婚約破棄されてメイドになったらイジワル公爵様の溺愛が止まりません

Rila

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1巻

1-3

「顔が赤いな、照れているのか?」
「……っ、顔が近すぎますっ」

 私はどうしていいのか分からなくなり、泣き出しそうな顔で呟くと、アルフォンスは壁に置いていた手をぱっと離した。

「悪い。頬を染めている君があまりに愛らしく見えて、つい見つめすぎてしまったようだ」
「……っ‼」

 そんな言葉を口に出されるとますます頬が熱くなり、どう対応したらいいのか分からなくなるのでやめてほしいと思った。
 私は俯いて「愛らしくなんてないです」とぼそりと呟いた。

「いや、可愛いよ。少なくとも俺にはとても可愛らしく見える。君がここに来て一ヶ月程になるか。掃除をしているところを何度か見かけたことがあったが、一生懸命頑張っている姿や、時折見せる嬉しそうな顔を見ていると、それだけで心が和む」
(そんなところ、いつ見られていたのかしら……。なんだかすごく恥ずかしいわ)

 羞恥は感じるが、嫌な気持ちは一切なかった。

「君が笑顔を見せると、俺まで嬉しい気分になる。まあ、俺は君に惚れているから当然なんだが」

 彼は照れる素振りを一切見せず、当然のように伝えてくる。
 その度に私が翻弄されていることを、彼は分かった上でわざと言っているのだろう。そんな気がする。

「良い反応だな、ますます気に入った。その顔もすごく可愛いな」
「か、からかわないでくださいっ!」

 私が顔を赤く染めて、むっとした顔で言い返すと、アルフォンスはふっと小さく笑った。

「その困った顔もすごくそそるな。さっきも伝えたが、からかったつもりはないぞ。俺は至って本気だ。だけど、都合良く受け入れてもらえるなんて思っていないし、直ぐに取って食べようとも思っていないから安心してくれ」
「……っ‼」

 アルフォンスは時折冗談を交えてくるので、本気なのかそうじゃないのか分からなくて私は混乱してしまう。
 だけど、そんなやりとりも不快に感じることはなかった。
 ただ、すごくドキドキして、胸の奥がざわざわとうるさい。

「さてと、俺はそろそろ退散するよ。お喋りも楽しいが、掃除の邪魔ばかりしてはいつまで経っても君が休憩に入れなくなるからな」
「……っ! 忘れていました」

 私がその言葉にはっとすると、アルフォンスはおかしそうに笑っていた。

「本当に君は表情がころころ変わるから、見ていて飽きないな。だけど、俺は執務室に戻るよ。終わったらお茶を持ってきて。一緒に休憩しよう」
「はい、かしこまりました」

 アルフォンスは「楽しみに待っているよ」と言って応接間から出ていった。
 彼の姿がこの部屋から消えたのを確認すると、強張っていた力がするすると抜けていく。

(び、びっくりした……)

 アルフォンスが去ったあとも胸の高鳴りは続いていて、当分治まる気配はなさそうだ。
 彼のような立場のある人間に、知らないところで好かれていただなんて信じられない。

(冗談ではないと言っていたけど、私はアルフォンス様に釣り合うような人間ではないわ)

 もう貴族でもないし、この邸で雇われているだけのただのメイドだ。
 公爵であるアルフォンスなら、いくらだって良い縁談はあるだろうに。何も持っていない私を選ぶ理由が分からない。
 話してみて気付いたことだが、彼は身分を一切気にすることなく私やビアンカに接してくれる。
 失礼な態度をとってしまっても怒る気配は一切ないし、彼と話していると立場を忘れてしまう時がある。
 それに顔だってすごく綺麗だし、元騎士というくらいなのだから剣の腕も確かなのだろう。
 どう考えても私にはもったいない相手だ。

(……あとでちゃんと断ろう。きっとアルフォンス様なら分かってくれるはずよ)


 私は急いで掃除を済ませると道具を片づけ、お茶の準備をしに厨房に向かう。
 厨房の奥にある給湯室に着くと、そこにはビアンカの姿があった。

「あ、ラウラさん。戻ったのね。お茶の準備ならすでに済ませてあるから、このカートを持ってアルフォンス様のお部屋に向かって」
「準備してくれていたのですね。ありがとうございます」

 給仕用のカートに触れると、ビアンカは私の前に立ちにっこりと微笑んだ。

「今日からラウラさんはお茶係よ。よろしくね」
「え?」
「アルフォンス様のご指名なのよ。だから断れないわ」
「それって、これから毎日ってことですか?」

 ビアンカの声はどこか弾んでいて楽しそうに見える。

「そうよ。今まで通り、応接間や客間の掃除をしてもらうのは変わらないけど、お茶の準備もお願いね。準備ができたらアルフォンス様と一緒に休憩を取ってきてね」
「…………」

 ビアンカの言葉を聞いて、私は何かを察した。

「まさかアルフォンス様の初恋の人がラウラさんだったとは驚いたわ。ふふっ、運命の再会だなんてロマンティックね。応援しているから頑張ってね!」
「……っ」

 ビアンカが目をキラキラ輝かせながら見てくるから、私は次第に恥ずかしくなっていく。

(頑張ってって言われても、困るのだけど……)

 内心そんなことを考えていたが、応援してくれている相手に文句なんて言えるはずもない。
 私が戸惑っていると、ビアンカは私の背中を押して給湯室から追い出した。

「アルフォンス様を待たせたらダメよ! さあ、早く行ってきて」
「は、はい。では、行ってきます!」

 私は苦笑しながら返事をすると、カートを押してアルフォンスの部屋へと向かう。

(どうして、こんなことに……。確実に二人きりになるってことよね。またあんな距離で迫られたら……っ)

 廊下を歩きながらそんなことを考えていると、先程の応接間での出来事が頭に蘇り、顔の奥がぼっと熱くなっていくのを感じた。
 恐らく、今私の顔は真っ赤に染まっているのだろう。
 それだけではなく、鼓動まで早くなっているような気がする。

(落ち着かないと。またこんな顔をしていたら、アルフォンス様にからかわれてしまうわっ)

 平常心を保とうとしても、一度熱くなった頬はなかなか冷めることはない。
 気付けば、あっという間にアルフォンスの部屋の前まで到着していた。
 私は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。

(平常心、平常心……)

 心の中で呪文のように唱えると、覚悟を決めて扉をノックした。

「アルフォンス様、お茶をお持ちいたしました」
「ああ、入って」

 アルフォンスの返事を確認すると、私はゆっくりと扉を開く。
 入口で「失礼します」と一礼したあと、部屋の中に足を踏み入れた。
 私は極力彼とは視線を合わせないようにして部屋の中央まで進み、テーブルの横でお茶の準備を始める。
 彼は黙ったまま執務机に向かっていた。

(きりが良いところまで仕事をするつもりなのかも)

 そう思い、彼の仕事の邪魔にならないよう、極力音を立てないように準備を進めていく。
 しばらくするとアルフォンスは椅子から立ち上がり、こちらへと近づいてきた。
 今、彼の視線は間違いなく私に向いている。
 その気配を感じると鼓動が勝手に速くなってしまうが、私は気付かないふりをしてカップにお茶を注いでいく。

「大分、お茶の淹れ方も様になってきたな」
「あ、ありがとうございます」

 突然声をかけられて、ビクッと体が飛び跳ねそうになった。
 ここにいるのは私とアルフォンスの二人だけ。
 そんなことを考えてしまうと、余計に落ち着けなくなる。
 なんとか準備を終えて少しだけほっとしていると、突然アルフォンスは並べたカップや皿を移動し始めた。

(え……? 何をしているの?)

 私は理解できず、ただその様子を眺める。
 すると彼は私のほうに顔を向けて、自分が座ったソファーの隣を軽く叩いた。

「君の席はここだ」
「……っ!」

 私が戸惑いながら立ち尽くしていると、アルフォンスは「ラウラ」と私の名前を呼んだ。
 先程からバクバクと鳴り響く鼓動が、一段階早くなったような気がする。
 彼の隣に座るということは、当然距離が近くなるということ。

(アルフォンス様は、私の心臓を壊すつもりですかっ……!)

 心の中で盛大に叫んでみたが、当然彼に伝わるはずもない。

「いつまでも立っていたら、折角君が淹れてくれたお茶が冷めてしまうぞ?」
「……っ、はい。ではお隣、失礼します」

 急かすような言葉をかけられてしまうと、私は観念するようにソファーへと座った。できる限り距離を空けて。
 私が緊張のあまり顔を俯かせていると、不意に隣からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
 ゆっくりと顔を上げると、優しく微笑む彼と目が合い、ドキッと心臓が飛び跳ねた。

「そんなに端のほうに座るなんて遠慮でもしているのか? もっとこっちにおいで」
「で、でもっ……」

 私が困った顔で言葉を詰まらせていると、彼のほうがこちらに近づいてくる。

「これで問題なくなったな」
「……っ」

 またしても逃げ道を塞がれてしまい、私は困惑する。
 緊張と恥ずかしさを紛らわすために、カップを手に取りお茶を一口飲みこんだ。

「熱っ!」
「大丈夫か?」

 動揺しすぎていたせいで、沸かしたばかりのお湯であったことを自分ですっかり忘れていた。
 アルフォンスは熱いお湯で淹れたお茶を好むのだ。
 私が苦笑しながら「大丈夫です」と答えると、アルフォンスは「冷やすか?」心配そうに聞いてきたので再び「大丈夫です」と伝えた。
 口の中が少し火傷でヒリヒリしているけど、時間が経てば自然に治まるだろう。

「ラウラは猫舌なのか?」
「はい。昔から熱いものは少し苦手で」
「なんだか可愛らしいな。それなら冷めるまで先にケーキでも食べるか?」

 アルフォンスに勧められて頷くと、私はフォークを手に取った。今日は野苺のケーキで、彩りも鮮やかで見ているだけで幸せな気分になれる。
 一口頬張ると、程良い酸味と甘さが口いっぱいに広がり、自然と顔が緩んでしまう。

「んー、美味しい……」
「ああ、その緩みきった顔。あの時と同じだ。その無防備で愛らしい姿を、また見たいと思っていたんだ」

 アルフォンスはうっとりとした表情を浮かべ、自分の前に置かれている皿を私のほうへと移動させた。

「これも食べていいよ」
「……いえ、自分の分だけで結構ですっ」

 食べている姿をじっと見られ、その上お世辞まで言われてしまうと、顔の奥が勝手に火照っていく。

「遠慮する必要はない。俺は君の幸せそうな顔をもっと見ていたいからな」
「食べている姿を見られるのは恥ずかしいので、あまり見ないでくださいっ!」

 私は羞恥に耐えきれず、そっぽを向き逃げた。

「ラウラ、こっちを向いて」
「嫌ですっ……」
(お願いだから、これ以上見ないで……)

 彼の魅惑的な瞳に囚われると、私はおかしくなってしまう。
 胸が高揚し、顔が火照り、思考が定まらなくなるのだ。

「耳まで真っ赤だ。これで隠れているつもりか?」
「……ひぁっ」

 突然耳元で囁かれ、彼の吐息が肌に触れると、私は驚いて変な声を上げてしまう。

(な、なに⁉)
「耳が弱いのか? 確かに敏感そうに見えるな」
「もうっ、からかわないでくださいっ!」

 私が慌てて振り向くと、思った以上に彼の顔が近くて、再び驚いてしまう。

「ラウラは俺のことが嫌いか?」
「……っ、嫌いではありません。アルフォンス様には本当に感謝しています」

 私がまたも視線を逸らそうとすると、アルフォンスは「今度は逃がさないぞ」と言って、私の頬にそっと掌を添えた。
 触れられた部分から彼の温もりを感じ、さらに鼓動が速くなる。

「そういうことを聞いているんじゃない。ラウラにとって俺は男としての魅力はないか?」
「魅力なら、ありすぎるくらいです。だから、そんなに見つめないでくださいっ」
「それならば、こういうことをされても嫌ではないか?」
「え……?」

 アルフォンスはゆっくりと顔を寄せてきて、私の額にそっと唇を押しつけた。
 その瞬間、私の顔は沸騰したかのように熱に包まれていく。

「その反応を見る限り、嫌ではなさそうだな」
「……っ、だからっ、からかわないでくださいって言っているじゃないですか!」

 全身が火照っていくのを感じながら、私は彼の大きな胸板を両手で押し返した。

(今、額に口づけられた……!?)

 それを再認識すると、じわじわと体中に熱が走り、混乱で頭の中が爆発しそうだった。

「驚かせたことは悪かったと思うが、俺の気持ちをからかっているの言葉だけで終わらせないでくれ。正直、こんなことは初めてで、俺もどうしたら良いのか分からないんだ」

 アルフォンスは少し寂しそうな顔を浮かべ離れていった。
 なんだか暗い雰囲気になってしまい、別の意味で困惑する。

(突然、そんな態度をとるのは反則だわっ! それに距離だって近すぎるのよ)

 興奮した心の中で文句を並べていたが、彼の発言を思い返すと確かに私は『からかっている』と何度も言っていた気がする。
 それは恥ずかしさを紛らわすために何気なく口に出してしまった言葉だ。私にとっては大した意味を持たないが、彼には違ったのだろう。
 意図的ではないにしろ、彼の気持ちを否定するような態度をとってしまったのだから、傷つけたことには違いない。

(あ……、今のは私のほうが悪いかも)

 自分の非を認めると、私は申し訳ない気持ちで彼のほうに視線を向けた。
 彼が傷つかない言葉を私は頭の中で必死に探す。しかし、綺麗ごとを並べただけでは、彼の心にはきっと届かないだろう。
 そこで、ありのままの気持ちを伝えようと思い、おもむろに口を開いた。

「あ、あのっ、……アルフォンス様」

 私は重い沈黙を破るように、声を出した。
 すると、アルフォンスは直ぐに視線をこちらに向け、目が合った瞬間、私の胸はドキッと飛び跳ねる。

「怒っているか?」

 アルフォンスは私を見るなり、そんな質問をしてきた。
 その言葉は私が言うべきものだったのに、反対に気を遣わせてしまったようだ。本当に彼はどこまでお人好しなのだろう。
 こんな態度をとられては気が抜けてしまう。同時に緊張で強張った力も緩んでいく。

「怒っていません。それよりも私、かなり失礼な態度をとっていましたよね。アルフォンス様の気持ちを知りながら、否定するような態度ばかりとってしまって本当にごめんなさい」
「いや、ラウラが謝ることではないよ。実際俺が強引に迫ったことに違いないのだから」
「それはっ……!」

 私が再び言い返そうとすると、彼の指によって封じられた。
 今私の唇には、彼の人差し指が添えられている。
 突然の彼の行動に、私はきょとんとしてしまった。

「それ以上は言わないでくれ。俺はラウラのことを諦める気はないし、それ以上優しい言葉をかけられたら、それに付けこみたくなる」

 アルフォンスはわずかに口端を吊り上げ「俺は悪い男だぞ」と自嘲するように言った。
 その時の彼の表情が酷く切なげに見えて私は口元に置かれている彼の指を引き離す。

「私もずるいことをしたのでおあいこです。気にしないでください」 
「ずるいこと?」

 彼は不思議そうに問いかけてくる。

「私、こういうことをされるのは初めてで、どうしたらいいのか分からなくて。で、でもっ、嫌ではありませんっ! だから、嫌いにならないでください」

 私が恥ずかしくて視線を泳がせながら答えていると、わずかに彼の笑い声が聞こえた気がして顔を前に向けた。

「嫌いになるはずがない。だけど、ラウラになら、いくらずるいことをされても構わないよ」

 再び深い緑色の瞳に囚われる。
 今まで優しくしか見えなかったその瞳がやけに鋭く見えて、私はぞくりと体を震わせた。
 そうして思わず目を閉じると、唇に何かが触れる。
 とても熱くて、柔らかくて、それが何であるのか分かるまでにそう時間はかからなかった。

「……んんっ⁉」
「ラウラの唇は甘いな。ケーキの味がする」

 アルフォンスは私の唇を味わうように、角度を変えながら何度も口づけを繰り返していく。
 唇の輪郭をなぞるように舌先で舐められ、むように軽く吸われる。
 しばらくの間、理解が追いつかず固まっていたが、我に返ると慌てて彼から離れようとした。

「……やっ、……んぅっ」
「俺は一応警告をしたぞ」

 ゆっくりと唇が離れていき、再び目が合うと彼は満足そうな顔で私のことを見つめていた。

(今、アルフォンス様に、キスされた……?)

 唇はすでに離れているはずなのに、今でも私の口元には彼の熱が残ってる。
 その余韻のせいで、私の胸はずっとドキドキしたままだ。

「今のでよく分かっただろう? 本当にずるいのは俺のほうだ。嫌いになったか?」
「……っ」

 こんな時にそんな質問をするのはずるいとは思うし、正直にいえば驚いたが嫌だとは思わなかった。
 だけど、今本音を伝えてしまえば、再び唇を塞がれてしまうかもしれない。

「ラウラ?」
「アルフォンス様がずるい人だということはよく分かりました」
「それで?」
「……っ、それだけです」

 先程から不敵な笑みを浮かべているアルフォンスは、何の言葉を期待しているのだろう。
 これ以上、余計なことを言うべきではないと思った私は、そこで話を終わらせる。
 結局この日はケーキを食べて、私はこの部屋から退散した。
 私のファーストキスは、あっさりとアルフォンスによって奪われしまったのである。




   第二章 


 あれ以来、アルフォンスに呼ばれる回数が何かと増えた気がする。
 私の担当は応接間や客間だったのが、今ではアルフォンスの私室の担当にされてしまった。
 彼は基本的に日中は執務室で過ごしているため、留守にしている昼食の間に掃除などを済ませることになっている。

(それに加えて、あれから専属のお茶係になってしまったのよね……)

 アルフォンスは少し強引なところはあるけれど、普段は優しいので彼と過ごす時間に苦痛を感じたことはない。
 ただ、距離が近すぎると緊張してしまう私の癖は、いつまで経っても直らない気がする。
 あんなに綺麗な顔の男に迫られたら、誰だって私と同じような反応をするはずだ。

(元婚約者だったフェリクスあの人には、一度も心惹かれたことなんてなかったのに)

 だけど、アルフォンスの傍にいると急に鼓動が早くなったり、ちょっとしたことでもドキドキしてしまう。
 これはただ彼の顔が綺麗だからという理由だけではない。
 優しい顔を見せたかと思えば、急に意地悪になり、私のことを翻弄する。
 そうやって心を振り回されているはずなのに、彼と過ごす時間はとても楽しくて、休憩時間が待ち遠しく思ってしまう日もある。
 もちろん、美味しいお菓子に期待している部分もあるが、彼と話すことも私の楽しみの一部になっていた。
 そして、今日もいつも通りアルフォンスの私室で掃除を始める。
 この部屋を担当しているのは私一人だけなので、黙々とこなしていく。
 私が掃除を始めて数分程した頃、入り口の扉が開きアルフォンスが入ってきた。
 まさかアルフォンスが来るとは思っていなかったので、私は慌てて掃除をする手を止め、彼のほうに視線を向ける。

「アルフォンス様、どうされましたか?」
「部屋に忘れ物をしてしまったみたいで取りにきたんだ」
「忘れ物ですか? ちなみに、何を忘れられたんですか?」

 私が辺りをきょろきょろと見渡していると、突然背後から抱きしめられた。

「……っ⁉ な、何をしているんですか! 忘れ物は?」
「忘れ物を取りにきたら、もっといいものが見つかった」

 アルフォンスは私の腰にしっかりと腕を巻きつけているため、逃げられない。

(いきなり後ろから抱き着くなんて反則よっ!)

 背中から彼の体温をはっきりと感じることができる。
 それにつられるように、私の体温と鼓動が上昇していく。
 困ったことに、彼は私のことを驚かせるのが本当に得意だ。

(一体、いつまでこうしているつもりなの? まだ掃除が終わっていないのに……)

 バクバクと迫り上がっていく鼓動を必死に抑えながら、私はじっとその場に立っていた。

「少しラウラを補給させてくれ」
「あの、耳元で囁かないでくださいっ」

 アルフォンスは私が耳が弱いのを知っていて、よくこういう意地悪をする。
 耳元に熱の籠もった吐息がかかると、それだけで体が震えてしまう。

「もうこんなに耳を真っ赤にさせて、本当は悦んでいるんじゃないのか?」
「ち、違いますっ! それに、私にはまだ掃除が残っているので離してください」
「本当に君は真面目だな。そういうところ嫌いじゃないよ。ラウラはいつになったら俺のものになってくれるんだ?」
「……っ、なりません! 私はただのメイドですっ」

 私がきっぱりと答えると腰にあったアルフォンスの腕が一瞬緩んだので、その隙に彼から離れようとするが、今度は手首を握られ引き寄せられてしまう。

「……っ」

 視線を上げるとすぐ近くにアルフォンスの端麗な顔があり、一瞬心臓が止まるかと思うくらい私は驚いてしまった。

(……っ⁉)

 恥ずかしさを感じて顔を逸らそうとすると、顎を持ち上げられ逃げ場を奪われる。
 私は戸惑った瞳を揺らしながら、彼のことを見ていた。
 アルフォンスに見つめられるだけで、いつもこうなってしまうから困ったものだ。

「いつも綺麗に掃除をしてくれるラウラに渡したいものがあるんだ」
「え? 何ですか?」

 私が不思議そうな顔で問いかけると「掌を出して」と言われたので、彼の前に両手を広げて差し出した。

「次は目を瞑って」

 一体何をするつもりなのだろうと思いながらも、私は彼の指示に従い目を閉じた。
 それからしばらくすると、掌の上に何かの重さを感じる。

「もう開けていいぞ」
「……これは?」


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