神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第2章 その瞳が見つめる未来は

10話 誰かの命を助ける力

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* * * * * *

研究機関アルヘスク

彼らは業務は魔法使いの歴史や魔法そのものについての研究

過去の魔法使いの情報精査や残された遺物・危険物

特殊な能力を有した道具の調査・管理

魔法の効果の検証など

その活動は多岐にわたる。

* * * * * *


「……これで間違いはないです」

 明希の誘拐未遂事件から3日が経過した。光秀は幸路から連絡を受け、調査機関ヴェストガインの事務所へ来ていた。サングラスをしたまま幸路が作成した報告書の内容を自身の魔法を使って読み、誤りがないかどうか確認している。
 光秀の魔法、ロウドルォウ世界を コールヴェロ見渡す イーエのことは幸路も知らされている。しかし実際に見るのは初めてだった。サングラスの隙間から見える彼の目に少し驚きはしたものの、それを表に出さぬよういつもの調子を保っている。

「ありがとうございます。では、こちらも見ていただけますか?」

 そういって、幸路は確認し終えたものとは別にクリアファイルに入った新しい書類を光秀に手渡す。

「これは?」
「私の方で行った調査の報告書と、今回の事件に関する研究機関アルヘスクからの回答です。本来ならお見せするものではないのですが、被害者は奥様ですし知りたいのではないかと思いまして」


* * * * * *

 現場に残された魔力残渣ドライニムの色彩・揺らぎ・淀みを検証した結果、あの場で魔力を使用したのは以下の3名であることを確認

稲葉 光秀
国生 蛍司
レイモンド・イークス・カーター

 尚、発光結晶ルエグナの反応の強さにより魔法を行使したのは稲葉 光秀のみと断定。残る二人については活性ヴァナティシオ探知デクトネシオなど、魔力そのものを利用したと考えられる。

 魔力残渣ドライニムは国生 蛍司と犯人が対峙した場所及び犯人の逃走経路に存在するも、被害者である稲葉 明希の帰宅ルートでは発見には至らず。

 《デヴィールレラ残された スデリト ドロセル》を用いた調査を行ったところ、運ばれていたダンボール内にわずかに被害者の意識が残るのみ。その他、運んでいた台車や被害者が拉致されたと思われる場所には、被害者及び犯人の思念は残留していなかった。

 研究機関アルヘスク所属、園村 知冴ソノムラ チサ研究員に本件に関して確認を取った。以下、園村研究員の見解を記す。

 被害者の意識を奪っているのはレイモンド・イークス・カーターの魔法、《スデリト ノプシオ》の可能性は極めて高い。理由は二つ。犯人が残した魔力残渣ドライニムと、《デヴィールレラ残された スデリト ドロセル》によって聞こえていたはずの声が途切れたことである。

 人を眠らせる魔法や気絶させる魔法はいくつか存在するが、それらは肉体に作用するものであり、刺激によって覚醒を促すことができる。しかし、被害者を診察した高見 幸大(タカミ コウタ)医師からの情報では、検査結果は異常無いにも関わらず刺激に対して無反応であったとのこと。これは《スデリト ノプシオ》の特徴である。

 心の機能阻害を初期効果とするこの魔法を調整すれば、長時間の意識消失は可能である。《デヴィールレラ残された スデリト ドロセル》を用いても声を聞くことができなかったのも、その影響によるものと考えられる。脳への障害が一切見られないため、現代医学では睡眠状態と結論付けられるだろう。

 しかし、被害者が運ばれていた箱内で声が聞こえたことは、魔法の効果が弱まったためと考えられ、時間の経過で効果は消失し目を覚ますものと考えられる。ただし、現段階では覚醒までの時間を特定することは困難である。

* * * * * *


「じゃあ、このレイモンドって人が犯人なんですか?」
「今ある情報だけで考えるのであれば。しかし……」

 話を聞いた限りでは、犯人はもう特定されたようなものである。しかし、幸路は表情を曇らせる。

「彼は昨年、病気で亡くなっているんです」
「亡くなってるって……じゃあなんで……」
「ご存知かとは思いますが、魔力残渣ドライニムはDNAのように人によって異なり、発光結晶ルエグナの反応によって個人の識別が可能です。協会ネフロラでの登録時に必ず記録されます。ヴェイクラウにある情報と照らし合わせ、彼のものであることに間違いはありません」

 ヴェイクラウ……研究機関アルヘスクが管理する魔法使いの記録保管庫。その実態は、ロドや魔道具マイトに並ぶ古代遺産の一つ。一定空間内の音、人や物の動きだけにとどまらず匂いや食べていた物の味すらも記録することができる。
 魔法使いの登録はコレを用いて行われ、発光水晶ルエグナの反応も合わせて記録される。

「ならどうして!?」
「考えられるのは2つ。1つは、彼の魔法を記憶した魔道具マイトが存在する可能性です。魔道具マイトに使用されるネイストレン鉱石は、鉱脈も魔道具マイトへの加工も協会ネフロラによって厳重管理されていますので、園村研究員に過去の履歴を調べてもらっています」
「それだと、亡くなったっていうその人の魔力残渣ドライニムが残ってるはずは……」
「……おっしゃるとおりです。例え魔道具マイトを用意できたとしても、魔力残渣ドライニムを偽装する手段はあまりにも困難な方法ですので……」
「じゃあ、もう一つは?」

 幸路はそれを口にするのを躊躇う。考えたくはない。だが、調査機関ヴェストガインとして可能性は検討しなければならない。俯く彼の険しい表情は、光秀にも見えている。しかし、なかなか言おうとしない彼に対し光秀は苛立ちを感じ始める。
 3日経った今も、明希は目を覚まさない。娘や光秀の両親も彼女がこのまま目を覚まさないのではないかと心配しているが、誰よりも光秀本人が今の状況に苦悩していた。高見医師にいった父の言葉が今も彼の頭から離れない。

「もう一つは一体何なんですか!?」

 声を荒げる光秀の様子を見て、幸路も覚悟を決めて口を開く。

「レイモンド・イークス・カーターの死が……虚偽である可能性です……」

 ありえない。光秀の頭の中に浮かんだのはその一言だった。何も知らないのであれば、幸路と同じ可能性を思い浮かべるだろう。個人を特定できる魔力残渣ドライニムを検証した結果が出ているのだから、当然と言える。
 しかし、魔法使いの死亡確認は協会ネフロラが実施し、法執行機関キュージスト調査機関ヴェストガイン研究機関アルヘスクの3組織によって遺体の確認を含む多重チェックが行われる。協会ネフロラの管理から逃れて力を悪用する魔法使いが現れないようにするためである。幸路の出した可能性を疑うということは、協会ネフロラと確認をした3組織全てを疑うことに他ならない。

「随分前に大きな事件を起こされてから、虚偽報告にはかなり厳しくなってるはずです。協会ネフロラがそんなことを許すわけない」
「ええ。それに、犯人として挙げられたこのレイモンドという男は自身の復讐のために魔法を使い捕まったのですが、目的を達成したという理由で自ら出頭したと報告されています。自分の死を偽装して何かやらかすとも思えない」
「じゃあ誰が?」
「現段階では何とも。犯人を追っていた岩端さんも、何者かに襲われ重傷を負い入院中ですし……」

 光秀も高見医師からその情報は聞いている。明希を目覚めさせる手がかりは逃げた犯人しかいない。光秀は魔法を解除すると両手で顔を覆う。

「稲葉さん……今回の事件、被害者は明希さんだけではありません」

 魔法を解いた光秀に、幸路の表情は見えていない。しかし、その声の変化を感じ取り光秀は覆っていた手を外し耳を傾ける。

「これまでにも行方不明となった女性は複数いて、警察も我々も同じ犯人の犯行だと考えています。これまでは拉致された場所も、どういった状況だったのかすらわかりませんでした。しかし今回、稲葉さんが明希さんを見つけてくれたおかげで犯行現場もわかり、ここまでの情報を得ることができました。これは大きな進歩なんです。私はこれを無駄にはしません。絶対に突き止めてみせます」

 言葉から感じる意思……それは彼の、調査員としての信念や覚悟。聖が重傷を負った時点で、この事件の危険度は非常に高くなっている。それを知ってなお、彼は諦めていない。目が見えない光秀にとって、声を聞くことは相手の感情を知る重要な手段である。迷っていたり、焦っていたり、嘘を見破るのも難しく無い。そんな彼だからこそ、幸路の強い意思はハッキリと伝わった。

「思っていたのと違いました」

 ふと、光秀の口から言葉が零れる。調査機関ヴェストガインといえば低賃金・重労働、辞めていく者も多い魔法使いがやりたくない職業第1位として有名である。幸路のような職員がいるとは思っていなかった。

「失礼な話ですが、調査機関ヴェストガインにはあまり良い印象がなかったもので」
「ああ、いろんな方に言われます」

 光秀は彼の声の調子から、頬が緩んでいることに気付く。怒りを感じている様子もなく、きっとそういった話は聞き慣れているのだろう。

「入って来ても、すぐ辞めていく人も多いです。日本中飛んでいかないといけませんからね。ただ、ここの職員はをわかっていますし、それに……」
「それに?」
「これは個人的な意見なんですが……」

 幸路は少し間を置いて、呼吸を整えてから続きを話し始める。

「魔法は誰かの命を助ける力……私はそう考えています。1人1つしか使えないし、小説や映画に出てくる魔法使いのように万能でもありません。でも、力を合わせたらたくさんの救える命があるって」
「命を助ける……力……」

 
(悪い奴を倒すだけが、助けるってことじゃない。荷物を運んであげたり、探し物を見つけあげたり、傷を癒してあげたり、助け方にも色々ある。同じ魔法が1つもないってことは、それだけ助ける方法があるってことなんだ。すごいだろ?)


 光秀の頭の中で、15年前の記憶が呼び起こされる。それを言った人を変な大人だと当時も、そして今も思っている。魔法は自分が強く望んだ力を習得する。研究者の中にはそれを、エゴの具現化と称する者もいる。光秀も同じ考えだ。目が見えないことに恐怖し、目の代わりになるものを望んで得た力。それは自分を助けるための力であって、他の誰かを助ける力だと考えたことはない。

「面白い考え方ですね」
「なかなか理解してもらえないんですけどね。でも調査機関ヴェストガインの仕事って、まさにそれなんですよ。いろんな人の力を合わせて証拠を探して。そうすれば犯人を逮捕できて、被害を受ける人を減らせる。助けられる人が増える。法執行機関キュージストの仕事もかっこいいとは思いますが、私は今の仕事も同じくらいかっこいいって思うんです」

 その考えが立派だということは光秀にもわかる。しかし、そんな考え方は自分には出来ないと感じ、光秀は返す言葉が出てこない。光秀に理解してもらえていないことは幸路にもわかっている。だが、彼はそれを気にする様子はない。

「余計な話をしてすみませんでした。調査に進展がありましたら、またお伝えしますね」
「よろしくお願いします」

 白杖を手に立ち上がった光秀を、幸路は出口まで誘導していく。

「そういえば、普段からあまり魔法は使われないんですか? ここは一般の方はいませんので、使っていただいても大丈夫ですよ?」
「使えるところが限られていますから。仕事中以外はなるべく使わないようにしているんです」

「お疲れ様です」

 話をしながら応接室を出たところで、聞き覚えのある声が耳に入り光秀の足が止まる。

「おう如月、今日は休みのはずだろう?」
「ちょっと調べたいことがあって……」

 幸路の方を向いた灯真は、隣にいる小太りの男性に目を向ける。どこかで会ったことがあると直感し、そして手に持った白杖を見て目を大きく見開く。

「久しぶりだな、如月」
「……稲葉さん……」

 同じ魔法暴走ラーズィープランブの障害を患いながらも、灯真は彼と定期診断で顔を合わすことがなかった。会わないようにしてきた。だから体型の変化には気付けなかったが、目に障害を持った知り合いは1人しか思い浮かばず、何より彼の声を灯真は忘れることが出来ない。

「灯真さん?」

 後ろにいたディーナが灯真の異変を感じ取る。視覚障害者である光秀の目は灯真の方を向いてはいない。それでも彼は、光秀から視線を逸らした。
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