている棒を摘まんで口から飴を出し、口の前に出た飴にキスをする。そしてニコリと笑って首を傾けた。
「ま、本当は一応、天文部に席は置いてるけど、行く気は無し!」
「うわ、不真面目な奴ぅ」
「私はバイトをバリバリする予定だから。部活なんてしてる暇は無ーいの♪」
――可愛いくないっての!
中学時代からこういう子だけど、本当に不思議と憎めない。自由な感じの由美を羨ましく思う事もあるけど、そればかりは生まれ持った性格と言うヤツだろう。仕方がない事だ。
「はぁ。まぁ良いわ。今日も何か見学に行ってみよ……」
大体の運動部はもう先週回ったから、文化部に行く事にする。
私は運動は得意ではない。それでも内申書と健康の為に運動をしようとは思ったが、高校から始める勇気がどうしても出なかった。それに遠征やら朝練やら、拘束時間が長いのは困る。
「……寧々さぁ、寧々もバイトにすれば? 無理して部活に入らなきゃならない理由がある訳でも無いじゃん?」
「……それは、そうなんだけど」
急な真面目顔に少しドキリとしてしまう。由美は同性の私から見ても嫌味の無いタイプの美人だ。
由美の顔を見ていたら、私の脳裏にお母さんの顔がチラつく。私は慌ててそれを振り払った。
「きょ、今日色々見てみて、無さそうならバイトも考えてみるね」
「うん、分かった。良かったら一緒にやろうよ♪ バーリバリ稼ごうぜぃ♪」
両手でガッツポーズをする由美。
――バリバリ稼ぐのも悪くはないんだけど、バイトしたいって言ったら、お母さんが何て言うか……
私は無意識にまたお母さんの事考えてしまう。今日は取り合えず、放課後の見学の事だけを考えよう……
時は進んで放課後、部活に向かう生徒で学校内が騒がしい。四月末だと言うのに肌寒い気温で、そこら中から「寒ーい」と女子生徒の不満の声が聞こえてくる。
そんな中私は、文化部の部室が集まる、文化部部室棟に足を運んでいた。本校舎の裏手側、グラウンドの隅に設けられたこの棟は、二階建てで割と綺麗な建物だ。
部室棟と言ったら、一般的には運動部だけのイメージだけど、ウチの学校には文化部の部室棟もある。その事が他校の生徒には珍しがられ、たまに遊びに来ていると聞いた事がある。由美からだけど。
――さて、どこから行こうかな。
私が部室棟を眺めて迷っていると、不意背後から声を掛けられる。
「貴女、もしかして一年生? 見学に来たのかしら?」
「ふひぃ!?」
変な声を出して振り返ると、一瞬妖怪か何かに魅いられたのでは、と目を疑った。
いつからそこに居たのだろうか。ウチの制服を着た一人の少女……学年を表すリボンは一つ上級生である事を告げていた。
「面白い声を出すわね。面白いわ」
透き通る白い肌。赤みの強い目。そして白髪。身長は私よりも低いけど、スラッとした体格にそれなりに膨らんだ胸……私の完全敗北と言ったところ。
面白いと言っておきながら、顔は全く笑っていない。造り物にすら思えるほどに整った顔立ちが、無表情で恐ろしく感じられる。
――いやいや、赤い目って有り得ないでしょ?まさか……
「きゅ、吸血、鬼?」
感じた事をついそのまま口にしてしまった。
「初対面の先輩に向かって、顔面蒼白で吸血鬼呼ばわりするとは、興味深い子ね」
吸血鬼先輩(?)はクスクスと笑った。その顔があまりに綺麗で、私は今度は言葉が出なかった。まるでCGみたいに綺麗過ぎる笑顔に、ゾクりと背中が寒くなる。
とても澄んだ声が耳に残る。綺麗故に怖い。そう思わせる声質が似合い過ぎて恐怖の相乗効果を生んでいる。
「それで、貴女はそこで何をしているの? 見学者なら、早く部活決めないとね。今週末までが期限でしょ?」
そう言われて我に帰る。今週末までに部活を決めないと、先生から指導が入るらしい。ウチの高校は理由が無い限り部活に席を置かなければならないのだ。
「あ、はい! そうでした。あの……先輩は、何部なんですか?」
一応聞いておかないといけないかと思い聞いてみると、先輩は冷たくニコリと微笑んだ。
「私はオカルト部よ。どう? 女の子ならそういうの、興味無いかしら?」
――オカルト部って……先輩に似合い過ぎてるでしょ!
私は心の中で叫んだ。実際の私は軽く愛想笑いをしていたけれど。愛想笑いは得意だ。しかし、得意だからと言って上手だとは限らない。現に私は、愛想笑いで上手くいった試しは無かった。
「ははっ。えぇっと……その、あんまり……」
そのまま愛想笑いで誤魔化す。正直に言って、私はオカルト系は全く信じていない。
肝試しとか、お化け屋敷とかは怖いと思うけど、あれは信じてなくても怖いと思う。
「そう、それなら仕方ないわね。時間取らせたわ、ごめんなさいね」
先輩は再び無表情に戻った。私は何だか少し申し訳ない気持ちになり、頭を下げた。私の愛想笑いに気を遣ってもらったと思ったのだ。
実際にそうなのかもしれないが、まさか聞く訳にもいかない。それが一層、私を申し訳ない気分にさせる。
「すみません……」
「良いのよ。良い部活に巡り会うと良いわね。それじゃ」
先輩は小さな声でそう言い、スッと私の横を通り過ぎる。ふわりと浮いた髪の毛から物凄く良い匂いがする。
私と同じ生き物なのかと疑いたくなるほどに何もかもが魅力的であるが、ゾクゾクした背筋の寒気は消えなかった。
「あ、そう言えば」
先輩は何かを思い出したように振り返る。肩甲骨ほどまで伸びた白髪がまるでドラマのように綺麗に靡く。
行動の一つひとつが何と言うか、絵になる。東京とか歩いてたらスカウトされるんじゃないだろうか。
「もし、何か困った事があったら、文化棟の二階……」
そう言って部室棟二階の一番奥の部室を指差す先輩。
「オカルト部に来てね。相談に乗るわ」
「は、はい。ありがとうございます。先輩」
「檜山咲良よ。二年C組」
無表情のまま、先輩は自己紹介をした。私は一瞬何を言われたか分からなかった。先輩の赤い瞳が真っ直ぐに私を見ていて、吸い込まれそうになってしまったから。
「……あ、私は宮原寧々です! 一年C組です!」
ハッと我に帰り、慌てて私も名乗る。
「寧々ちゃんか。可愛い名前。それじゃあね」
クスりと笑って再び歩き出す。私は無言で先輩の背中を見守った。ゆくっりと部室棟の二階に上がっていく姿は美しく、現実味が薄れているように感じられた。
結局この日は手芸部と漫画部、園芸部を見学して終わった。見学中はずっと檜山先輩が気になってしまい、集中出来ず。上の空のまま帰宅したのだった。
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