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第四章 近づきたい
初恋
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難民のグループと話をして以降、アシュレは執務室にこもって言葉の教科書を作っていた。
なにも完璧にアヴァロの言葉を覚える必要はない。
なんとなく、意味が通じて会話が成立すればいいのだ。彼らにもそう思ってもらって、気楽に勉強をしてもらいたい。
仕事に没頭していると、いつの間にか日が沈みかけて部屋に西日が差し込んでいた。
クレオたち先輩文官が「お先に。君も早く帰りなさいね」と一言告げて帰ってから、かなりの時間が経っていたようだ。
(僕もそろそろ、終わりにしたほうがいいのかな)
暗くなるとランプをつけなければいけないから、資源の無駄使いになってしまう。
そう思って片付けをしていると、ヴェンゴとダリルが連れ立って執務室に来た。
珍しく、二人そろって私服だ。
「よっ。頑張ってるねえ。ヴェンゴも褒めてたよ。アシュは優秀だってさ」
「本当ですか!嬉しい」
アシュレは満面の笑顔でヴェンゴにしがみつき、肺いっぱいに彼のフェロモンを吸い込む。
いつものようにヴェンゴは避けようとしたが、ダリルがさりげなくアシュレの方に突き飛ばしたため、捕まってしまった。
首根っこを掴んで引き剥がそうとするが、引っ張るほどアシュレが強くしがみついてくるため、なかなか剥がすことができない。
「お前はトラバサミかよ!……まあ、でも優秀なのは確かだ。これから定期的に難民の人口調査をするように指示が出せたしな」
「えへ。ヴェンゴ様、少しは僕のこと好きになってくれましたか?」
「あ?別に好きになる要素はねえだろ」
潤んだ瞳でヴェンゴを見上げてみても、うんざりした顔をされるだけだ。
修道院では支配欲の強いアルファを喜ばせる仕草だと教わったのに、なんの役にも立たないじゃないか。嘘つき!とアシュレは心の中で地団駄を踏んだ。
「ひどい……でも、好き……」
「へえ、わかりやすいね。俺がアヴァロに来た頃にこんなのあったら、嬉しかったかも」
ダリルが作りかけの教材を見て感心する。
「お二人とも軽装ですけど、出かけてたんですか?」
アシュレはヴェンゴに抱きついたまま、尋ねる。
仕事ではなく二人で外出していたのなら、羨ましい。
「いや、これから出る。お前を街の鍵屋に連れてく」
「鍵屋さん?なんで?」
「その首のヤツ、取んだよ」
ヴェンゴに首元を指さされて、アシュレは首に巻かれたチョーカーに手をあてる。
「これ?わざわざ、そのためだけにこんな時間から鍵屋さんに行くんですか?もう暗くなりますよ?」
「俺がムカつくんだよ。そんなもん早く外せ」
イライラした様子のヴェンゴを見て、アシュレが首を傾げる。なぜそんなに怒ってるのか、わからない。
「あは。お前って意外と嫉妬深いんだねえ」
「そういうことじゃねえ。前の暮らしを思い出すようなもん、取っちまったほうがいいだろ」
「もしかして、僕がトロキアの生活を思い出してウジウジしてるから……?ごめんなさい、あの、もう昔のことなんて言いませんから」
アシュレは慌ててヴェンゴから離れて言う。
育ちへの劣等感を口にしてばかりいることを、ヴェンゴは鬱陶しく思っているのかもしれない……そう思ったのだ。
しかし、ヴェンゴの反応はアシュレの予想とはまったく違うものだった。
「いいことじゃねえかよ。お前、最初は自分がいた環境がおかしいことからも、本当は嫌だってことからも目ぇ逸らしてただろ。辛かったって認められんのは、まともになった証拠だろうが」
「へええ。俺、感動しちゃったよ。お前にもそんな情緒があったんだねえ」
からかうダリルに対し、ヴェンゴが鼻の頭に皺を寄せて唸る。
「だから!兄貴ヅラすんなっつってんだろ。お前は別に来なくていいんだからな」
幼馴染みの二人がじゃれあいのような口喧嘩をしているなか、アシュレは夢を見るようにぼんやりとした眼差しでヴェンゴの顔を見上げていた。
ヴェンゴからしたら大したことじゃないのかもしれない。
けれど、こんな風に大事にしてくれる人なんて、アシュレの人生にはただの一人もいなかった。
だから心からヴェンゴのことが好きだと──ここにきて、強く思う。
もう運命とは関係なく、アシュレはヴェンゴに恋をしていた。
親の愛情さえ記憶になく、人並みの経験を何もしてこなかったアシュレにとって、初恋はあまりにも烈しく手に余る感情なうえ、ヴェンゴからは悲しいほどはっきり拒絶されている。
なにしろ「お前“だけ”は嫌だ」とまで言われたばかりだ。
それでも、アシュレにはヴェンゴを諦める未来が想像できなかった。
なにも完璧にアヴァロの言葉を覚える必要はない。
なんとなく、意味が通じて会話が成立すればいいのだ。彼らにもそう思ってもらって、気楽に勉強をしてもらいたい。
仕事に没頭していると、いつの間にか日が沈みかけて部屋に西日が差し込んでいた。
クレオたち先輩文官が「お先に。君も早く帰りなさいね」と一言告げて帰ってから、かなりの時間が経っていたようだ。
(僕もそろそろ、終わりにしたほうがいいのかな)
暗くなるとランプをつけなければいけないから、資源の無駄使いになってしまう。
そう思って片付けをしていると、ヴェンゴとダリルが連れ立って執務室に来た。
珍しく、二人そろって私服だ。
「よっ。頑張ってるねえ。ヴェンゴも褒めてたよ。アシュは優秀だってさ」
「本当ですか!嬉しい」
アシュレは満面の笑顔でヴェンゴにしがみつき、肺いっぱいに彼のフェロモンを吸い込む。
いつものようにヴェンゴは避けようとしたが、ダリルがさりげなくアシュレの方に突き飛ばしたため、捕まってしまった。
首根っこを掴んで引き剥がそうとするが、引っ張るほどアシュレが強くしがみついてくるため、なかなか剥がすことができない。
「お前はトラバサミかよ!……まあ、でも優秀なのは確かだ。これから定期的に難民の人口調査をするように指示が出せたしな」
「えへ。ヴェンゴ様、少しは僕のこと好きになってくれましたか?」
「あ?別に好きになる要素はねえだろ」
潤んだ瞳でヴェンゴを見上げてみても、うんざりした顔をされるだけだ。
修道院では支配欲の強いアルファを喜ばせる仕草だと教わったのに、なんの役にも立たないじゃないか。嘘つき!とアシュレは心の中で地団駄を踏んだ。
「ひどい……でも、好き……」
「へえ、わかりやすいね。俺がアヴァロに来た頃にこんなのあったら、嬉しかったかも」
ダリルが作りかけの教材を見て感心する。
「お二人とも軽装ですけど、出かけてたんですか?」
アシュレはヴェンゴに抱きついたまま、尋ねる。
仕事ではなく二人で外出していたのなら、羨ましい。
「いや、これから出る。お前を街の鍵屋に連れてく」
「鍵屋さん?なんで?」
「その首のヤツ、取んだよ」
ヴェンゴに首元を指さされて、アシュレは首に巻かれたチョーカーに手をあてる。
「これ?わざわざ、そのためだけにこんな時間から鍵屋さんに行くんですか?もう暗くなりますよ?」
「俺がムカつくんだよ。そんなもん早く外せ」
イライラした様子のヴェンゴを見て、アシュレが首を傾げる。なぜそんなに怒ってるのか、わからない。
「あは。お前って意外と嫉妬深いんだねえ」
「そういうことじゃねえ。前の暮らしを思い出すようなもん、取っちまったほうがいいだろ」
「もしかして、僕がトロキアの生活を思い出してウジウジしてるから……?ごめんなさい、あの、もう昔のことなんて言いませんから」
アシュレは慌ててヴェンゴから離れて言う。
育ちへの劣等感を口にしてばかりいることを、ヴェンゴは鬱陶しく思っているのかもしれない……そう思ったのだ。
しかし、ヴェンゴの反応はアシュレの予想とはまったく違うものだった。
「いいことじゃねえかよ。お前、最初は自分がいた環境がおかしいことからも、本当は嫌だってことからも目ぇ逸らしてただろ。辛かったって認められんのは、まともになった証拠だろうが」
「へええ。俺、感動しちゃったよ。お前にもそんな情緒があったんだねえ」
からかうダリルに対し、ヴェンゴが鼻の頭に皺を寄せて唸る。
「だから!兄貴ヅラすんなっつってんだろ。お前は別に来なくていいんだからな」
幼馴染みの二人がじゃれあいのような口喧嘩をしているなか、アシュレは夢を見るようにぼんやりとした眼差しでヴェンゴの顔を見上げていた。
ヴェンゴからしたら大したことじゃないのかもしれない。
けれど、こんな風に大事にしてくれる人なんて、アシュレの人生にはただの一人もいなかった。
だから心からヴェンゴのことが好きだと──ここにきて、強く思う。
もう運命とは関係なく、アシュレはヴェンゴに恋をしていた。
親の愛情さえ記憶になく、人並みの経験を何もしてこなかったアシュレにとって、初恋はあまりにも烈しく手に余る感情なうえ、ヴェンゴからは悲しいほどはっきり拒絶されている。
なにしろ「お前“だけ”は嫌だ」とまで言われたばかりだ。
それでも、アシュレにはヴェンゴを諦める未来が想像できなかった。
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