『再誕・源義経 ~現代知識と英雄の本能で、二度目の歴史を塗り替える~』

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【覇道・新国家編】

北へ渡る風、地図にない王国の夜明け

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破壊するのは一瞬だが、創るのは一生かかる。
 その事実を、俺は骨の髄まで噛み締めていた。
 文治三年(一一九二年)。
 鎌倉では、源頼朝が征夷大将軍に任じられ、武家政権の頂点に立っていた。
 一方、北の奥州。
 俺たちは、泥と汗にまみれていた。
「……寒いな」
 俺は白い息を吐き、目の前に広がる海峡を見つめた。
 津軽海峡。
 本州と、北の大地・蝦夷(えぞ)を隔てる、荒れ狂う海の壁だ。
「殿。準備が整いました」
 弁慶が報告に来た。その身体は一回り大きくなったように見える。戦うためではなく、開拓のために筋肉がついたからだ。
「移民船団、計五十艘。大工、鍛冶屋、医師、そして農民……。総勢一千名の『夢追い人』たちです」
 俺は振り返った。
 十三湊(とさみなと)の港には、雑多な集団がひしめいていた。
 奥州の民だけではない。噂を聞きつけて、鎌倉の支配を嫌った関東のあぶれ者や、京で食い詰めた職人、そしてかつての敵である平家の残党たちも混じっている。
 彼らに共通しているのは、南の国(日本)に居場所をなくした者たちだということ。
「行くぞ、弁慶。ここから先は地図にない場所だ」
 俺は船に乗り込んだ。
 目指すは対岸、渡島(おしま・現在の函館周辺)。
 ***
 海は荒れた。
 津軽の海流は速く、船は木の葉のように揺さぶられた。
 だが、今の俺たちには「羅針盤」があった。
 金売り吉次が大陸から仕入れた、磁石を使った航海術だ。
「南を捨てたことを、後悔しているか?」
 揺れる船上で、俺は隣に座る佐藤忠信に尋ねた。
 彼は吉野山で俺の身代わりとなり、死にかけた男だ。奇跡的に生還し、今は俺の側近として働いている。
「まさか」
 忠信は笑い飛ばした。
「鎌倉の武士たちは、土地を守るために隣人と殺し合っています。……ですが、我々の前には、奪い合う必要のない広大な大地がある。これほど痛快なことはありませぬ」
 数時間後。
 霧の向こうから、巨大な影が浮かび上がった。
 島ではない。大陸のような威容を誇る、未踏の大地。
「……でかい」
 誰かが呟いた。
 山々は深く、森は黒々とし、海岸線はどこまでも続いている。
 人の手が全く入っていない、原始のエネルギーが充満していた。
「着岸ッ!」
 号令と共に、船が砂浜に乗り上げる。
 俺は一番に飛び降りた。
 ザクッ。
 ブーツが未開の土を踏む感触。冷たく、硬く、そして力強い。
「ここだ」
 俺は集まった民たちに向かって声を張り上げた。
「よく見ろ! ここには年貢を取り立てる地頭もいない! 身分を縛る法律もない! あるのは厳しい自然と、無限の資源だけだ!」
 俺は森を指差した。
「木を切れ! 家を建てろ! 畑を耕せ! この土地は、最初に汗を流した奴のものだ! 誰に遠慮することもない、お前たち自身の国を、ここから始めるんだ!」
 「おおぉぉぉッ!!」
 歓声が上がった。
 それは戦の勝鬨(かちどき)ではない。
 生きるための、希望の咆哮だった。
 ***
 開拓は過酷を極めた。
 蝦夷の自然は甘くない。
 ヒグマという名の魔獣が徘徊し、夜になれば氷点下の冷気が襲う。
 俺は総大将の椅子に座っている暇などなかった。
 自ら斧を振るい、巨木を切り倒す。
 現代の知識を総動員し、都市計画(シティ・プランニング)を引く。
「道は広くしろ! 馬車がすれ違える幅だ!」
「水路は直線に引くな! 氾濫を防ぐために遊水地を作れ!」
「排泄物は川に流すな! 溜めて発酵させ、肥料にするんだ!」
 俺の指示は細かく、そして合理的だった。
 かつて戦場で兵を動かした指揮能力が、今は土木工事の現場で発揮されていた。
 兵士たちは鍬(くわ)を持ち、武士たちは測量を行う。
 そんなある夜。
 野営地の焚き火のそばで、俺は一人の「先住者」と対峙していた。
 毛皮を纏い、立派な髭を蓄えたアイヌの長老。
 言葉は通じない。だが、その目は警戒心に満ちている。
 当然だ。我々は勝手に彼らの庭に踏み込んだ侵略者になりかねない。
「……争うつもりはない」
 俺は刀を地面に置き、両手を見せた。
 そして、持ってきた鉄鍋や、吉次が用意した絹織物を差し出した。
「交易(トレード)だ。我々は鉄と技術を渡す。貴殿らは、この土地の知恵と毛皮を貸してほしい」
 長老はしばらく俺の目をじっと見ていたが、やがて鉄鍋を手に取り、コンコンと叩いた。
 そして、懐から干した鮭を取り出し、俺に放ってよこした。
 商談成立。
 言葉はいらない。利害の一致と、相手への敬意があれば、手は結べる。
「……面白いな」
 干し鮭をかじりながら、俺は夜空を見上げた。
 南の空には、鎌倉の星が輝いている。
 だが、俺の頭上には、見たこともないほど濃密な天の川が流れていた。
 頼朝兄上。
 あなたは、御家人たちの顔色を伺いながら、狭い日本を治めればいい。
 俺はここから、世界へ手を伸ばす。
 北へ向かう海流の先には、大陸がある。
 アムール川、モンゴル高原、そしてシルクロード。
 この蝦夷を拠点に、壮大な「北洋貿易圏」を築き上げる。
「弁慶。地図を持ってこい」
「また新しい計画ですか?」
「ああ。港を作るぞ。世界中の船が集まる、巨大な自由貿易港だ。名前は……」
 俺は焚き火の明かりで、白紙の地図に線を引いた。
 扇の形をした、天然の良港。
「函館(はこだて)。……いや、今はまだ『宇須岸(うすけし)』か。ここを、我々の王国の首都にする」
 源義経、三十四歳。
 戦神としての生涯を終え、建国の父としての第二の人生が、荒野の風の中で始まろうとしていた。
 だが、その繁栄を妬む鎌倉の影と、さらに北から迫る「世界最強の騎馬民族」の足音には、まだ気づいていなかった。
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