魔法使いと戦士

星野ねむ

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初めて行く街 ④

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 案内された一室は確かに執務室のようで、机の上にはたくさんの書類が鎮座していた。
 ギルドマスターは少し席を外していたようでロークとリェットはソファに座ってその帰りを待つこととなる。
 その部屋に人がいないと言っても外にはたくさんの人がいる気配がするので、リェットは居心地悪そうにロークの隣へピタリとくっつく。手を繋いだまま辛そうに息を吐いたリェットの髪を優しく撫でていると、少しだけだから嬉しいという感情がリェットから流れ込んできた。
 シュヴァイツァーの言葉を借りるなら少しは関係が強固になったのだろう。
 そんなリア充がやっていそうなイチャつきを素でやっていた彼らの元にやっと男はやってきた。
 ガチャリと部屋の扉が開き、先程の受付嬢と一人の男が入ってくる。二人とも申し訳なさそうに眉を下げると、男の方が「すまないね、急に呼び出して」と二人が座っている逆側へと座った。
 受付嬢は手早くお茶の準備を整えると男の後ろに控えるように立つ。その一連の行動は気品があり、ロークには優雅に感じられた。リェットはなにかを感じたのか受付嬢を嫌そうに睨んでいる。

「それでなんだが…うーんと、君たちは恋人かなにかかい?」
「え?」
「違う。友人だ」
「そうなのかい。すまないね、ずっとここに来るまで手を繋いでいたって彼女から聞いていたもので」
「リェットが人混み苦手なのと俺がこの街初めてで迷子になるからって手を繋いで貰っていたんだ」
「なるほどなるほど。君も話は短い方がいいだろう?手短にいこうか。君は、なにものだい?」
「なにもの、と言われても俺は俺としか答えられない」
「うーんとね、ステータスはわかるかい?」
「わからん」
「簡単に言ってしまえば各項目、例えば攻撃力とかのパラメータが数字として表示されるものだ。僕たちが運営しているギルドはそのパラメータを判断材料として冒険者ランクとレベルを定めているんだ」
「数字として目にわかるもので強さを判断してるということだ」
「あ、なるほど」

 ロークが理解出来ていないことを魔法で感知したのか、リェットが助け舟を出してくれる。魔法と言うのがめんどくさくなったロークは勝手に『シンパシー』と名付け呼ぶことにした。
 再度いうがロークは脳筋で、感覚で動く男だ。ステータス?そんなものひっくり返してこそだろ。こういう男である。
 要は数字がどうであろうと自分の全力を尽くすのみ。なのでステータスという単語は彼の辞書には載っていなかった。

「わかってくれたかな?で、そのステータスのことだけれど…まぁ見てくれればわかりやすいかな」

 受付嬢が一枚の板を男を渡す。はい、と手渡された板に魔力を流し込んでくれと言われたのでロークは流し込んでみた。
 すると板は光り、その上に数字と文字が並ぶ。
 書いてあることは名前、性別、年齢、レベル、各項目のパラメータ、称号、スキル、ギルドのランクだ。個人情報の漏えいを防ぐためにスキルと称号は本人と許可をもらったもの、スキルである『鑑定』を持つものにしかわからないようになっている。現在、ロークはまだ世界のギルドに所属はしていないのでギルドランク欄は空白となっていた。
 鑑定を欺く、もしくは拒否するスキルもあるので確実にわかるという訳では無い。それでも名前とレベルはわかる(その名前とレベルを偽ることも可能。なので上級者は違うことも考えて行動する)。

「申し訳ないが項目全てを見せてもらおうと思ったけど…君のやつ、うちのサブマスの鑑定でも性別、年齢、名前、空白のランク以外見えなかったんだよね。偽装されているんじゃなくて、見えなかった。だからここに呼んでもらったの」

 ぺこりと頭を下げた受付嬢がサブギルドマスターだった。
 この世界の情報の隠蔽は偽装よりもハイレベルのスキルが必要となる。よってステータスが見えることよりも、見えないことの方が余程重大な案件なのだ。
 勝手に個人情報を見られ不快に感じたのかリェットはきつくサブマスの方を見る。ちゃんとリェットの目を見たサブマスはごめんなさいと頭を下げた。

「…別にいい。多分ロークのやつが見えなかったってことは俺のも見えてないはずだしな」
「ええ…あ、名前名乗ってなかったわ。私はアリエール。ギルドマスターがガッシュよ」
「僕も忘れてたよ。ごめんごめん。改めてここのギルドマスターのガッシュだ。君たちがここを仕事場にするなら関わることもあるはずだよ」
「ん、わかった。それで、俺はどうすればいい」
「その鑑定結果からえげつないレベルをしているのはわかったから、とりあえずこちらから出す依頼をこなしてもらっていいかい?一応最初は一番下のEだけど、依頼を達成してもらえれば少しは待遇できるはず」
「わかった。それでいいぞ。そういやリェットはランクなんなんだ」
「一応Aまではあげた。それ以降はめんどくさくてあげてない」
「それは、すごいことなのか?」
「そこまでじゃないぞ。普通に依頼をこなしていればなれる」

ランク制度を簡潔に説明してしまえば下がE、そこから順番にAに上がる。その上がS、SS、SSSと続く。SともなるとAとは絶対的な差があり、凡人では手が届かない領域だ。SSSともなるともはや伝説上の存在であり、今ではほぼいないという。お目にかかりにくいだけで案外そこらにいたり…。
 そしてこのランク制度、SSランク以上になると人数も少なくなるため二つ名が与えられる。宣伝塔にもなるし、ちゃんと覚えてもらおうというギルドの行いだ。名前を知らなくても二つ名を知っている、なんてことはよくある。

「ロークくんが何個か依頼をこなしてくれればAは普通に上がれるはずだよ。その上を目指すかは君自身が決めてくれ」
「今んとこはのんびりしたいだけなので、考えておく」
「わかった。ランクあげる気になったら受付で僕の名前を出してくれ。君のランクを手っ取り早くあげる依頼を回すから。それと、一応ギルドカードの期限というものもある。Eランクだと1ヶ月しか有効期限がないからすぐに依頼をこなして、有効期限がほぼなくなるAまで上げてしまうのが楽だと思うよ」
「了解。じゃ、もうなにもないから帰っていいか?」
「いいよ。あ、でもリェット君はちょっとだけ残ってもらってもいい?」
「…手短に頼む。ローク」
「ん。下で待ってる」

 自分に聞かせられない話だろうと察したロークは足早に部屋を退出する。わざと立てられているロークの足音が遠ざかっていくことを確認したガッシュは浮かべていた笑みを消した。
 柔和な印象をすべて消し去り、冷徹な印象を帯びるように目は細められそれに伴い纏っているオーラも冷たく変質する。
 それに比例して、リェットの体からも闇のような黒いオーラと濃い威圧感が放たれた。ガッシュは慣れたように気にも止めないが、サブマスターであるアリエールは威圧感だけで冷や汗をかいている。

「それで。今更何をしに来た?世界を変える者。いや、魔女か」
「お前らなんかに興味はない。今回はロークの付き添いだ。そうでなければ好き好んで街に降りてくるものか」
「ふん。わかっているならいい。くれぐれも、あの方にその姿見せるなよ。勘づかれて連れ戻されるぞ。それに、あの青年も気に入られることだろう。あのまっすぐな性格といい、見目の良さといい、な」
「わかっているさ」
「あの契を破った時は、あの青年を貰い受ける。大切ならば閉じ込めておくことだな、フォルトゥーナ」
「そんな名前は知らない。俺の名は、ザプリェットだ。用件がそれで終わりか?ガッシュフォード」
「…ふん。こちらこそお前に名前を呼ばれる筋合いはない。お前を受け入れてくれるぐらいだ、さぞいい青年なのだろうな、彼は」
「…手を出したら消す」
「お前の凶暴さをわかっていながら手を出すバカではないぞ。これで話は終わりだ。どこへなり消えろ」
「言われなくとも」

 すっと立ち上がり、部屋を出ていくリェット。パタンと扉が閉じられた時、ガッシュは深くため息をついた。やっと消えてくれた威圧感にほぅ…と安堵の息をつきながらアリエールはそんなガッシュを心配そうに見つめる。

「…何者なんです、彼は」
「ただの腐れ縁だよ。いや、知り合いか。君は知らない方がいい」
「そう、ですか。ですがギルマスのフルネームを知っているということは…」
「お願いだ。あいつのことには立ち入らないでくれ。好奇心はその身を滅ぼすことになるぞ」
「…わかりました。あの方に報告は?」
「それこそ一大事になるからするな。あの方はあいつにご執心だったんだ。まだ生きているとしれたら、なにをしてでもどこまででもあいつを手に入れようとするだろう」

厄介事を増やしてくれたものだ、とガッシュは再度ため息をついた。

「やはり、まだ何も思い出していないのか。さっさと思い出せよ。あのバカ」

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