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新生活2

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僕が一通り室内を見終わると、タイミング良く外から鐘の音が響き渡る。

「お、もうこんな時間か。昼ご飯を食べに行こうか♪」

「はい」

ソイルヴェイユにはとても大きな時計塔があり、夜明けから日の入り迄毎日1時間置きに鐘を鳴らして時刻を知らせてくれるのだよ。とセユナンテさんが教えてくれる。
道を覚える為に談話室を通らないで食堂へと向かう。
何度か角を曲がり間違えそうなって、その都度セユンさんに教えてもらいながら何とか着く。
先程は入り口しか見なかったので気付けなかったけれど、食堂内も談話室同様とても広かった!
中2階がある3層吹き抜けで、入って左側が厨房及びカウンター。奥から右側の壁は2階相当の高さまでガラス越し張りの窓。
調理をする人達が居るだけで僕達以外誰もいないから余計に広く見える。
ここの食堂もトレーを持ってカウンターに並び、好きな食べ物を選んで乗せていくスタイル。
幸い量は特盛・大盛り・普通・少量の4種類となっているので、食べきれない心配は無さそうだ。
セユナンテさんは、案の定サラダからメイン・デザートまで全て特盛を選んでいく。騎士は身体が資本なのでとにかく食べて鍛えてが大事なんだそうだ。
僕はサラダとスープは普通の量を選び、メインやデザートは少量を選んだ。サラダは3種類、スープは4種類、メインは2種類、デザートは3種類と選択肢が多くて驚いた。
しかも、壁に貼られた月変わりのメニュー表は毎日必ず全てのメニューが変わり、飽きさせない工夫がされている様だ。
後は飲み物を選ぶだけ、と端まで来た時にカウンター越しから声を掛けられる。

「君が新入生のグヴァイラヤー君だね!初めまして、私は食堂の総責任者マイフダンケルスト・レンヤグ・ガヅナザヤワンだ。ヨロシクな♪」

見上げれば、そこにはとても身体が大きくて褐色の肌に水色の髪と眼を持つ初老の男性がいて僕を見下ろしていた。

「僕の名前を知っているんですか?」

「勿論だとも!私のメシを食う子はみんな私の子みたいなもんだからな!在寮生は勿論だが、新入寮生は全員頭に入っている。特に、一番乗りで入寮して来てくれる子は絶対に覚えるさ!」

それだけ誰よりも多く私のメシを食べてくれるだろう♪と目尻にシワを乗せた優しい笑顔で笑い掛けてくれる。そして隣に立つセユナンテさんの方にも「セユナンテも久しぶりだな!元気にしていたか?」とカウンターから腕を伸ばして、セユナンテさんの頭をワシワシと撫で回す。その腕は筋肉質で丸太の様に太くて、手もとても大きい。

「おやっさん!髪がぐしゃぐしゃになったじゃないですか~!」

も~!俺この後王宮に行かなきゃいけないんですよ~!とセユナンテさんは文句を言って苦笑いを浮かべながらも、どこか嬉しそうだ。

「グヴァイ、おやっさんは食わず嫌いは怒るけど、どうしても食べられない嫌いな食べ物は1つだけなら許してくれるんだ。もしあるならそれを言っておけよ。今後避けてよそってくれるよ♪」

マイフダンケルストさんは寮生からは通称“おやっさん”と呼ばれ、セユナンテさんが入寮した時から既に食堂の総責任者だったそうだ。だけど、気さくで料理や食材に関する事なら何でも相談に乗ってくれる頼れる人で、寮生の食物アレルギー等を把握しその人に沿ったメニューを用意してくれる寮生思いの人なんだよ。と紹介してくれた。

「あの、初めまして。僕の名前を知っていて下さりありがとうございます。僕はテルトー村近辺の食べ物しか知らないですが、嫌いな食べ物や食べられない物は無いです。でも、もし今後嫌いな食べ物が出来たらマイフダンケルストさんに相談させて下さい」

僕がそう言って頭を下げると、マイフダンケルストさんは目を軽く見開き、少し僕を見つめた後に突然大笑いをし出した。

「ぶわっはっはっはっ!「嫌いな食べ物が出来たら相談させて下さい」か!!良い子だなぁ!!ミフサハラーナがわざわざ迎えに行く訳だ!……グヴァイ、私の事はおやっさんもしくはケルストと呼んでくれ。マイフダンケルストなんて長ったらしくて言い難いからな♪私の料理を食べていれば嫌いな食べ物なんて出来ないから安心しろ!」

長い腕を更に伸ばして僕の頭もワシワシと撫で回すと、ケルストさんは口笛を吹きながら流しへと去って行った。

「良かったな。おやっさん、グヴァイの事気に入ってくれたぞ♪」

トレーに飲み物を置き、セユナンテさんと共に並んで窓際の席へ着くと彼は僕を見てとても嬉しそうにそう言ってくれた。

「今夜から一人だけど、グヴァイなら大丈夫だって俺は安心できたよ」

寮で生活していく上で職員から気に入られる事は大事なんだ。とサラダを頬張りながらセユナンテさんは話し始めた。
ソイルヴェイユには精霊の名を持つ4種類の寮がある。新入生をどういう基準で選別しているのかは不明だが、入寮した子は皆その精霊の様な特色の違いを感じさせる。僕が入寮したここの寮は、ソイルヴェイユが創立された時に造られた一番古い寮で正式にはテヤンサジャーワンヌイン寮と言う。サーヴラーの古語で風の精霊を指す寮名だ。ここの寮生は、昔から風の精霊の様に他者に惑わされず流されない自由で柔軟な言動・思考を持つ子達ばかりなのだと、かつてここの寮生だったセユナンテさんが教えてくれた。

「これは、当時寮生だった俺が寮長から聞いた話なんだが……。職員から気に入られた子は、まるで何かの加護を受けている様に守られているそうだよ」

「加護?」

「うん。……残念だけど、寮生の中には何かしらの弱者を見つけては見下して差別をする者が毎年必ず存在する。そういう奴ほど無駄にずる賢く、誰も見ていない所で悪質ないじめや陰険な事をしてくる。その為に被害を明らかにする事が難しい。だが、職員に気に入られた子は差別や虐めを受けても必ず加害者側が報いを受けるんだ。最悪、学舎を去る事態にすらなる」

だが、そもそも学舎や寮に勤めている職員達は皆自身の職務にプライドを持つプロフェッショナル達ばかり。私的に可愛がったりする様な差別は行わない。だから、代々寮生達の間であくまでも噂話として流れているだけなんだがな。と笑った。

「だが、味方は一人でも多い方が良い」

「そうですね……」

兄さんを見習って僕も真面目で在りたいと思ってきたけれど、果たして自分自身が周りから良い子と言ってもらえるのかどうかは自信は無い。でも、嫌われるよりは好かれたいと思うのは確かだ。
今夜からいよいよ一人での生活が始まるのかと思うと、正直不安と寂しさを感じて僕は胸が締め付けられる。

「あの、セユナンテさん…」

「ん?どうした?」

「村からここまで送って下さり、本当にありがとうございました。……僕、全てにおいてお世話になりっ放しだったのに、何もお礼が出来なくてごめんなさい」

まだ伝えていなかったお礼の気持ちを改めて口にすると、涙が溢れてきてしまい、深く下げた頭を上げられなくなってしまった。

「こらこら、男がそんなに簡単に泣くんじゃない。俺は初めて子供と4日間も共に過ごしたけど、君で良かったと思っているよ。それは君の曾祖父から指南して貰えたから、とかじゃないからな。たった4日間しか一緒にいなかったけど、君がどれ程良い子で他人を惹き付けるものを持っているか俺は凄く感じたんだ。君になら直ぐに友達が出来る。むしろ君を構いたくて声を掛けてくる奴がこれから沢山現れると思うよ♪」

隣に座っているセユナンテさんは、よしよしと優しく僕の頭を撫でてくれた。

「……そうでしょうか?」

「あぁ!新学期が始まる半月後には君は同級生だけでなく、先輩達からも可愛がられているよ!」

なんだったら、賭けても良いぞ♪とおどけて笑う。

「明日以降から続々と入寮してくるだろうから、一人の夜は今夜だけだ。逆を言えば今夜だけこの広過ぎる寮は君の貸し切りだ!ミフサハラーナ女史にまだ行っていない上階や屋上を案内して貰うと良いよ♪」

僕の目や頬の涙を優しくハンカチで拭いながら、セユナンテさんは僕の後ろへ話し掛ける。

「え?」

振り返ると、そこにはトレーを手にしているミフサハラーナさんが立っていた。

「えぇ、私も今日迄はまだ暇ですし新たな寮長が決まる迄は代わりに寮内を見回る仕事があります。……食後良かったら一緒に行きますか?」

僕の隣に座り、優しく微笑む。

「良いのですか?」

「えぇ、勿論ですとも」

「……あれ?でも、先程僕の他にもう一人新入寮生が来ましたよね?だから、僕の貸し切りとは言わないんじゃ??」

「いえ、あの子は新学期が始まる迄ご自宅にいるそうですよ。今日はあくまで寮内を見に来ただけだそうです」

「やっぱりなぁ」

まるでそう言う返事が来るのが解っていたかの様に、セユナンテさんは軽く笑う。

「やっぱり?…と言うか半月前から入寮しなくても良いのですか?」

「いいえ、良くはありません。本来は規則違反となります。ですが、本人及びご両親の達ての希望ですから。入学前の生徒を寮は強く拘束する義務は無いのですよ」

「王都内に家がある奴はそう言うのが多いんだ。もっと凄い奴は入寮しないで実家から通いたいなんて言う者もいるぞ。実際に我を通して入寮しなかった生徒が毎年何人かはいるしな」

だけど、入寮する事で得る利点は凄くある。それは人それぞれが得るものが違うから説明し難いが、俺は生涯の友や今進んでいる道を見い出す事が出来たんだ。とセユナンテさんは話してくれた。

「まぁ、せっかく今日来たのに帰っちまう時点であの坊っちゃんはテンヤサジャーワンヌインからは見放されたな」

お茶を飲みながらセユナンテさんは意地悪く、くくっと小さく笑った。

「……セユン、言葉使いが昔に戻っていますよ」

「これは失礼」

ミフサハラーナさんが食べ終わった所で僕達は空になった食器類とトレーを返し、寮の玄関に来た。

「元気でな」

「はい。セユナンテさんも」

「あぁ♪グヴァイが寮と学舎に慣れた頃にまた遊びに来るよ。そして、イルツヴェーグの面白い所を案内してあげるからな」

リトゥフィス6年生以下の生徒は、単独でソイルヴェイユの外を出掛ける事が出来ない規則となっている。
年長の侍従や従者がいれば話は別だが、いない者が学舎の休みの日に外出したい場合はリトゥフィス以上の生徒か成人が同伴していれば可能となる。

「解りました。ありがとうございます。楽しみにしていますね」

「またな♪」と笑ったセユナンテさんは、僕達から少し離れて両手を胸の前に組むと聞き慣れない言葉を紡ぎ出した。

『魔術式の詠唱だ!』

見るみる内にセユナンテさんの足元には魔方陣が構築されていき、白く輝いたかと思ったらセユナンテさんは光の中に消えて行った。

「転移魔方陣…」

「昇降機まで戻って王宮へ行くのが面倒だからって、こんな所で転移しなくても。全く。見た目だけ大人になって、中身はまだまだ子供ですね」

初めて見た転移魔方陣に僕は興奮していたけど、ミフサハラーナさんは腰に両手を当てて軽く飽きれた口調で消え行く魔方陣を見つめた。

「?」

僕がそんなミフサハラーナさんを見ると、ソイルヴェイユ内は許可無く転移魔方陣を使ってはいけない規則になっているのですよ。と教えてくれた。

「まあ、セユンは王宮勤務の騎士ですし、副隊長代理の立場でもあるので彼は使っても規則違反にはならないですけどね」

そしてそう言って苦笑したのだった。

「さあ、では私と寮内を見回りましょうか」

「はい♪」

足音無く玄関ホールへ入って行くミフサハラーナさんの後に付いて僕も中に戻った。



※※※※※※※※※※※※※※※※※



「君が、グヴァイラヤーか?」

「……?」

せっせと薬草園の手入れをしている所に、背後から突然声を掛けられる。

1週間前、ミフサハラーナさんに付いて寮内を見回った時の事だった。

「凄い!こんなに生えているなんて薬が作りたい放題だ!」

寮の裏庭に多種多様な薬草が生えている事を知った。
驚き喜んでいる僕を、ミフサハラーナさんが軽く驚いた表情で僕を見た。

「あら、グヴァイは薬草に詳しいの?」

「はい!母から教わりました」

「そう。薬草に詳しかったり薬草学を学ぶ子は女の子が多くて、男の子はみんな試験に必要な物はお店で材料を買って来ちゃうからここは見向きもされないのよね」

寮母として赴任した際に、寮生が勉強で必要になるだろうと思い自身の知識を生かしてここに薬草園を作ったのだそうだ。実際当時は寮生が皆ここで薬草を育てたり摘んでは部屋で煎じて勉強に役立てていたそうだが、店で簡単に揃えられる時代となった今は誰も来る事が無くなってしまったのよ。とミフサハラーナさんが話す。

「そうなんですか。……あの、僕がここの薬草を育てたり摘んで使っても良いですか?」

「買う方が早いのに?」

「せっかく母から教わった事を忘れたく無いですし、……出来ればお金はあまり使いたく無いんです」

僕が持っているお金は、僕が稼いだお金では無い。だから、必要最低限以外で使いたくなかった。

「薬草を育てた事はある?」

「……いえ、野山に生えている物を摘んだ事があるぐらいです」

「でも、種類や扱い方は判るのね?」

「全てでは無いですが、母から教わった物なら」

「そう」

一言呟くと、ミフサハラーナさんは裏庭をじっと見つめたまま動かなくなった。
僕は、目の前に広がる薬草達の中で今すぐにも摘んで部屋に干して薬にしたい旬な物達を見ながら返事を待つ。

「……そうね、がそう言うなら」

暫く経ち、まるで誰かと会話をしている様な独り言を宙へと呟いたミフサハラーナさんが僕の方へ振り返る。

「良いわ。育て方は私が教えてあげるから換わりに出来た薬は私にも使わせて貰えるかしら?」

「え!?」

エルフのミフサハラーナさんの方が断然薬に詳しいだろうし、僕が作った物よりも効能が良い物を作れそうなのに?……そう思ってしまった僕は、どう答えて良いか判らず困ってしまった。

「難しく考えなくて良いのよ。……昔から私は薬作りが下手なの。分量は合っているのに何故か異様に苦かったり、効能が効きすぎて反って元気になり過ぎてしまったりするから、実は私自身では薬は作らないのよ」

エルフなのにねぇ、と苦笑いを浮かべる。
だから、ここの薬草園はこんなにも荒れ放題なのか。

「……えっと、僕は完全に素人ですが、良いですか?」

「構わないわ。始めはみんな素人よ」

そう笑顔で言って貰えたので、僕は早速生え放題の薬草の中から今一番効能が強く出る物達を選んで摘ませてもらうと、隣で一緒に手伝ってくれたミフサハラーナさんはそんな僕を見て何だか嬉しそうだった。



※※※※※※※※※※※※※※



顔をあげて振り返ると、数歩離れた位置に金髪金眼の少年が立っていた。

「ミフサハラーナに聞いたら、ここにいると教えて貰ったんだ」

「そうだったんですか。確かに僕はグヴァイラヤーですが、……あの、君は?」

「あぁ、失礼。俺はヤフクリッド・ダーグ・ルヴイルツヴェーグ・サーヴラーだ」

『ルヴイルツヴェーグ・サーヴラー!?』

「……王子が一体なんの用ですか?」

名字がサーヴラーだけだったら王族だけど、ルヴイルツヴェーグと付く場合は直系の王族。しかもヤフクリッドは第一王子の名。
彼の持つ雰囲気や後ろに控えている従者の身なりから、名を騙る偽者では無さそうだ。

「さすが、ミフサハラーナに気に入られるだけはある。俺が王子だと判っても態度を変えんとは♪」

「ここは、ソイルヴェイユですから。王族も貴族も庶民も一切関係無い世界。誰にも従わなくて良い。とミフサハラーナさんに教えて頂きました。……改めて初めまして、ヤフクリッド王子」

僕は立ち上がり、手に付いた土や葉を軽く服で叩いて落としてから頭を軽く下げて挨拶をする。

「あぁ、そうだな。うん。初めまして、グヴァイラヤー。……俺の名前を聞いて他の阿呆共みたいに平伏してきやがったら、ここを辞めてやるつもりだったが…。よし。気が変わった。ヤーム、俺はここに入るぞ!」

「それは、ようございました。では、お部屋は隣で宜しいですか?」

「あぁ!それで頼む!」

ヤーム、と呼ばれた藍色の髪と眼を持つ青年はにこにこと笑顔を作り、僕に一礼をする。

「お初にお目にかかります。カルズヤーム・アンテ・ヤンドヌと申します。ヤフクリッド様付きの従者を勤めています。私の事はカルズヤーム又は略称のヤームと呼んで下さい」

「……どうも、初めまして」

やっぱり、侍従ではなく従者だった。
立ち姿や持っている雰囲気がセユナンテさんやじいちゃんに似ているなぁと思っていたらその通りだった。

「所で、グヴァイラヤーはここで何をしているんだ?」

部屋を整えて参ります。と言ってカルズヤームさんは寮内に戻って行ったが、ヤフクリッド王子は僕のそばに残った。

「はい。僕はここの薬草園の薬草と雑草を抜いています」

「薬草園!?ここには薬草が生えているのか?」

そうは見えん……。と呟く王子に僕は頷く。

「えぇ、薬としては使えない植物も多く生えていますが、薬草がちらほらとありますし、ここは昔授業で使う寮生の為の薬草園だったそうなのです」

「……そうか、それでグヴァイラヤーはここの手入れをして育てて昔の薬草園に戻そうとしているのだな?」

「まあ、そんな所です」

「しかし、薬草は買った方が早いのに何故だ?」

「…………」

正直、またその質問か。と僕は思った。
この1週間次々と入寮してくる先輩達や新入生達と食堂や談話室で会い、みんなが僕の外見を珍しがって話し掛けてきた。やはりじいちゃんの血を濃く継いでいる僕の見た目は、周りとはだいぶ異なる様だ。
ソイルヴェイユの様な国中から子供が集まる場所へ行けば少しは目立たないだろうと思っていたけど、無理だった。
サーヴラーは元々肌が褐色の者が殆んど。僕の様な肌の色が白い者はごく僅かで、しかも髪と眼の色が違う者等殆んどいないのだそうだ。だけど、あえて竜人の血が入っていると説明する気もないので北の出身だからと、この外見を聞かれた場合はそう答える様にした。
実際、テルトー村の事も隣街の事も知っている人はいないからそう答えても差し支えは無い。
だけど、僕が裏庭の手入れをしている事に気付いて聞いて来た人達に王子と同じ質問をされて始めはミフサハラーナさんへ答えた様に素直に「母から教わった薬作りを忘れたくない」と言っていたら、僕は薬草すら買えない貧乏人。と影で言われる様になった。
まあ、みんなが着ている様ないかにも高そうな布を使ったオーダーメイドの服ではなく、機能性を重視した丈夫な布製のシンプルなデザインの服だし、実際に僕は貴族の息子でも豪商の息子でも無い宿屋の子なので、貧乏に見えるのかも知れない。しかし、相手から親しげに話し掛けてきて「友達になろう!」と言ってきたくせに、影口を耳にした途端「今後馴れ馴れしく話し掛けて来ないでくれ。君とは友達になった覚えは無い」と勝手な事を言って去って行くのはおかしいと思う。どちらも向こうから話し掛けてきて勝手に離れて行った訳だけど、不快な気持ちにさせられた事には違いない。
おかげで僕は、この1週間でかなり無口になったと思う。
新学期までまだ後1週間あるけれど、僕は談話室へ行く事は止めて図書室と裏庭と部屋と食堂だけを行き来した。
着いた日の夜に直ぐに実家へ手紙を書いて、翌日にミフサハラーナさんに郵送してもらった。(ソイルヴェイユからまだ出れない学年で、侍従等がいない生徒は寮母に預けて出して貰えば良いのだと教えてもらった)手紙は街道沿いの町や村を経由しながら配達されて行くので、父さん達の所へ着くのは1週間後位になるそうだ。つまり、今日辺り届く。手紙に書いた様な1週間前のキラキラわくわくしていた気持ちなんて今は全く無い僕を、父さん達が知ったら何と言うだろう……。もし父さん達から返事が届いても、今の僕はその手紙に返事を書く気にはなれそうもなかった。

「どうしたんだ?」

声を掛けられてハッとなり、顔を上げると目の前には急に黙ってしまった僕を王子が心配気に見つめている。

「……すみません。少しぼうっとなってしまっていました」

「そうか。具合が悪くなった訳じゃないなら良かった。…それで先程の質問だが、何故買わずに育て様と思ったんだ?」

「無駄に金を使いたくないからですよ」

どうせ僕と別れた後で僕の影口を聞いてまた直ぐ離れて行くのだろうから、僕は半分自棄な気持ちで本音を言う。

「ほう!つまりグヴァイラヤーは倹約家なのだな!偉いな♪」

「え?」

「違うのか?グヴァイラヤーが持っている金は親がくれた金だろう?お前はその金の価値をきちんと解っているから、必要最低限の出費以外は使いたくないのだろう?」

「…………」

僕は目を見開いて目の前に立つニコニコと笑顔を浮かべている王子を見つめる。

『まさか、この国一の金持ちが僕の気持ちを理解するなんて……』

「貧乏人だから、とは思わないのですか?」

「? グヴァイラヤーは貧乏人では無いだろう?」

着ている服はシンプルなデザインだが質の良い布だし、その服は丁寧に縫われていて体にも合ったちょうど良いサイズに見える。つまりはオーダーメイドだろう?そこら辺の古着や既製品ではない。それに、髪はおろか身体だって一切汚れていないし言葉使いも丁寧。きちんとした教育を受けて真っ当な生活を送ってきた者だと解るぞ。と話しながら王子は首をかしげる。

「なっ!?……ちょっと待て!何で泣くっ!?」

慌てる王子等お構い無しに、僕の目からは涙が溢れ出て止まらなくなってしまった。
この1週間セユナンテさんの言う様に沢山声は掛けられたけど、友達は出来なかった。毎日一人で食事をして図書室では目立たない様に隅に座って本を読み、ミフサハラーナさんやケルストさん、売店のおじさん以外とは全然喋らない日々に僕は村に帰りたくて仕方がなくなっていた。
何人もの先輩達が僕に優しくしてくれたけど、それが反って同じ新入生達の反感を呼んで僕の影口は一層酷くなり、誰もいない所では泥やゴミ、果ては石を投げ付けられた。もしかしたら先輩達にまで迷惑がかかるかもしれないと不安になった僕は、余計に周りと接しない行動を取る様になっていった。

「どうしたんだ?やっぱり具合が悪くなってしまったのか??」

王子が、ただただおろおろとしている中で背後からおっとりとした声が掛かる。

「あ~あ~。王子、何で泣かしちゃっているんですか?友達になりたかったんじゃないんですか?こんなに可憐で可愛いらしい少年をいじめて泣かすなんて、私は育て方を間違えましたかねぇ?」

「なっ!?違うぞ!断じて違う!!俺はいじわる等してはいないぞ!!!」

焦って声を荒げた王子と共に声がした方を見ると、裏庭から寮へと続く出入口に呆れた様子のカルズヤームさんとその隣に優しい笑顔を浮かべたセユナンテさん、何故か少し怒った顔をしたミフサハラーナさん、そして更にその後ろにはいつも図書室や食堂で声を掛けてくれていた先輩達が立っていた。

「グヴァイ。部屋へ行くかい?」

真っ直ぐそばへと歩いてきたセユナンテさんが、サッと僕を抱き上げる。僕は涙を流したまま黙って頷く。

「よしよし、お兄ちゃんが来たからな。安心しなさい。もう泣かなくて良いぞ。泣かないでお兄ちゃんのこの広~い胸に今のお前の胸の内を聞かせておくれ?」

僕の頭を撫でながらのセユナンテさんのちょっとおどけた言い方が面白くて、僕はついふふっと笑ってしまった。

「うん。やっぱりグヴァイは笑っている方が良い」

そう笑顔で話し早足のまま寮へ戻ると部屋に入り、僕は寝台に下ろされる。腰掛けると同時にミフサハラーナさんは僕が履いてきてしまった裏庭用の靴を脱がしてルームシューズに履き替えさせてくれた。靴は後ろに立っていた先輩の1人が受け取り部屋入り口側の棚へ置きに行く。

「良かったら使って?」

別の先輩が濡れた布を手渡してくれたので素直に受け取り、涙を拭い顔と汚れていた指先を拭く。
僕は小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせ顔を上げる。目の前には先程出入口に立っていた人達全員がそこにはいて、みんなとても心配そうに僕を見つめていた。

「……さあ、聞かせてくれないか?別れてからたった1週間しか経っていないのに、こんなにも顔色が悪くなって笑顔が無くなってしまった理由を」

僕の隣に座るセユナンテさんは、じっと真剣な眼差しで僕の眼を見つめる。
その表情からきっと裏庭に来る迄に色々聞いて知っているのだろうけれど、あえて僕の言葉からも聞きたいのだろう。
迷惑を掛けたくなくて話したくないって思う気持ちと、誰かに聞いて貰いたいと叫び声を上げている心の悲鳴に挟まれて思わずうつむき両手をキツく握り締める。

「大丈夫だから、話してごらん?」

優しく優しく僕の頭を撫でるセユナンテさんの大きな掌から伝わる温かさに僕の葛藤は負け、この1週間の出来事を話し出す。

「…………僕は、ここに学びに来たはずなのに。今は、どうしてここに居るんだろう?って思ってしまいます」

話し終わり、僕が顔を上げると文机の椅子に座っていた王子と隣に立っていたカルズヤームさんが居なくなっていた。

『……やっぱり、そうだよね』

僕に非があるから僕はみんなから孤立してしまっているのに、今僕が言った事は所詮相手への悪口だ。僕の陰口を叩く奴等と同じ事をしている僕に呆れて2人は退室したのだろう。
そう思ってしまい僕の気持ちがまた少し鬱ぎかけた時だった。

「お茶にしようじゃないか!」

居なくなっていた王子が、カートを押して部屋に入ってきた。
その後ろには互い違いに重ねた椅子を両手に合わせて4脚持ったカルズヤームさんもいる。

「先輩方はこちらの椅子に、ミフサハラーナは文机の椅子へどうぞ」

王子はそう言って先輩達へ椅子を進めながら、てきぱきと自らお茶の用意をし出す。

「ヤフクリッド、お茶なら私が用意致しますよ」

カルズヤームさんに手を引かれて一旦は腰を下ろしたミフサハラーナさんが、少し腰を浮かせて立ち上がろうとしたのを王子は左手で制する。

「いや、この中で今一番部外者なのは俺とヤームだから気にするな。それよりも、セユン。お前、今物凄く顔が怖いから鏡を見て来い」

王子の言葉に僕はセユナンテさんの方に顔を向けると、彼はパッと僕から顔を反らして勢いよく立ち上がる。

「すみません、少し顔を洗って参ります」

「あぁ、そうしてこい」

洗面所に向かう際に一瞬見えたセユナンテさんの表情は、言葉では言い表せない程怖くて僕は身体が震える。

「……グヴァイラヤー、砂糖は入れるか?」

「え!?……あ、はい。有難うございます。お願い致します」

「………グヴァイ、私に背中を見せてくれないかしら?」

ミフサハラーナさんが僕の前に膝まづき、そっと手を握る。

「隠しているみたいですが、もしかして背中を痛めているのではないかしら?」

先程、セユナンテさんに抱き上げられた時に彼の手が背中に触れて一瞬僕が顔を歪めたのを見逃さなかった様だ。

「……石を投げ付けられたって言っていたわね?もしかして背中に当たったんじゃないの?」

その優しい声と表情から、心底僕を心配してくれているのが伝わってきて、僕は素直に頷きボタンを外してシャツを脱ぎベッドに上がってみんなに背を向ける。

「酷いっ!」

僕の背中を見た誰かが声を上げる。
自分では見えないのでどれ程酷いのかは判らないけれど、椅子に寄り掛かったり寝台で横向きでないと寝れない程痛むので浅くはないだろうと思ってはいた。

「ヤーム、俺の傷薬を出せ」

「はっ」

「……ミフサハラーナ、これなら直ぐに効くだろう?」

「えぇ!これなら傷も残らないわ。有難うございます、使わせて頂きますね。……グヴァイ、少しだけ滲みますが我慢してね」

ヒンヤリとした感触と共に何かを背中に塗られた。

「痛ッ!」

言われた通り塗られた瞬間傷に滲みて、僕は思わず声を上げてしまった。

「どうして、怪我をした後直ぐに私の所に来なかったの?」

薬を塗り終え、傷の上にガーゼをあてて更にその上から包帯を巻かれた。
まだ幼い僕の身体に治癒魔術を使うのは逆に良くない為、薬を使用するしか無いとは言え背中の傷はとても深くて酷く、一部膿み出していたそうだ。

痛みを堪えるだけで何も治療をしなかった所為だ。

「……ごめんなさい」

「謝って欲しい訳じゃないのよ?私はあなたを含めてここの寮生の寮母。つまり、あなた方のお母様の代わりなの。怪我をした場合は勿論だけど、辛い事でも何でも相談しに来て構わないのよ」

「そもそも、怪我を負わされたのに何で黙っていたんだ?」

王子は僕とミフサハラーナさんに「はい」とお茶を手渡しながら問うてきた。

「迷惑を掛けてはいけないと思って……」

「……グヴァイ、ガファルさんが言っていた言葉を忘れたのか?」

床に水を滴らせながらセユナンテさんが戻ってきた。どうやら頭から水を被ってきた様だ。

「セユン!お前ぇっ!反省してきたのは良いが、頭は拭いてこいよ!!」

先輩方にお茶を渡していた王子が、床が濡れているだろう!と怒りながら急いで洗面所へ行き、取ってきたタオルをセユナンテさんの顔に投げ付け、風の魔術式を使って濡れた床を乾かして行く。
王子なのに、まめまめしく動く姿に僕は驚いた。

「申し訳ありません」

王子に謝り、ガシガシと頭を拭きながらセユナンテさんは僕に近付き包帯姿の僕を見て顔を少しだけ歪め、ミフサハラーナさんを一瞥した。

「……良い薬を王子が下さったので、10日ぐらいで治りますよ」

「そうですか……。グヴァイ、ガファルさんの言葉を覚えているかい?」

僕の肩にシャツを羽織らせてからセユナンテさんはまた隣に腰掛け僕の目を見た。

「あの、父さんの言葉って?」

「決してお前は独りではないと覚えておきなさい。これから様々な事を学び、新たな出会い、新たな困難を数多くお前は経験するだろう。そしてその全てが生きていく糧になる。だが、自分の心には素直でいなさい。決して他者に流されず、自分を信じて進むんだ。……思い出したかい?」

「……はい」

そうだった。

ここへ着くまでの4日間が毎日がドキドキする事ばかりの連続だったし、着いてからの1週間め嫌な事ばかりで、出発する時に父さんが言ってくれた言葉を忘れていた。

『僕は、独りじゃない……』

羽織っていたシャツに腕を通して前のボタンを留める。そして座り直して姿勢を正し、手渡されていたお茶を一気に全部飲み干す。紅色だったので紅茶だと思っていたら、口の中に広がる爽やかな香りと砂糖で甘くなっているとは言え感じた味は初めて味わうものだった。

「僕、間違っていました。いつも声を掛けて下さっていたのに、避けてしまい申し訳ありませんでした」

先輩方に頭を深く下げた。

「ミフサハラーナさん、セユナンテさん、頼らなくて我慢し過ぎてご心配をお掛けしてしまい本当にごめんなさい」

目の前と隣に座る二人にも頭を深く下げた。
そして僕は、王子を真っ直ぐに見つめる。

「ヤフクリッド王子、僕に話し掛けて下さり有難うございます。あと、お茶凄く美味しいです。こんなに美味しいの初めて飲みました」

「あぁ、この茶葉はヤームがブレンドしたオリジナルだからな。……元気が出たみたいで良かったよ。……だが」

「?」

「グヴァイラヤーに怪我させた奴をこのまま放ってはおかないけどな」

にやりと笑った王子の一言に、僕以外の全員が頷く。

「そうだな。俺達の寮は、他の寮に比べて寮生同士の結束が強くて仲が良いのが自慢だったんだ。こんな、悪質な事をする奴は絶対に許さんっ」

4人いる先輩方の中で真ん中に座り、一際背が高く僕の様に肌が白くサーヴラーでは珍しい黒髪黒目の青年が、横の3人と強く頷き合った。

「グヴァイラヤー、俺はナウンケウス・ヤウス・フェルンダリンス。今年度インディフィスになるんだが、寮長を務める。よろしくな」

本当は全寮生が集まって新学期が始まる前日の夜に新入寮生に発表するのが決まりだが、既に寮内で問題が起きているから君を守る為に先に明かしておく。と言われた。

「俺はザイクール・ワイム・ヤズニンドルクです。ナウンケウスと同学年で副寮長を務める。やっと名乗れて嬉しいよ♪」

2人共いつも図書室で僕に話し掛けてくれた先輩達だ。……でも、僕は会釈するだけで直ぐに逃げる様に退室をして避けていた。

「避けてしまい、ごめんなさい」

「恥ずかしがり屋だと思っていたが、事情があったんだな。気にしていないから大丈夫だ」

「うん。そこら辺の女の子以上に可愛い新入生が入ってきたから、僕達が構いたくて声を掛けていたんだ♪だから、気にしないで」

「……ザイクールさん、それフォローになってないですよ」

ナウンケウスさんの右隣に座り苦笑いを浮かべている少年は、ナウンケウスさんと良く似ていた。たしか、食堂で一度「一緒に食べないか?」って笑い掛けてくれた人だ。

「グヴァイ!俺、ラウンケウス!見ての通りナウンケウスの弟だ♪君の1つ上だから一番年が近いんだ!俺をいつでも頼れよ!」

「ラウン、お前後輩が出来たからってはしゃぎ過ぎ。馴れ馴れしいし文法がおかしくなっているぞ。……初めましてグヴァイラヤー君。俺はハーヴジリッド・マウ・ガヅナザヤワン。学年はフォヌンフィス4年生だから、君の3つ上になる。名字から察して貰える通り、食堂の総責任者は俺の祖父なんだ。じい様から君の事を聞いていたから会って話してみたかったんだ。会えて嬉しいよ。よろしくな」

「さて、と。グヴァイラヤーの顔色も良くなったし昼ご飯を食べに行こうか。腹が減っていては良い案は浮かばないからな♪」

そう言われて壁の時計を見れば、間もなく昼になる所だった。
全員ナウンケウスさんの提案に頷き、部屋を出て食堂へ向かう為に席を立つ。
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