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第二章 vs厄災アイン

#18 報告~The others side~

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 瞬間移動の魔法【テレポーテーション】を使い、水芽は洞窟の外に脱出していた。

【テレポーテーション】は魔力消費が激しい割には、そこまで遠くに移動することはできない。けれど、このような緊急時には役に立つ魔法だった。

「いつの間にか、もう夜か……」

 辺りはもうすっかり黒く染まっていた。

「……こんな時間で悪いけれど、すぐにこのことを師匠に報告に行かないとだね」

 巨大な魔力の爆発を浴びせたとはいえ、それでアインを倒せたとは思っていない。
 ヤツはこの世界を無に帰すと言っていた。このまま、何もしないでもいずれ再び会うことになるだろう。

 けれど、その時まで待つつもりは無い。

 アインは洋子の身体を乗っ取っているのだ。
 装備を整え次第、こちらから出向いて必ず洋子の身体を取り戻してやる。

 水芽はそう決意を固めた。

「……この辺りでいいか」

 洞窟から少し離れた場所で、水芽は懐から羽のような紋章が刻まれた魔石を取り出した。

 この石はテレポストーン。

 これもまた水芽が開発した魔道具だ。この魔石は持ち主の【テレポーテーション】の力を強化する魔力が込められている。これを握りしめた状態で【テレポーテーション】を使用すれば、別のテレポストーンが置かれた地点まで一気に移動することが出来るのだ。

 事前準備が必要なうえ、発動した【テレポーテーション】の効果が出るまで時間がかかるようになるという欠点はあるものの、通常の【テレポーテーション】では不可能な距離を移動することが可能になるため、多くの冒険者に重宝されている。

「【テレポーテーション】!」

 そうして水芽が移動した先は魔導院の前だった。オウィスは学院の院長執務室の裏に魔法で自室を作り、そこに住んでいるためだ。

 水芽が門の前に行くと、勝手に門が開き、寝間着姿のオウィスが歩み寄ってきた。

「まさか師匠の方から出てきてくれるなんてね。てっきり、起こすなと怒られると思っていたんだが」

「洞窟からまたしても大きな魔力の反応を感知したからねー。おちおち寝てられないようなことが起きたんだと思ってさー。それで何が……」

 と、複雑そうな顔で黙り込む水芽を見て、オウィスは言葉を止めた。代わりに「なるほどねー」と納得したように頷く。

 懐から棒付きキャンディを取り出し、それを咥えて、オウィスは水芽に尋ねた。

「ヨーコの身に何かあったんだー?」

「……洋子が人間に戻っていたんだ」

 水芽の言葉を聞き、オウィスは口に咥えたばかりのキャンディを噛み砕いた。

「何だってー? それは本当なのー?」

「ああ。ボクも信じられないが」

「それなら、ヨーコはどこにいるのさー? 一緒に帰ってこなかったのー?」

 その質問に、水芽は拳を握りしめながら答えた。

「……けれど、洋子の身体は乗っ取られていた」

「なっ⁉ 乗っ取られていただってー? 誰にさー? まさか魔王がー?」

 相変わらず間延びしているものの、オウィスの声にはいつもとは違い明らかな緊張感が含まれていた。

「いや。奴はアインと名乗っていた。この世界とも、ボクが元々いた世界とも違う世界から、この世界を滅ぼしに来たらしい。その為には肉体が必要だったから、洋子の身体を奪ったそうだ。しかも、洋子の中に眠る魔王の力まで」

 爪が掌に食い込む程、水芽はより強く拳を握る。

「ボクは今からもう一度奴の元に行き、奴を倒しに行く。師匠にはハナのことを頼みたい」

「……あなた一人でどうにかなる相手なのー? そいつは」

「それでも、ボクがやらないとなんだ! この世界を滅ぼそうとしている奴に洋子の身体を好き勝手させてたまるか!」

「うん。あなたの気持ちはわかるよー。けれど、敵は勇者と魔王の力を持った厄災そのものみたいな存在。そんな相手の元にあなたを一人で行かせるわけにはいかないなー。ちょっと考えればわかるでしょー」

 オウィスがそう告げた瞬間、水芽の周囲を光の檻が包み込んだ。

「くっ……無呪文無動作で魔法を……」

 水芽は抵抗することなく、その場に座り込んだ。今の手持ちの魔道具では、オウィスが【ジェイル】の魔法で生み出した光の檻を破れないと判断したからだ。

 下手に暴れるよりも、オウィスを説得してここから出してもらった方がいいと考えたという理由もある。

「最初に聞いておきたいのだが、このままボクを閉じ込めて、洋子のところに行かせないとかはないだろうね? だとするならば、ボクは大人しくするのをやめて、できる限りの手を尽くして脱出を試みることになるが」

「安心しなよー。アインの討伐はあなたもにも行ってもらうからー」

 再び懐から棒付きキャンディを取り出し、それを口に放りこみながらオウィスは続けた。

「いいー? あなたの話を聞く限り、敵は十年前の魔王以上の厄災な訳だよー。さすがのあなたでも、一人では太刀打ち出来るわけがない。だから、ソムニア騎士団の精鋭にも討伐に参加してもらう」

「……確かに彼らがいたら心強い」

 転生者に匹敵する力を持ったソムニア騎士団の精鋭達ならば、アインが相手でも十分戦力になるだろうと、水芽は頷いた。

「それで? いつ討伐に出発させてくれるんだい? あまり長い時間を待つつもりはないぞ」

「わかっているよー。私としてもアインを長い時間野放しにしておくつもりはないからねー。明日、準備が出来次第向かってもらうよー」

「わかった」

「じゃあ、明日ねー。おやすみー」

 言い残して去っていこうとするオウィスを、水芽は慌てて呼び止めた。

「ちょっと待ちたまえ。寝る前にボクをここから出してはくれないだろうか? 事情を知らないものがこの光景を見たら、ボクが何かやらかして折檻されているみたいにみえるだろう」

「うーん。そうかもしれないけれど、出すのはちょっとなー。私が寝ている間にあなたが心変わりして勝手なことをされないとも限らないしー」

「いや。そこは弟子を信用してくれないだろうか」

「でも、あなたは昔からヨーコの事になるとまともな判断が出来なくなるでしょー? さっきもそうだったし」

「……」

 オウィスの指摘に、水芽は何も言い返すことが出来なかった。

「まあ、捕まっているように見えるだけで、実際はそうじゃないのだからいいでしょー。せいぜい登校してきた生徒たちに、ついに捕まったのかーって思われるくらいでさー」

「十分不名誉なんだが……」

「いやいや、セクハラ魔を演じている時点で、あなたの名誉なんて地に落ちているんだよー? 今さらこの程度どうってことないでしょー」

「……まあ、それもそう、なのか?」

 無理やり納得させられた感はあるものの、水芽はこれ以上何も言わずにその場に寝転んだ。

「……おやすみ、師匠」

「ああ、おやすみー……くれぐれも勝手なことをしないようにねー」

 そう告げるオウィスの視線は、檻の中の水芽にではなく、檻の上を飛んでいた肉眼で捉えるのが難しいような小さな羽虫に向けられていた。
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