🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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初恋と命運

千寿(ソジュ)

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「それを変える方法が、あるんでしょう?」

虎玉コソンを与えた千寿ソジュ先生に尋ねてはいるのです、けれどまだ返事がない」

「あなたには?なにかあるんでしょう?ありますよね??」

「残念ですけど、今のところなにも」

「そんな、だって、だったら、いっそあのときに……千寿先生は随分と傲慢で残酷じゃないですか!」

「……」

「ていうか、また虎玉をくれればいい、そうでしょう?!」

「確かにそう考えるのは当然。でも、それは出来ないんです」

「どうして?!」

「人なので」

「!?」

「椿さんはあなとは違う」

 実央の胸がドキリと鳴った。
 ここで人とは違う自分を突き付けられるとは。

「人の椿さんにアヤカシの気は危険なんです。量を間違えれば人ではいられない。だから千寿は椿さんが耐えられる最小の気で虎玉をつくったのでしょう。本当に微量で、人としての生と形に影響を与えない量をとても慎重に」

「だから」

「だから、これ以上は無理なんです」

「そんな、なにかあるでしょう?他に手立てがきっとあるはずでしょう?」

 ドンっと実央が机を叩いた。

 ヨルの眉間が狭まり皺が寄る。

「私もずっと探しています。椿さんと初めて会ったときからです。小さな身体に千寿の気が見えたとき、本当にとても驚きました。あの覚書にあった子供が目の前にいるなんて。そしてその気が徐々に弱まっていく様子も、ずっと傍で見てきたんです」

「知っていた?」

「大師匠のしたことですが、アヤカシの医術を担う端くれとして、とても責任を感じています」

「知っていながらここまで放置していたんですか?」

「……結果としてはそうなりますね」

 ヨルは下を向き力なく笑う。

「だったら、俺が千寿を連れてくる、どこにいる?」

「……わかりません。大師匠は定住をしないので」

「蟲は?なにか使えるやつがいるならすぐに捕ってくるから」

 実央は椿のノートを片っ端から見ていく。そこには薬の材料と蟲の特徴、効能と分量が几帳面に細かく書いてある。

 いつどんな患者が来て、どんな治療をしたか、処方した薬がどんなものか。

 これは「妖(あやかし)薬学医術之覚書」というやつとそっくりじゃないか、と実央は思った。

「椿はあれを読めるんですか?」

「いいえ読めません。虎玉のせいで、なんとなく千寿の癖が移ったのでしょう、書物の書き方に」

「そんなことが……」

「……雪舞蝶スノーバタフライあるいは、それなら」

 ヨルは続けて、ひとつの希望としてなら、と付け加えた。

「なんです、それ」

「実際に使ったことはないんです。もちろんアヤカシに、ですが。スノーバタフライの鱗粉には、気を補い強化するという効果があるそうです」

「それがあれば椿は助かる?」

「もしかしたら、です。僅かな可能性として」

「なんでもいい、少しでも可能性があるなら」

「しかし、その蝶は、初雪とともに降りてきて、一瞬で消えてしまうんです、だから実際捕えるのはとても難しい」

「待てよ、それ、見たことあるかも」

「いつですか?」

「つい、この前」

「……では、この辺りではなく、別の場所へ行かなくてはならないですね。初雪が降るだろう、別の場所へ」




「ここ、空いてますか?」

 低い男の声だった。

 椿は隣のブランコに顔を向ける。
 コロリ、と口のなかで桜の飴が転がり舌の上でとまった。

 公園の二つ並んだブランコのうち、ひとつに椿は座っていた。

 かつて「鈴の家」があった場所が今は保育園と、ブランコと砂場だけの小さな公園になっていて、昔の面影は何もなかった。

 その人物は、高校生くらいの風貌で、今、登山から戻ってきたばかり、というような格好である。
 黒いマウンテンパーカーの上着を来て、ゴツいブーツを履いていた。

 白い顔にはソバカスがたくさんあり、桜花のような唇はぽってりと厚い。
 ファーのついたフードをすっぽりとかぶり、おでこからは金色の前髪が覗いている。

 スミレの花の色だ。
 椿は彼の瞳の色を見て思った。

「どうぞ」

「よいしょ」

 彼は掛け声と一緒に背負っていた大きなリュックを下ろしブランコへ座った。

「面白いカードですね」

 椿の手中には、ゲーム用のカードがあった。
 キラキラと輝き角度によって絵柄が変化する。

「これパジャマのポケットに入っていて、この人誰だろうって思ったくらいで、ヒロくんに貰ったことも、ヒロくんのことも全部忘れてた……嫌だよね、そりゃ。薄情すぎる」

 カードの裏には「すずきみひろ」という名前が黒いマジックで記名してある。

「ヒロくんは一番好きで大切なカードをくれたのに、私はなにもあげなかった」

 椿はカードをコートのポケットにしまった。

「私がわかりますか?」

 椿はこくりと頷いた。

「もっと、お爺ちゃんかと思ってた。千寿先生」

 今度は千寿が頷く。

「記憶が?」

「今朝、戻ったんです突然。初めは夢を見たと思って……でも夢じゃなかった」

 コロリ、とまた飴をなめ始める。

「きっと。臥鐵さんの光の粒を浴びたから、だと思う」

「臥鐵?」

「神獣の臥鐵さんが鬼の顛さんへ妖気を分けたんですけど、その時に光の粒が舞っていたんです」

「千寿先生」

「はい」

「虎玉を取りにきたの?」



☆☆☆
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