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初恋と命運
龍神
しおりを挟む「今のうちに刀を抜いて!」
梵天が顛へ向けて叫んだ。
顛は地面に落ち動かなくなった穢神の胸元へ急ぎ、その胸に刺さった刀を抜き取った。
抜いた刀の穢れを臥鐵が吸い込むと、顛はそれを鞘におさめた。
穢神が吐き出していた黒い泥水は水蒸気となり黒い煙となる。
その立ち上がる煙の傍で臥鐵が、それをどんどん吸い込んでいく。
すると黒かった穢神の身体が徐々に白くなり、やがて彩色の鱗を持つ美しい龍神の姿へと戻った。
「楽鬼さん、良かった」
ヨルは人の姿へ戻り、龍神の頭へ駆け寄ると、安堵した表情で頬の辺りの鱗を撫でた。
「刀を抜くなと言った、絶対に抜くなと、ヨル、お前が抜いたのか……」
龍神は人の姿になりその場で座したまま目を開けた。
彼は黒い作務衣を着て裸足だった。
灰青色の澄んだ瞳で、睫毛は白く短髪の髪もまた白かった。
「楽鬼さん、大丈夫です。刀の穢れは臥鐵さんが全部飲みました」
「臥鐵さん……、穢れを食べる神獣。いや、しかし彼は高天原の牢につながれているはずでは?」
「初めまして、私をご存じで?」
臥鐵も人の姿となり、楽鬼の傍らにしゃがんだ。
「もちろん知っている、いや、お会いするのは初めてです。あなたは私の先輩でもあって」
「せんぱい?」
「あなたがいたから、私も自分の思いを貫けた」
「んんん?」
臥鐵は顎に手を当て首を傾げた。
「まさか、そんな……酷い。記憶を消されたのですね」
「記憶……。私は何も覚えてないんだ。黄泉の牢で千年、鎖に繋がれていたらしいけど、それもそれ以前のことも、何も覚えてないんだ。私はそんなに極悪な罪を犯したんでしょうか?」
「いいえ、あなたは何もしていない……罪などなにも」
「楽鬼さん、驚くかも知れないことがもうひとつあって、あれ?」
ヨルは辺りをキョロキョロと見回した。
「いない」
「ヨル、額から血が出ている」
千寿がヨルを見下ろし自分の額の辺りを指差した。
ヨルが立ち上がり、今度はヨルが千寿を見下ろして捲し立てた。
ヨルは千寿より頭ひとつ分は大きい。
「千寿先生!!いったい何年経ったと思っているんですか!どこに行ってたんですか!探してたんですよ、ずっと、ずっと!!」
「いやぁ、月日というのは光の矢よりも早いものだねぇ」
「手紙は?届いてましたよね??」
「あ、うん。まぁ」
「やっぱり無視してたんですね!!」
「血を流しながら怒らないでほしいな、怖いでしょう?」
「どれだけ待ったか、わかりますかっ!!」
「あの子のことだろう?椿さん、前髪ぱっつんの」
「そうです、椿さんの虎玉が消えか……」
ヨルは周りを見て、近くに椿がいないことに気づいた。
「やはり、気づいてないか」
「今、気づきました。椿さんと実央くんがいない」
「いや、そうじゃなくて……ちなみに梵天もいない。ってそうではなくて」
「?」
「お前は知らなかったかな?人の地に下りてきた女官のことを」
ヨルと千寿の後ろで、臥鐵と楽鬼もまた昔話を始めたところだった。
椿は実央の姿を、千寿の背中に乗っていたときから、なんなら空を飛んでいる地上20m上空から、鷹の目で見るかのようにしっかりとらえていた。
けれど、実央が椿とは目を合わさず、相変わらず避けている様子なのを見て、椿はわざと気付かないふりをした。
母親があのノートとカードを実央へ渡したことも、申し訳なくて気まずかった。
「その刀は?」
実央は刀を持って地下室へ下りていく梵天の後を追っていた。
「神を切った刀です、物凄く穢れていたけど、もう大丈夫そう。大事な物だから地下室の金庫へしまっておきます。そのうち神獣の誰かが高天原へ持っていくでしょう」
「どうして、それがあの龍神の胸に刺さっていたの?」
椿が最後尾から尋ねた。
「自分で刺したらしいです。聞いたところによると」
「自分で刺した??」
椿の驚いた声が地下の部屋で響く。
「どうして穢れた刀を?」
「条件だったんですって」
梵天は諦めたように、部屋の中央に置かれたソファに座った。
その右側に実央、その左側に椿が座った。
「んー、高天原の神様たちって、物凄く嫉妬深いってのは知ってますか?」
両端の二人は同時に首を振った。
「あの、楽鬼さんはご覧の通り彩雲を連れた龍神で、慶事を連れてくると言われている、そりゃめでたい神獣さんなんです」
「へぇ」
と両端の二人は頷く。
「その楽鬼さんが、ある日フラりと地上に下りてきて、地上のご飯の美味しさにとても感動したんですって」
「ふんふん」
と頷く二人。
「で、日本食を習いたくなって、とうとう日本料理屋さんで働くようになっちゃった」
「ええ!」
と小さく驚く二人。
「その時、店でアルバイトをしに来ていた人の女の子と恋をして」
「……」
二人はそれぞれそっぽを向いた。
「で、それが高天原の神に知られて怒りを買った。一神一獣という契りがあるんだけど、つまりは何かあればお互いのために闘ったり助け合ったりしましょう、みたいな契約が、神獣と神の間であるの、それを破ったとなるとね、穏やかではすまない」
「恋しちゃだめなの?」
「恋だけならまだ許されたかも……子供が出来たんだ人の方に。それはもう許されない。下界の「人」なんか、それこそ穢らわしいっていうね。楽鬼さんは契約している神に言われた。お前が消えるか」
「……」
二人は梵天の言葉の続きを待った。
「人の女と子供を殺すか、どちらかだ、と。それもこの穢刀で。これで切られて死ぬと魂は永遠に苦しみ成仏出来ないんだ。もちろん生まれ変わることも出来ない」
「……」
二人は息を呑んで黙った。
「もちろん楽鬼さんは彼女と子供を殺せない。だから自分で自分を刺して、自ら穢神になってあそこに沈んだ」
「神様はそれで気が済んだのかな」
椿が呟くように言った。
「その時に鎮石で蓋をしたのがヨル先生とソルの兄弟。この話を聞いたのはソルから。二人は楽鬼さんをお兄さんみたく慕っていたっていうから、とても辛かったって」
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