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初恋と命運
命運
しおりを挟む「あー、寒いっ!!」
椿は実央の手からするりと抜け、ベンチに置きっぱなしのミルクティを手に取った。
「冷めちゃったかな」
ペットボトルのフタを開け一口飲むと、立っている実央へ向けてカフェオレを差し出した。
「わかんないじゃん」
「え?」
「誰だって、自分の寿命なんてさ。101歳まで生きるのか、明日?終わるのか、なんて」
「そうだけど」
「病気かもしれないし、事故かもしれないし、災害かもしれない」
「……」
「私は今日、ヒロくんと一緒に来たかっただけ。明日はどうなるかわからないでしょう私もヒロくんも。だから大切にしたいの。毎朝起きて、今日も精いっぱい楽しんで生きようってね、思ってる」
「……」
「もう一回まわせたガチャ人生で、またヒロくんに会えて良かったとも、思ってる」
「俺も。俺も椿にまた会えて本当に嬉しかった」
「……つばき……うん、その呼び方好きかも。しっくりきた」
椿のカラっとした笑い声が静かな公園に響く。
「ありがとう。俺を探してくれて」
「違うよ。ヒロくんがずっと忘れないでいてくれたからだよ」
「そっか……やっぱり俺の力が引き寄せたのか!」
「そこまでは言ってない」
「!!」
二人の笑い声が重なる。
「しっ!!」
実央が、口許に人差し指を立てた。
「ん?」
椿の頭に雪舞蝶がふわりと降りてきた。
実央は椿の頭にそっと手を寄せ指を近づけじっと待つ。
すると蝶は実央の人差し指に少しずつ移動して羽を閉じた。
実央はそれを椿の目線まで慎重にゆっくりと下ろしていった。
「わ、綺麗」
椿が小さく声をもらす。
蝶の胴は銀色の綿菓子のようにふわりとしている。
羽は極々薄い氷の連なりのようで雪の結晶のような模様がある。
細長い銀糸のような触覚と脚はとても繊細で、丸い目の奥には青く光る点が見えた。
羽の一部が長く垂れていて、細かい粒々が数珠のように繋がっているのだが、それがまるでダイヤモンドのような輝きを放ち眩い。
「うわぁ、ほんとに綺麗だ」
「宝石みたい」
蝶は羽を広げまた閉じる、そんな動作を数回繰り返すと、ヒラリと実央の手から飛び立っていった。
「行っちゃった」
椿が残念そうに呟く。
「そういえば、千寿先生がヒロくんに申し訳ない事をしたって、すまなかったって言ってた」
「千寿先生が?」
「あの事故のとき、ヒロくんがあまりにも痛そうで苦しそうだったから見ていられなくて、つい手を握ってしまったって」
実央はあの時の手の感触を覚えていた。すっと痛みが消え、とても温かくて幸せな気持ちでふわりと軽くなったこと。
「ヒロくんがアヤカシを見るようになったのは、自分がヒロくんに触れたせいだって。もし触らなかったら、アヤカシの気門は塞がったままで、普通の人と同じように生きていけただろうって」
「あの時、千寿先生が手を握ってくれたから、俺は今もしっかり生きているし。椿ともまた会えたんだ」
誰かの手の温もりから、優しさ、勇気、思いやり、愛、そんなものが伝わって不思議な力になる、そんな時がある。
「手、つなごう」
実央は自分の手を差し出す。
椿は実央の手をしっかりと握って、ふたりは雪がうっすら積もった草の上を歩いた。
「なんで手袋してんの?」
「ヒロくんはなんでしてないの?」
「ずるい、貸して」
「やだ。マフラーと手袋は必須じゃん? 雪を見に来てるんだよ?」
「マフラー?」
「そうだ忘れてた、子猫のこと」
ふたりはベンチの方へとまた戻る。
「あ、猫ちゃんどうする?うちはダメ、お母さん猫アレルギーだから」
「猫アレルギー?」
「だって、私がヨル先生の診療所から帰ると、いっつもくしゃみしてる」
「そうなの?! ヨル先生も広い意味でいえば猫なのか。あ、うちもダメだよ、アパート、ペット禁止だし。ヨル先生のところは?」
「うーん、小鳥が……」
「あれ、いない」
実央がベンチの上のマフラーを覗くと、その中に入っていたはずの子猫はもういなくなっていた。
「どこに、いったかな」
実央は辺りを見回し、ベンチの下も覗いた。
「迎えに来たのかも、お母さん」
椿はマフラーに積もった雪を落とし、首にぐるりと巻いた。
「きっとそう」
「行こう」
「そういえば、合格おめでとう」
「ありがとう、ま、本命じゃなかったんだけど……」
「それでも凄いよ、頑張ったじゃん……俺も、すぐ後を追うからさ。待っててよ」
「え? それ、どういう意味?」
「言わない」
「なにそれ」
ふたりの明るい笑い声はいつまでも続き、そのうち雪がやんだ。
一一一その年の春
椿に与えられた虎玉の光は完全に消失した。
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