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初恋と命運
触穢(しょくえ)
しおりを挟む工務店の主人が鎮石にドリルをあてながら何かを叫んでいる。
「この下にあるんだ、この下にぃぃい!!金が、あるんだ!!」
「やめろ!!」
黒い山猫に変化したヨルが工務店の主人に飛びかかった。
主人は吹っ飛ばされて地面に落ち、気を失ったか、その場に倒れた。
「ヨル先生……こ、これは本気でヤバそう!!」
梵天が暴れるドリルを取り押さえ電源を切った。そして鎮石から流れ出る泥水を避けるように跳びはねながら叫ぶ。
「いったいナンでこんなことにっ!!!」
倒れたと思っていた主人が置き上がり、梵天を後ろから蹴り飛ばした。
「うわぁっ!!」
梵天からドリルを奪った主人は、また電源を入れ石に突き刺す。
実央がその様子を見てオロオロする。
「まずい、下に封じ込めてある穢れが!!」
鎮石にあいた穴から黒い泥のような液体がジワジワと流れ出て、やがて石に亀裂が入り泥はそこから噴水のように高く吹き上がった。
庭に出てきた実央は吹き上がる黒い泥水を呆然と仰ぎ見ている。
「実央君!触穢するぞ!!!」
「しょ、くえ?!」
ヨルもそれを避けながらピョンピョンと飛んでいる。
「あれに触るなってこと!!」
梵天が実央の手を引いて庇の下へと引っ張った。
「ヨル先生!!もう無理ですって、どうにも出来ない!!」
「でも、なんとかしないと!!」
そのとき、グラグラと地面が揺れた。
「地震?!」
足元からドンっと突き上げるような揺れがあり、その後に大きく横に揺れている。
「ダメだ、もう、もたない!!彼を家の中へ!!」
ヨルに言われ、梵天は実央を連れて出窓から家の中へ入った。
ヨルは工務店の主人を石から引き離そうとするが、主人はドリルを振り回し激しく抵抗している。
再び地が揺れる。
突き上げるような縦揺れが何度も起こる。
「家全体に結界が張ってある、ここは大丈夫」
梵天は窓を閉じ実央を見て言う。
「あれが、ヨル先生のアヤカシの姿なのか……て、眺めてる場合か?!それより早く助けないと!」
主人は鬼気迫る勢いでヨルにドリルの先を向けている。
「鈴木君はここにいて、物凄く危険だから。それにしても……あの石の周りにも結界が張ってあったはずなのに」
梵天が忌々しそうに言う。
「あの人様子がおかしいよ。変化したヨル先生が見えているのはどういうこと?普通の人には姿現化していないと見えないんじゃないの?」
地震のせいかそうこうしている間に鎮石が完全に割れた。
中からニュルりと黒く細長い物が顔を出した。
頭に角が二本、耳の辺りにはヒレのようなモノがあり、大きな口の下には長く尖ったヒゲが生えていた。
「あれは……龍?」
続けて黒い頭の下が出てくる。
細長い身体には手足がついていて、更に石を割り無理矢理這い出してくる。
実央はそれの禍々しさに身震いする。
「終わった……喰われる、みんな穢れに飲み込まれる」
梵天は獣の姿に戻り頭を抱え小さくなって震えた。
ヨルは主人と格闘しながら、その姿に目を見開いた。
「楽鬼さん……」
ちょうど昼休みだった。
午前中の試験を終え、椿は弁当を出そうとリュックのファスナーに手をかけていた。
そこに、大きな地震が起こった。
足元から突き上げるような揺れが二回続けてあり、その後横に大きく揺れた。
高いビルの上は地上よりもさらに大きく揺れる。
まるで、船に乗っているかのように右へ左へぐるりと回り酔いそうだ。
あまりに大きな揺れのため、あちこちから小さな悲鳴が上がった。
机の下に隠れる者、呆然と天井を眺める者、携帯で情報を探す者。
そんな中で、椿は窓の外を見ていた。
椿がいる試験会場は大学の最上階の講堂で18階。
地上は遥かに下、人や車が小さく見えるような高さだ。
その高さを悠々と駆けるように飛んでいく白い獣がいた。
大きな翼を時折羽ばたかせ、その余力で滑空する。
背中には手に長い棒を握った人が乗っている。
「臥鐵さん、顛さん……?」
二人は建物のすぐ近くを飛んでいった。椿と同じ18階の高さと水平に飛行していく。
椿はその行方を目で追った。
「みなさん、落ち着いて。その場に待機してください!この建物は安全です!!」
試験のスタッフや職員が叫び、放送が入った。
「只今、関東地方を中心に震度6弱の地震がありました、受験生の皆さんは落ち着いてその場に待機するように、この建物は安全です、教室の外へは出ないようにお願いします」
みんな不安そうに辺りを見回して携帯を見始める。
関東地方に震度6弱、そんな見出しのニュースが並び始めた。
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