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オトヤ(24才)×カズキ(26才)篇
しおりを挟むベッドに入って二時間が経ったけれど、寝息なんて聞こえてこなかった。シンと静まり返った部屋には、雨の音と、幹線道路を行き交う車の音だけが微かに聴こえている。
もう何年も一緒に眠ってきたベッドの中で、背中を合わせて眠りについたけれど、カズキさんも眠れずにいるし、僕も眠れそうにない。
雨足が強くなった真夜中。意を決して寝返りを打ちカズキさんのほうを向いた。窓側に眠るカズキさんは動かないままだ。
背中に抱きつき、頬をピタリと背骨につければ、いつもと同じ体温を感じられて、ホッとした。
カーテンの隙間から雨が窓を打ち付けるのが見えた。
カズキさんは何も言わないしこちらを向いてもくれない。それでも、大きく息を吸ったのが背骨越しに分かったから、Tシャツの中にそっと手を入れた。
カズキさんのヘソの辺りに手を置いて、じっと様子をうかがう。いつもなら振り向いて「オトヤ」と名を呼びキスしてくれただろう。
でも今夜は、窓の方を向いたままだ。
くっつけた頬を背中から離し、カズキさんのうなじをペロっと舐めた。
振り払われたりはしなかった。だからチュッチュと、首筋に何度も何度もキスを落とす。
長くじっとしていたカズキさんが、モゾモゾと腰を動かした。それでもこちらを向いてはくれないから、さらにTシャツの奥へ手を侵入させ、右胸の小さな突起に触れた。
サワサワと撫でるようにすれば、極小さく「んっ」という声を漏らす。耳の後ろに舌を這わせながら、乳首を親指と人差し指で摘んでぐりぐりと弄れば、ビクンと肩が揺れた。
「出て行く」と言われた夜なのに、そんな夜なのに、反応して大きくなってしまった僕のモノを、背後からカズキさんの尻に押し当てる。
ねぇカズキさんもシたいでしょ?、とアピールするように。
カズキさんはやっぱり、こちらを向いてはくれないし、名前も呼んではくれない。
それでも、拒まないのだから、このまま先に進んだっていいのだろう。手を伸ばし、いつものようにベッド脇のチェストからローションとゴムを取り出した。
カズキさんが僕に気づかれないように、枕に向かって「んぁ」と甘い息を吐き出したのが分かる。
僕は背後から抱きついたまま、カズキさんの下着をずらし、ローションを纏った指で後孔の入り口を触った。
カズキさんは、尻を突き出してきて、僕が触りやすいようにしてくれるのだから、ずるい人だ。
プニっと指が入り、中の壁を擦るようにグチュグチュと撫でれば「はぁ、はぁ」と僕もカズキさんも息が乱れ、興奮で互いの体温が上昇したのが分かった。
*
カズキさんの肩越しに、部屋の隅に置いてある大きなスポーツバッグが目に入る。夜が明け雨が上がったら、あのバッグを持ってカズキさんは出て行ってしまうのだ。
理由は知らない。まだ聞けていない。
でもこの半月、カズキさんは毎日のように、マンションのゴミ集積所に、四十五リットル袋いっぱいのゴミを出すようになっていた。
だから、どんどんとカズキさんの仕事部屋はスッキリと片付いていった。仕事の資料として集めていた書物も全部捨ててしまったようだ。
僕は気が付かないフリをしていたけれど、十分に異変は感じていた。カズキさんが大切に育てていた趣味の多肉植物だって、一鉢ずつ、無くなっていたのだから。
「ここにあった鉢、どうしたの?」と聞けば、「友達が欲しがってたからプレゼントした」なんて答えが返ってくる。
もしももしも、カズキさんがこの部屋を出て行ったとしても、僕が植物の世話くらいするのに。託してくれたら、いいのに。
そう思ったけれど、口には出せなかった。いや、この部屋を出て行くのなら、僕も連れて行って欲しかった。
数時間前。
カズキさんのレパートリーの中で僕が一番大好きなミートソーススパゲティを作ってくれたから、一緒に食べていた。
「うん、やっぱり美味しい。この味大好き」
ニコニコと食べる僕のスパゲッティが半分に減る頃、カズキさんは唐突に告げてきた。
「今夜この部屋を出るよ。ごめんね、オトヤ」と。あまりにも一方的に。
高校の演劇部の先輩後輩だった僕たちは。その頃から付き合っている僕たちは。決して平坦ではなく男と男という自分自身の躊躇いを必死で乗り越えてきた僕たちは。
たくさんたくさん話し合いをして、この同居生活をスタートさせ、維持してきたのに。
今まではずっと部長だった頃のように、僕の思いを必ず聞いて、検討してくれてたくせに。
最後の最後は、カズキさんが一人で決めるつもりなのか、と腹が立った。僕の意見など、聞いてもくれないのか、と情けなくなった。
僕は「そんなこと言わないでよ」と止めるべきだろうか?「冗談でしょ?」と笑うべきだろうか?
悲しいとか、寂しいとか、そんな感情はまだ湧き上がらない。
結局そのまま会話は終わり、黙って残りのスパゲティを口に運んだ。美味しいはずのに、大好物のはずなのに、味なんて感じなくなってしまった。
食事が終われば、黙って食器をシンクに運び、いつも通り僕が洗う。
カズキさんは仕事部屋で、残り少ない荷物をまとめているのだろう。
僕がキッチンの片付けを終わらせ、最後にスポンジを洗って水を止め振り返ったときには、カズキさんは大きなスポーツバッグを持って、背後に立っていた。
僕は「雨降ってるよ。朝には止むみたいだから、明日にしたら?」と提案する。
カズキさんは迷っていたけれど、コクリと頷いてくれた。
風呂を溜めて、僕が先に入ってた。
風呂から出たら、スポーツバッグは玄関先に置かれていたから、カズキさんが風呂に入っている間に、寝室へと移動させた。夜のうちに出で行かないよう見張る為に。
バッグは思ったよりずっと軽かったし、僕が高校生のときにプレゼントしたイニシャルのチャームが付けられままだった。
この家にベッドは一つしかないし、予備の寝具もないのだから、別れを告げられた夜も、こうして一緒に寝るしか無い。
僕はまだ、感情が追いつかないままで、かけるべき言葉も思いつかないままだった。
*
後孔が解れ、勃ち上がったモノの先端が先走りで湿ってきたカズキさんに、仰向けになるよう促す。
暗い部屋の中、ようやく身体を天井に向け、僕に顔を見せてくれた。そんな彼の下着とパジャマを素早く脱がせ、僕も下半身を露わにする。
足を持ち上げ、僕の大きく硬くなったモノを後孔に当てがい、一息に突っ込んだ。
「んっ」と声を震わせ、僕にギュっと抱き着いて縋ってくれるカズキさんが、愛おしいくて堪らない。
慈悲深い眼で、覆い被さる僕を真っ直ぐに見てくれるから、そのまま挿れたモノが馴染むまで抱き合って、見つめ合った。
本当にこれで最後なの?僕を嫌いになったの?とその眼に問いかけながら。
僕が腰を打ちつければ、いつもなら「き、きもちいい」とか「オトヤ、もっと、ねぇもっと」とか絞り出すような声で囁いてくれる。
昂まってきたときだって、「もう、ダメっ、イクっ、イっちゃう」って教えてくれる。
でも、今夜のカズキさんは何も喋らないまま。
僕の腕をギュッて掴んで、目の周りを赤く染めて、真っ直ぐに見つめてくれながら、口をハクハクとささている。
口から音となって溢れない分、指の先までピンと張り詰め、眉毛をハの字にして、とてもとても気持ちよさそうに身体を捩り、全身で快楽を受け止めてくれているのが、よくわかった。
両足を僕の腰に絡めてきて、首をぐーっと後ろにのけぞらせて、ビクビクと身体を震わせているカズキさんの中に、力いっぱい欲望を捩じ込む。奥へ奥へと、これで最後なの?と思いを込めて。
肌と肌がぶつかる「パチンっパチンっ」という音と「はぁはぁ」というイヤラしい息遣いだけが真っ暗な部屋に響く。
もっともっとと言うように、背中に回された指に力が入って、爪が食い込んで。ビクビクっと身体が震え「んぁっ」と嬌声が上がり、白濁が飛びちった。
カズキさんの中がぎゅーっと収縮しうねって、僕はゴムの中に勢いよく吐精した。
「ふぅふぅ」とした息が徐々に徐々に整い、落ち着いてきた頃、カズキさんは僕に手を伸ばし、頬を撫でてくれた。
そしてようやく「オトヤ」と愛おしそうに名を呼んでやさしいキスを与えてくれた。
「主演映画、明日公開だね。おめでとう」
彼のその言葉をキッカケに、僕の目からは堰を切ったように涙が溢れて出て、子どもみたいに、わんわんと泣けてしまう。
カズキさんは、嗚咽する僕を抱きしめて、背中をさすってくれる。
「ごめん、ごめんね。僕が脚本を書いた映画にオトヤを出してあげるなんて、夢のまた夢だったよ」と言いながら。
主演映画だなんていったって、単館上映の小さなものなのに……。
僕が涙を出し尽くすと、カズキさんはまた寝返りをうって、背を向けてしまった。
そしてその背中は、ヒクヒクと動き、鼻を啜る音が雨音に混じって聞こえる。
カズキさんも泣いている。
そんな姿は見たくなくて、僕も彼に背を向けた。
どんなに個々の状況が変化したって、彼が僕の憧れの部長であることは、変わらないのに。
いつもセックスをした後は、二人とも安眠できるのに、今夜は涙が止まってもやっぱり眠れず、背中を合わせたまま、朝がくるまでじっとしていた。
いつの間にか足の先だけが触れ合っていて、そこだけが温かくて、そこだけが幸せな頃のままだった。
いつの間にか雨音が止み、カーテンの向こうが明るくなる。
七時になっていつも通りスマホのアラームが鳴り、カズキさんが身体を起こすから、足の先も離れて離れになってしまう。
あぁもうこの人の体温を感じることは無いのだろうか?とまた泣きそうになる。
もし今ここで「行かないで」って僕が縋ったら、カズキさんは行かないでくれるかもしれない。
カズキさんも、少しはそんな僕の行動を期待して待っているかもしれない。
でも僕は何もしなかった。できなかった。
ただ、掛け布団を被って眠っているふりを続けてた。
カズキさんが幸せになりますように、と心の中で何度も何度も、祈りながら。
身支度している気配を感じる。
スポーツバッグに付けたイニシャルのチャームがカチャカチャと音を鳴らしていて、靴を履く音が聞こえてきて、玄関のドアが開いて。
少ししてからパタンと閉まっても、ベッドから出ることは出来なかった。
もしも僕が「待って!置いてけぼりにしないで。行かないで」と叫べたら、カズキさんはきっと戻ってきてくれたのに。
……いや、まだ間に合う。
今ならまだマンションのベランダから叫べは、エントランスから出てくるカズキさんの耳に声が届くはずだ。
せめて「ねぇ、どこにいくの?」「そこには僕はついて行けないの?」と聞くべきだ。
万が一「別れるのはオトヤのためだよ」なんて寝ぼけたことをカズキさんが口にするなら、グーで頬を殴ってやりたい。
そしたらトーストを焼いて、鍋に残ったミートソースをのせて、二人で朝ごはんを食べたい。
そう思いながらも、掛け布団を強く強く、指が痛くなるほど強く、握りしめるだけだった。
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