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お城妖精のお仕事日報及び雑記
棺の鍵
しおりを挟む日没の時刻少し前、リアムはレースを編む手をとめた。執事服の中に着る白いシャツが素っ気なく、あまりにもつまらないと感じたため、襟と袖口をレースで飾ろうと数日前からそれを始めていた。
花や蔓草をモチーフにした繊細な図柄の完成形はリアムの頭のなかにある。こんなふうに自分の作りたいものをつくれる日がくるなど、あの縫製工場にいた自分には到底、想像すら出来ない未来だな、とふと思う。
途中まで仕上がった飾り襟を、夕陽に染まった空にかざす。白い糸の繊細な花模様が金色の背景に浮かび上がった。
シリシアンの部屋には窓がないため外の様子で時を知ることが出来ない。なにか手仕事を始めると懐中時計を見ることさえ忘れ、とことん夢中になってしまう性格を自覚しているリアムは、こんなふうに日がな一日を城の外で過ごすことにしていた。
暮れる陽の傾き、森に帰るカラスや小鳥たちの声、ひんやり冷たくなる指先、そんな感覚が忘れていた時間を思い出させるからだ。
日没には主の棺の鍵を開け、夜明け前には棺の蓋を閉じ鍵をきっちりしめる。それが、リアムに与えられた唯一の仕事である。
いまのところ、開ける時間が多少遅れることはあっても、忘れることはもちろんない。
リアムは作業途中のレースを丸籠に仕舞い立ち上がった。お尻の下に敷いていた薄い絨毯(ラグ)を小さくたたみ脇に挟むと翅を広げた。
円錐形の尖った屋根の下にあるバルコニーを見上げそこに向かって飛んでいく。
シリシアンの部屋に丸籠と絨毯を置き地下へ続く階段へ向かう。
「随分と気分が良さそうだね、鼻歌なんか」
衣装部屋から出てきたウソラがリアムに向かって微笑みながら言った。両手にシリシアンの着替えを持っている。
リアムが無意識に口ずさんでいたのは工場時代、作業中のお針子たちが士気高揚のために奏でた歌のひとつだった。身に染みついた習慣とは恐ろしいものであるが、リアムはむしろ他の歌を知らない。痛くても悲しくても怒っていても、それら数曲で慰め癒し凌いでいた。
嬉しいときに歌う歌?
そんなものが存在するだろうか。
「べつに良くなんかないけど……」
今朝方、シリシアンの月虹の呪いを解いたことで清々しているのは確かだった。
まぁ、ウソラはそんなことも知らないしな、とリアムは優越感を持って微笑む。
「もうすぐ死ぬから、おかしくなってるんだねぇ。気の毒に」
ウソラはリアムの微笑みをそんなふうに捉えたらしい。
「(うっせぇやつ)」
リアムは無言でウソラを一瞥してから階段を下りて行った。
螺旋の階段に足はつかずふわふわと飛ぶ。
シリシアンはあのスカーフに気づくだろうか、あれを見てなんて言うだろうか。
リアムはニヤニヤ笑いながら、ぐるぐると螺旋階段をまわる。
「僕の呪いを解いてくれたのか、ありがとうリアム!!……とか、なんとか言われちゃうかな、まいっちゃうなぁ。へへへ」
そんなふうにシリシアンの口調を真似ながら浮かれているリアムだったので、影を這うものたちが、ざわざわと階下から移動してきていることにまるで気づいていなかった。
扉の前で、鍵の束を手にしたリアムはそこで初めて異様な空気を感じとった。
鉄の板に手を当てたリアムはすぐにその手を引っ込めた。扉が冷たい。
もちろん地中深いここはいつも静かで冷えている。けれど今夜の冷気はリアムが今まで体験したことのないようなものだった。
それは鍵穴に鍵をさそうとした瞬間だった。
突然、鍵から青白い炎があがり、信じられないことにそれが燃え始めた。
「痛っ!! なんだこれ?!」
熱くはないが、炎に触れると刺されたように痛い。妖気で燃えているのは明らかで、この炎がリアムにとって無害なわけがなかった。
リアムは慌てて鍵の束を石の床に投げた。
鍵は燃えながらひとつずつ消え去っていった。
まずい、これはなんか、絶対にまずいことが起こっている、リアムは鍵束を踏んで炎を消そうと試みた。
しかし、妖気の炎が普通の火のように空気を遮断したからといって消せるわけがない。
「ええい、消えろ、消えろ!!」
リアムは自分の妖気で防げるかと、気を込めて踏みつけた。
けれど、やはり鍵は次々と消え、やがてすべてが消えてしまった。
「え? え? なんだよ、これ! 鍵がなかったら開けられないじゃないか!!」
すると今度は、首から下げていた棺の鍵が、同じように燃え出した。
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