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第二章 vs厄災アイン

#28 即興劇「スケバン」~悠貴side~

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 気を失ってしまったリコさんを放っておくわけにもいかず、私はリコさんを背負ってくろねこへと戻った。

「いらっしゃい……って、ユウキちゃんか。どうしたの? 何か忘れ物?」

 カウンターの上にカレーを並べて難しい顔をしていたサラさんが、私に気付いてそう向かえてくれた。

「ん?」

 と、サラさんが私の背負っているリコさんに気付く。

「どうしたんだ、その子は?」

「あ、えっと、色々あって気絶しちゃって……放っておくわけにもいかないと思ったんですけど、どうしていいかわからなくて、ついここに連れてきちゃいました……すいません」

「まあ、事情はよくわからないけど……気を失っているっていうなら、二階の部屋にでも寝かせておいてあげな」

「……はい」

 言われるまま、リコさんを昨日私たちが泊まっていた部屋へ連れて行こうとした時、サラさんが何かを思いついたように、私を呼び止めた。

「その子を寝かせたらさ、ちょっと、こっちに来てくれない? 協力して欲しいことがあるんだ」

「……わかりました」

 協力して欲しいことってなんだろうか。
 店には今のところ、客はいない。接客関係では無いと思うけれど……。

 そんなことを考えながら、リコさんを部屋のベッドの上に寝かせる。そうして、私はサラさんの元に戻った。

「それで、協力して欲しいことって、何ですか?」

「実は常連さんに一味違うカレーを食べたいって言われてね。試行錯誤しているんだけど、どうもしっくり来なくて。カレーが出来た世界の人なら、何かいいアイディアが無いかなって思って」

「……わかりました。頑張ってみます」

 私は小さく頷いた。とはいえ、前の世界では基本スーパーやコンビニの総菜かレトルト食品ばかり食べていたから、力になれる気はあまりしないけれど。

「あの……ちなみに、ここに並んでいるカレーは?」

「そこにあるやつは全部失敗作。滅茶苦茶に辛くしてみたり、逆にびっくりするくらい甘くしてみたり、思いついたものを片っ端から突っ込んでみたりしてみたけど、どれも何か違うんだよね。良かったら、食べてみる? あまりおススメはしないけど」

「遠慮しておきます」と首を振ってから、私はサラさんに提案してみる。

「……カレーの味そのものを変えるんじゃなくて……トッピングで工夫してみるのはどうですか?」

「トッピングね……。チーズカレーとかカツカレーとかはもうあるし……それ以外で何か変わったトッピングとか知っているの?」

「ええっと……変わっているかはわからないですけど……納豆とか? そもそも、この世界に納豆があるのかわからないですが……」

 前の世界で、レトルトカレーに物足りなさを感じた時に試してみたトッピングだ。ミスマッチなようで、結構イケた。

 というか、チーズやカツ以外にカレーのトッピングをあげろと言われても、私に出てくるのはこれくらいしかない。料理なんて、ほとんどして来なかったし。

「納豆は知っているよ。豆が腐ったみたいな奴でしょ?」

「合っていますけど、言い方……」

「アレをカレーに入れるのか……本当に合うのか? でも、カレーは意外なものと相性が良かったりするしな……」

 私の提案を受け、うんうんと唸った後。

「じゃあ、ユウキちゃん。悪いんだけど、今から納豆を買ってきてくれない? あー、でも、店の場所わかんないよね。市場に異世界生まれの発酵食品を扱うところがあって、そこに売っているんだけど……」

「ああ、市場の場所ならわかります。さっき、見て来たので」

 対面で買い物をするのは得意ではないけれど、そういうシーンのお芝居をすると思ってしまえばどうにかなる。

 と、市場まで行き、目的の店を探している時のことだった。

 一つの店で、ガラの悪い男と店員が言い争っていた。

「てめぇ、なんだこの腐った豆は! ふざけやがって! 金を返せ! 迷惑料も込みでだ!」

「いや、だから、納豆はこういう物なんですって……」

 キレ散らかしている男に、店員の女性が困ったように説明する。
 そんなやり取りを聞いて、この店が私の探していた納豆を売っている店なのだと気づく。

 頼まれている以上、納豆は買って帰らなければならない。

 けれど、状況的に今は買えそうにない雰囲気だし……。

 と、店の前でおろおろとしていると、男が私に怒鳴って来た。

「おい! 何そこでうろちょろしてんだ! 見世物じゃ……あ!」

 男が私の顔を見て何かに気づいたようだった。そして、私も男の顔を見て気づく。

 この男、先日アレッタに一撃でのされていたチンピラだ。

 動揺したように、男がこちらを見回してきた。

「あのガキは……いねぇのか」

 アレッタがこの場にいないことを分かった瞬間、再び男が威勢を取り戻す。

「この間は世話になったな。あのガキのせいで、俺は今ツレ全員から舐められてるんだよ。ガキに……しかも、女のガキに負けた雑魚ってな。どう責任取ってくれるんだ?」

 ――いや、どう考えても、自業自得では?

 私は頭の中だけででそう返す。

 実際はビビってしまって、何も言えずに黙り込むしかできなかったけれど。

 そんな私の様子を見て、男は勢いよく鼻を鳴らした。

「お前はあの女とは違うただのガキみたいだな」

「……」

 何も言い返せない私に対して、男は勝ち誇ったように顔を歪ませた。

「そうだよな! 普通は女のガキが俺とやり合うなんてできやしねえよな! ……とりあえず、痛い目みたくなきゃ、この間の慰謝料を払ってもらおうか?」

「ちょっと! あなた、それは流石に……」

 見かねた店員が男を止めようとしてくれたけれど。

「ああ? お前には関係無いだろうが」

 脅すように、男が懐からナイフを取り出して、チラつかせたため、店員も何も言えなくなってしまったようだった。

 ここらが私の我慢の限界だった。

 訳のわからない滅茶苦茶な理屈で他人に迷惑をかけてくる奴だ。ボコボコにしてやりたいと思った。

 私はルーナによって、余程のことが無い限り死なないくらい身体を強化してもらっている。

 それに、私はルミナス☆リリィのアクションシーンに取り入れる為だと、基礎中の基礎レベルとはいえ、いくつかの格闘技も叩き込まれているのだ。

 頑張れば、ナイフを持ったチンピラくらいならば倒せるだろう。

 けれど、今のままでは、まだ怒りよりもビビりが先に来て、動けそうにない。

 だから、演技をすることにした。チンピラにはチンピラだ。

 目を閉じて、精神を集中し、血気盛んなスケバンをイメージする。

 自分の中で役のイメージが固まると同時に、の身体は動き出していた。

 男の懐に潜り込み、思いっきり足を踏みつける。痛みに飛び上がっているところにすかさず顔面パンチをお見舞いする。

 ルーナによる身体能力強化の影響か、その威力は自分の想像を超えていた。
 男は鼻血を垂れ流しながら、後ろへ大きく倒れ込んだのだ。

 しかし、少し拳の入りが甘かったのか、ノックアウトにまでは至らず、

「野郎、ぶっ殺してやる!」

 起き上がると同時に持っていたナイフを向けてきた。

「女のガキ相手に刃物を向けるなんて、さすがは雑魚だな、アンタ」

「クソ! 調子に乗るなよ!」

 男は挑発に乗って、アタシに斬りかかってきた。
 アタシはその場に立ったまま、男を見据える。

「お嬢ちゃん⁉ 何ぼうっと立っているの!」

 慌てた声で店員が叫んでいるのが聞こえる。短く息を吐き出す。

 男のナイフが身体に触れる寸前で、アタシは身を躱す。見えるのだ。相手の動きや、ナイフの軌道が。だから、わかるのだ。身を動かすベストなタイミングが。これも身体能力強化のおかげだろう。

「なっ」

 確実にアタシの身体を捉えたと思い、全体重をナイフにかけていた男が間の抜けた声をあげると同時に、大きく体勢を崩す。

 その隙に、男の懐に入り込み、アタシは自分の握り拳を額に打ちつけた。

「ぎゃっ!」

 続けて額を抑えて前屈みになった男の肩を引き寄せて、鳩尾に膝を入れる。

「がはっ!」

 手に持っていたナイフを落とし、その場に膝をついた男の顔面に思いっきり膝蹴りを炸裂させる。

「んぐっ!」

 本日二度目となる鼻血を派手に噴き出しながら、男がひっくり返った。

「こんなクソしょうもない騒ぎを起こした落とし前、つけてもらうからな?」

 それから、アタシは男が落としたナイフを振り上げる。

「勘弁してくれ。もうこんな真似はしねえし、お前にもあの女のガキにも一切関わらないようにするから……」

「本当だな? もし破ったら……」

 ザクッ。

 男の顔の横ギリギリに勢いよくナイフを突き立てた。

「ひぃっ!」

 びくん、と身体を震わせると、泡を吹いて男は気を失った。

 男との戦いに決着がついた瞬間、の演技への集中が解けた。緊張の糸が急激に緩んだせいで、全身から力が抜ける。

 私はガクリと膝を折って、その場に座り込んだ。

 伸びている男を見て、私は自分でやったことに驚き、呆然とした。

 自分があんな怖そうな人を本当に倒せたなんて。

「お嬢ちゃん!」

 店員の呼びかけに、私は我に返った。

「お嬢ちゃん、大丈夫だったかい? ごめんよ、私にはどうすることもできなくて……こいつは私がきちんと騎士団にでも突き出しておくから」

「……気にしないでください。それより、お店の床にナイフを突き立てちゃって、すいません。弁償します」

 私の雰囲気が急に変わったことに戸惑いつつ、店員はぶんぶんと首を振った。

「弁償なんて……むしろ、迷惑な奴をどうにかしてくれたお礼をさせてくれ。まあ、そんな大したことは出来ないけど……」

「そんな、お礼なんていいですって……」

「いや、それじゃあ、私の気が済まないから」

「えっと……それなら……」
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