🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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再会と初雪

家族

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「おかえり……やだ雪? を積もらせているの? 」

 その母の声で、椿はやっと我にかえり顔を上げた。

 どうやって電車に乗り、どうやって家まで帰ってきたのかわからない。

 気づけば家のリビングにいて、目の前に母が立っていた。

「折り畳み傘、鞄に入ってるでしょう、使わなかった? それ買ったの? 」

 母の視線を追いかけ、手に持っているビニール傘に行きつく。

「ああ、うん。風が強くて壊れちゃった」

「風が? そんなに? ……それにしても随分遅かったわね」

「帰りに彩季と買い物してたから」

「そうなの? 何度も電話したのよ」

「ごめんなさい。消音にしていたから気づかなかった」

 椿は自分に驚いた。

 たくさんの嘘が次々と口から出てきたことに。

「それじゃあ、意味ないじゃない」

「はい」

 母親は椿からダッフルコートを脱がせるとそれを持ってバスルームへ向かった。
 またすぐにリビングへ戻ってきて椿へタオルを渡す。

「お風呂入ってね、風邪をひくから」

「うん」

 椿は濡れた髪をタオルで拭きながら、ぼんやりと返事をして、階段を上がり自分の部屋へ入った。

 部屋は綺麗に片付いている。
 習慣で勉強机の前へ座る。

 起きてそのままだったはずのベッドはホテルのように几帳面にセットされ、クッションやぬいぐるみも同じ順番で並び、机の上に広げたままだった参考書とノートは本棚におさめられていた。

 各々が各々の場所へきちんと収まり整然としている。

 椿は制服のままベットの上に横になり天井を見上げる。

 何も聞けなかった。

 絶対にあの人なのに、それにあの瞳の色。
 あの青みがかった淡褐色の……、あんな目の人をどこかで見た気がする。

 でも今流行っているカラコンのカラーなのかもしれない、それでどこかで見た気がするのかな。

 向こうは自分のことなど知らないようだった。目が合ったと思ったのは、一緒に「あれ」を見たと思ったのは、全部気のせいだったのかもしれない。

「つーちゃん、雪、もう降ってないみたい」

 母親がコートをもって部屋へ入ってきた。

「ちょっと、濡れたまま横にならないで着替えなさいよ」

「はい」

 椿は返事をし、ベッドから起き上がった。

「これ、捨てる? 」

 母親が机の側に立て掛けてあるビニール傘に手を伸ばした。

「あ、だめ! 捨てないで!! 」

 椿は慌てて傘を抱き抱えた。
 母親は手を引っ込め不満そうな顔で椿を見る。

「びっくりした。大きな声出さないでっていつも言ってるでしょう、品がないから」

「……ごめんなさい。これは、借りたものだから、返さないといけないの」

「さっき壊れたって言わなかった? 」

「壊れたのは折り畳み傘……で」

  「そういうこと? とにかく早くお風呂に入って」

「はい」

 椿は着替えを持ってバスルームへ向かった。

 風呂から出ると、父親が仕事から戻り食卓に座っていた。

「おかえりなさい」

 父親の前の席に座ると、湯気の立つ味噌汁とほかほかの白米が用意された。

「いただきます」

「もうすぐだな」

 さばの味噌煮へ箸をつけようとした椿の手が止まる。

「センター試験は」

 今は大学入学共通テストというんだよ、と心の中で伝える。

「この間の模試の結果だと、少し点数が足りないな」

「模試の結果はあくまでも参考ですからね、つーちゃんなら大丈夫ですよ。それに第一志望は女子医大だし、まだ時間はあります、ねぇ? 」

「女子医大の判定は? 」

 椿は箸を置いて背筋を伸ばした。

「ええと、なんだっけ。Cだったかな……ハハ」

「Cか……」

 母親は父親の前に湯呑みを置いて椿の隣に座った。

「まだ、この時期ですもの。これからですよ、ねぇ? 」

「はい……」

「この間、予備校の入試直前特別講習っていうのにも申し込んだし。冬休みは講習以外の時間には自習室で自習すればいいんだし、時間はありますよ」

 母親の入試計画にのっていると、椿にはほとんど自由な時間がなかった。

「年が明ければ学校だって自由登校になりますし」

 唯一の息抜き出来る学校も行けないのか。

「まぁ、そんなに気負わなくても一年くらい予備校に通ったっていいんだから」

 父親はのんびり言ってお茶をすすった。

「大丈夫ですって、つーちゃんは真面目で頑張りやさんだし、女の子は一度目標を定めてしまえば、コツコツ出来るって、塾の先生がおっしゃってらしたわ」

 母親はそう言って隣の椿に向かって微笑んだ。

「ごちそうさま」

「もういいの? ほとんど食べてないじゃない」

 ほとんど手付かずの皿を見て母親が言った。

 その母親に父親が目配せをする。

「……そうよ、つーちゃん。そういう人がほとんどよ。とくに女の子は多いでしょう。医学部だもの」

「ごめんなさい、ちょっと具合がよくなくて」

「そうなの? 濡れたから風邪引いたのかしら。後で蜂蜜と生姜のお茶、持っていくから、今日は早めに休みなさい」

「ありがとう」

 椿は部屋に戻ると机の前に座った。

 本棚におさまっている問題集に手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めて頬杖をついた。

 開け放たれた扉の向こうから、両親の会話が聞こえてきた。


 ☆☆☆
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