51 / 51
山猫ヨルの妖(あやかし)診療所-アクセス
どんな方でもご遠慮なく
しおりを挟む「苦しいのなら、我慢する必要はないですよ。病気でも怪我でも、それ以外でも、お母さん」
「そんな優しいことを言われたのは、初めてのことで、すみません……」
ヨルの前で、そのアヤカシはさめざめと泣いた。
「はい、ちょっとお腹見せてね」
ヨルはベッドに寝かせた子供の、ぽっこりふくらんだお腹をポンポンと叩いて音を聞いた。
鼻の長いアナグマのアヤカシだった。
「うん、大丈夫そうです」
「良かった、よりによって人の罠にかかるなんて」
「ソーセージ……いい匂いで、美味しそうで、食べたら、出られなくなって、ふ、ふ、ふぇーーん」
子供のアヤカシも泣き出した。
酷くショックを受けているようだ。
「怖かったね。これからは落ちているもの、ぶら下がっているもの、そんなものを食べちゃ、絶対にいけないよ」
罠の餌に毒を入れたりはしないと思うが、万が一ということもある。
人の毒はアヤカシにも毒である場合がなくもない。
「檻の中で倒れていましたから、もう、本当にびっくりして」
「気が動転したのでしょう、それで一時的に意識を失った。怪我は無さそうだし」
「人に見つからなくて本当に良かった……もし、見つかっていたら」
意識して姿現化しない限り人には見えないが、檻に閉じ込められパニックになれば、誤って姿現化し人に撃たれる場合もあっただろう。
母親の心配は大袈裟でも考え過ぎでもない。
ましてや、子供のアヤカシであればまだ上手く術を操れない。
里山に暮らす小さく弱いアヤカシは、そんなふうに人によって命を奪われることが希にある。
対してアヤカシは人には何もしない。
よっぽどの事がない限りは……。
実はヨルの母親も車にあたって死んだ。
道路に飛び出したソルを助けようと大型の車の前へ飛び込んだのだ。
あたりどころが悪かったのか、怪我がなかなか治らず、間もなくふたりを置いて息を引き取った。
母親の亡骸の側で泣いていた二人を、ミミズクのアヤカシが気の毒に思い、巣に連れ帰って自分の子と一緒に育てた。
だから、新月とヨル、ソルは兄弟のように育ったのだ。
ヨルとソルがアヤカシの薬学医学に興味を持ったのは、その生い立ちに少なからず関係している。
「ソーセージが好きなの?」
「もう、食べない、ぜっっったいに!!」
「先生が作ってあげるよ」
「え、ソーセージ、作れるの?」
「はい。だから、今晩はお母さんと一緒にここに泊まっていって下さい。明日の朝ごはんで出しますね」
「う、うん!」
「先生、実は……」
母親のアナグマが言いにくそうにヨルの顔を見る。
「ああ、大丈夫。何も心配しないで、何も頂きはしませんから」
「そんなわけには……」
「ここは誰からも何も頂きません。それより、人に紛れて暮らすことはお考えじゃないですか、その方がかえって安全では?」
「人の姿を真似るのはとても気が疲れるんです。先生のように上手にも出来ないですし……それに人の世はお金というものが必要でしょう?」
「そうですね……、もし何かお困りでしたら、アヤカシの互助会的なものがありましてですね、詳しくは助手がご説明します。あ、そうか二人ともいないのか。では、戻りましたら御案内します、それまで隣の部屋でゆっくりしていてください」
「はい、すみません」
「お母さんもお疲れでしょう」
「ありがとうございます」
梵天と実央は人工池の真ん中にいた。
真冬にボートから落ちたことは、実央の記憶にはまだ新しい。
プクプクプクと水泡が浮いてきた。
白いはんぺんのような丸い頭が水を押し上げぬっと出てくる。
「こんにちは」
梵天が丁寧に頭を下げた。
「調子はどうですか?」
「ああ、調子か。調子は、良くもなく悪くもないワイ」
実央は手にピンポン玉程の丸薬を3つ握っていた。
ナマズのアヤカシが口を大きく開けると、そこへ丸薬を放り込んだ。
「新しい助手か?」
「はい」
「変わった匂いのするやつだワイ。前にも来たな?」
実央は自分の服を引っ張り匂いを嗅いだ。
「新しい助手の鈴木君です」
「鈴木君か、よろしく頼むワイ」
ナマズはそう言い残し、プクプクと細かい泡を吹きながら沈んでいった。
「変な匂い?」
「うん、凄く変な匂いだ」
「え??それ、丸薬の匂いでしょう?」
「鈴木君のそういうところが、面白いから好き」
「笑わないで」
実央は口を尖らせ梵天を睨む。
「うんうん」
梵天は笑いを堪えて頷く。
実央はオールを持つと、岸へ向かってボートを進めた。
☆終
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
迦国あやかし後宮譚
シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」
第13回恋愛大賞編集部賞受賞作
タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として5巻まで刊行。大団円で完結となりました。
コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です!
妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?
翡翠の歌姫と2人の王子〜エスカレートする中傷と罠が孤児の少女を襲う【中華×サスペンス×切ない恋】
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
次は一体何が起きるの!? 孤児の少女はエスカレートする誹謗中傷や妨害に耐えられるのか?
約束の記憶を失った翠蓮(スイレン)は、歌だけを頼りに宮廷歌姫のオーディションへ挑む。
しかしその才能は早くも権力の目に留まり、後宮の派閥争いにまで発展する。
一方、真逆なタイプの2人の王子・蒼瑛と炎辰は、熾烈な皇位争いを繰り広げる。その中心にはいつも翠蓮がいた。
彼に対する気持ちは、尊敬? 憧れ? それとも――忘れてしまった " あの約束 " なのか。
すれ違いながら惹かれ合う二人。はらはらドキドキの【中華×サスペンス×切ない恋】
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる