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出会い3

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「……………」

とても温かい何かに包まれている気がしながら僕は目が覚めた。目の前には白い柔らかい布。自分の身体は横を向いている様だけど、重い何かが身体の上に乗っていて寝返りが打てない。でも、身動みじろぐと少しだけ腕を動かせたので、手を動かして布に触れる。布の向こう側は温かくて弾力があって硬かった。

『何だろう、コレ?』

さわさわふにふにと撫でたり押したりして触れていると、壁だと思っていた何かがビクンッと目の前が揺れ動いた。

「……ぶっ!あはははっ!く、くすぐったいっ!」

「!?」

何と、僕はセユナンテさんと一緒に寝ていたのだ!
セユナンテさんの背が高すぎるから、僕はちょうど胸の辺りに抱き締められていた様で、壁にしか見えなかったのだ。

『なっ、何で、僕はセユナンテさんに抱き締められて寝ているの!?』

「……あ~、くすぐったかったぁ~。……ん?お!グヴァイ、目が覚めたかっ!良かった~!!」

「???」

ひとしきり笑ってから目を覚ましたセユナンテさんは、起き上がり寝台から降りて僕に毛布を掛け直すと、顔色を見たり額や首に触れて熱を測った。

「……うん!まだ少しだけ冷たいけど、大丈夫そうだな♪あ、でも起き上がらずにそのまま寝ているんだよ?」

「………え?」

『冷たい?寝ている?』

言われて初めて、自分の身体がとてもダルくて起き上がれない事に気が付いた。

「昨夜の夕食後、部屋で風呂に入った後君は直ぐに寝てしまったんだ。疲れたんだろうって、俺は思っていたんだけど……。真夜中にね、高熱を出したんだよ」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※



今夜も熱帯夜のはずなのに室内が異様に寒く感じ、セユナンテは目を覚ました。部屋に完備された冷風機が壊れたのかと思い起き上がると、夜間用の茶色の室内灯とは違う薄青色に室内は染まっていた。光源の方へ目を向けると、なんと隣の寝台で寝ているグヴァイの身体が青白く光り、全身から冷気が発せられていたのだ。
室温はどんどん下がり続け、吐く息が白くなるだけで無く部屋全体が凍り付きそうな程の状態となっていく。一体何が起きたのか驚くも、異常事態な事は判る。直ぐにグヴァイに近付いて身体に触れると、その身体は異常な程熱くなっていた。

「俺も騎士の訓練の中で一般的な病気や怪我、そして魔術による呪いに関しては一通り学んだけれど、君の状態は今まで見た事も聞いた事も無かった。だから医者を呼ぶべきか魔術師を呼ぶべきか暫く迷ってしまったんだ。……そうしたら、なんと窓の外に君のひいおじい様がいらしたんだよ。ここ、3階なのにね」

「え!?」

苦笑混じりのセユナンテさんの言葉に驚いていると、ちょうどそこへ一人の初老の男性が入室してきた。

「おぉ、目が覚めたか!……具合はどうかな?」

僕の事を優しい眼差しで見つめるその男性は、白い肌に多少白髪混じりだけど、濃緑色の髪に濃い青色の瞳持つ人。
何よりも僕と顔立ちが良く似ている。一目で、この人は僕の曾祖父だと理解した。

「……初めまして、ひいお祖父様」

曾祖父へきちんと挨拶をしようと身体を起こしかけたが、力が入らずやはり起き上がる事は無理そうだった。

「初めまして、グヴァイラヤー。……あぁ、よいよい。まだ治りきっておらんのだから寝ていなさい」

「……僕は、病気に掛かってしまったのですか?」

曾祖父は片手で僕にタオルケットを掛け直し、サイドテーブルに水を張った桶を置くと中からタオルを出してそれを強く絞る。そして僕の額に優しく置いた。

『!?』

なんと、その濡れタオルは熱かったっ!

『水じゃなくて熱めのお湯!?……熱がある時って冷やすもんじゃないの?』

「病気、と言う様な怖いものではない。竜人特有の知恵熱と成長痛みたいなもんだよ」

「どうぞ、良かったらお掛け下さい」

後ろに立っていたセユナンテさんが、曾祖父に寝台横に椅子を置いて勧めた。
曾祖父はにこにこと笑いながら礼を言って腰掛ける。

「ありがとう。昨夜も騒がず入れて貰えて助かったよ。君は将来有望な様だね♪」

「恐れ入ります。さすがに3階の窓をノックされた時は驚きましたよ……。ですが、グヴァイ君とそっくりでしたので、血縁者と思い警戒はしませんでした」

「そうだね。グヴァイが私の血をこれ程色濃く継ぐとは思っていなかったから、私自身も驚いているよ。……まぁ、だからこそこの子の身の変化や危険をいち早く強く感じ取る事が出来た訳だがな」 

「そうだったのですね……。あぁ、すみません。少しだけグヴァイ君をお願いしても宜しいですか?」

「あぁ、構わんよ」

頷く曾祖父にセユナンテさんは軽く一礼して「ここの隊長へ現状報告と朝食を貰ってきます」と言うと隣の部屋へ着替えに向かい、少しすると廊下へ出て行く気配がした。

「……僕、直ぐに良くなりますか?」

僕は不安からそう聞くと、曾祖父は優しく微笑み頷く。

「あぁ、大丈夫だ。もう高熱は引きつつあるし体内の竜力もおとなしくなっているから、今日一日寝ていたら明日には良くなるよ。だから安心して大丈夫だよ」

「僕、熱なんて出した事無かったから驚いてしまいました」

「そうだろうな。竜人の血はそこら辺の病原菌なんて受け付けないから、普通は病気にはならん♪……だが、代わりに成人する迄2~3度程高熱を出す」

「それが先程仰っていた知恵熱と成長痛ですか?」

「あぁ、そうだ。………ふむ。そう言えばまだ私の名前を教えていなかったね。グヴァイ、私はザイトール。お前のジジなんだから、敬語なんて使わなくて良いよ」

「ザイトールひいお祖父様、と呼んで良いの?」

竜人族はとても誇り高い種族。例え身内でも許可無く名を呼んではならない。そう種族の授業で習った僕は、恐る恐る尋ねた。

「ひいが付くと長いな…。ザイトールじいちゃんで良いよ。グヴァイは私の血を継ぐ唯一のひ孫だからな♪遠慮無く名を呼んでおくれ」

「それって、ギドゥカ兄さん達は呼んだら駄目なの?」

それは何だか悲しくなってくる。

「……駄目と言う訳では無いのだが、私の名は竜の血が無い者は発音出来ないのだよ」

僕の表情を見て思った事が判ったのか、ザイトールじいちゃんは「勿論、ギドゥカ達も私の大切なひ孫達だよ」と優しく微笑みながら僕の頬を撫でる。
そして、竜人族の名前竜族の古語には特別な力 -言霊- が生きていて、同族、番、そして血を継ぐ者しか正しく聞き取る事も発音する事も出来ないのだと教えてくれた。

「でも、僕の名前は皆発音出来ているよ?」

「それは、グヴァイはまだ幼体だからだな。あと、サーヴラーの血が混じっているおかげでもある」

「幼体?」

「そう。今回の高熱はその幼体から一つ成長した証で出た症状なんだ」

竜人族は、人族の次に種類が多い。その中でも人の姿を常に取っている竜人の多くは、赤ん坊も人の姿で産む。しかし、竜力と呼ばれる竜本来の力は人形ひとがたの赤ん坊の内は制御が出来ない為、身の内に無理矢理抑え込んでいる状態となる。
そして、何度か迎える成長期に体内から溢れ出る竜力が身体に馴染む為に高熱を発する。

「ただ、身体は高熱を発するけれど、竜力は別の形で暴れ狂う。それは純血種であれば両親が持つどちらかから、グヴァイの様な場合も祖となる竜人の力が現れ暴走をする。……そしてグヴァイの場合は氷の力が現れたのだよ」

部屋中を凍り付かせる氷の力はまさしく私の能力。グヴァイが正真正銘私の血を継ぐ者の証でもあるのだよ♪と、ザイトールじいちゃんは嬉しそうに笑う。

「しかし、暴走する竜力を抑えられるのも同じ竜人にしか出来ないんだ。グヴァイも、もし私か誰か竜人がそばにいなかったら竜力の暴走の所為で命を落としていた可能性があった」

医者から薬を処方される様に、成竜の力は初めて知恵熱を出し体内で暴れ狂う竜力に幼体へ薬の役割となる。

「年齢的にグヴァイがそろそろ第一次成長期に入る事は判っていたんだが、イルツヴェーグへ向かっているとは知らなくて、油断していたよ」

隣国では無いが、サーヴラー国から東南の方角に位置する竜皇国内にクシュマルレミクス領はある。竜皇国は広く深い森と険しい山脈に囲まれ、殆んどの竜人族が種族毎に自治領を統治し暮らしている。
クシュマルレミクス領は竜皇国の中では比較的サーヴラー国に近い森にあり、更にお祖父様はテルトー村に近い所に住んでいるのだそうだ。

「まあ、近いと言っても竜体で飛んで半日だから、人族とかが歩いたら半年以上はかかる場所なんだがな」

竜人族は個体差や種族間で差はあるが、ファルリーアパファル内最速の飛行種族。
風の精霊の血筋と呼ばれているサーヴラーも速いと言われているけれど、竜体になり本気の速さで飛ぶ竜人には絶対に敵わない。その名が知れ渡る元騎士のじいちゃんの速度で半日と言う事は、大人のサーヴラーだったら2~3ヶ月?位だろうか。セユナンテさんならもっと早いかな……?

「夕暮れ頃に、お前の体の変調を感じ取ったので直ぐに飛び立とうしたがテルトー村ではなくだいぶ南にいる様だと判り、正直焦ったよ。会いに行く事は決めていたからガファルやみんなに色々お土産を用意していたんだが、距離の遠さに焦り慌てて出た所為で家に全部置いてきてしまった」

そう言って、じいちゃんは恥ずかしがり照れ笑いを浮かべる。
父さんの剣術の師範だから、もっと怖くて厳しいイメージを持っていたけど、結構そそっかしくてお茶目な人みたいで僕もつられて笑顔になる。

「……ソイルヴェイユに入るそうだね?」

「はい」

「昨夜、セユナンテ君から聞いたよ。ガファルは勉強が苦手で、……あれはどちらかと言うと天性の勘と本能で生きているしな…。推薦状を貰う程とはとても凄いじゃないか♪フィマナちゃんに似たかね?」

「父さんって勘で生きてるの?」

「うむ」

じいちゃんの言葉に2人でクスクスと笑い合った。

「兄さんも推薦状を貰ったんだよ♪……でも、その時は姉さんと僕の事を心配して進まなかったんだ」

「ほう!ギドゥカも貰っていたのか♪それは凄い!……進まない道を選ぶのも容易に決めれるものではないから、ギドゥカも偉いなぁ!」

兄さんが誉められて僕は嬉しくなる。

コンコン

ドアがノックされ、セユナンテさんがカートを押しながら入ってきた。

「お待たせ致しました。……いやぁ、隊長に捕まって参りました」

「私に、滞在中剣術指南をして貰えないか?とでも言われたかい?」

「全くその通りです……」

言い当てられて、セユナンテさんは苦笑する。

「そうだね、可愛いひ孫が世話になっているし明日一日だけで良かったらやろうかね」

「本当ですか!?有難うございます!……あ、私も是非参加しても良いですか!?」

「あぁ、構わんよ」

「あの、僕も参加したら駄目ですか!?」

父さんの師範なら、僕も是非教わってみたくて思わず言ってしまった。

「グヴァイも剣が扱えるのか!?」

僕の言葉に驚くもじいちゃんは嬉しそうだ。

「はい。まだ基本だけですが、父さんから教わってきました」

「ほう!あのサボり魔のガファルがきちんと息子に教えられているのか知る良い機会だな♪……じゃあ、尚の事今日はしっかりと食べて寝て休んで万全にならんといけないね」

「はい!」

じいちゃんに支えられて身体を起こし、すかさずセユナンテさんが背中に置いてくれた沢山のクッションに寄りかかりながら朝ご飯を食べた。まだダルいけれど食欲はあったので、しっかりと食べて僕はまた寝台に横になる。

「……そう言えば、僕はどうしてセユナンテさんに抱き締められて寝ていたんですか?」

3人共食べ終わりセユナンテさんがカートを食堂へ戻しに行こうとしたら、じいちゃんが少し市場で買い物をしてきたいから自分が片付けてくるよ。と言って恐縮するセユナンテさんを無理矢理説得して部屋を出て行った。
代わりに残ったセユナンテさんは、汗をかいた僕の着替えを手伝ってくれたり額のタオルを替えたりしてくれた。

「あぁ、それは竜力の所為で君の体温が下がり過ぎてしまったから暖める為だったんだ」

昨夜部屋に着いたじいちゃんは、即座に僕の体内の竜力をじいちゃんの竜力で抑え込み静めた。しかし、処置が遅かった所為で体内に収まった竜力が今度は体内で暴れ狂い出し、身体の高熱を奪い低体温症を引き起こしてしまったのだ。

「こうなると、同じ氷の能力を持つ竜では暖めてあげる事が出来ないのだそうだよ。……そこで俺が抱き締めて暖めてあげる事にしたのさ」

「そうだったのですか……。色々とお世話になってしまいすみません」

「たいした事していないからお礼なんて良いよ」

お礼を言われて照れたセユナンテさんは、再度額のタオルを濡らして置いてくれる。
最初は驚いたけど、今はその熱さが気持ち良く感じ僕はまたとろとろと眠りに落ちて行った。
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