神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第3章 帰らぬ善者が残したものは

6話 誤解されるもの 黒木灯真

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ヒスタァグ ノーク私がこの ゲラヴィルォン集落の レディールジノリト・リューリンジノリト・リューリン エード

 案内された場所で待っていたのは、アーネスと同じ杏色の短髪の温容な男性であった。背丈は護よりも低く、140cmあるかないかといったところか。この大木の上に建てられたツリーハウスの入り口も、護では屈まないと入れない大きさだった。

(父親と言っていたが……随分とおっかない人が出てきたな)

 目の前の男性から感じ取れる、優しさの奥に垣間見える警戒心。隙を一切感じさせず、護の一挙手一投足に目を光らせている。護に緊張が走る。

『インナァグ レッタムァどうしたク?』
「えーっと……その……」

 自分に話しかけてもらっているのはわかるが、今の護には彼の言葉が理解できない。スッと護の視線がアーネスに向けられる。困り顔の彼を見たアーネスは、慌てて右腕につけたブレスレットに魔力を注ぎ、指先から彼の額に向けて糸を飛ばす。さらに、左手の人差し指からは隣にいるジノリトの首筋に向かって糸を飛ばした。
 彼女の身につけていたブレスレットは魔道具マイトだった。

『ごめんなさい。言葉がわからないの父さんに伝えてなくて』
『言葉が? そうか、ラウテではサイキル語は通じないのか』

 ようやく、護の頭の中で彼女らの話している言葉の意味がわかった。

 アーネスの使った魔道具マイトは、彼女曰く「互いの言語に関する知識を共有するもの」だという。
 先程の場所でアーネスが話す言葉の意味を理解できたのも、逆にアーネスが護が話す日本語を理解できたのも、それのおかげ。効果が消えてしまえば、当然ジノリトの言葉はチンプンカンプンなのである。

「申し訳ありません。私たちの世界ではヴィルデム語という名で伝わっているのですが、専門家でないと単語をいくつか知っている程度で。こちらではサイキル語……というのですね」
『そうよ。西側では別の」
『アーネス』

 静かに、でも力のこもった父親の呼びかけに、アーネスは姿勢を正して口を閉ざす。

『改めて……この集落の長、ジノリト・リューリンだ。色々と教えて差し上げたいところだが、まずは貴方のことを伺いたい』
「そうですね……」

 嘘をつけば直ぐ様舌を切り落とされてしまう。自分より小さなジノリトからそんなプレッシャーを感じた護は、包み隠さずここにきた経緯を伝えた。ロドが使われないよう守られてきたこと、島津という男がその約束を破り使用したこと、それに巻き込まれてしまったことを。




『お前、ホントに俺と同い年かよ。ちょっと細すぎじゃねぇか?』

 護たちが大人の話をしている頃、灯真はアーネスの弟と共に小屋の外……の木の下で待たされていた。言葉が通じないということは、先ほどロドのあった場所でわかっていたので、アーネスと同じように彼の指から灯真の額に向かって光る糸が伸びている。
 彼の名はフェルディフ・リューリン。15歳。まだ大人ではないという理由で、姉たちの話し合いには参加できずにいた。

 フェルディフが灯真の細い腕を軽く掴む。手の大きさや指の長さは灯真と差して変わらないが、親指と人差し指が手首を一周してくっついてしまう。

「そっ……そんなことない。きっ、君こそ、ぼっ、僕より、小さいじゃないか……」
『フォウセじゃこれが普通なんだよ! でかいからって偉いわけじゃないんだからな!』
「……ごめん……なさい」

 怒りを露わにするフェルディフに圧され、灯真は肩を縮めて黙り込む。泣くでもなくただただ沈んでいく彼を見て、フェルディフはばつが悪そうな顔で後頭部を掻く。

『……お前んところでは、それが普通なのか?』
「え?」
『……お前くらいの年だと、みんなそんなに細いのかってことだよ』
「これは……その……あんまりご飯を……食べれないからで……」

 灯真は気まずそうに彼から目を逸らす。
 
『そっか……』

 突然灯真に伸ばしていた糸を外すと、フェルディフは集落の中央にある畑に走り、赤紫に染まった実を二つもぎ取って帰ってくる。

 不思議な植物だった。小玉スイカくらいの大きさのその実は、葉がそのまま膨んだような形で、灯真の記憶にあるどの植物のものとも違う。灯真が畑の方を見ると、10種類程度違う形の実が確認できた。しかし、葉が1枚も見当たらない。

『ほれ』

 糸を再び灯真に繋げたフェルディフから掌よりも大きなその実を投げ渡され、灯真は慌てて両手を前に出す。なんとか落とさずに済んだ。持ってみるとそれほど重くはない。指が触れているところを押してみると、ツルツルした表面は柔らかいのに弾力は強く、中がパンパンに詰まっているのがわかる。

『こうやって食べんだよ』

 少しだけくっついてきた茎の部分をグイッと上に引っ張ると、表面の皮がスルスルッと剥けて中からツヤのある乳白色の中身が少し飛び出てきた。
 灯真が真似をしてやってみるも、力が足りないのかフェルディフのようにできない。

『コツを掴むまでは硬ぇんだ。ほら、こっちのやるよ』

 何度も試す姿を見てどこか楽しそうな笑みを浮かべながら、フェルディフは灯真の持っていた実を取り上げて自分が剥いた実を渡す。灯真が苦戦していた実を彼は難なく剥いていた。

『あとはこうやってだな』

 フェルディフはそういうと、飛び出ている乳白色の実に口を大きく開けて齧り付く。口の中いっぱいになったそれを頬張りながら、満面の笑みを浮かべる。
 そんな彼を見て初めてみる植物に緊張しながらも、灯真は乳白色の実に顔を近づけた。

 思わず目を閉じてしまったせいか、鼻が敏感に実の匂いを捉えていく。緑臭い感じは全くしない。それどころか優しい甘さを想像させる香りが鼻の奥に届く。フェルディフのように思い切りのいい齧り方は出来ず、前歯で実の表面を削り口の中に入れる。

「トマト……え……リンゴ……?」

 それが何と似ているかと聞かれて答えられる自信が灯真にはない。繊維質でありながら固いゼリーを思わせる不思議な弾力の実は、トマトのような微かな酸味とリンゴのようなすっきりした甘味を兼ね備え、野菜と呼ぶべきか果物と呼ぶべきかの判断も迷う。美味しい。そう感じた灯真は無心で実に噛り付く。

『いい食べっぷりじゃん!』

 何も言わずにその実を食べ続ける2人。時々相手の方を見ては、ペースを上げて身を頬張り、気がつけば早食い競争と化していた。最も、勝ったのはフェルディフの方だ。食べ慣れている彼の方が器用に実を食べ尽くした。少し遅れて、灯真も受け取った実を丸々一つ完食する。手元に残ったのは皮の部分だけ。

『俺たちフォウセは、この大陸で一番小さい種族なんだ』

 唐突にフェルディフは話を始めた。灯真は彼の険しい表情を見て、何も言わず耳を傾ける。

『大昔は他の種族に追い回されて、奴隷にされてた時期もある。だから、俺たちに背丈の話はタブーなんだ』
「そう……だったんだ……本当に、ごめんなさい」
『ラウテから来たんだから、知らなくて当然だよな。悪い、俺もカッとなって。お前も辛かっただろうに』
「え?」
『食事をちゃんと取れないくらい大変な生活してんだろ? 奴隷とかってわけじゃなさそうだけど、服とかも汚れてるしさ。あっ、もう一つ食べるか?』
「ちょっ……ちょっと待って」
『遠慮すんなよ。別に金取ったりしねぇから』
「そうじゃなくて……」
『ん?』
「その……別に食事に困るほど貧乏だったとかそういうことじゃなくて……昔は確かに大変だったんだけど……今はちゃんとご飯は出てて……僕がたくさん食べれないってだけで……」

 数十秒間の静寂が訪れる。フェルディフの視線が灯真に向かって固定され、灯真は目を合わせないように顔を逸らす。しばらくしてようやく灯真の言葉の意味がわかると、フェルディフは顔を真っ赤にする。

『なんだよ! そういうことは早く言えよ!』
「言ったと思うんだけど……」
『すげぇ苦労してんのかと思ってぇ! 体が細いことを聞いたの悪かったかなぁと思ってぇ! せっかくだから美味いもん食わせてやろうと思ってぇ! だあぁぁぁ何やってんだ俺ええええぇぇ!』
「おっ……落ち着いて」
『お前のせいだろうがー!』
「ええええぇぇ!?」

 持っていた皮を放り投げると、灯真の胸倉を掴み、フェルディフは彼の体を前後に激しく揺さぶる。突然響き渡った大声に、小屋の中に隠れていた人々が窓から顔を覗かせた。





「下が随分と騒がしいですね」
『あたしちょっと見てきます』
『待て』

 聞こえてきたのが弟の声だとわかりアーネスは小屋を出ていこうとするが、ジノリトがそれを止めた。彼女は今、護との会話の通訳と化している。抜けられては困るのだ。

『フェイのことだ。何かまた勘違いして騒いでいるのだろう。さて……』

 一瞬呆れた様子を見せたジノリトだったが、すぐに元の真剣な表情に戻る。護から聞かされた話は、彼が思っていた以上に深刻であった。今後のことを考えると眉間に深い皺が現れる。

『マモル、貴方の意見を伺いたい。そのシマヅという男の目的はなんだと思う?』
「……正直なんとも。ただ、ロドを使ってこちらに来ることが目的だったんじゃないかと、そう考えています」
『こちらに来ること?』
「そう感じたというだけなんですが。それと、ロドを開いたのはおそらく島津さんだけじゃありません」

 島津はこう言っていた。「我々のシナリオでは、これを君が起こすことになっているんだよ」と。ずっとそれが気になっていた。
 あの場所には島津と灯真以外いなかった。灯真に彼のことを知っているか尋ねたが、彼はたまたまあの場所にいただけで、島津と面識はないといった。

『……他の場所でも開かれた可能性があるということか』
「こちらに来ているはずの島津さんを探し出さないことには、詳細はわかりませんが」
『どうやって探すつもりかね。君1人で、言葉もわからぬこの地で』
「それは……」

 護の使う《エウスプル イーエ追い求める瞳》は、残されたものから相手を探し出す魔法。しかし今は、あの赤い線が見えなくなっている。集中力を欠いて魔法が解けてしまったせいだ。島津の持ち物や足跡などの痕跡がなければ再び探し出すことはできない。

 思い悩む護を見たジノリトは、踵を返し部屋の奥にある本棚の方へと向かう。

『我々は、かつてこの世界で起きた災厄が再び起こることを一番危惧している』
「災厄……ですか?」
『そう。話を聞く限りそちらでは伝わっていないようだが、この世界には記録が残っている』

 ジノリトは本棚から1冊の分厚い本を取り出し机の上に広げる。彼に手招きされ、護は机に近づき開かれた本の中身を見る。 

『かつてラウテから来たものたちによって、この世界のあらゆる種族が滅亡の危機に瀕したことがあるのだ』

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