神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第2章 その瞳が見つめる未来は

19話 イヨトゥス アイヒス スィーエオークス ラーキック(強い意志こそが力だ)

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* * * * * *

昔はもっと、頭の中がクリアだった気がする。

いろんな考えがスラスラ出てきた。

いつからだろう。

明らかに、余計なことを考えるようになった。

リスクの少ない選択ばかりを探すようになった。

だけど、あの時は不思議と

昔に戻ったような気が……

いや……昔よりも明確な意思を持って

言葉を紡いだんだ。

* * * * * *


 トラックの荷台の上から、男はじっと光秀のことを見つめる。彼の右手に掴まれた石の獅子は激しくもがくが、徐々に力を強くされ首が砕け散る。頭が胴体から分離し、石の獅子は動かなくなった。

「俺のリグティオを……砕きやがった……」

 幸路の作る獅子は、彼の使った魔力に比例した硬度になる。敵の正体がわからないからと、彼の獅子はかなり硬く作られた。活性ヴァナティシオを少し使えたからといえど、そう簡単に砕ける代物ではない。それをやったということは、活性ヴァナティシオ
の練度が高いか、獅子を砕くほど強力な魔法を有しているかのどちらか。幸路の表情に焦りと不安が見え始めた。

「トラックの前後を押さえました。捕まった人たちはこれで動かせないはずです」
「なら……あとは連中を捕まえるだけだ……な?」

 それまで豊を狙っていた男たちが、聖と睨み合っていた大男たちが、一斉に左右に散るとシャッターが破壊された入り口へと走り始めた。運転席にいた男も、トラックから降りると彼らを追うようにして入り口に向かう。

「お仲間は逃げしまったようですが、君はいいのかい?」
「ふん、俺はいつでも逃げられるからな」
「2対1……いや、2人と1匹対1人なのにずいぶんと余裕じゃないか」

 蛍司と聖、そして幸路の獅子が心一を三方向から囲む。しかし、心一は不気味な笑みを浮かべる。

「お前たちこそ、入り口のお仲間を気にしなくていいのか?」
「させるか!」

 視線を入り口で待機する灯真たちへと動かし、聖は男たちを追いかける。石の獅子も、幸路からの新たな指令を受け取り聖の後に続いた。だが、蛍司は心一と向き合ったまま動こうとはしない。その表情に焦りも見えない。

「随分と薄情なんだな、国生。15年来の友人がどうなってもいいのか?」
「15年も付き合ってるからこそ、大丈夫だってわかるんだよ。それに、今ここでお前を逃したら、セチに顔向けできないからさ」
「誠一だ。次にその変な呼び方したら許さねぇからな!」
「本人は笑って許してくれたが?」
「黙れ!」

 怒号を響かせた心一の拳が蛍司に迫る。それを待ってましたと言わんばかりに、蛍司の右肩がぐるんと周り迎撃体制をとる。

「カッとなるとすぐにゲンコツ飛ばす癖は直した方がいいぜ!」

 振り上げられた蛍司の腕に、溜め込まれた大量の魔力が流れ込む。すぐに動き始めようとする腕を押さえ、自分に飛んでくる心一の拳に向けてタイミングを合わせてぶつける。腕が伸び切る前の、力が乗り切っていない心一のゲンコツに。そして発生する、シャッターを破壊した時にも似た大きな爆発。

「ケイ君……」

 散布探知エトラスクによって、爆発の影響を受けて心一が飛んでいくのと同時に、蛍司も後退を余儀なくされたことを灯真は感知していた。しかし今は、自分たちに向かってくる敵の方を気にしなければならない。

「ディーナ」
「分かってます。そばにいます!」

 灯真の言いたいことは、彼の心からすでに漏れてディーナに聞こえていた。彼女は灯真の右腕にギュッとしがみつく。彼女のその行動を見て、幸路は羨望とも怒りとも取れない複雑な顔を見せる。

「紅野さんも、近くに寄ってください」
「あっ……ああ」

 灯真に呼ばれてハッとした幸路が、彼に駆け寄ったその時だった。灯真の散布探知エトラスクが、自身の後ろに現れた何者かの存在を感知する。彼がそれに驚いていることを知ったディーナは、思わず後ろを振り向く。そこにいたのは、敵と同じようにフードを深く被った小さな子供。外からの逆光で顔をはっきりと見ることはできなかったが、その子供が舌なめずりをしているのだけは見えた。ディーナはその所作を目にして体を震わせる。彼女から伝わる強い恐れに、灯真は新たな羽を後方に追加で展開し始める。彼女の怯えが意味することを、灯真は瞬時に理解した。





「どうする……ミツ……」
「父さんと同じで、大抵の攻撃は問題ない」
「え? え?」
「自分の体触ってみろ」

 光秀に言われて正信は自分の胴体や腕を触り始める。触っているはずなのに、着ている服の質感を感じない。所々、微かに段差を感じる何かが自分の体を覆っていた。

「これがユタさんの言ってたバリアか!?」
「そう、僕にも付いてる。おかげでマサに突き飛ばされても痛くも痒くもなかったよ」
「わっ……悪かったよ」
「責めてない。助けようとしてくれたんだから」

 少しだけ正信の方に顔を傾けて口角をあげる光秀。しかし、彼のレンズは上空から敵の姿を映し続け、彼の耳はどんな小さな音も聞き逃さないよう神経を尖らせていた。

「なんであいつだけ向こうに行かないんだ?」
「さあ……いなくなってくれないと、荷台を開けられないんだけどな」

 二人と男の睨み合いが続く。少し離れたところで大きな爆発が起き、正信の意識は一瞬だけそちらに向くが、光秀は落ち着いていた。目の前の男が、手の平を上に向けたまま右手を前に出したことにもしっかりと反応する。

(なんのつもりだ?)

 光秀はレンズを切り替えて目の前の男に焦点を絞る。男が魔法を使うのではないかと考えての行動だった。彼の予想通り、男の手から魔力を帯びたものが放出される。まるで煙のように見えるそれが何なのか、光秀はレンズを何度も切り替え確認をした。しかし、何も見えない。物理的に目に映るものではなかった。
 光秀の脳裏に一つの情報が瞬時に浮かび上がる。無臭で無色の気体、明希を眠らせ続けている毒、スデリト ノプシオという魔法のことが。光秀の頭の中にある情報が繋がり、男の出したものがそれであるという結論が導き出される。

(使用者は死んだはずだ。魔道具マイトを持っている様子もない。一体どうやって!?)

 確証があるわけじゃない。かといってそれではないという保証もない。すぐに対策を練る必要があった。光秀たちの顔の部分だけは、羽と羽の間に細かな隙間がいくつも開いている。灯真の羽は空気を通さず、全身を覆えば酸欠になってしまうからであった。

(国生の爆発なら……ダメだ。日之宮が邪魔してくる。岩端さんも入り口に向かってしまった……後退するか?……ダメだ。作った気体を操作できたとしたら追跡されるだけ。ここでどうにかするしかない)

 緊張した状態でありながら、光秀の思考は止まるどころか普段以上の速さで回っていた。他の人に頼ることは不可能。自分たちだけであの魔法に対処するしかない。その答えに、たった一つだけある手段に、光秀はたどり着いている。

(できるのか……僕に……)

「光秀!」

 睨み合いが続く光秀達の下に、豊が合流しようとしていた。トラックの上にいる敵を警戒しながら彼らに近づく豊に、敵の鋭い視線が動いた。

「来ちゃダメだ!」

 敵の手の平から発生していた魔法が、豊に向かっていくのが見えた。理由はわからないが、大勢いた敵が豊を狙っていたことを光秀は思い出す。自分にできるのか……そんな考えはもう彼の頭にはなかった。自分がやらなければならない。父や親友を守るために、愛する人を助けるために、自分の持てる全てを出すのだと。

「「イヨトゥス アイヒス スィーエオークス ラーキック(強い意志こそが力だ)」」

 かつて教えられた言葉を復唱するように、光秀はそれを口にする。頭の中で恩人の言葉が重なって聞こえた。そして、立ったまま天を仰ぐように両手を広げ光秀は言葉を紡ぐ。


イーザク  イーザク
風よ 風よ 

ハイスァラウ  ハウト クアムズオウ クイジャウ エトベウス
渦を巻き、全てを弾き

デナ イァンスーティオ ウルァヤル
あらゆる物を通さぬ暴風よ

クオイ スィーエ ムロァムヌーム
汝は守り手

アウスゴフス ホウ ユークス カウジャス
弱き者を救う守護者

ヘティ エアナム ヘイオル ヒュート ティアコ
ヘイオル  ヒュートが目覚めし其の名は

ネザルジオウブイーザク
螺旋防風


 敵に向かって突如吹き荒れる強い風。敵にも正信にも豊にも、それを生み出す物は見えていない。渦を巻くように流れを作るその風は、トラックの正面に開いたシャッターの方に向かって吹いていた。光秀の目は、彼のレンズは突風に飛ばされないよう耐える男の姿を正面から捉えていた。風を発生させていたのは、光秀の操るレンズであった。

(このまま奴を外に吹き飛ばす!)

 光秀の魔力がレンズへと送られると、風は勢いを増していく。周囲にあるものが、次第に風の渦に引き込まれていく。豊や正信も、自分たちが引っ張られていることに気付いてそばにあったコンテナにしがみついた。敵の生み出した見えない何かは、すでに風に乗って外へ消えていた。後は、邪魔なその男をどうにかするだけ。本当ならこの男を捕まえたいが、この場所から排除することが光秀のできるたった一つの手だった。





 前方で光秀が使った魔術に気付いている灯真だったが、後ろに現れた少年への警戒に必死だった。ディーナが怯えるということは、彼女が目にしたことがある人物だということ。ディーナのことを狙ってやってきた可能性が高い。

「何でこんな時に……」
「キサラギ……トウマ……」

 その声は、灯真たちの耳には届いていない。しかし、確かに少年は灯真の名前を口にした。そして、ニヤリと奇怪な笑みを浮かべた少年は、右手を大きく振り上げる。手から溢れた大量の魔力は、少年の足下から地面を這うように進む真っ赤な炎へと変わり、灯真たちに襲い掛かった。
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