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第3章 帰らぬ善者が残したものは
12話 懸念するもの 朝比奈 護
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「この森の主様に?」
灯真の訓練が始まって数日。苦戦する彼を横目に、族長ジノリトは護たちを森の主のところまで連れていくと申し出た。
『己の意思で来たわけではないとはいえ、2人はこの森からすれば侵入者だ。いつまでも主様に黙っておくわけにはいかない。我々と主様との盟約もあるのでね』
「皆さんに迷惑をかけるわけにはいきませんし……わかりました。でも、いいんですか? もし私達が……」
俯いて何かを言いかけた護の前に、ジノリトは腕を伸ばし軽く開いた手のひらを見せる。
『大丈夫。例え貴方たちがこの森の何かを狙う侵入者であったとしても、この森の主である、ゼフィアス・ディルアーグナ様にはそれを止める力がある』
微笑を浮かべたジノリトは、すぐに数人の大人たちに指示を出す。畑で仕事をしていた他の仲間たちも作業を中断して準備に取り掛かった。
「どうかしたんですか?」
集落が慌ただしくなってきたのを感じ、灯真は訓練を止めて護のところに歩み寄る。
「この森の主様に会いに行くそうだよ。私たちがここにしばらく住むことを許してもらうために」
『じゃあ、トーマの練習は主様のところに向かいながらだな』
「主様……?」
『トーマが主様を見たら、びっくりして倒れちまうかもな』
揶揄うフェルディフの言葉を聞き、灯真は左肘を触り始める。
「そんなにすごい人なのかい?」
『すごい人っていうか……会ってみればわかるよ。まっ、きっとおっさんやトーマのこと迎え入れてくれると思うけどね。優しいから』
『フェイ! 貴方も準備しなさい!」
『わかってるって! 主様より絶対姉ちゃんの方が怖いと思うぜ』
俯く灯真に向かってそう呟くと、フェルディフは腕を組んで待つアーネスの元へ急ぐ。頭を叩かれる彼の後ろ姿を見て、灯真は思わず笑みを溢す。
「アーネスさんの方が怖い……か。じゃあ茉陽さんとはどっちが上かな」
「まひろ……さん?」
「そう、私の奥さん。素敵な人なんだけど、怒ると誰よりも怖くてね。鬼っていうのはきっと、怒った時の茉陽さんみたいな人のことを言うんだと思ってる……あっ……このことは茉陽さんに会えても言っちゃダメだよ」
「わかりました」
微かに口元が緩む灯真の手が肘から離れたのを確認し、護はホッとする。しかし、灯真が無意識にした行為は緊張する自分自身を宥めようとして起こるもの。それが護の中で引っ掛かっていた。森の主に会いに行くに緊張してなったのだと察しはついていたが、果たしてそれだけなのだろうかと。この集落の人々にも可愛がられ、訓練以外では積極的に畑の仕事も手伝い、ここでの生活に馴染もうという努力が見える。それが護には、ここに住むためにしているんじゃないかと思えてならなかった。
「帰るところなんて……ない……」
関守家の山で遭遇した時、灯真の口から出たその言葉が護の中の違和感をより強いものにする。
(今は深く追求しない方がいいか……)
とにかく灯真の緊張を解そうと考え抜いた結果、彼の口から出たのは普段は誰にも話したことがない妻のこと。もし本人に伝わればどうなるか……護の頭の中では、腕を組んで仁王立ちしながら鋭い目を向ける彼女の恐ろしい姿が浮かんでいる。しかし、今の灯真の顔を見れば話すべきではなかったとは思わない。
(本当に……どんな経験も役に立つものだね、茉陽さん)
人の心理を読み解く技術は、調査機関に入る以前に教え込まれたものだ。護からすればあまり良い思い出ではないが それが無駄ではないと教えてくれたのは他でもない妻の茉陽である。頭の中で鬼と化していた妻の表情が、自慢げな顔に変化する。そして、その隣では息子が真似をして胸を張りながら同じ顔をしている。何度も見てきた光景だが、こうして会えない日が続くと彼女らが自身にとってどれだけ大事だったのかを思い知らされる。
(ちゃんと言わずに来ちゃったから、心配してるだろうな)
今は遠い場所にいる家族のことを思いながら、護は木々の隙間から覗く青い空を見上げる。ロドが開き、自分は行方不明。会社には宮崎の現場に行くとは伝えていたが、急いでいたので家族には帰るのが遅れるとメールを打っただけ。護はずっと気がかりだった。
(自分がロドを開いた犯人として疑われている可能性は十分にある。清さんがどう証言しようとも、自分が事件の調査を任されていたら間違いなく容疑者の1人に挙げる。家の方も調べにくるだろうし、少しでも早く帰ってあの時のことを伝えないと)
ここでの生活を覚える傍らで、護はあの日のことを何度も思い返していた。報告のない島津捜査官の行動、彼の言っていた「君が起こすことになっている」という言葉の意味を。忘れないようにと、ポケットに入れてあったメモ帳にも詳細を書き残してある。
(昔のことを知っていたってことは、島津さんは組織の残党か? でも、法執行機関の報告書では全員死亡したはず。他に知っているのは茉陽さんとモッさん、ルーとアーサー……あとは清さんだけだ。情報をどこかに流すような人たちじゃない。だとしたら……)
護の行き着く答えは何度考えても一つ。それが現実でないことを祈りたいが、そう考えれば合点がいく。
空を見上げたからずっと、護は眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。声をかけていいものかと灯真が迷っていると、フェルディフがこっちに手を振っているのが見えた。
『ユグスィン テラペド イアティムェズェド!(すぐに向かうみたいだぜ! )』
「デダントレドヌス!(理解した!)」
『ナノンクイクトァウ 「デコー!」 オイェド(こういうときは「分かった」だよ)!』
「デコーヤウォ!(わかったよ)」
護の素早い返しに驚きながらも、フェルディフは再び準備に戻って行った。灯真は魔道具によって出した糸を繋いでもらわないと言葉が理解できない。何を言われたのかと困り果てている彼の横で、何食わぬ顔で返事する護の姿が灯真にはとても輝いて見えた。
*****
「あぁぁぁ、コレですコレ。ここに来た甲斐がありましたよ」
背負っているリュックの肩紐を直しながら、男は手に持った透明な立方体を見つめ顔を綻ばせる。
「ヴィクトル、それが貴方の言って魔道具?」
乱れたポニーテールを手櫛で整えながら、キリアンはヴィクトルの側へ歩み寄った。2センチほどの大きさの雑にカットされた立方体は、その中に空の色に似た水色の液体を内包しているように見える。震えるヴィクトルの手に合わせ、それはゆらゆら揺れている。
「そうです! これがあればキリアンさんの魔法も彼らに通用するでしょう」
「あらぁ、じゃあ試させてもらってもいい? ちょうどトモキが1人押さえてくれてるから」
「ええ。もちろんです」
ヴィクトルからそれを渡されると、軽やかに体を反転させキリアンは部屋を後にする。靡いたポニーテールから薔薇のような良い香りが漂う。
「全く、油断も隙もありませんね。まぁ、そこが良いところでもありますが」
ヴィクトルは匂いを払うように顔の周りを手で煽ぎながら、散らばった部屋の中を漁り始めた。
「遅かったですね。待ちくたびれてやってしまいそうでしたよ」
「間に合ってよかったわ。トモキならやりかねないものねぇ」
部屋の外では背もたれを前にして椅子に座るトモキが、手に持った黒い棒をペンのようにクルクルと回している。キリアンが出てきたことに気付くと彼は、持っていたそれを人差し指と中指に挟み手首のスナップだけで壁に向かって投げつけた。軽く投げたように見えたそれは、木製の壁に深く突き刺さる。
「うっ……」
棒を投げた先には、両手を壁に張り付けられた男性が1人。額や口の端からは血を流し、手と壁を繋いでいるのは突き刺さった黒い棒。先ほどトモキが投げたものと同じものである。よく見ればそれは、腹部に2本、そして左の太腿にも1本刺さっている。
「んもぉ、ちょっとやりすぎじゃない?」
「私はまだマシだと思いますよ。死なないように気をつけてますし。外で暴れてるサイードに比べれば……」
「おいおいおい、こんなもんかよ!」
キリアンたちがいる家の外では、目を輝かせながら人々を斬り付けるサイードの姿があった。手に持った鮮やかな赤い刀身の短刀は、切った人々の血で赤黒く染まりつつある。
「魔法使うのが当たり前の世界だっていうから、どれくらいすごいのか期待してたのんだぜぇ!」
切られた人々の悲鳴を聞いても、サイードの笑みは崩れない。そんな彼の姿を遠くから見ていた島津は、物陰に身を潜め息を飲む。覚悟してこの場所にきた。しかし、目の前に広がる惨劇を目の当たりにして腹の奥から込み上げてくる熱いものが出てこないよう必死に耐えている。
「慣れていないなら、見ないことね」
「貴女は平気なんですか?」
島津の隣で、サイードの方とは逆を向く金髪の美女レオナは、目を閉じて全てが終わるのをじっと待っているようだった。
「平気じゃないし、あんなの見たくないわ。でも、これをやり遂げなきゃ私の目的は果たせないから。貴方だってそうでしょ?」
「私は……」
女性の返しに、島津は改めて考える。この場所に来た理由を。ロドを開いた目的を。自分の……願いを。唇を噛み、爪が食い込むほど強く手を握る。この場所に来たのは叶えたいことがあるから。そのためにこれは必要なことだ。島津は自分自身に何度もそう言い聞かせた。
「さぁて、ちゃちゃっと教えてもらおうかしらっ」
キリアンがヴィクトルから受け取ったものに魔力を注ぎ入れると、銀色に光る細い糸がキリアンの指先から伸びて張り付けにされた男の額につながる。
「アタシたち探してるものがあるの。どんな情報でも良いから教えてくれないかしら? 怖がらなくても大丈夫よ。アタシたちは貴方のお友達だから」
『とも……だち……』
知らない言葉を喋っていたはずなのに意味だけはわかる。そんな奇妙な現象に一瞬戸惑うキリアンだったが、すぐに不気味な笑みを浮かべ男の頬に手を添えた。
灯真の訓練が始まって数日。苦戦する彼を横目に、族長ジノリトは護たちを森の主のところまで連れていくと申し出た。
『己の意思で来たわけではないとはいえ、2人はこの森からすれば侵入者だ。いつまでも主様に黙っておくわけにはいかない。我々と主様との盟約もあるのでね』
「皆さんに迷惑をかけるわけにはいきませんし……わかりました。でも、いいんですか? もし私達が……」
俯いて何かを言いかけた護の前に、ジノリトは腕を伸ばし軽く開いた手のひらを見せる。
『大丈夫。例え貴方たちがこの森の何かを狙う侵入者であったとしても、この森の主である、ゼフィアス・ディルアーグナ様にはそれを止める力がある』
微笑を浮かべたジノリトは、すぐに数人の大人たちに指示を出す。畑で仕事をしていた他の仲間たちも作業を中断して準備に取り掛かった。
「どうかしたんですか?」
集落が慌ただしくなってきたのを感じ、灯真は訓練を止めて護のところに歩み寄る。
「この森の主様に会いに行くそうだよ。私たちがここにしばらく住むことを許してもらうために」
『じゃあ、トーマの練習は主様のところに向かいながらだな』
「主様……?」
『トーマが主様を見たら、びっくりして倒れちまうかもな』
揶揄うフェルディフの言葉を聞き、灯真は左肘を触り始める。
「そんなにすごい人なのかい?」
『すごい人っていうか……会ってみればわかるよ。まっ、きっとおっさんやトーマのこと迎え入れてくれると思うけどね。優しいから』
『フェイ! 貴方も準備しなさい!」
『わかってるって! 主様より絶対姉ちゃんの方が怖いと思うぜ』
俯く灯真に向かってそう呟くと、フェルディフは腕を組んで待つアーネスの元へ急ぐ。頭を叩かれる彼の後ろ姿を見て、灯真は思わず笑みを溢す。
「アーネスさんの方が怖い……か。じゃあ茉陽さんとはどっちが上かな」
「まひろ……さん?」
「そう、私の奥さん。素敵な人なんだけど、怒ると誰よりも怖くてね。鬼っていうのはきっと、怒った時の茉陽さんみたいな人のことを言うんだと思ってる……あっ……このことは茉陽さんに会えても言っちゃダメだよ」
「わかりました」
微かに口元が緩む灯真の手が肘から離れたのを確認し、護はホッとする。しかし、灯真が無意識にした行為は緊張する自分自身を宥めようとして起こるもの。それが護の中で引っ掛かっていた。森の主に会いに行くに緊張してなったのだと察しはついていたが、果たしてそれだけなのだろうかと。この集落の人々にも可愛がられ、訓練以外では積極的に畑の仕事も手伝い、ここでの生活に馴染もうという努力が見える。それが護には、ここに住むためにしているんじゃないかと思えてならなかった。
「帰るところなんて……ない……」
関守家の山で遭遇した時、灯真の口から出たその言葉が護の中の違和感をより強いものにする。
(今は深く追求しない方がいいか……)
とにかく灯真の緊張を解そうと考え抜いた結果、彼の口から出たのは普段は誰にも話したことがない妻のこと。もし本人に伝わればどうなるか……護の頭の中では、腕を組んで仁王立ちしながら鋭い目を向ける彼女の恐ろしい姿が浮かんでいる。しかし、今の灯真の顔を見れば話すべきではなかったとは思わない。
(本当に……どんな経験も役に立つものだね、茉陽さん)
人の心理を読み解く技術は、調査機関に入る以前に教え込まれたものだ。護からすればあまり良い思い出ではないが それが無駄ではないと教えてくれたのは他でもない妻の茉陽である。頭の中で鬼と化していた妻の表情が、自慢げな顔に変化する。そして、その隣では息子が真似をして胸を張りながら同じ顔をしている。何度も見てきた光景だが、こうして会えない日が続くと彼女らが自身にとってどれだけ大事だったのかを思い知らされる。
(ちゃんと言わずに来ちゃったから、心配してるだろうな)
今は遠い場所にいる家族のことを思いながら、護は木々の隙間から覗く青い空を見上げる。ロドが開き、自分は行方不明。会社には宮崎の現場に行くとは伝えていたが、急いでいたので家族には帰るのが遅れるとメールを打っただけ。護はずっと気がかりだった。
(自分がロドを開いた犯人として疑われている可能性は十分にある。清さんがどう証言しようとも、自分が事件の調査を任されていたら間違いなく容疑者の1人に挙げる。家の方も調べにくるだろうし、少しでも早く帰ってあの時のことを伝えないと)
ここでの生活を覚える傍らで、護はあの日のことを何度も思い返していた。報告のない島津捜査官の行動、彼の言っていた「君が起こすことになっている」という言葉の意味を。忘れないようにと、ポケットに入れてあったメモ帳にも詳細を書き残してある。
(昔のことを知っていたってことは、島津さんは組織の残党か? でも、法執行機関の報告書では全員死亡したはず。他に知っているのは茉陽さんとモッさん、ルーとアーサー……あとは清さんだけだ。情報をどこかに流すような人たちじゃない。だとしたら……)
護の行き着く答えは何度考えても一つ。それが現実でないことを祈りたいが、そう考えれば合点がいく。
空を見上げたからずっと、護は眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。声をかけていいものかと灯真が迷っていると、フェルディフがこっちに手を振っているのが見えた。
『ユグスィン テラペド イアティムェズェド!(すぐに向かうみたいだぜ! )』
「デダントレドヌス!(理解した!)」
『ナノンクイクトァウ 「デコー!」 オイェド(こういうときは「分かった」だよ)!』
「デコーヤウォ!(わかったよ)」
護の素早い返しに驚きながらも、フェルディフは再び準備に戻って行った。灯真は魔道具によって出した糸を繋いでもらわないと言葉が理解できない。何を言われたのかと困り果てている彼の横で、何食わぬ顔で返事する護の姿が灯真にはとても輝いて見えた。
*****
「あぁぁぁ、コレですコレ。ここに来た甲斐がありましたよ」
背負っているリュックの肩紐を直しながら、男は手に持った透明な立方体を見つめ顔を綻ばせる。
「ヴィクトル、それが貴方の言って魔道具?」
乱れたポニーテールを手櫛で整えながら、キリアンはヴィクトルの側へ歩み寄った。2センチほどの大きさの雑にカットされた立方体は、その中に空の色に似た水色の液体を内包しているように見える。震えるヴィクトルの手に合わせ、それはゆらゆら揺れている。
「そうです! これがあればキリアンさんの魔法も彼らに通用するでしょう」
「あらぁ、じゃあ試させてもらってもいい? ちょうどトモキが1人押さえてくれてるから」
「ええ。もちろんです」
ヴィクトルからそれを渡されると、軽やかに体を反転させキリアンは部屋を後にする。靡いたポニーテールから薔薇のような良い香りが漂う。
「全く、油断も隙もありませんね。まぁ、そこが良いところでもありますが」
ヴィクトルは匂いを払うように顔の周りを手で煽ぎながら、散らばった部屋の中を漁り始めた。
「遅かったですね。待ちくたびれてやってしまいそうでしたよ」
「間に合ってよかったわ。トモキならやりかねないものねぇ」
部屋の外では背もたれを前にして椅子に座るトモキが、手に持った黒い棒をペンのようにクルクルと回している。キリアンが出てきたことに気付くと彼は、持っていたそれを人差し指と中指に挟み手首のスナップだけで壁に向かって投げつけた。軽く投げたように見えたそれは、木製の壁に深く突き刺さる。
「うっ……」
棒を投げた先には、両手を壁に張り付けられた男性が1人。額や口の端からは血を流し、手と壁を繋いでいるのは突き刺さった黒い棒。先ほどトモキが投げたものと同じものである。よく見ればそれは、腹部に2本、そして左の太腿にも1本刺さっている。
「んもぉ、ちょっとやりすぎじゃない?」
「私はまだマシだと思いますよ。死なないように気をつけてますし。外で暴れてるサイードに比べれば……」
「おいおいおい、こんなもんかよ!」
キリアンたちがいる家の外では、目を輝かせながら人々を斬り付けるサイードの姿があった。手に持った鮮やかな赤い刀身の短刀は、切った人々の血で赤黒く染まりつつある。
「魔法使うのが当たり前の世界だっていうから、どれくらいすごいのか期待してたのんだぜぇ!」
切られた人々の悲鳴を聞いても、サイードの笑みは崩れない。そんな彼の姿を遠くから見ていた島津は、物陰に身を潜め息を飲む。覚悟してこの場所にきた。しかし、目の前に広がる惨劇を目の当たりにして腹の奥から込み上げてくる熱いものが出てこないよう必死に耐えている。
「慣れていないなら、見ないことね」
「貴女は平気なんですか?」
島津の隣で、サイードの方とは逆を向く金髪の美女レオナは、目を閉じて全てが終わるのをじっと待っているようだった。
「平気じゃないし、あんなの見たくないわ。でも、これをやり遂げなきゃ私の目的は果たせないから。貴方だってそうでしょ?」
「私は……」
女性の返しに、島津は改めて考える。この場所に来た理由を。ロドを開いた目的を。自分の……願いを。唇を噛み、爪が食い込むほど強く手を握る。この場所に来たのは叶えたいことがあるから。そのためにこれは必要なことだ。島津は自分自身に何度もそう言い聞かせた。
「さぁて、ちゃちゃっと教えてもらおうかしらっ」
キリアンがヴィクトルから受け取ったものに魔力を注ぎ入れると、銀色に光る細い糸がキリアンの指先から伸びて張り付けにされた男の額につながる。
「アタシたち探してるものがあるの。どんな情報でも良いから教えてくれないかしら? 怖がらなくても大丈夫よ。アタシたちは貴方のお友達だから」
『とも……だち……』
知らない言葉を喋っていたはずなのに意味だけはわかる。そんな奇妙な現象に一瞬戸惑うキリアンだったが、すぐに不気味な笑みを浮かべ男の頬に手を添えた。
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