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第3章 帰らぬ善者が残したものは
37話 傾聴する者 朝比奈 護
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『へぇ~、今だとどんなのが美味しいんですか?』
『そうだなぁ。貝類なんかは今がいい時期だよ。増えすぎるんで、観光客向けに貝掘りの催しがあるくらいよ』
『貝掘り?』
『ほっとくと浜が貝に占拠されちまってな。小魚とか、エビやカニが寄り付かなくなっちまう』
『なるほどぉ』
『駆除もできて、おまけに美味いのよ」
『生でも美味いけど、僕は蒸した奴が好きだね』
レクイースの集落からキフカウシを目指す護たち。彼らは今、《エイヴォラント》というドーケリュンへ向かう大型魔動車の中。出身であるオスゲア大陸では珍しいからか、ヒュートはこれを見たときから子供のように目を光らせている。
地面に掘られた深さ50センチほどある2本の溝を滑るように進むそれは、馬車に近い形状だったジノリトの魔動車とは別物。座席の多さ、車体の長さ、連結器を用いて3台が繋がって進む姿は限りなく電車に近い。
『しかし、こんな時にドーケリュンに観光とはね』
『そうね……去年だったら良かったけど、今年はあまり楽しめないかも知れないわ』
『それってもしかして……美味しいものが少ないってことですか?』
『そんなに美味いものが目当てなのかよ!』
『面白い兄ちゃんだな』
この大型魔動車 はオーツフで開発された。国王指示のもと、3本の路線で、それぞれがエイツオ・ユタルバ・キフカウシの首都とグランセイズを結ぶ役割を担っている。その道中は各国の主要都市を経由するように路線は組まれており物流の要にもなっている。
護が話をしているのも、他国からの観光客や仕事で出張に行っていたもの、キフカウシの特産である魚介類の買付に向かっている商人たちと様々である。
『ジノリトさんが乗ってった魔動車があれば良かったんすけどね』
『難題。あれはオーツフ王からフォウセに友好の証として送られたもの。それに、護氏が乗ってきてしまうと、ジノリト氏の移動手段がなくなる』
『そうっすよねぇ』
窓の外に広がる草原を眺めていたラーゼアの視線が、少し離れた席に座る護へと移る。いつの間にか隣や前の席に座っている客たちと仲良くなり、食べ物の話題で大いに盛り上がっていた。
『マモルさん、すごいっすね』
『同意。交渉術に長けているとは思っていたが、これほどとは』
『ラーゼア殿、ヴァイリオ殿』
『ヒュートさん、どうしたっすか?』
『この大型魔動車というのは、どのような魔法を使っているんだ? 私の見たことのある魔動車とは違う。先ほどから溝の中しか進めていないあたり、そこに秘密があるとは思っているのだが』
これまでの大人な態度から一変して子供のようにはしゃいでいるヒュートは、ラーゼアにとって外の景色よりも新鮮であった。
『こいつは魔動車と違って、溝を滑ってるだけなんすよ』
『滑って?』
『然り。天然魔道具ではなく一般的な魔道具を用いて運行している。休みなく動かすためには、使用するネイストレンの量が多いというのが難点と聞く』
『国の偉い人が天然魔道具が集まらなくても使えるようにってが考えたっす。確か、オー……なんとかさんって』
『オーチェ・エイヴォルフォ。オーツフの宰相にして王の右腕と言われている』
『あの男か……』
名前を聞くと失礼な態度だけが思い出され、それまで明るかったヒュートの顔が次第に険しくなっていく。
『グランセイズで合わなかったっすか?』
『会いはしたが、王の拳で壁画と化していた』
『壁画……?』
大型魔動車の話で盛り上がる3人を他所に、護は乗客たちとの話に耳を傾け続けていた。全ては情報収集のため。これは調査機関の仕事で培ったものではない。何をしていてもターゲットの情報を逃さないために、前にいた場所で覚えさせられたもの。
(せっかく手に入れた能力なんだから、いいように利用しましょうよ)
妻のその言葉をきっかけに、これまで何度も有効活用してきた。存外、調査機関の仕事では役に立つ能力だった。そして今回も。
『フェルトヴェル?』
『そう。より良い未来を作る~とかって若い連中が集まっててな』
『聞いたことない名前ですけど』
『未来と革命を繋げた造語なんだとよ』
『キフカウシだけじゃなくてユタルバでも広がってて、ちょっと問題になってるのよね』
「未来……革命……」
(命を奪うことが良いことだなんていわない。だが、彼らは未来を変える糧になった。そのおかげで国は俺たちの訴えに耳を傾け始めた。だからこそ、止まるわけにはいかない。ここで止まれば失われた命は無駄になってしまう。この国の未来を変えるためにも、俺たちは前に進まないといけない)
護の頭の中で、幼い頃に何度も聞かされた言葉が再生される。自分もそれを信じ込まされていた。しかし、他に情報を得る術を持たなかった子供は、それが真実だと疑わなかった。そして、未来を変えるという名目で多くの命を奪った。
忘れられない記憶、捨てられない後悔。護は思う。今もなお頭の中を回り続けているそれによく似ていると。
『どうしたアンちゃん?』
『あんたが暗い話始めるからでしょう。ごめんなさいねぇ』
『いえ、ちょっとその若い人たちってのが心配になって』
『そうなんだよ。不満を主張するのは悪いことじゃないんだがなぁ』
『周りが見えてねぇっていうか。先のことが見えてねぇっていうか』
『まあ、キフカウシは難しいところだからなぁ』
乗客達はみな、1人の商人が発した言葉を聞いて困ったような顔を見せた。
『難しいと言いますと?』
『あそこが他の3つの国と違って小さな島国の集まりだからよ。仲がいい時もあれば、喧嘩してる時もあるの』
『他国との交渉も、代表に選抜された人次第だからコロコロ変わるし』
『なるほど。そのフェルトヴェルは他の国と同じ形にしたいんですかね』
『どうだかなぁ。今の代表は外から見てる限り、頑張ってる方だと思うけども』
『若いのからすると、頭下げてる姿が媚び売ってるって見えるんじゃないかしら』
『交渉というものをわかってない感じですね。商いをしている皆さんに弟子入りした方が10倍くらい成長する気がします』
『そりゃ褒め過ぎってもんだぜ、兄ちゃん』
『私も知り合いに商売をしている人がいますけど、先を見るという点ではずっと上にいるといいますか……だってそうじゃないですか。その時の利益だけ求めたら先はないから、何年も先のことを見越して動かなきゃいけないわけで』
車両にいた商人たち全員が、護の言葉に小さく頷いていた。
護の発言で心を掴まれたのか、商人たちは自分らの利益に関わる細かな目的までは話さないものの、何をしにドーケリュン(南の国の首都)に向かっているのか、この時期に食べにいくべき店はどこか、今だけ見える最高の景色はどこかなど様々な話題を提供していく。他の乗客達もそれに耳を傾け、好みの料理の話題で喧嘩になりかけたりもしたが、護が間に入り場を和ませた。
『わかってねぇ連中ばっかりだな』
車両の前方から聞こえた若い男の声。独り言のようにも聞こえたそれは、おそらく、あえて声を大きくして言い放ったのだろう。乗客たちの視線は、一斉に声のした方へと動く。
『商人に弟子入りしたら、先を見る目が育つ? 笑わせてくれるぜ。自分の利益しか考えられないようになるだけじゃねぇか』
『なんだと、コラァ!」
話の輪にいた年配の男が声を荒げると、最前列の席からスッと立ち上がった若者が護達の方へと足を運ぶ。服装からして、護と話していた乗客達とは違う。腰に差した短剣や身につけている使い込まれて革の胴当てなどからして、戦うことを生業にしているのはすぐにわかった。
『狩猟者っすね、あの子』
『レヌート?』
『獣狩りを専門にする職の者。長距離運搬時の護衛から、肉や毛皮の採取など多岐にわたって活動している。我らも何度か世話になった仲間がいる』
多少の揺れはある大型魔動車の中で一切ぶれることなく歩く姿に、遠目から見ていたラーゼアとヴァイリオが警戒を強めた。採取を専門とする探究者と違い、狩猟者は戦うことに長けている。もしここで争いになれば、厄介なのは間違いなかった。
『もっと考えないきゃいけないことがあるって言ってんだよ』
『てっ、テメェに商売の何がわかんだよ!』
『まあまあ』
今にも殴りかかりそうな男たちを落ち着かせると、護は立ち上がり双方の間に立った。
『君の言いたいことも分からなくはないけれど、ここにいる皆さんがいなければキフカウシ産の品物が他の地域に届かないし、逆もそうでしょう?』
『まとめて管理することができれば、物資が届かないなんてことは起きないだろ。この大型魔動車だって、ネイストレンを出し惜しみしなきゃもっとたくさん作れる。そしたら人も物もいろんなところに運べるじゃねぇか』
若者の主張を聞き、何人かの乗客は視線を床に落とした。実際、大型魔動車は巨大なネイストレン鉱脈を持つオーツフでしか開発は出来ず、走っている本数もわずか。若者の主張に乗客達も思うところがあった。
『でしたら、大型魔動車を広めるのにどれだけの資材が必要なのか、教えていただけますか?』
『なに?』
『同行してくれている仲間から聞きました。この大型魔動車にはネイストレンを大量に消費すると。そりゃそうですよね。他国とをつなぐ長い道のりで、魔道具を何度も使うわけですから。1回往復するだけでどれくらい大きなものが必要なんでしょうね。私には想像もつきません。ですが、これを増やせばいいと仰るくらいですから、その辺りも調べ尽くしているわけですよね? ぜひ教えて欲しいなぁ』
護の話を聞き、ヒュートが思わず目を大きく開く。ここに来るまでの間で、護がラーゼアたちとこの大型魔動車の話をしたのは、駅でこれに乗ったとき。しかも、そのときは名前を教えられただけで詳しい話は何もしていない。
『まさかオイラ達の話、聞こえてたんすかね?』
『驚嘆。それ以外に言葉がない』
『一体何をされていた方なのだ、アサヒナ殿は』
乗客らの話全てに耳を傾け、尚且つ後ろの席にいたラーゼアたちの話にまで意識がいく。その観察力にヒュートは感心するが、同時に疑念も抱く。アウストゥーツもそうだった。あらゆる声に意識が行き届き、どんな反応も見逃さない。ヒュートは、彼と似た空気を護から感じ始めていた。
『それがどう関係するってんだよ』
若者が苛立っていることは、誰から見ても明らかだった。それでも護は話を止めない。
『根拠のない話に耳を貸すほど、大人は馬鹿じゃないってことです。特に商売をする人たちにとってはね。彼らは確かに自分の利益のために動く。ものを売ることで生きるためのお金を得ているわけですから。しかし、売れなければ意味はない。どこに何が足りていないのか、どういったものが多く手に入るのか。人が売りたいもの、人が買いたいもの、いろんな情報を元に先を読んで動かなければ、商売は出来ない。では、君の情報はどうでしょうか?』
『どうって……』
『確かにこの大型魔動車は素晴らしいです。これがもっと動けば、物資の移動も楽にできます。山間部の人たちに新鮮な魚介をたくさん届けられますし、山でしか手に入らないものが海の人たちにも行き届く。病気の人がたくさん出れば、薬を大量に運ぶことにも使えるでしょう。しかし——』
護の足が一歩、また一歩と若者に向かって動いていく。足音を立てず、静かに。それが逆に護の怪しさを増長させていく。
『この溝を作るにはどのくらいの人員が必要ですか? 溝を整えている資材は何を使っているんです? 1日動かすのに必要な魔道具の大きさは? それを永久に補充できる量がオーツフにあるのでしょうか? それをした場合に市場に出回るネイストレンはどのくらい減るんでしょう?』
護はずっとニコニコしたまま。しかしその目はじっと若者の瞳を捉えている。近づいていたはずの若者の足が一歩、また1歩と後ろに下がっていく。
『全部分かった上で行動している。そうですよね?』
『それは……』
若者は口籠もり、必死に護から視線を逸らす。しかし、護の足は止まらない。
『君の言ってることもわかります。おそらく他の皆さんもそうでしょう?』
護の問いに、バラバラながら乗客たち皆が首を縦に振った。
『ですが、予想と憶測は別物です。間違えちゃいけない』
若者の目の前に護がたどり着いたところで、笛の音が響く。目的地へと到着した合図だった。この男は、普通じゃない。護のことを何も知らない若者だったが、それだけははっきりとわかった。他の乗客たちが気付いていない、微かな強者の気配と無音の足運びに体が強張っている。どんな獣を前にしても、ここまでになった経験は彼にはなかった。
『もし機会があれば、他の人に聞いてみるといいですよ。本当にそれは、実現可能なのか……ね』
護が悪戯っぽく若者の頭を撫で回すと、その手を振り払い彼はそそくさと車両の外へ出て行った。他の乗客も手荷物を確認し、彼の後を追うように歩いていく。
『ありゃ多分、フェルトヴェルの一員だ。あまり関わらねぇ方がいいぞ、兄ちゃん』
『誰が先導してるかは知らないけど、止めようとして痛い目をみた奴もいるって話だから。気をつけなね』
『ありがとうございます。用心します』
笑顔で他の乗客らを見送ると、残ったのは護たちのみとなった。ずっと座ったままだったからか、席を立ったヒュートが肩や足を伸ばしている。天井が低いせいでわずかに猫背気味だが、その表情に不満の色はない。その目は、窓の外にいる先ほどの若者に向いている。
『彼を追うのか?』
『ええ。確証はありませんが』
『まっ、そうっすよね』
『承知』
護が何を狙っていたのか。3人はわかっていた。彼の左目には十字が浮かび上がり、去っていった若者に向かう線が見えていた。
『そうだなぁ。貝類なんかは今がいい時期だよ。増えすぎるんで、観光客向けに貝掘りの催しがあるくらいよ』
『貝掘り?』
『ほっとくと浜が貝に占拠されちまってな。小魚とか、エビやカニが寄り付かなくなっちまう』
『なるほどぉ』
『駆除もできて、おまけに美味いのよ」
『生でも美味いけど、僕は蒸した奴が好きだね』
レクイースの集落からキフカウシを目指す護たち。彼らは今、《エイヴォラント》というドーケリュンへ向かう大型魔動車の中。出身であるオスゲア大陸では珍しいからか、ヒュートはこれを見たときから子供のように目を光らせている。
地面に掘られた深さ50センチほどある2本の溝を滑るように進むそれは、馬車に近い形状だったジノリトの魔動車とは別物。座席の多さ、車体の長さ、連結器を用いて3台が繋がって進む姿は限りなく電車に近い。
『しかし、こんな時にドーケリュンに観光とはね』
『そうね……去年だったら良かったけど、今年はあまり楽しめないかも知れないわ』
『それってもしかして……美味しいものが少ないってことですか?』
『そんなに美味いものが目当てなのかよ!』
『面白い兄ちゃんだな』
この大型魔動車 はオーツフで開発された。国王指示のもと、3本の路線で、それぞれがエイツオ・ユタルバ・キフカウシの首都とグランセイズを結ぶ役割を担っている。その道中は各国の主要都市を経由するように路線は組まれており物流の要にもなっている。
護が話をしているのも、他国からの観光客や仕事で出張に行っていたもの、キフカウシの特産である魚介類の買付に向かっている商人たちと様々である。
『ジノリトさんが乗ってった魔動車があれば良かったんすけどね』
『難題。あれはオーツフ王からフォウセに友好の証として送られたもの。それに、護氏が乗ってきてしまうと、ジノリト氏の移動手段がなくなる』
『そうっすよねぇ』
窓の外に広がる草原を眺めていたラーゼアの視線が、少し離れた席に座る護へと移る。いつの間にか隣や前の席に座っている客たちと仲良くなり、食べ物の話題で大いに盛り上がっていた。
『マモルさん、すごいっすね』
『同意。交渉術に長けているとは思っていたが、これほどとは』
『ラーゼア殿、ヴァイリオ殿』
『ヒュートさん、どうしたっすか?』
『この大型魔動車というのは、どのような魔法を使っているんだ? 私の見たことのある魔動車とは違う。先ほどから溝の中しか進めていないあたり、そこに秘密があるとは思っているのだが』
これまでの大人な態度から一変して子供のようにはしゃいでいるヒュートは、ラーゼアにとって外の景色よりも新鮮であった。
『こいつは魔動車と違って、溝を滑ってるだけなんすよ』
『滑って?』
『然り。天然魔道具ではなく一般的な魔道具を用いて運行している。休みなく動かすためには、使用するネイストレンの量が多いというのが難点と聞く』
『国の偉い人が天然魔道具が集まらなくても使えるようにってが考えたっす。確か、オー……なんとかさんって』
『オーチェ・エイヴォルフォ。オーツフの宰相にして王の右腕と言われている』
『あの男か……』
名前を聞くと失礼な態度だけが思い出され、それまで明るかったヒュートの顔が次第に険しくなっていく。
『グランセイズで合わなかったっすか?』
『会いはしたが、王の拳で壁画と化していた』
『壁画……?』
大型魔動車の話で盛り上がる3人を他所に、護は乗客たちとの話に耳を傾け続けていた。全ては情報収集のため。これは調査機関の仕事で培ったものではない。何をしていてもターゲットの情報を逃さないために、前にいた場所で覚えさせられたもの。
(せっかく手に入れた能力なんだから、いいように利用しましょうよ)
妻のその言葉をきっかけに、これまで何度も有効活用してきた。存外、調査機関の仕事では役に立つ能力だった。そして今回も。
『フェルトヴェル?』
『そう。より良い未来を作る~とかって若い連中が集まっててな』
『聞いたことない名前ですけど』
『未来と革命を繋げた造語なんだとよ』
『キフカウシだけじゃなくてユタルバでも広がってて、ちょっと問題になってるのよね』
「未来……革命……」
(命を奪うことが良いことだなんていわない。だが、彼らは未来を変える糧になった。そのおかげで国は俺たちの訴えに耳を傾け始めた。だからこそ、止まるわけにはいかない。ここで止まれば失われた命は無駄になってしまう。この国の未来を変えるためにも、俺たちは前に進まないといけない)
護の頭の中で、幼い頃に何度も聞かされた言葉が再生される。自分もそれを信じ込まされていた。しかし、他に情報を得る術を持たなかった子供は、それが真実だと疑わなかった。そして、未来を変えるという名目で多くの命を奪った。
忘れられない記憶、捨てられない後悔。護は思う。今もなお頭の中を回り続けているそれによく似ていると。
『どうしたアンちゃん?』
『あんたが暗い話始めるからでしょう。ごめんなさいねぇ』
『いえ、ちょっとその若い人たちってのが心配になって』
『そうなんだよ。不満を主張するのは悪いことじゃないんだがなぁ』
『周りが見えてねぇっていうか。先のことが見えてねぇっていうか』
『まあ、キフカウシは難しいところだからなぁ』
乗客達はみな、1人の商人が発した言葉を聞いて困ったような顔を見せた。
『難しいと言いますと?』
『あそこが他の3つの国と違って小さな島国の集まりだからよ。仲がいい時もあれば、喧嘩してる時もあるの』
『他国との交渉も、代表に選抜された人次第だからコロコロ変わるし』
『なるほど。そのフェルトヴェルは他の国と同じ形にしたいんですかね』
『どうだかなぁ。今の代表は外から見てる限り、頑張ってる方だと思うけども』
『若いのからすると、頭下げてる姿が媚び売ってるって見えるんじゃないかしら』
『交渉というものをわかってない感じですね。商いをしている皆さんに弟子入りした方が10倍くらい成長する気がします』
『そりゃ褒め過ぎってもんだぜ、兄ちゃん』
『私も知り合いに商売をしている人がいますけど、先を見るという点ではずっと上にいるといいますか……だってそうじゃないですか。その時の利益だけ求めたら先はないから、何年も先のことを見越して動かなきゃいけないわけで』
車両にいた商人たち全員が、護の言葉に小さく頷いていた。
護の発言で心を掴まれたのか、商人たちは自分らの利益に関わる細かな目的までは話さないものの、何をしにドーケリュン(南の国の首都)に向かっているのか、この時期に食べにいくべき店はどこか、今だけ見える最高の景色はどこかなど様々な話題を提供していく。他の乗客達もそれに耳を傾け、好みの料理の話題で喧嘩になりかけたりもしたが、護が間に入り場を和ませた。
『わかってねぇ連中ばっかりだな』
車両の前方から聞こえた若い男の声。独り言のようにも聞こえたそれは、おそらく、あえて声を大きくして言い放ったのだろう。乗客たちの視線は、一斉に声のした方へと動く。
『商人に弟子入りしたら、先を見る目が育つ? 笑わせてくれるぜ。自分の利益しか考えられないようになるだけじゃねぇか』
『なんだと、コラァ!」
話の輪にいた年配の男が声を荒げると、最前列の席からスッと立ち上がった若者が護達の方へと足を運ぶ。服装からして、護と話していた乗客達とは違う。腰に差した短剣や身につけている使い込まれて革の胴当てなどからして、戦うことを生業にしているのはすぐにわかった。
『狩猟者っすね、あの子』
『レヌート?』
『獣狩りを専門にする職の者。長距離運搬時の護衛から、肉や毛皮の採取など多岐にわたって活動している。我らも何度か世話になった仲間がいる』
多少の揺れはある大型魔動車の中で一切ぶれることなく歩く姿に、遠目から見ていたラーゼアとヴァイリオが警戒を強めた。採取を専門とする探究者と違い、狩猟者は戦うことに長けている。もしここで争いになれば、厄介なのは間違いなかった。
『もっと考えないきゃいけないことがあるって言ってんだよ』
『てっ、テメェに商売の何がわかんだよ!』
『まあまあ』
今にも殴りかかりそうな男たちを落ち着かせると、護は立ち上がり双方の間に立った。
『君の言いたいことも分からなくはないけれど、ここにいる皆さんがいなければキフカウシ産の品物が他の地域に届かないし、逆もそうでしょう?』
『まとめて管理することができれば、物資が届かないなんてことは起きないだろ。この大型魔動車だって、ネイストレンを出し惜しみしなきゃもっとたくさん作れる。そしたら人も物もいろんなところに運べるじゃねぇか』
若者の主張を聞き、何人かの乗客は視線を床に落とした。実際、大型魔動車は巨大なネイストレン鉱脈を持つオーツフでしか開発は出来ず、走っている本数もわずか。若者の主張に乗客達も思うところがあった。
『でしたら、大型魔動車を広めるのにどれだけの資材が必要なのか、教えていただけますか?』
『なに?』
『同行してくれている仲間から聞きました。この大型魔動車にはネイストレンを大量に消費すると。そりゃそうですよね。他国とをつなぐ長い道のりで、魔道具を何度も使うわけですから。1回往復するだけでどれくらい大きなものが必要なんでしょうね。私には想像もつきません。ですが、これを増やせばいいと仰るくらいですから、その辺りも調べ尽くしているわけですよね? ぜひ教えて欲しいなぁ』
護の話を聞き、ヒュートが思わず目を大きく開く。ここに来るまでの間で、護がラーゼアたちとこの大型魔動車の話をしたのは、駅でこれに乗ったとき。しかも、そのときは名前を教えられただけで詳しい話は何もしていない。
『まさかオイラ達の話、聞こえてたんすかね?』
『驚嘆。それ以外に言葉がない』
『一体何をされていた方なのだ、アサヒナ殿は』
乗客らの話全てに耳を傾け、尚且つ後ろの席にいたラーゼアたちの話にまで意識がいく。その観察力にヒュートは感心するが、同時に疑念も抱く。アウストゥーツもそうだった。あらゆる声に意識が行き届き、どんな反応も見逃さない。ヒュートは、彼と似た空気を護から感じ始めていた。
『それがどう関係するってんだよ』
若者が苛立っていることは、誰から見ても明らかだった。それでも護は話を止めない。
『根拠のない話に耳を貸すほど、大人は馬鹿じゃないってことです。特に商売をする人たちにとってはね。彼らは確かに自分の利益のために動く。ものを売ることで生きるためのお金を得ているわけですから。しかし、売れなければ意味はない。どこに何が足りていないのか、どういったものが多く手に入るのか。人が売りたいもの、人が買いたいもの、いろんな情報を元に先を読んで動かなければ、商売は出来ない。では、君の情報はどうでしょうか?』
『どうって……』
『確かにこの大型魔動車は素晴らしいです。これがもっと動けば、物資の移動も楽にできます。山間部の人たちに新鮮な魚介をたくさん届けられますし、山でしか手に入らないものが海の人たちにも行き届く。病気の人がたくさん出れば、薬を大量に運ぶことにも使えるでしょう。しかし——』
護の足が一歩、また一歩と若者に向かって動いていく。足音を立てず、静かに。それが逆に護の怪しさを増長させていく。
『この溝を作るにはどのくらいの人員が必要ですか? 溝を整えている資材は何を使っているんです? 1日動かすのに必要な魔道具の大きさは? それを永久に補充できる量がオーツフにあるのでしょうか? それをした場合に市場に出回るネイストレンはどのくらい減るんでしょう?』
護はずっとニコニコしたまま。しかしその目はじっと若者の瞳を捉えている。近づいていたはずの若者の足が一歩、また1歩と後ろに下がっていく。
『全部分かった上で行動している。そうですよね?』
『それは……』
若者は口籠もり、必死に護から視線を逸らす。しかし、護の足は止まらない。
『君の言ってることもわかります。おそらく他の皆さんもそうでしょう?』
護の問いに、バラバラながら乗客たち皆が首を縦に振った。
『ですが、予想と憶測は別物です。間違えちゃいけない』
若者の目の前に護がたどり着いたところで、笛の音が響く。目的地へと到着した合図だった。この男は、普通じゃない。護のことを何も知らない若者だったが、それだけははっきりとわかった。他の乗客たちが気付いていない、微かな強者の気配と無音の足運びに体が強張っている。どんな獣を前にしても、ここまでになった経験は彼にはなかった。
『もし機会があれば、他の人に聞いてみるといいですよ。本当にそれは、実現可能なのか……ね』
護が悪戯っぽく若者の頭を撫で回すと、その手を振り払い彼はそそくさと車両の外へ出て行った。他の乗客も手荷物を確認し、彼の後を追うように歩いていく。
『ありゃ多分、フェルトヴェルの一員だ。あまり関わらねぇ方がいいぞ、兄ちゃん』
『誰が先導してるかは知らないけど、止めようとして痛い目をみた奴もいるって話だから。気をつけなね』
『ありがとうございます。用心します』
笑顔で他の乗客らを見送ると、残ったのは護たちのみとなった。ずっと座ったままだったからか、席を立ったヒュートが肩や足を伸ばしている。天井が低いせいでわずかに猫背気味だが、その表情に不満の色はない。その目は、窓の外にいる先ほどの若者に向いている。
『彼を追うのか?』
『ええ。確証はありませんが』
『まっ、そうっすよね』
『承知』
護が何を狙っていたのか。3人はわかっていた。彼の左目には十字が浮かび上がり、去っていった若者に向かう線が見えていた。
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「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~
shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて
無名の英雄
愛を知らぬ商人
気狂いの賢者など
様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。
それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま
幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。
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