神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第2章 その瞳が見つめる未来は

7話 どうして誰もいないんだ!?

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* * * * * * 

彼は平凡な男だった。

魔法使いの血筋ではあったが

その力を求めない道を選び、良き伴侶にも恵まれた。

しかし、突然起きた火事によってその幸せな生活は一変する。

両親と一人息子を失い

かろうじて生き残った妻も

全身に負った熱傷により生きているのも奇跡といわれた。

妻は苦しみから逃れたい一心で死を望んだ。

そんな彼女を前に、男は自らの魔法の力に目覚める。

それは彼女の体を癒す力ではなく

苦しむことのない安らかな死を与えるものだった

* * * * * * 



「この道のどこかにあるはずなんだ……」

 幸路は色のない世界の中を歩きながら、無数にある人の形をした何かの声に耳を傾けている。探しているのは被害者である明希の声。手に持った魔道具マイトによって幸路の耳に入ってくるのは、現実の音ではなくその場に残った強い思いや道を歩いていた人々の雑念。

 明希が入れられていたダンボールの中には、彼女の心の声がしっかりと残されていた。帰宅途中に攫われたと仮定すると、同じ声が彼女の帰路に残っている可能性がある。

「しっかし……ろくな奴がいないな……大丈夫かよ」

 この道を歩く人々の声のほとんどが、会社や学校の愚痴、今の状況への不満。中には犯罪じみた発言もある。

「うちの職場も大概だけど、同情するわ」

 調査機関ヴェストガインで働く同僚たちも、愚痴はたくさんこぼす。仕事量は多いが法執行機関キュージストのように目立つ仕事ではなく、給料も特別高いわけでもない。しかし、なんだかんだで仕事はするし不満はそこまで大きくない。それはひとえに長であるルイスや、上司である君島と土屋のおかげといえる。怒られることはあるが、信頼されているのがわかるからである。

「いい上司に巡り会えることを祈ってるぜ」

(今日は舞におやすみって言えるかな~)

 はっきりと聞こえたその声を、幸路の耳は聞き逃さなかった。他の声に混じっていてもわかるほど鮮明なそれを発した人物を探していく。周囲に見えている人に片っ端から近づき、その声を確認していく。

「いた!」

 それはこの場に残った他の誰よりもしっかりと人の形を保っており、声を聞かずとも明希であるとすぐにわかった。

(お義母さんまだいるかな……この前の煮物のレシピ知りたいんだよな)
(舞を寝かせたら光秀と2人でお酒もありかな……最近2人だけの時間なかったし)

「良い嫁さんだな……」

 それは明希の心の声を聞いた幸路の率直な感想だった。この道に残る雑念の数々や、これまで現場の調査で聞いてきた声と比べても、ここまで家族のことを考えていた人物を見たことはない。もちろんそれは、そういう現場だったという理由もあるだろうが……。

 ふと幸路の頭の中に、自分から離れていく女性の姿が浮かぶ。手を伸ばしても声をかけてもその女性が振り返ることはなく、遠ざかる背中だけが幸路の記憶に残されていた。

「いかんいかん。集中集中!」

 自身の雑念を振り払うように頭を左右に振り、歩いていく彼女の姿を追う。

 駅から稲葉家までは徒歩で15分。距離にしておよそ1.2km。すでにその半分を過ぎて住宅地に入った。道はそれほど大きくはないが、何かあれば近くに住んでいる人が気付きそうなものである。

「彼女を狙っていそうなのも……いないな……」

 明希を狙った人物の声や姿が確認できてもいいものなのだが、幸路が1人1人確認してもそれらしい人物は見当たらない。

「あん?」

 それは突然だった。道の途中で幸路の視界から明希の姿が忽然と消失した。この魔道具マイトのより使用できる魔法《デヴィールレラ 残された スデリト ドロセル》でこのような現象が起きるのは、意識が途切れたとき。医学的な意識消失ではなく、魂に付随する『心』の機能が停止したときに起こるものである。

「ここが現場ってことか」

 住宅街のど真ん中、この場所が明希が拉致された場所であることは間違いない。しかし、ポケットに入れていた発光結晶ルエグナを手に取っても、オレンジの光1色のみ。幸路が魔道具マイトを使ったことによるものだ。

 薬物の使用でこのような、心の声が消えることはありえない。薬物はあくまで肉体に作用するもの。それに対し、魔道具マイトで聞こえているのは心から発する声。肉体が死んでも聞くことはできる。

 この結果は、幸路がただ一つだけ浮かんだ可能性が現実であることを示唆していた。ローフィネムォン 4人のレゲンベル復讐者を名乗る魔法犯罪者が使用した魔法『スデリト ノプシオ』と同じ症状である。

 ただわからないのは、発光結晶ルエグナが他の色の光を発しないことと、明希が生きている理由である。


* * * * * *

スデリト ノプシオ……『心毒』と名付けられたその魔法は

人の命を奪う毒を作り出す魔法。

妻を苦しみから解放することを望んだ男が目覚めたその力は

魂に作用する毒であった。

体内に入ったそれは、『心』の機能を阻害し魂と肉体をつなぐ糸を破壊する

その毒に侵されたものは

あらゆる感覚から解放され眠るように息を引き取る

* * * * * *


 幸路は状況を整理するために魔道具マイトの使用を止める。彼の視界の外から次々と失われた色が塗られ、現実に戻っていく。

「明希さんを殺害するのが目的じゃないな。彼女をどこに運ぼうとした? 方法は?  ていうか、どうして誰もいないんだ!?」

 考えなければならない謎は多い。意識が途切れた後の明希は姿も声も見つからず、運ばれていたダンボールの中で彼女の声が聞こえた理由は不明。魔法を使った様子も確認できず、なによりこの場所から彼女を運んだであろう人物がいない。
 
 何かを探すようにウロウロし続ける彼のことを、通り過ぎる人々が不審な様子で見ている。しかし、そんな視線を気にも留めず稲葉家までのルートやその他の細い道も片っ端から漁ってみたが、有力な情報は何一つ手にいれることはできなかった。

「明日専門家に相談してみるか……」

 すでに二時間ほど、駅から稲葉家までの間をいったりきたりしている。体力的には余裕はあれど、魔道具マイトの使用で魔力の消費が著しい。ため息を吐きながら、幸路はスマートフォンで一通のメールを送る。

宛先:研究機関
件名:確認依頼
魔法名:スデリト ノプシオ
依頼内容:効果の詳細についての確認
訪問予定:明日、10時ごろ

 用意されているテンプレートに必要な言葉を打ち込み送信をタップすると、幸路は肩や背中を伸ばし始める。

「犯人が一緒なら他の行方不明の人たちも、どこかに運ばれた可能性があるな」

 小さく「ヨシッ」と自分に言い聞かせるようにつぶやき、幸路は足を前に進める。溢れんばかりのやる気が、彼の目を大きく開かせる。

 犯人が使ったと思われる魔法に不安はある。確実に人を死に至らしめるものだ。しかし、それでも彼の心意気は変わらない。全ては行方不明になった人たちを助けるため。彼が新人の教育係にさせられる理由はこういうところにある。







「私に何か用ですか?」

 少しだけ時間を遡る。それは、明希が拉致された位置を特定すべく幸路が魔道具マイトを使い出した頃、蛍司が三科と共に警察署に到着し犯人の特徴などを聞かれていた頃、そして光秀と正信が救急外来の待合室で明希の無事を祈っていた頃。

 身に付けた眼鏡によって見えた2本の光の線を頼りに逃走した犯人を追っていた聖は、住宅地とは逆の商業ビルが立ち並ぶ通りにやってきた。聖がいるあたりのビルは灯りがほとんど消えており、人は駅に近い飲食店が並んでいる方に流れている。彼がかけている眼鏡は法執行機関キュージストで支給されている特別なもので魔力残渣ドライニムを見ることができる。だいぶ希薄になってきているが、まだ追える。後ろからついてきている人物のことを気にしなければ。

 駅前の通りから、その男はずっといる。最初は雑誌の記者かなにかが追いかけてきているのかと思っていた。しかし、背中に感じる気配はスクープを狙って意気込む彼らとは異なり、限りなくゼロに近い。
 
 通行人が他にいないことを確認したところで、聖は振り返り声をかける。

「さすがというべきか」
「人の気配には敏感な方でね」

 男は街灯の当たらない位置に立ち顔を見せない。だが、男の声から感じる気配に聖の体が自然と臨戦態勢を取った。

「俺に気付いたのもそうだが、戦う姿勢をとったことがだ。実力を隠しているという噂は、あながち嘘ではないらしい」

 男は自分のことを知っている。それは、法執行機関キュージストに何かしらの関わりがあることを示している。

「世間話は嫌いじゃないが、今は任務の最中なんだ。後にしてもらっても?」
「こちらも仕事なんでね」

 互いに発した拡張探知アンペクスドの膜がぶつかり、打ち消し合う。戦闘開始直後の拡張探知アンペクスド展開は法執行機関キュージストにおける対魔法使い戦の定石だが、そうなることは承知の上。広がった膜のすぐ後ろに控えていた二人の踏み出す足が交叉する。聖の伸ばした右手は相手に手首を掴まれて止められ、逆に聖の顔面を狙った男の拳を彼は左手で受け止める。

「君は!?」

 それまで見えなかった男の顔が、通りかかった車のライトに照らされてはっきりと見える。目の前の、幼い頃に手合わせしたこともある男の姿に、聖に愕然とする。

「久しぶりだな、聖さん」
「心一……」

 その男は、2年ほど前から行方不明となり捜索願が出されていた。名は、日之宮 心一ヒノミヤ シンイチ。法執行機関長(キュージストレディール) 日之宮 一大モトヒロの長男である。
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