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第1章 その翼は何色に染まるのか
31話 疑惑能力
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灯真が両手の人差し指と親指を立て拳銃のような構えで山本と広瀬に向けると、彼の背中で翼の形に集まっていた桜色の羽が数十枚背中から離れ、山本の両手と広瀬の腹部に集まり小さな木の枝を作り出す。心地よい暖かさ感じるその枝から、徐々に光り輝く桜の花が開花し、同時に二人が感じていた痛みが消えていく。
「回復なんてさせるかよ!」
松平の部下に右手を向けられ、広瀬はすぐに両手を自分の目の前で交差させ防御姿勢を取る。先ほど彼が腹部に受けたのは圧縮した空気の塊。目に見えないそれを砲弾のように飛ばすという、同僚だった男が使う魔法だ。
拡張探知の使う余裕もなく、広瀬にはとにかく防御姿勢をとることしかできない。男が伸ばした手の位置を見定めて、腕の位置を微調整する。広瀬の知る限り、男の魔法は真っ直ぐしか飛ばない。
ピシャーン
広瀬が衝撃に備える中で突然鳴り響いた甲高い音。彼の目に映ったのは地面と水平に走る光の線。発生点は、広瀬を狙った男の右手。男は手足を痙攣させその場に膝をつく。かろうじて意識は保っているようだが、男の手足に力は入らずそのまま地面に伏せた。
「バカな!?」
松平も部下の男たちも、一斉に拡張探知で周囲の状況を探る。しかしどこにも魔法の反応はない。
「まだどこかに隠していたってのか!?」
「それならなんで探知にひっかからない?」
「落ち着け。あれだけの威力だ。数がそんなにあるわけが」
そういいながら男が一歩下がると、再びあの耳に響く高音と地面から空に向かって伸びる光が現れる。また一人、体をブルブルと震えさせながらその場に倒れた。
「どうなってんだ……」
どこに仕掛けてあるのかもわからぬ罠に松平の部下たちが一人、また一人と倒れていく様を見て広瀬は目を丸くしている。どれだけ拡張探知でその場所が特定しようとも、彼らは発見できなかった。岩端たちを守っている壁は確認できているのに。
「あの人たちも見えてないんだ……」
見えない壁に寄りかかる広瀬の後方、気弱そうな少年がつぶやいたのを岩端と広瀬は聞き逃さなかった。
「おい、どういうことだ?」
「えっと……散布探知で薄まった魔力は、魔力同士の抵抗が弱くなって見えづらくなるけど……一緒に他のものも見えづらくさせるんだって、灯真先生が」
「そんなに見えなくなるものなのか?」
「かなえ先生も最初の頃は見えなくて……よく訓練の時に転ばされてたから……」
「マジかよ……」
散布探知というものを広瀬は知らない。だが少年のいう「魔力を薄める」という発想に唖然とする。そもそも、現代魔法使いは魔力の量を変えることはあっても濃度を変えるという考え方は存在しない。魔法を使う上で重要なのは、魔力の量であって質ではないからだ。
少年の話を聞いて広瀬にも状況が見えてきた。おそらく罠が設置してあるのは灯真の見えない羽。彼の羽は自由に動かすことができるという。その情報に間違いがなければ、流動的に罠の位置は変更されている。
松平も彼の部下たちも同じ予想を立てていた。しかし、肉眼での確認が困難な上に拡張探知で探ることもできない。
「あいつらが動けねぇってことは、これでクソ主任に集中できるってこったな」
痛みが完全に引いたことを確認し広瀬が立ち上がると、腹から生えていた枝が砕け散り、破片が攻撃を受けた場所に入ってその姿を完全に消した。
「お前ら絶対にここから出るなよ。あいつの羽が守ってくれる。岩端、てめぇはこいつらのそばにいてやれ」
「え? いや……でも……」
「魔法が使えなくても関係ねぇ。ガキを守んのは、大人の役目だろうが」
そう言い残して、広瀬は身動きが取れなくなった元仲間たちの横をすり抜けて松平のところへ走る。彼を止めようという気持ちはあっても、男たちは見えない罠の存在を警戒し無闇に動くことができない。彼らの顔にイラつきと焦りが浮かんでいるのを見て、普段の広瀬であれば鼻で笑っていただろう。しかし彼の目には今、松平しか映っていない。
「関係ない……か」
岩端は胸が締め付けられるような気分だった。これまで何をするにも理由をつけて避けてきた。この状況で自分には何もできないと、そう思い込んでいた。だが、広瀬のいう言葉が岩端の心を揺さぶる。
「あったな……こんな場面……」
右手を力強く握り締めながら、岩端は幼い頃に見た特撮ヒーローの番組を思い出す。変身することができなくなった主人公が、それでも仲間を守るため敵に立ち向かうシーン。何度も繰り返し見た。こんなヒーローになりたいと夢見た。番組自体は15年以上前のことなのに、今も鮮明に思い出すことができる。
『変身できなくなった貴様は只の人だ。なのに、なぜ立ち向かう? なぜ逃げない? 死ぬのが怖くないのか?』
『死ぬのは怖いさ。逃げられるなら逃げたいさ。だけどな……理由なんてないんだよ。ただみんなを守りたいと、そう思っただけだからな』
今までの岩端であれば、そんな気持ちになりはしなかっただろう。しかし灯真の言葉や彼との訓練が、魔法を好きだった頃の初心を思い出させた。広瀬の一言が、かつて憧れた者の姿を思い出させた。
来栖の下に集まる子供達は、彼が生きているとわかり安堵しながらもその表情には陰りが見える。
『いつから始めたっていいってことです』
灯真の声が岩端の頭の中で再生される。そして、この子達を助けたいという隅に隠れていた想いがほんの少しだけ、岩端が心につけた蓋を取り顔を出す。両手で自身の頬を強く叩くと、岩端は子供達と動きを封じられた男たちとの間に入るように立った。
「さあ、お仲間は身動き取れねぇようだし大人しくしてもらえますかい、主任?」
「法執行機関長、『総大将』日之宮一大の命により、セリーレへの加担が疑われる貴方を拘束する」
「お前らが、私を? クックックッ……私の魔法を使われる前にと焦る貴様らが? 笑わせてくれるなぁ!」
松平の笑みに苛立つ広瀬だったが、魔法を警戒しているのは事実であった。抵抗する術はあるものの、松平の本気を二人は一度も見たことがない。最大級の炎に襲われた時、自分たちはもとより後ろにいる子供達まで守れる保証がない。魔力を消費している灯真にもおそらく期待はできない。
「実に不愉快だ。先に貴様らから始末してやる!」
ボキボキと指の骨を鳴らすと、灯真が仕掛けているかもしれない罠を気にする様子も見せずに、松平は脇を締めて左腕を引っ込める。攻撃が来ると判断して構える広瀬に視線を飛ばすと、左腕を力一杯彼に向けて伸ばした。
「ん?」
松平は自分に起きた異変に気付き、自身の左腕に注目する。どれだけ力を入れて動かそうとも、壁のようなものに阻まれて伸ばすことができない。同時に、左半身だけ狭い場所にいるかのような窮屈さを感じる。
「やっぱり、それが発動の引き金なんですね」
「なん……だと?」
灯真の一言に松平は大きく動揺する。
「ずっと不思議に思っていました。貴方の魔法は炎。腕を変化させるものではないし、地面から棒を突き出すものでもない。なのに魔道具を使った様子がまるでなかった。貴方のその右腕も地面から出てくるあの棒も、『魔術』ですよね?」
「そっ……そう思いだければ勝手にそうすればいいさ」
引き攣った笑みを浮かべる松平を見て、灯真は嘆息する。
「魔道具を使うには、魔力を注ぎ入れる必要がある。だけど、貴方が俺に攻撃を仕掛けてから使った魔道具は一つだけ。タイミングから察するに、俺に接近するために移動を補助するようなものを使ったんでしょう」
「この結界の影響下では探知すらまともに使用できん貴様に、そんなことがわかるはずがない。憶測で話をするのはやめーー」
「なぜ探知が使えないと?」
早口になってきた松平が、灯真の一言によってまるで一時停止された映像のようにピタッと動きを止めた。
「俺のことを知っているのであれば、それくらいは予想できたはずなんですが……そこまで教えてもらっていなかったということですか?」
「…… 15年……調査機関に入ったのが2年前だとしても13年……貴様が魔法を使わずに生きてきたことはわかっている。そのブランクがある貴様が、我々のような厳しい訓練もこなしていない貴様が、この結界内でどうやって探知を使う? 不可能だろうが!」
笑みが消え激昂する松平だったが、灯真は怖気付くこともなく冷静さを崩さない。
「先ほどご自身で言われたこと、もう忘れたんですか?」
「何?」
「明日の朝になって死んでいても責任は取れんぞ? って、言ってましたよね」
「それが何だとい……」
自分の発言の意味を思い出し、松平は言葉を失う。目を大きく開き、額から一筋の汗が流れ落ちた。松平は知っていた。灯真がどんな問題を抱えているのか。そしてそれが、この結界内でどんな影響を及ぼすのか。
「回復なんてさせるかよ!」
松平の部下に右手を向けられ、広瀬はすぐに両手を自分の目の前で交差させ防御姿勢を取る。先ほど彼が腹部に受けたのは圧縮した空気の塊。目に見えないそれを砲弾のように飛ばすという、同僚だった男が使う魔法だ。
拡張探知の使う余裕もなく、広瀬にはとにかく防御姿勢をとることしかできない。男が伸ばした手の位置を見定めて、腕の位置を微調整する。広瀬の知る限り、男の魔法は真っ直ぐしか飛ばない。
ピシャーン
広瀬が衝撃に備える中で突然鳴り響いた甲高い音。彼の目に映ったのは地面と水平に走る光の線。発生点は、広瀬を狙った男の右手。男は手足を痙攣させその場に膝をつく。かろうじて意識は保っているようだが、男の手足に力は入らずそのまま地面に伏せた。
「バカな!?」
松平も部下の男たちも、一斉に拡張探知で周囲の状況を探る。しかしどこにも魔法の反応はない。
「まだどこかに隠していたってのか!?」
「それならなんで探知にひっかからない?」
「落ち着け。あれだけの威力だ。数がそんなにあるわけが」
そういいながら男が一歩下がると、再びあの耳に響く高音と地面から空に向かって伸びる光が現れる。また一人、体をブルブルと震えさせながらその場に倒れた。
「どうなってんだ……」
どこに仕掛けてあるのかもわからぬ罠に松平の部下たちが一人、また一人と倒れていく様を見て広瀬は目を丸くしている。どれだけ拡張探知でその場所が特定しようとも、彼らは発見できなかった。岩端たちを守っている壁は確認できているのに。
「あの人たちも見えてないんだ……」
見えない壁に寄りかかる広瀬の後方、気弱そうな少年がつぶやいたのを岩端と広瀬は聞き逃さなかった。
「おい、どういうことだ?」
「えっと……散布探知で薄まった魔力は、魔力同士の抵抗が弱くなって見えづらくなるけど……一緒に他のものも見えづらくさせるんだって、灯真先生が」
「そんなに見えなくなるものなのか?」
「かなえ先生も最初の頃は見えなくて……よく訓練の時に転ばされてたから……」
「マジかよ……」
散布探知というものを広瀬は知らない。だが少年のいう「魔力を薄める」という発想に唖然とする。そもそも、現代魔法使いは魔力の量を変えることはあっても濃度を変えるという考え方は存在しない。魔法を使う上で重要なのは、魔力の量であって質ではないからだ。
少年の話を聞いて広瀬にも状況が見えてきた。おそらく罠が設置してあるのは灯真の見えない羽。彼の羽は自由に動かすことができるという。その情報に間違いがなければ、流動的に罠の位置は変更されている。
松平も彼の部下たちも同じ予想を立てていた。しかし、肉眼での確認が困難な上に拡張探知で探ることもできない。
「あいつらが動けねぇってことは、これでクソ主任に集中できるってこったな」
痛みが完全に引いたことを確認し広瀬が立ち上がると、腹から生えていた枝が砕け散り、破片が攻撃を受けた場所に入ってその姿を完全に消した。
「お前ら絶対にここから出るなよ。あいつの羽が守ってくれる。岩端、てめぇはこいつらのそばにいてやれ」
「え? いや……でも……」
「魔法が使えなくても関係ねぇ。ガキを守んのは、大人の役目だろうが」
そう言い残して、広瀬は身動きが取れなくなった元仲間たちの横をすり抜けて松平のところへ走る。彼を止めようという気持ちはあっても、男たちは見えない罠の存在を警戒し無闇に動くことができない。彼らの顔にイラつきと焦りが浮かんでいるのを見て、普段の広瀬であれば鼻で笑っていただろう。しかし彼の目には今、松平しか映っていない。
「関係ない……か」
岩端は胸が締め付けられるような気分だった。これまで何をするにも理由をつけて避けてきた。この状況で自分には何もできないと、そう思い込んでいた。だが、広瀬のいう言葉が岩端の心を揺さぶる。
「あったな……こんな場面……」
右手を力強く握り締めながら、岩端は幼い頃に見た特撮ヒーローの番組を思い出す。変身することができなくなった主人公が、それでも仲間を守るため敵に立ち向かうシーン。何度も繰り返し見た。こんなヒーローになりたいと夢見た。番組自体は15年以上前のことなのに、今も鮮明に思い出すことができる。
『変身できなくなった貴様は只の人だ。なのに、なぜ立ち向かう? なぜ逃げない? 死ぬのが怖くないのか?』
『死ぬのは怖いさ。逃げられるなら逃げたいさ。だけどな……理由なんてないんだよ。ただみんなを守りたいと、そう思っただけだからな』
今までの岩端であれば、そんな気持ちになりはしなかっただろう。しかし灯真の言葉や彼との訓練が、魔法を好きだった頃の初心を思い出させた。広瀬の一言が、かつて憧れた者の姿を思い出させた。
来栖の下に集まる子供達は、彼が生きているとわかり安堵しながらもその表情には陰りが見える。
『いつから始めたっていいってことです』
灯真の声が岩端の頭の中で再生される。そして、この子達を助けたいという隅に隠れていた想いがほんの少しだけ、岩端が心につけた蓋を取り顔を出す。両手で自身の頬を強く叩くと、岩端は子供達と動きを封じられた男たちとの間に入るように立った。
「さあ、お仲間は身動き取れねぇようだし大人しくしてもらえますかい、主任?」
「法執行機関長、『総大将』日之宮一大の命により、セリーレへの加担が疑われる貴方を拘束する」
「お前らが、私を? クックックッ……私の魔法を使われる前にと焦る貴様らが? 笑わせてくれるなぁ!」
松平の笑みに苛立つ広瀬だったが、魔法を警戒しているのは事実であった。抵抗する術はあるものの、松平の本気を二人は一度も見たことがない。最大級の炎に襲われた時、自分たちはもとより後ろにいる子供達まで守れる保証がない。魔力を消費している灯真にもおそらく期待はできない。
「実に不愉快だ。先に貴様らから始末してやる!」
ボキボキと指の骨を鳴らすと、灯真が仕掛けているかもしれない罠を気にする様子も見せずに、松平は脇を締めて左腕を引っ込める。攻撃が来ると判断して構える広瀬に視線を飛ばすと、左腕を力一杯彼に向けて伸ばした。
「ん?」
松平は自分に起きた異変に気付き、自身の左腕に注目する。どれだけ力を入れて動かそうとも、壁のようなものに阻まれて伸ばすことができない。同時に、左半身だけ狭い場所にいるかのような窮屈さを感じる。
「やっぱり、それが発動の引き金なんですね」
「なん……だと?」
灯真の一言に松平は大きく動揺する。
「ずっと不思議に思っていました。貴方の魔法は炎。腕を変化させるものではないし、地面から棒を突き出すものでもない。なのに魔道具を使った様子がまるでなかった。貴方のその右腕も地面から出てくるあの棒も、『魔術』ですよね?」
「そっ……そう思いだければ勝手にそうすればいいさ」
引き攣った笑みを浮かべる松平を見て、灯真は嘆息する。
「魔道具を使うには、魔力を注ぎ入れる必要がある。だけど、貴方が俺に攻撃を仕掛けてから使った魔道具は一つだけ。タイミングから察するに、俺に接近するために移動を補助するようなものを使ったんでしょう」
「この結界の影響下では探知すらまともに使用できん貴様に、そんなことがわかるはずがない。憶測で話をするのはやめーー」
「なぜ探知が使えないと?」
早口になってきた松平が、灯真の一言によってまるで一時停止された映像のようにピタッと動きを止めた。
「俺のことを知っているのであれば、それくらいは予想できたはずなんですが……そこまで教えてもらっていなかったということですか?」
「…… 15年……調査機関に入ったのが2年前だとしても13年……貴様が魔法を使わずに生きてきたことはわかっている。そのブランクがある貴様が、我々のような厳しい訓練もこなしていない貴様が、この結界内でどうやって探知を使う? 不可能だろうが!」
笑みが消え激昂する松平だったが、灯真は怖気付くこともなく冷静さを崩さない。
「先ほどご自身で言われたこと、もう忘れたんですか?」
「何?」
「明日の朝になって死んでいても責任は取れんぞ? って、言ってましたよね」
「それが何だとい……」
自分の発言の意味を思い出し、松平は言葉を失う。目を大きく開き、額から一筋の汗が流れ落ちた。松平は知っていた。灯真がどんな問題を抱えているのか。そしてそれが、この結界内でどんな影響を及ぼすのか。
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