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第二章 vs厄災アイン

#16 最悪の再会~The others side~

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 自ら作り出した魔道具・空を飛べる靴を履いて、ソムニアから北東へと飛び、サブリサイドを超えてさらに一時間程の場所に水芽は降り立った。

 そこから、枝葉が邪魔する険しい獣道を進んでいくと、やがて目の前にがっちりと閉ざされた石の扉が現れる。

「【アンロック】」

 扉に手をかざし、封印を解く魔法を放つ。ゴゴゴという重い音を響かせながら、扉が開いた。

 この洞窟にはクリスタルと化した洋子が眠っている。
 ここのことは元勇者パーティーのメンバーとオウィスしか知らないし、その誰もが入り口が封印されて以降、誰一人として中に入っていない。

 水芽も、オウィスから受けた洞窟の異変調査のクエストがなければ、一生足を踏み入れるつもりはなかった。

 この場所はある意味では洋子の墓なのだ。ここに来るということは、嫌でも洋子の喪失を突き付けられることになる。それに耐えられないのだ。

 けれど、今はそんな事を言っている場合ではない。

 もしかしたら、そんな洋子の死を冒涜しようとしている存在がいるかもしれないのだから。

 水芽は自ら開発した魔道具、ファンネル型松明に火をつけて、洞窟の中へと足を踏み入れる。

 ファンネル型松明は、火を灯すと使用者の周囲に浮遊し、使用者の意思を受けて自由自在に周囲を照らすことが出来る他、使用者が敵と判断したものに向かって、炎を放つ機能もついている。

 洞窟内でも両手が開けられるうえ、魔物との戦いもサポートしてくれることから、特に近接戦を得意とする冒険者に人気がある魔道具だ。

 浮遊する松明の後ろに続く形で水芽が洞窟内を進んでいく。

 洋子がいる場所まではほぼ一本道だ。冒険者をやめて久しいとはいえ、これまでにいくつもの難関ダンジョンを攻略してきた水芽が迷うことはまずない。

 と、前方から複数の火の玉と何者かの集団が彼女へと近づいてきた。

「……まさか自分でキミ達と戦うことになるなんてね」

 火の玉に照らされて浮かび上がった何者かの集団の姿は、今の水芽とまったく同じ姿をしていた。

 水芽はこの洞窟を封印する際、奥にいる洋子を守るためのセキュリティシステムも設置していた。洋子から溢れる魔王の魔力を動力源に、侵入者を撃退する魔物を作り出す魔石だ。

 この魔石の魔力が侵入者の魔力と反応することで、侵入者の姿や持ち物、能力をコピーした魔物・ドッペルゲンガーが生み出される仕組みになっていた。

 ドッペルゲンガーたちは、コピーしたファンネル型松明から炎を飛ばし、水芽に襲い掛かる。

「こんなことなら、ドッペルゲンガーの生成を停止する装置も作っておけば良かったかな」

 水芽は飛んでくる炎の間をかいくぐりながら、懐から太く長い針を取り出すと、その針でドッペルゲンガーたちの身体を次々に刺した。

 途端に、針に刺されたドッペルゲンガーたちの身体が弾け飛ぶ。

「急いでいるのに、一体ずつ処理しなきゃいけないのは面倒だ」

 この針も、水芽が作り出した魔道具だ。その名も散らし針。刺した箇所の魔力の塊を散らす魔法が込められている。

 ドッペルゲンガーはいわば魔力の塊だ。それを崩してしまえば、ドッペルゲンガーは身体を維持できなくなる。

 次々に湧き上がってくるドッペルゲンガーの攻撃を避け、針を刺す。

 そんな単純作業をしながら、水芽は洞窟の奥へとどんどん進んでいった。 
 奥に近づくにつれ、ドッペルゲンガーとの遭遇頻度が減っていく。

「……これは一体どういうことだろうか」

 洋子に近い場所の方が、より魔力が濃い。
 当然、奥に進めば進むほど、ドッペルゲンガーがより多く湧き出す。
 最深部付近なんて、本来は数十メートルに数体くらいの頻度で現れるはずなのだ。

 それが、ある程度奥に来てからは、一体も遭遇しなくなった。

「やはり、何かは起きているみたいだね」

 水芽は気を引き締めるように呟いて、洋子の元に向かった。

 そうして辿り着いたそこは、水芽が知るその場所とは大きく変わっていた。

 思わず水芽は息を呑む。

 この場所はクリスタルと化した洋子から溢れる魔力の光で辺り一面が輝いていたはずだった。

 しかし、そこにクリスタルと化した洋子の姿はなかった。その代わり――。

「なっ……?」

 マントを羽織ったサイドポニーの少女がそこに佇んでいた。

 嶋嵜洋子が、そこにはいた。

 クリスタルとなった姿ではなく、生身の洋子がいた。

 思わず水芽は洋子に向かって駆け出す。
 目の前にドッペルゲンガーが現れた。

「邪魔だ」

 水芽は出現したドッペルゲンガーに針を刺そうとする。
 しかし、それより先にドッペルゲンガーが崩れ、洋子の元に吸収されていった。

 よく見ると洋子の身体の周囲には、巨大な魔力の塊がうねっていた。それを目にして、水芽は道中でドッペルゲンガーが徐々に現れなくなったことに合点がいった。

 ドッペルゲンガーが生み出されては洋子に吸収されていたから、ドッペルゲンガーが現れなかったのだ。

 おそらく魔力を身体の中に取り込み、力を溜めているのだろう。

 それから水芽は。

 気を取り直すように。

 気を落ち着けるように。

 うまく言葉に出来ない混沌としたモノを吐き出すように深呼吸をしてから、水芽は洋子に問いかけた。

「……洋子なのか?」

「そうだよ。十年ぶりだね。水芽ちゃん」

 そう返す洋子の笑顔は、間違いなく水芽の記憶の中にあるものと一緒だ。
 けれど、その目の奥に全身の毛穴から冷汗が噴き出すような不快な気配を感じた。

「……いや。身体こそ洋子だが、中身は洋子じゃないな。魔王の気配とも違う。キミは何者だ?」

 洋子の身体を弄ばれて昂った感情に身を任せ、水芽は松明から炎を飛ばす。
 それを素手で軽々と払いのけると、洋子は本人ならば決して浮かべないような歪んだ笑みで言った。

「一瞬で私に気付くなんて……さすが、この身体の子と特別な関係にあっただけはあるわね」

「質問に答えたまえ!」

「そんなに怖い顔しなくても教えてあげる。私はアイン。この世界とも、あなたが元いた世界とも違う世界から来たの。この世界を無に帰すために。でも、私たちはこの世界での肉体が無くてね。この子の身体を借りたのよ……【トルニトス・ハスタ】!」

 アインは自己紹介と共に、水芽へと掌を向ける。そこから雷の槍が放たれた。

「……っ! それは洋子の……」

 水芽はさっとその場から飛び退いて、それを躱す。雷はドッペルゲンガーを生成する魔石に当たると、それを一瞬にして粉々にした。

「そう。この子の古代魔法よ。まさか自分が受ける日が来るなんて思わなかったでしょ?」

 拳を握りしめる水芽を煽るように、アインは嘲笑を浮かべた。

「それにこんな事も出来るわよ。【フェニックス・フレア】!」

 アインの掌から、今度は巨大な鳥を模した炎の塊が放たれる。

「魔王の力まで……」

 水芽は懐からグレアムランドの雪の結晶が入った瓶を取り出し、地面に叩きつけた。割れた瓶から溢れ出した冷気が炎の鳥を包み込み、凍りつかせる。

「ただの魔道具で魔王の魔法を相殺するなんて、さすがね」

 アインは納得するように頷いた。

「余裕こいているんじゃあないよ。洋子をおもちゃにして……キミ、もう許されないよ?」

 怒りのままに啖呵を切ったものの、実際のところ、今の水芽にアインをどうにかする術は無いに等しかった。

 水芽は強力な魔法を使えるものの、その多くが発動までに時間がかかってしまうため、誰かとパーティーを組んでいるならばともかく、一人での戦闘ではあまり役にたたない。

 そのため、水芽は一人で戦う場合は事前に自分の魔法を込めて作った魔道具を使用する。

 しかし、持ち物までコピーするドッペルゲンガーの対策の為、今は相手に使われても十分対処できるレベルの物しか持ち込んでいない。

 今回持ち込んだもので戦闘に使えそうな物は、店でも普通に売っているものだけだ。各魔道具の威力は自身の魔法によってある程度強化しているため、並みの相手なら十分事足りるレベルではある。

 しかし、敵は洋子と魔王の力を持った存在。店売りの物を少し強化したくらいの魔道具では太刀打ちできそうにない。

 グレアムランドの雪の結晶が残した冷気に充てられて、冷静さを取り戻した水芽は今取るべき行動を理解した。

「……悔しいがここは引くしかなさそうだ。けれど、せめて」

 と、水芽は持っていた散らし針をアインに向かって投げつける。

「そんなもの、避けるまでもないわね」

 針はアインの肩に命中した。
 瞬間、アインを包みこんでいた魔力の塊が大きく脈打ち出す。

「なっ⁉ 何をしたの⁉」

 動揺するアインに、水芽は淡々と説明する。

「その針は固まった魔力を散らすものだよ。キミがため込んだ魔力が一気に弾け飛んだら、キミにもそれなりに効くんじゃないかな」

 直後、魔力の塊が轟音と共に弾け飛んだ。
 その威力は凄まじく、洞窟が激しい音を立てて崩れ出すほどだった。
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