🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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再会と初雪

静寂

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 外はまだ雨。

 コンビニの前は人通りも少なく、ひっそりとしている。

 雪が舞ったのはあの日、ほんの一瞬のことだった。

「大丈夫だったの?」

 客足が途切れてきたところで、店長が声をかけてきた。

「何がですか?」

 実央はタバコの箱を棚へ補充しながら答えた。

「リンさんから聞いたよ、女の子を助けたって」

「ああ……」

「近頃は変なヤツが多いから、鈴木君もあまり首を突っ込まない方がいいよ」

 店長はクリアファイルにたまった伝票を取り出して実央を見上げた。

「そうですねー」

 白百合女学園、実央もその高校を知っていた。この近所にある私立の女子高校で、中高一貫校の優秀なお嬢様達が通う学校だと有名だった。

 ひと月前、電車が動かなくなったとき、電車の窓越しに目を合わせた彼女もそこの制服を着ていた。

 長く真っ直ぐな黒い髪に、眉の上で直線的に切り揃えられた短い前髪。

 黒く大きな丸い目で自分をじっと見ていた。

 間違いなくあの日の高校生だった。

 実央は店に入る前、雑誌コーナーに立ち

 雑誌に目を落としている彼女に気づいていた。

 どうしてここに?

 まず思った。

 彼女もあの生き物を見たのだろうか?

 と、あのとき思った疑問が甦る。

 しかし、そんなことどうやって確かめるっていうんだ?

 いきなりそんなことを聞いたら、変な奴だと思われるだけじゃないか。

 実央はそのまま彼女の後ろを通りすぎた。

「ん? 何かあった? 元気ないね? お母さんも心配していたよ、最近あんまり話してくれないって」

 実央はタバコのカートンを置いて店長を見た。

「母が、また来たんですか?」

「またっていうか、昼間よく来るけど。お昼ご飯を買いに」

「そうなんですか?!」

「ほんと、綺麗なお母さんだよねぇ」

「うちではひどいですよ」

「そうなの? 何が?」

「わかるでしょう?」

「いや、分からないけど? 礼儀正しいし、美人だけど気さくだし」

「店長……やめておいた方がいいですよ、うちの母だけは、ほんとにヤバいやつですから」

「ファイルとってくれる?」

 実央は苦笑しながら納品書を綴じてある黄色いファイルを店長へと手渡す。

「……」

 店長はファイルを受けとると黙って伝票を綴じ始めた。

「?」

 店長が急に黙ったため、実央は不審に思う。

「聞いたよ」

 店長がしんみりとした口調で話し始めた。

「何をですか?」

「借金、君が全部返したんだろう? 高校辞めて、現場だの居酒屋だのいろんな仕事掛け持ちして、頑張ったんでしょう?」

 店長は潤んだ目で実央を見つめた。

「え、それ母が?」

「そうだよ、全部聞いたよ……家計も管理しているとか。で、今は高卒認定の勉強をしていて寝る間もないくらい忙しいって。鈴木君、見た目によらず苦労してるんだね」

 そんな込み入った話をレジを間に挟んでするわけがない。

 それも昼時の混雑している時間帯に。

 と実央はさらに怪しむ。

「そんな話をどこでしたんですか?」

「え?! いや、ぐっ、偶然、偶然商店街の、トンちゃんで会ったの。居酒屋よ?知ってるでしょう?」

 実央は目を細め店長を見据えた。

「本当だって! お母さんに聞いてみてよ、ちょっと一緒に飲んだだけよ」

「飲んだだけ?」

 実央は店長からファイルを取り上げる。

「あーあ、思い出した。行ったね、カラオケ。1、2曲? それだけ、それだけだよ!!」

 店長は実央の手からファイルを取り返す。

「けどさ、髪切りに行くくらいはさ、いいよね?」

 店長はファイルを胸に抱え、上目遣いで実央に微笑む。

「切る髪、生やしてから言って下さい」

「失礼だね君。ハゲは美容室行っちゃダメって決まりでもあるわけですか? 入店お断りなんでしょうかね?」

 店長は卵のように丸く艶やかな頭部を叩いておどける。

「店長の場合、下手すれば営業妨害で警察呼ばれますね」

「頭皮を染めるってのはどうかな?」

 実央の口元がゆるみ笑みがこぼれた。

「ふざけてないで、もう帰ったらどうです? 商会の集まり遅れますよ。俺はそのためにいつもより3時間も早く入ってるんです、知ってますか? これから朝の5時までやるんですよ? バイトをいいように使ってマジでブラックですよ、完全に悪徳雇用者ですからね」

「ごめんねってぇ、だと思って0時から、ガンボン君ていうこに頼んであるから、そしたら2時間、や、3時間、休憩とってもいいからさ。ちゃんと伝えておくから」

「誰ですか? 外国の人ですか?」

「ああ、鈴木君と一緒になったことはないか、岩石の岩に梵天の梵て書いて……梵は林の下に平凡の凡ていう字でね」

「わかります」

「そうだよね、鈴木君は頭いいもんね。岩梵君ていうの。変わった名前だけど日本人で22才かな。でも見た目は中学生くらいにしか見えないんだよね、小さくてかわいいよ」

「そうですか」

「じゃあ、夜勤頼みますね」

 店長はひょこっと頭を下げると、ニコニコしながら事務所へ引っ込んだ。

 飲み会がそんなに嬉しいのか……大人ってのは酒が好きだよな、と実央は浮わつく足取りの店長を見送った。


 ☆☆☆
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