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昆布海胆

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庭の井戸

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5歳のある日だった。
父が突然失踪した。
母と二人の生活がそれから続いたが持ち家とそれなりの資産が我が家には在ったようで生活には困らなかった。
持ち家はそれなりに土地も広く森のような庭が在るのだがその中に古い使われてない井戸が在ったんだ。
母に「落ちたら助からないから近付いたら駄目よ」と何度も言い聞かされた。


7歳のある日だった。
放課後、クラスメイトに父親が居ないと言うことでからかわれた。
カッとなって突き飛ばしたら机の角で頭を打ってそのまま動かなくなった。
幸い誰にも見られてなかったので放置して帰った。
だが夜中に誰かに見付かったら大変だと思い家を抜け出して学校へ行った。
クラスメイトはあの時と同じ状態で倒れて冷たくなっていた。
どうしようと悩んだ末、自宅の庭に在る井戸に捨てることにした。
自宅まで引きずって行くのは大変だったが真夜中と言うこともあり誰にも見られずに井戸に捨てることが出来た。
翌朝、クラスメイトが行方不明になったと騒ぎになったが俺は学校前で分かれたと言って通した。
そして、自宅へ帰り井戸を覗き込んだらクラスメイトの死体は無くなっていた。


11歳のある日だった。
前を見ずに走っていたら不良にぶつかり絡まれた。
金を払うから許してくれと土下座して家に在る金を渡すと言って自宅へ連れていった。
そこで背後からロープで首を絞めて殺した。
幸い母も居らず誰にも見付からなかったので死体は庭の井戸へ捨てた。
翌日覗いたら不良の死体は無くなっていた。


18歳のある日だった。
付き合っていた彼女が浮気しているのを知った。
自宅へ呼び出し証拠を突き付けたら「あんたが浮気相手であっちが本命」とか言われた。
気が付いたら彼女は頭から血を流して倒れていた。
まだ息があったがそのまま庭の井戸まで運んで捨てた。
翌日覗いたら彼女の死体は無くなっていた。


28歳のある日だった。
会社の上司にしこたま怒られた。
俺だけのミスではないのだが目の敵のように俺だけ重点的に怒られた。
同じくミスをした同僚が全て俺の責任になるように仕組んでいたのだと後日気付いた。
数日後、飲みに誘って睡眠薬を飲ませタクシーでそいつの家へ送り届けて家に帰ってから自家用車でそいつを拾いに行き生きたまま井戸へ捨てた。
翌日覗いたら同僚の死体は無くなっていた。


38歳のある日だった。
公園で親父狩りに遇った。
その中の一人を偶然にも知っていたので大人しく金を出して逃げた。
そして、そいつが帰ってくるのを待ち伏せして拉致した。
騒がれないようにスタンガンを首筋に使い痙攣している所を車に押し込め動かなくなるまで首を絞めた。
死体は持ち帰り井戸へ捨てた。
翌日覗いたら死体は無くなっていた。



55歳のある日だった。
母がボケた。
意味不明な事を叫びながら怒鳴り散らすようになった。
俺を一人で育ててくれた母だったので数日間は我慢したが限界だったので食事に睡眠薬を入れて井戸へ捨てた。
その足で警察に行って捜索願いを出し帰宅して寝た。
翌日覗いたら母の死体はそのまま残っていた。




母が怒鳴っていた言葉が頭に浮かぶ。
「もう埋める体力がない!」
一体何を言っていたのか分からないが最近庭の木が枯れ始めてきた。
生まれた頃からこんな事はなかったのだがもうどうでもいいだろう。
この家に帰ってくることももう無いだろうから…

両手にされた手錠を見つめながら最後に自宅を振り返って見る。
お化け屋敷のような我が家には誰も居ない筈なのに人の気配がするのであった。










その家が空き家となって数日が過ぎた。
家の屋根裏部屋に人影が在った。

「随分静かだな・・・」

のっそりと屋根裏から降りたそれは全身が醜く継ぎ接ぎされた男であった。
『部位壊死病』
体の一部が徐々に壊死して崩壊していくその病は幻の奇病と呼ばれていた。
左腕が根元から腐ったかのようにグジュグジュになったその男は床下を引き上げ床下の土の中に巧妙に隠された冷凍庫を開く。
そこには過去に井戸に捨てられた人の遺体がバラバラになり氷付けにされていた。
体の部位が一部ずつ切り離されたその中の一つを右手で掴み上げ上へ戻る。
家の中をノソノソと歩き男は家の中に居るであろう誰かを探すが何処にもその姿は無い・・・

「まさか・・・あいつら・・・」

男は裏口から一目に付かないように出て庭の井戸へ向かう。
そしてその中を覗き込み男はそのままその中へ落下する・・・






男は井戸の中に何を見たのかは誰にも分からない。
ただ一つ分かる事は男はこの家の住人で数十年も屋根裏で生き続けていた。
醜く崩れた顔になっても生き続けた男・・・
庭には男の壊死した体の部位が埋まっている・・・
この家が売却され更地となる時にそれは露見するであろう。



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