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初恋と命運
約束
しおりを挟む「あのさ……」
実央が背筋を伸ばして真っ直ぐに椿を見る。
「あの、アヤカシノート」
「あ、アヤカシ図鑑?」
「そう、つ、つーちゃんが書いてくれた、あ、やっぱり、ごめん」
「え?」
「ちょっと、言いにくいというか、言いづらいというか……」
「なにが?」
「その……」
「要らなければ捨てていいよ」
「え?!」
「捨てていい。勉強の合間に頑張って書いて、わりと時間かかったし、絵も上手くかけてると思うし、なかなかの自信作だけど」
椿は下を向き口を尖らせる。
「あ、あれが自信作……」
「え?!」
「え???」
ガバッと顔をあげた椿に驚いて実央も驚いて声をあげる。
「そうじゃなくて、ノートのことじゃなくて、名前の呼び方のことで」
「ノートのことじゃなくて?今、ノートの話じゃなかった?」
「あ、そ、そうなんだけど、その前に、つ、つーちゃん、ていうのがどうも、なんか、しっくりこないというか」
「じゃあ、椿でも、橘でも、なんでも、しっくり来る方でどうぞ」
「んんん、橘、さん?」
「……私は??」
「えっ?!」
「だから、私は、ヒロくんでいいの?そう呼んで?」
「あ、うん」
「しっくりくるの?」
「あ、そうだね、どうだろう。慣れれば?」
「わかったヒロくん。はい、じゃあ、名前の呼び名問題解決で、それで、ノートがなんだって?」
「なんか、怒って、ます?」
「いいいや、怒ってない、けど、なんかわかんないけど、イラつき始めてはいるかも」
「あ……ごめん」
実央の伸びていた背中が丸まってシュンと縮こまる。
「で!!」
「あ、うん。あの中にスノーバタフライが、あったでしょう」
「雪舞蝶」
「あれを一緒に見に行かない?」
「一緒に、行く?見に……蝶々」
「え、そう言ったつもり、なんでカタコト?」
「あ、あれは初雪と一緒に降りてくるから、そういう時じゃないと見られないんだよ」
「知ってるよ。ノート、あ、図鑑に書いてくれてる」
「どういうつもりかわからない」
「え??」
「例えば今度、映画を見に行きませんか?なら、わかる」
「映画??」
「なんの映画見たいですか?あ、それなら私も好きです、じゃあ、何日の何時の回で見ましょう、ならわかるよって話」
椿は呆れた笑いを挟んでまた続けた。
「スノーバタフライ??それって、何月何日何時に見られるかもわからない、結局、なんの約束にもならないってことじゃないの?」
「え?なんの話を……?」
「え?!告白とか、付き合いましょう、とか初デートの、そういう類いの?え?違うの??」
「スノーバタフライの話で、一緒に見に行こうっていう誘いだけど、普通に。純粋に見てみたいなっていう」
「あ、ああ、そう。なんだ、へえ」
椿は自分の顔を両手で覆い地団駄を踏んだ。
そして顔を伏せたまま、実央へ片手を突き出した。
「スマホ貸して」
「え?」
「私のスマホ、お母さんが持ってるから、ヒロくんの貸して」
「わかった」
実央は椿の手に自分の携帯を置いた。
椿は実央へ見えないようにコソコソと自分の電話番号を入れると、ワンコールで切った。
そしてそれを実央へと突き返した。
「あとで連絡して!お母さんが心配しているから早く帰らないと、もう行くね、じゃあね!!」
椿はパッと立ち上がると実央の顔も見ず地下室から出ていった。
「突拍子もなくて……まるで嵐みたいなとこ、変わってないな」
実央はクスりと笑い、電話帳に椿の番号を登録した。
「つーちゃん」と。
ガタン、とまた地下室の扉が開き、実央は驚いてそちらへ注目する。
椿が扉の向こうから顔だけひょこっと覗かせ黙って実央を見ている。
「ど、どうした?」
「早くしてね」
「ん?」
「待つの嫌だから」
「わかった。すぐ連絡する」
「すぐね!」
「すぐに」
「……」
「……」
「ちなみにだけど……いつ?」
「ええと、明日?とか」
「え?!」
「え?!お、遅い、かな?」
椿が扉の向こうでゆっくりと頷いた。
「じゃあ、今日の夜には」
「夜ね、夜……か」
「そうか、夜っていってもね……受験生は忙しいよね、そうだよな。じゃあ10時とか?」
椿が首を横に振る。
「あ、遅いか……8時、とか?」
うん、と椿は大きく頷き微笑んだ。
夜、実央が電話したときには、近くに雪の予報はなく、試験頑張ってとか、カラオケのバイトをしていること、など他愛もない話で終わった。
アヤカシだの蟲などの話題はなく、ごく普通の高校生同士の会話で終わる。
それからは毎日SNSで天気の情報を交換したり、その日にあったこと、食べたもの、面白かった動画、そんなことをお互いにやりとりして日々が過ぎていった。
そして、ついに初雪が降るかも、という日がやってきた。
椿の試験が全て終わり、あとは卒業を待つのみ、という2月の末のことだった。
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