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第3章 帰らぬ善者が残したものは

2話 追うもの 朝比奈 護

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「しかし、どうして康夫が嘘ついてるってわかったんだ? 魔道具マイトを使ってる様子もなかったし、お前さんの魔法はそういうのじゃねぇだろう?」

 清は護を山に入るための道へ案内しながら、その疑問をぶつけた。怪しい雰囲気は清も感じていたが、康夫が嘘をついているのかと問われて「はい」と答えられる確たる証拠はなかった。

「前に見たことを思い出してるときは、自然と左上に目線が動きます。逆に右上を見るときは新しく何かを想像してるとき……つまり、経験してない嘘を思い浮かべているときなんだそうです。左利きだと逆になったりしますが彼は右手で頭を掻いてましたからね」

 にこやかに語る護の魔法使いらしからぬ説明に、清は目を丸くする。

調査機関ヴェストガインってのは魔法を使って調査するもんだと思ってたが……」
「確かに私たちは自分のや魔道具マイトに記録された魔法を使って現場の調査を行いますが、得た情報からそれがどういうものなのか分析できなければ意味がありません。勉強しなきゃいけないことが多くて大変ですよ」
「なるほど……儂らの畑作業と似たようなもんだな」
「そうなんですか?」
「儂も野菜を育てるために協会ネフロラから許可もらって魔法を使うが、魔道具マイトがなきゃ孫たちは同じ魔法を使えん。だがよ、毎回使ってられるほど魔道具マイトは多くない。それにばっかり頼るわけにはいかねぇってわけよ」
「だからこそ、あの畑で実験ってわけですか」

 護は振り返り、後ろに広がる畑を見渡す。広い中でたくさんの野菜を育てているが、収穫を目的にするなら一つの野菜にかける面積が小さすぎる。かといって、個人で食べる用の家庭菜園にしては規模が大きすぎる。

「戦争なんかもあって若い頃は力を自由に使えないことに悩んだりもしたが、親や爺さん婆さんが本当に必要な時しか使うべきじゃねぇって口すっぱく言ってたのが、ようやくわかったのさ」

 清はそういって自分の畑を優しい目で見つめる。祖父母に咎められた幼少期、両親と一晩中口喧嘩した青年期。とめどなく湧き出る懐かしい日々の記憶に蓋をするように、清は目を閉じて深く息を吸い込む。

「すまんすまん。昔のことを思い出すとなかなか止まらなくてな」

 清は微かに悲しみを帯びた笑みを護に見せると再び足を動かしていく。

「長く生きれば、それだけ思い出すことも多いんですから。仕方ありませんよ」
「全く、長過ぎる人生ってのも考え物だな……ああほれ、あそこだ」

 清が指を差した先、生温かい風に揺れる緑の間にぽつんと佇む真っ赤な鳥居が護の目に入る。大人1人が通る程度の小さなそれが、関守家が持つ山への入り口だった。鳥居から山の上に向かって左右に蛇行しながら細い丸太の階段が続いている。

法執行機関キュージストの連中もここから入ってったぞ」
「この道は一体……?」
「支部長さんなら知ってるだろう? うちが代々この山で守ってるモノのことをよ」
「ここが……」

 清の話を聞いて、目の前の緑生い茂る山が護には神秘的な場所に見えてくる。

「まさかとは思うがよ……アレをどうにかしようってんじゃねぇ……よな?」
「そんなはずは……アレの存在は代々守ってきた方々以外、各機関の支部長クラスでなければ知り得ない極秘事項です」
「ここに入ってった奴は関守の家のもんじゃなかった。孫に調べてもらったから間違いない」

 それを聞いた護が眉を顰める。護もその存在を知ったのは日本支部長に任命されてからで、実物を見たこともない。協会ネフロラ設立当初からあるその規則は、興味本位で近づく輩を出さないために作られたと言われている。関守家の関係者でもない、いち捜査員がその存在を知っていたとなるとそれなりの地位の人間が関与していることを疑わなければならない。あくまでも、相手の目的が清たちの守るアレであった場合に……ではあるが。

「仮にそれが目的だったとしても……」
「盟約によりて再び開けること敵わず……代々見守ってきた儂らにさえ、使い方すらわからんからな」
「他の国でも同じだと伺ってます。でも、何か起きてからではまずいですからね」

 ふう、と吐息を漏らた護は気持ちを落ち着かそうと数秒間目を閉じる。眉間に入った力が抜け再び目を開くと、彼は鳥居の周辺を見回す。そうして見つけたのは、真新しい3種類の足跡。サイズから見て大人のものであろうそれは、丸太の階段の方へ続いている。

「清さんは今も定期的に見に行ってらっしゃるんですか?」
「ああ。孫と一緒にな。昔は康夫も連れて行ったが、あいつにはもう任せられん」
「……心中お察しします」

 深いため息を吐く清に、護は憐憫の目を向ける。

 関守家は魔法使いの古い家系の1つであり、国内に点在するあるモノを守る役を担ってきた。しかし、長男である康夫は魔法使いの規則に縛られることを嫌がり一般人として生きる道を選択した。魔法使いとして生きないのならば関守家の担う役目を引き継げない。そう考えた清が家は継がせないと告げたところ康夫は猛抗議。目下、後継者問題で大揉め中なのである。護と清は以前から付き合いがあり、そのことは会うたびに聞かされている。

「あいつがそう思うのもわからなくはないんだが……おっと、お前さんに愚痴ることじゃねぇな」

 苦笑いする清に、護は優しい笑みを向ける。

「気にしてませんよ。そういうのは出し切ったほうがスッキリするものですから。それより、一つ伺っても?」
「おう、なんだい?」
「うちの職員からも聞かれたかもしれませんが、今回の件……清さんのところには何も情報が来ていないんですよね?」
「……ああ。いろんなところに確認を取らせたが、連中が動くようなことは何も起きてねぇ」

 九州地方で起きた魔法使いの絡む事件は、ほぼ全て清の元に情報が届く。それは関守家がここに定住してから、同じ地方に住む魔法使いたちのまとめ役も担ってきたためである。逆を言えば、この地方で起きた事件や事故の情報が彼に入ってこないことの方がおかしい。清が相談したのも、護がこの件の調査を急いだ理由もそこにある。

「何にせよ、来てる捜査員には色々と言ってやらないとですね」
「しかし、どうやって探すんだ? ここに来たやつが持ってたもんは何も残ってねぇし、いくらお前さんの魔法でも……」
「ご心配なく。かくれんぼの鬼になって負けたこと、一度もないですから」

 白い歯を見せながら子供っぽい笑みを見せた護は、片膝をついて自分の右手を地面に残る足跡に近づけた。

「ほう……そんなもんにも使えるのか」

 清の言葉をよそに、護の意識は右手に集中していた。体の内側で作られた魔力を少しずつ右手に集め己の魔法へと変換する。掌が弱い光を発し足跡を照らすと、護の黒かった左目が赤く変化し瞳孔には白い十字の模様が浮かび上がる。同時に彼の左目は、手を近づけた足跡とその持ち主とをつなぐ真っ赤な線を捉える。見えた線は3つ。1つは清に、もう一つは山とは反対の護が入ってきた門の外に、そして最後の1つは鳥居から続く山道を少し外れた木々の間に向かって伸びていた。

「清さんは家で待っていてください。私は直接話を聞いてきますので」
「わかった。お前さんのことだから大丈夫だと思うが、無理はするんじゃないぞ。嫁さんと子供が悲しむ」
「肝に銘じておきます。では!」

 護は一礼するとスーツに革靴とは思えないスピードで道を駆け上がっていく。清に驚いた様子はなく、むしろ安心した表情で彼を見送る。

「さすがは四大魔法使いだなんて騒がれるだけある。『ヴァオ』の使い方も見事なもんだ。さて……」

*ヴァオ=ヴァナティシオ(活性)の略。高齢の人ほど良く使う。

 護の姿が見えなくなったのを確認し、清はゆっくりと家の方へ戻っていく。途中、ポケットにしまってあった携帯を取り出す。画面に現れる電話帳から、目を細めながら目的の名前を探していく。

「じいちゃーん!」

 清の耳に入る聞き慣れた声。目線を携帯の画面から門の方へ移すと、長靴につなぎを着た青年が手を振りながら近づいてくる。汚れた軍手や長靴を見ると、ついさっきまで土をいじっていたことがすぐにわかる。

「おお、才賀サイガ。ちょうど連絡しようと思ってたところだ」

 関守 才賀……康夫の長男ではあるが、目がわずかにつりあがった端正な顔立ちは康夫に全くといっていいほど似ていない。清曰く、祖母によく似ているという。清よりも一回り大きな体は畑仕事によって鍛え上げられたもので、病弱だった昔の姿を知る人からはかなりの確率で驚かれる。

「親父を見たって人が教えてくれたんだけど……なんかあった?」
「ちょいと『ログナル』の連中に確認してもらいてぇことがあんだ」
「えっ……もしかして、また親父がなんかやらかした?」
 
 才賀は父親が以前、後継者問題で親戚を味方につけようと暗躍したことを知っている。もちろんすぐ清に報告が届き、協力しようとした連中も含め各方面から厳しい制裁を受けたが、また似たようなことをやったのではないかと才賀は呆れた様子を見せる。
 
 祖父である清と一緒に暮らしていたことが長かったせいか、才賀は魔法使いに対しても関守家の担う役割についても、父である康夫より理解があった。同時に、父親に関守家を継がせたらどうなるかもうっすらと頭の中に浮かんでいる。才賀は心の中で「クソ親父が」と繰り返し呟く。

「はっきりとしたことはまだわからんが、嫌な予感がするんだ……」

 人としても魔法使いの先輩としても頼り甲斐のある祖父が、こんなにも不安げな表情を浮かべるところを才賀は見たことがなかった。なんとかしてあげたい。そう思った才賀は嫌いな父のことなど頭の中から消し去り、引き締まった表情で清に近づく。

「わかったよ、じいちゃん。で、何を確認してもらえばいい?」
「突然訪ねてきた奴がいなかったかどうかってことをだ。法執行機関キュージストだろうが調査機関ヴェストガインだろうがな」
「わかった」
「よろしく頼む」

 力強く頷いた才賀はすぐに持っていた携帯で各所に連絡を取り始める。そんな彼を見て頼もしく思う清だったが、言葉に表せない不安が心の中で燻っていた。 
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