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第二章 vs厄災アイン

#27 ひとりぼっちの異世界観光~悠貴side~

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 アレッタがラフタさんに連れていかれた後、朝食を食べ終わり手持無沙汰になった私は食器を洗っていた。

 この世界でも蛇口をひねれば水が出るし、洗い物はスポンジのようなものを使う。

 昨日店の手伝いをしている時に目の当たりにして結構驚いた。

 これらも私と同じ世界の人間が開発したのだろう。

 そんなことを考えながら洗い物をしていると、二階からサラさんが降りてきた。

「おはよう、ユウキちゃん。昨日はよく眠れた?」

「あ、えっと……まあ、はい」

「それは良かった」

 サラさんは目元を擦りながら大きなあくびをしてから、私の手に握られているスポンジに気づいた。

「……もしかして、洗い物してくれた感じ?」

「あ、はい……すいません。勝手に……」

「いや、謝ることじゃないし。むしろ、ありがとうね」

 そう私に微笑みかける。演じていない私はアレッタ以外が相手だと、いまだにあまりうまく会話ができない。

「……っす」

 言葉になっていない返事をしながら、思わず顔を背けてしまった。

「ところで、アレッタは……ん?」

 と、サラさんがアレッタの書置きに気付き、それに目を通した後、

「魔導院の緊急招集ね……無茶しなきゃいいけど……」

 そう息を吐き出す。

「……心配ですか?」

「そりゃあねぇ。あの子、本当は魔物が怖いのに、自己暗示までして戦っているんだから。でも、そうしないと、自分に価値が無くなって、また周りから恐れられるだけになると思い込んじゃっているんだ。そんなことは無いって、あたしが言っても聞きやしないし……」

「…………」

 私はアレッタについて、もっと詳しくサラさんに聞いてみたかったけれど、それらを上手く言語化することが出来なかったのでやめた。

 私達の間に、よくわからない沈黙が流れる。

 そんな空気に耐えかねたのか、サラさんが切り替えるように手をパンと鳴らす。

「あー、そろそろ店を、開けないとだ」

「えっと……私も手伝った方がいいですか?」

 私が不安げに尋ねると、サラさんは首を振った。

「いや、大丈夫。昨日みたいなことが無い限り、基本はあたし一人で店は回せるから。昨日は無理させちゃったみたいで、悪かったね」

 それから、カウンターの下から鍵付きの箱を取り出すと、中から金貨を一枚取り出して、私に差し出してきた。

「これ、昨日の報酬。この世界に来たばかりだっていうなら、このお金で軽く街の観光でもしておいでよ」

 そんなわけで、私は一人でソムニアの街を観光することになった。

 アレッタが買ってくれた服に身を包み、適当に街をぶらついてみる。
 異世界アニメでみたような形の市場、武器・防具屋に宿屋、それから教会等。いかにも異世界らしい施設をたくさん見つけた。

 まあ、私はキャラ作りをしない状態だと、店員や施設のスタッフとすらまともに会話できない為、中には入っていないけれど。

 前の世界でも、キャラ作りせずに入れた場所は家の近所のコンビニしかなかった。

 そんな私が一人で観光するとなると、施設を全部外から見て終わりになるのだ。

 だから、観光しても対して面白くない。

 もし、アレッタと一緒だったら、もう少し楽しめたと思うけれど。

「ふぅ……」

 街中を歩き回って少し疲れた私は、街の中央にある広場で休憩することにした。

「ん?」

 置かれているベンチに腰掛けようとした時、私は何かに蹴つまずいた。

 それは花を模したチャームだった。

「無いっ、無いっ、無いっすよー。そんな……」

 と、すぐ目の前で、絶望的な声が聞こえてきた。
 声の方へ顔を向けると、そこには小柄な少女がいた。見た目だけでいうなら、ハナちゃんと同年代に見える。

 身に着けているのは、大正時代頃の日本の軍服に似た黒い服と、黒い軍帽。幼い顔立ちのせいで、衣装に着られているような印象を受ける。

 その少女は、近くの植え込みをガサガサと何かを必死で探しているようだった。

 もしかしたら、このチャームを探しているのかもしれない。

 とはいえ、今の私のままでは知らない相手に声をかけるなんて不可能だ。

 目を閉じて、精神を集中し、人とのコミュニケーションが苦ではない人物をイメージする。

 頭に浮かんだのは、リリィだった。

 そのことに思うところはあるけれど、他の人物をこれ以上にうまくイメージできなさそうだ。
 私はリリィの仮面を被るようなイメージをして――。

 は、目の前の少女に声をかける。

「探し物はひょっとしてこれ?」

「え?」

 その子は、ぐいんと振り向くと、

「あ! それっす!」

 あたしが差し出しているチャームを引ったくるように受け取り、それを胸の前にギュッと抱き寄せた。

 ──とても大事なモノなんだろうな。

「見つかって良かったね。 それじゃあ」

 そう別れを告げて、その場から去ろうとした時だった。

「あんたは恩人っす!」

 突然、その子が満面の笑みで私に抱きついてきた。

「あんたの名前を教えて欲しいっす!」

「え? あ、桐ヶ谷悠貴だよ」

「ユウキさんっすか! 自分はリコ・デトニクスっす! このチャームは母から貰った大事なものだったっすから……。ユウキさんのおかげで無くさないで済んだっす! 感謝してもしきれないっす!」

「そ、そうなんだ。それは良かったね。 ……それはいいんだけど、放してくれないかな?」

「嫌っす! この程度じゃ、自分の感謝が全然伝わって無いと思うっすから! 伝えきるまで離さないっすよ!」

 ──駄目だこの子……早く何とかしないと……。

 気づけば、広場を行きかうたくさんの通行人が、目を丸くしてあたし達を見つめている。

「ちょ、本当にやめて。みんな見てるから。恥ずかしいって」

「恥ずかしいことは無いっすよ! ユウキさんの行いは立派なことっす! 胸を張っていいっす!」

「そういう意味じゃ無いから!」

 本気で振りほどこうとしても、全然ほどけそうに無い──この子、力強っ……。こんなことならチャームなんて拾わなきゃ良かった……。

 そんなリコちゃんのハグとの戦いは──。

「ああ、もう!」

 ゴチンッ。

 予想外の事態にキャラが崩れてしまったが、思わず頭突きをぶちかまして。

「ぎにゃっ!」

 リコさんが目を回してひっくり返るまで続いた。

 さっきまでとは違う意味で周りの人たちがざわつき出す。

 ──ああ、もう、どうしてこうなった⁉︎
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