神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第2章 その瞳が見つめる未来は

17話 俺抜きで何をやってくれてるんだ?

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* * * * * *

「まさか、ヒデミーの奥さんに発信機とは」
「念には念をと思いまして。高見先生にお願いしておいたんです」
「じゃあ、すでに法執行機関キュージストでもこのことは?」
「いえ……松平の件もあって色々と疑心暗鬼な状況です。だから、他にこの件を知ってるのは総大将だけです」
「それなら、紅野先輩にも伝えておかないと……」
「飛鳥にお願いしてあります。稲葉さんの位置情報は共有させたので、うまく誘導してくれるかと」
「到着してからの作戦はどうします? とっちんの羽で犯人を拘束?」
「シンさんは? 犯人が1人じゃなかったら、そっちまで回す余裕があるかどうか……」
「彼は自分が相手をします。2人は犯人の拘束を最優先で」
「先に行ったヒデミーたちはどうするんです? 一緒に行ったっていう2人は一般人なんでしょう?」
「状況次第では彼らにも協力してもらうことになるかと……」
「そうなると、とっちんがゲンコツバカに構ってる余裕は確かにないな」
「むっ……無理はだめですよ、灯真さん!」
「わかってる」

* * * * * *

「はぁ、はぁ、はぁ、次……右に入って!」

 コンテナが並ぶ倉庫の中を、光秀は正信に手を引かれながら駆け抜けて行く。揺れ動く腹の贅肉が、必要以上に彼の体力を奪っていく。日頃の運動不足を悔やみ息切れしながら進む光秀と違い、正信は緊張感漂う状況でありながら息一つ切らさず、光秀の引っ張る手の力も緩めず、彼を明希のところへ連れて行こうとしている。真っ直ぐ行くことができれば走って1分とかからない距離だが、敵から逃げつつ右に左にと蛇行しながら進んでいるため、明希のところに未だ辿り着けない。

「活きのいいのがずいぶんそろってるな!」

 光秀を後ろから追ってくる敵を迎撃し、はたまたコンテナを飛び越え正信たちの正面に向かう敵を足止めし、蛍司は縦横無尽に動き回っていた。彼の剛拳は一撃で相手を数メートル後退させ、複数人で殴りかかってこられようと彼らよりも速く拳を放ち、あらゆる攻撃を寄せ付けない。

「こいつら、なんなんだよ!?」

 光秀の後方で蛍司と共に敵を近づけまいとする豊は、敵の行動に疑問を抱いた。どれだけ蛍司に殴り飛ばされようと、豊に投げ飛ばされようと、痛みを感じるそぶりも見せず立ち向かってくる。まるでロボットのように。

「父さん、気をつけて!」
「こちとら殴り合いの喧嘩が当たり前の時代を過ごしてんだ。このくらいどうってことねぇ!」

 そういって豊は、迫ってくる小柄な男たちを次々と投げ飛ばす。最も、彼が対応できているのは灯真のおかげでもあった。倉庫の入り口から散布探知エトラスクを展開し相手の動きを追いかけ、敵の手足の動きを妨害するように羽を配置。敵が一度に2人以上豊に接近できないようにしていた。ドルアークロの事件以降、探知できる範囲は狭まり一度に使える羽の量は減ったが、蛍司が動き回っているおかげでなんとか立ち回れている。聖が心一を抑えてくれているのも大きい。

「邪魔なんだよ!」
「それはこっちのセリフさ!」

 明希を目指し前進する4人の後方では、コンテナの上を飛び回る心一と聖の拳がぶつかりあう。先を進む光秀たちにも、入り口で魔法に集中する灯真にも心一を近寄らせず、聖は互角の勝負を繰り広げている。時折ディーナが二人の戦いの様子を気にするが、隣にいる灯真は目を閉じたまま、自らの魔法と散布探知エトラスクの精度維持に集中していた。

「お得意の魔法はどうしたのさ! 使わずに勝とうなんて思ってるんじゃないだろうな!?」

 入り口に近い同じコンテナの上に着地すると、二人は互いに見合い様子を伺う。

使君に、あれを使う気はないよ」
「随分と舐められたもんだな」
「魔法の使用は真に必要な時を選ぶべき……君を倒すために使うのは、その理念に反する」
「それが舐めてるっていってんだよ!」

 右腕を大きく振りかぶり、聖の顔面を狙う。しかし心一の腕が聖に向かって伸びるよりも前に、ドンッと鈍重な衝撃が心一の腹部に襲いかかる。

「がはっ!」
 
 心一に激痛を与えたのは聖が伸ばした右足。ただの蹴りとは思えないほど強い衝撃は、彼を倉庫の壁に叩きつけた。防御もできず、後ろに飛んで衝撃を和らげることもできず、心一は地面に落ちていく。

(こんな……ばかな……)

 聖の想定外の強さに心一は困惑していた。彼の言葉に苛立って冷静さを失ったのもあるだろうが、それでも彼に負けるはずがないという自負が心一にはあった。

「一度は日之宮流最強に近づいた相手を、舐めてかかるわけがないだろう」

 地面に膝をつき痛みを抑えようと呼吸を整える心一に向かって、聖は警戒を緩めず構えを解こうとはしない。前に遭遇した時は心一は敵なのかという迷いがあった。しかし、今は明確に捕まえるべき相手と認識している。もう二度と同じヘマはできないと、聖の心に一切の淀みはなかった。

(どうしてこうなった……原因はなんだ……)

 ゆっくりと立ち上がりながら、心一は状況の再分析を行っていた。明希は事件の証拠となりうる人物。そのため、再び彼女を連れ去った時に誰かしらが追跡に入るのは予測できていた。だから、最も邪魔になるであろう聖を行動不能にした。その彼が再び現れたのは心一の想定外だったが、それは大きな問題ではない。

(如月や国生が来たのも問題じゃない。あいつらの力には驚いたが、それじゃない)

 記憶の時系列を遡り、心一は何が起きたのかを思い出していく。そして、一つの結論を導き出した。

「前を進むやつに構うな。後ろのじじいを潰せ!」

 心一がそう叫ぶと、フードの男たちは光秀や蛍司から顔を背け一人の男性の元に群がっていく。光秀の後方にいた豊だ。光秀をこの場所まで連れて来たのも、光秀の精神的支柱となっているのも彼。そこをどうにかすれば、先頭を行く光秀は動きを止める。灯真も蛍司も、カバーに入らざるを得ない。

「やべぇ!」

 蛍司が豊を助けに行こうとするが、敵の中でも一際大きな体をした3人が彼の前に立ちはだかり一斉に攻撃を仕掛ける。

「どきやがれ!」

 その場で腰をわずかに落とした蛍司の拳が、向かってくる敵の手を一つ残らず撃ち落としていく。体幹を動かさず肩から先が独立した生き物のように動き回る姿は、人の動きではなかった。

 《国生式 活性闘技》——人間が体を動かそうとする時、脳から神経を通して信号が送られると共に、魂と人の体を繋ぐ糸を通して動かす部位に微弱な魔力が流れる。逆に魔力を瞬間的かつ大量に特定部位に流すと、その流れに乗せられる形で脳から信号が送り出され体が動くことを発見した人物がいた。その人物によって考案された、肉体の特定の部位を強制的に動かす技術。それが活性闘技である。

 しかし、彼の攻撃はそれだけではなかった。蛍司の拳が当たったところが小規模ながら爆発を起こし、敵の手や腕を弾くだけでなく彼らの着ている服や皮膚を焼いていく。

エルドペクス ティフス爆発する拳》——拳を当てた部位にエネルギーを広げ爆発させる蛍司の魔法。シャッターを破壊したのもこの魔法である。
 彼は活性闘技によって流れた魔力の一部を活性ヴァナティシオによる肉体強化とこの魔法のために使う。ただでさえ魔力操作が難しく、習得は困難を極めるといわれる活性闘技を使いながら自身の魔法を使えるのは蛍司の努力の賜物であった

「なんだ?」

 蛍司の魔法に袖を焼かれ、敵の腕がむき出しになる。その肌は顔や手とは違い深い緑色をしていて、人というよりも爬虫類の肌のように見える。肌色だった彼らの手も、爆発によって焼かれたところはコーティングが剥がれたように下の緑色が露出している。
 男たちは焼かれた手を見て険しい顔をみせるものの、痛がっている気配はなく再び蛍司に向かっていく。何度やられようと敵の勢いは劣えることなく、蛍司は豊の元に向かうことができない。

「離せ!」
「父さん!?」

 蛍司が敵に阻まれている間に、豊は5人の男たちに地面にうつ伏せになる形で押さえつけられていた。先行していた光秀たちも彼が捕まったことで足を止める。
 男たちは腰につけた鞘から刃渡り10センチほどのナイフを取り出し、その切っ先を豊に向かって振り下ろす。無表情のまま、躊躇する様子もなく。

「やめろー!」

 正信の手を離し、光秀は自分の作ったレンズ越しに見える豊を助けようと踵を返すが、敵は豊を押さえている5人だけではない。光秀を豊に近づけさせまいと他の男たちが壁を作っている。

ガッ!

 光秀の耳に届いた音。それは蛍司の魔法による爆発ではなく、ナイフを刺された豊の悲鳴でもない。壁に硬いものがぶつかったときのような、そんな小さな音だった。足を止め、レンズの位置を変えて豊の様子を確認すると、男たちのナイフは豊の肌に当たることなく何かに阻まれていた。何度も男たちがナイフを突き刺そうとするが、見えない何かによって刃が皮膚に届くことはない。
 絶対に守る……灯真はその思いで羽の大半を豊や正信の体に気付かれぬよう纏わせていた。散布探知エトラスクで敵の持つナイフは映らないが、相手の動作から何をしようとしたか想像していた灯真の額からスーッと冷や汗が流れ落ちる。

(危なかった……でもこのままじゃ……)

 敵は繰り返し豊の体に向かってナイフを突き立てる。刺さるところがないか探しているかのように。突き立てる力も次第に増していき、音は大きくなっていく。灯真の羽がなければ、豊の体は今頃は蜂の巣のようになっていただろう。しかし、そうなるのも時間の問題だった。衝撃を受け続ければ、豊の体を守っている羽は限界を迎え消えてしまう。そうなる前に彼を助けなければならない。

「くっ!」

 豊を助けに行こうと聖が向きを変えるが、その隙をついて心一の蹴りが彼の首を狙う。それを避けた聖は距離を置こうとするが、心一がそれを許さない。彼の正面にピッタリとくっつくように追いかけてくる。

「聖さん、あんたは俺の相手をするんだろ?」
「心一……」

 聖も蛍司も、豊の救助に向かえない。灯真は新たな羽を作り出し、二人を援護する準備を始めた。その時だった。

「俺抜きで何をやってくれてるんだ?」

 入り口の外から少し篭った感じの男性の声が聞こえると共に、灯真の散布探知エトラスクに広がっていく薄い壁のようなものが映り込む。それが拡張探知アンペクスドの膜であると気付くのに時間はかからなかった。それからワンテンポ遅れて、灯真の横を4速歩行の生物が高速ですり抜けていく。
 閉じていた目を開けて灯真が後ろを振り向くと、そこにいたのはフルフェイスのヘルメットを被ったスーツ姿の男だった。灯真に近づきながら男がヘルメットを脱ぐと、灯真の見慣れた顔が現れる。

「これは俺が担当してた事件だぞ、如月」
「紅野さん……」

 脱いだヘルメットを静かに地面に置いたその人物は、灯真の先輩であり、光秀の事件を担当していた幸路だった。肩を竦めながら嘆息した幸路は、少し呆れた様子で灯真を一瞥すると、すぐに目線を倉庫の奥へ移す。コンテナの影に隠れて見えないが、彼が見つめる先は豊が捕まっている位置。
 話をしている間も、彼は拡張探知アンペクスドの膜を何枚も広げて倉庫内にいる人の位置を確認していた。理由はわからないが人の形をはっきりと捉えることはできなかった。それでも幸路はここに来るまでに飛鳥から得た情報を元に、確認できた影が誰なのかを予測する。そして地面に押さえつけられ、大勢に囲まれている人物を確認すると、眉根を寄せながら右手を前に伸ばしギュッと手を握りしめた。

「やれ、リグティオ!」
「ガルルルッ!」

 灯真の横をすり抜けた謎の生物が豊にナイフを向けていた男たちを咥え投げ、前足の爪で力強く斬りつけ、次々と蹴散らしていく。

「ラッ……ライオン!?」

 声を上げた正信の目線の先にいたのは、豊よりも大きなライオン。しかし、その体は毛に覆われておらず、たてがみも含めプラモデルのように大小様々な石で作られた石像であった。
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