僕が殺す理由をあなたは否定できない

高ノ宮 数麻

文字の大きさ
3 / 8

怪物が生まれた時代、そして新しい時代へ

しおりを挟む
 僕が生まれた時代は「天保てんぽう三年」というらしい。

 とにかくひどい時代だった。

 朝は必ず空腹感で目が覚めた。起床後、まずは兄弟たちと水を汲みに行く。この頃は井戸の水も浅くなってしまって、一回に汲める水はほんのわずかだ。それでも僕たちは毎日水を汲んで、家まで運んだ。

 母さんはいつもおいしいご飯を作ってくれたが、最近は歯を使える食べ物にはなかなかありつけていない。でもそれは家族みんな一緒だから、誰も文句を言う者はいなかった。そのうち、水も何もかも無くなったとき、僕以外の家族は飢え死んでしまって、僕は一人になった。

 生き残った僕はある日、飢えてうずくまっていた山犬を殺し、食べた。その次の日から僕は、何故だか人間ではなくなってしまった。僕は自分の飢えを満たすために、ただ狩り、ただ血肉を喰らい、ただ眠りにつくだけの存在となってしまった。そんな僕が主に狩ったのは「人間」だ。

 人間ではなくなってしまった僕は家を出て、新たな寝床を探した。一番寝床に適していたのは寺や神社の床下だ。ここはとても寝心地が良い。神社や寺の床は高いので、床下がとても広い。僕は背が低いので少しかがめば床下を楽に移動できるし、何より昼間の太陽を避けられる。

 日が落ちて、辺りの景色が紫から闇に変わるころ、僕は狩りに出かける。僕にとって月明かりは何よりも眩しいので、月が輝いている夜は少し苦手だ。その夜、月の明かりは少し眩しかった。
 
 いつものように民家に明かりが灯っているところを探す。明かりが灯らない家は既に僕が食べられない死肉が転がっているところばかりだ。この時代は僕が狩るよりも飢えて死んでいく人間の方が圧倒的に多い。明かりが灯らない家を襲っても効率が悪いのだ。

 作物が採れず荒れ果てた畑の隣、今にも崩れそうな小さい小屋に今、ぼうっと明かりが灯った。

 (獲物だ…)

 僕はゆっくり小屋に近づいた。目、耳、鼻を使って中の様子を探ってみる。吐息の数はひとつだ。匂いは大人の男。僕の狩りの本能が痛い位に研ぎ澄まされていく。

 僕はすっと戸を開けた。「ん? なんだ坊主、何の用だ」 僕を見るその男の目は猜疑心さいぎしんに満ち満ちている。この時代、暗闇の中を子どもがうろつくなどあり得ない。僕は自分の糧にするために人間を狩るが、この時代では売り買いするために子どもをさらう人間も少なくなかった。そんな時代、見知らぬ子どもが夜中に訪ねてくれば誰でも警戒する。

 男はすっと立ち上がり、火のついた薪を手に持って僕に近づいて威嚇してきた。だが、僕の目を見た男は、驚き、恐れ、その場でしりもちをついた。

 「おっ、おっ、お前は何だ! お前は…!」 男が話し終わる前に、僕は男の喉笛を噛み千切った。男の喉から噴き出した血が一気に囲炉裏の火を消しつくした。

 僕はその後、何年も何年も、ずっと狩りを続けた。長い時間が過ぎて、いつの間にか世界は飢えの時代から抜け出したようだ。人間の数は増え、牛や馬の数も劇的に増えた。刀を持った人間は消え去り、帽子をかぶる人間が増えてきたが、相変わらず飢えている人間も少なくなかった。

 食べ物が溢れている時代なのに飢えた人間がいることが僕には何だか可笑しかった。飢えているなら僕のように狩ればいいのだ。人間は人間を襲わないというルールがあるなら、牛や馬を狩ればいい。目の前に山ほどのご馳走があるのに未だ飢えているこの時代の人間は本当に馬鹿だ。

 この時代、僕は狩りにまったく困らなかった。とにかくこの新しい時代には食べ物が溢れていたんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...