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第5話 もう入試試験とか聞いてないんだが? 4
しおりを挟む「ごほん、そろそろ時間になったようですね。私、ピアノの指導を担当しております、ペテル·アントンですわ。これから入学試験の説明をさせていただきますので聞き逃さないように」
ペテル·アントンと名乗った女の教師は、教室の中央にある教卓の前で持っていた分厚い紙の束を揃えながら教室の全体に呼び掛ける。
教室を見渡すと空席が2.3個あった。病欠か、遅刻かのどちらかであろう。
「今回は、自由曲と課題曲の2曲を弾いてもらいます。これから、5人ずつ、試験会場にご案内いたしますが、もう1つのクラスが受験番号の早い方から案内するので、こちらのクラスでは、番号が後ろの方から呼びますわ」
ふむふむ。ということは私は、1番最初の方か。試験が始まるまで待つと緊張してしまうから、正直早い方が嬉しい。
「55番から59番の方は、こちらに順番に1列に並んでください。楽譜の持ち込みのみ許可します」
私は、持ってきた楽譜を手に取り、指定された場所に並ぶ。マリア嬢とヒロインも、同じグループのようだ。
よし。これでヒロインの演奏も聞ける。
階段を上り、部屋を3つほど通りすぎると教師が歩くのを止めた。ここが試験会場なのだろう。
「それでは、こちらの部屋で試験を行います。番号の若い方から奥の椅子に座るようにしてください」
私は、ヒロインに続いて部屋に入り、部屋の中にあったパイプ椅子に腰かける。ギシッと軋むような音がした。
教室には、1つのグランドピアノ。そして、長机と椅子が3人の試験官のために用意されていた。
私は、自分の番号が呼ばれるまで少しでも緊張を無くせるように、楽譜を眺めながら他の受験生の演奏に耳を傾ける。
55番。やはり、緊張してしまったのか、演奏が早くなってしまっている。最後まで弾くことは出来ていたが、スピードと技術が釣り合わず、鍵盤を叩きつけるような演奏になってしまっていた。
叩いているから音は、大きくなりそうだが、音が重くなったことで伸びず、籠ったような演奏に聞こえる。いつものように弾いていたらもっと良い演奏だっただろうと思うと残念だ。
「56番、どうぞ」
ついに、ヒロインが呼ばれた。私は、楽譜から顔をあげて、ヒロインを観察する。
「自由曲、エリー○のためにを弾かせていただきますわ」
ヒロインがゆっくりとお辞儀をしてピアノの椅子に座る。そして、自信たっぷりに腕を大きく振り上げ、ヒロインの演奏は始まった。
さっきは、演奏が早すぎると思っていたが、これは逆にあまりにも......遅すぎる。
1つ1つの音が悪い意味で目立っている。フレーズごとに演奏が頭の中で、ぷつん。ぷつん。と切れた。まるで壊れかけのオルゴールのような......。
明らかに、初心者だ。
なんとか、セロハンテープで繋ぎ止めていた髙橋 露木の生演奏を弾くという夢が、完全に修復不可能なぐらい、散り散りに砕け散った。
髙橋 露木がこの世界にいない。
その後、自分がどのような演奏をしたのか覚えていない。だけど、相当ひどい音だっただろう。奏者のメンタルは、音に現れやすい。ある意味、本気でピアノを弾かないという目標は達成できた気がする。
私は、脱け殻のまま自分の部屋のベッドに横たわり、無心で天井を眺めていた。
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