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新生活8
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背中の傷を縫って貰ってから3日、僕はナジューウ先生からの言い付けを守り剣の鍛練は一時間だけに留め、他の時間は部屋で乾燥が済んだ薬草を摩り潰して煎じ薬を作ったり図書室で本を読んで過ごした。
いよいよ明後日から授業が始まる。
僕が入寮してからあっという間の半月だった。
今朝、朝食後に新入生は全員談話室へ集合する様にと連絡を受けてヤフクと僕が移動すると、ソファセットやクッション等は全て片付けられて細長いテーブルが置かれた広い空間となっていた。
そして、入学手続きの際に注文をしておいた制服・靴、教科書が全員に配られた。制服は上下紺色のブレザーとスラックス。白いシャツに新緑色のネクタイ。(ネクタイの色は学年別に違う様だ)ブレザーとシャツは着る際にスムーズに背中の羽が出せる作りになっているしとても触り心地が良い。そしてブレザーに施された胸元の校章にはどの寮生か一目で判る様に精霊が下にデザインされている。
サムフィスとインディフィスが「入学おめでとう!」と言いながら僕等に手渡して行き、その他の先輩達は皆2階以上の談話スペースから顔を出して僕等を見つめ、手渡されて行く度に全員が「ようこそ、ソイルヴェイユへ!」と声を揃えて祝って拍手の雨を降らしてくれた。
全員に配られ終えると「明日の夜18時から食堂で新入生の歓迎会が開かれるので、必ず出席する様に」と寮監から全員に通達され、解散となった。
僕は受け取った教科書の内容が早く知りたくて、直ぐに部屋へ戻る。どの教科書もとても興味深く、つい昼食も忘れて教科書を読み耽ってしまった。
すると、夜になっても部屋から出てこない僕を本気で心配したヤフクが合鍵を使って乱入。またもや周りが聞こえていない僕から教科書を取り上げて、叱りつけたのだった。
「お前なぁ!やっと傷も治って食欲も前みたいに戻ってきたのに、また身体を壊す様な真似して本当に何やってんだよ!?」
「ごめん……。あまりにも教科書の内容が面白くて、つい」
「ついって……。勉強が好きだとは聞いていたが、ここまでとは……」
呆れ返ったヤフクは深い溜め息を吐いた。
「勉強嫌いのヤフグリット様には是非とも見習って頂きたいと私は思いますけどね」
と、すかさずヤームさん。
「食べる事を忘れる程には俺はなりたくないぞっ。……とにかくみんな待っている。メシに行くぞ!」
「う、うん」
今丁度読んでいたソイルヴェイユの歴史が面白くて、出来ればキリが良い所まで読みたかった。だけど、ちらっと教科書を見た僕を見ていたヤームさんが苦笑いを浮かべながらそっと頭を横に振ったので、ヤフクがだいぶ心配もしているし怒ってもいるのだと解り、黙って後に付いて行く事にした。
『あれ?そう言えば……』
ここ数日、食堂や談話室に入っても僕を拒絶する様な空気にならない。それに、ナウン達が座る場所へ向かっている途中等で話し掛けてきてくれたり、目が合うと片手を挙げて挨拶をしてくれる人が増えた様な気がする。
裏庭に行けば、同じ新入生やハーヴ達とは別の先輩達が来て薬草園の手入れを一緒にしたり、図書室で本を探していれば誰かしらが一緒に探してくれたりお薦めの本を紹介してくれる。
『みんなが纏っている空気も清んでいる気がするなぁ』
清らかな空気が目で見える訳では無いけれど、何故か僕はそう思えた。
「どうした?」
ヤフクと僕はカウンターに並び、お互い料理をトレーに乗せていく。
隣に立っているヤフクは僕がぼんやりとしている事に気付き、首を傾げる。
「……え?あ、ううん。何でもない」
トレーに乗せ終えた僕達は中2階への階段を登り、先に席に着いて食べ始めていたラウン達と合流をする。
「お♪やっと来た!また図書室に籠っていたのか?」
テーブルを挟んで前にハーヴ・ナウン・ザイク達、そしてこちらにはラウンとヤフク。ヤフクは当然の様に僕の左側に座り、僕はラウンとヤフクの間に座る様促される。この位置が僕の席と決まった様だ。
「いや、今日は部屋に居た。探し回る手間が無くて良かったよ。……だが、制服と教科書を受け取った後からずっと昼も食べずに教科書を読み耽っていた様だ」
今日は皆それぞれに用が有り、昼食を取れる時間もバラバラになるので昼は集まらず、夕食を共に食べようと約束していた。
だから、ヤフクの言葉にみんな驚いた表情になった。
「え!?グヴァイ昼食べてないの!?」
ラウンは、今夜のメイン料理の一つバウの香草焼きをナイフで切らずにフォークで突き刺し、そのままかぶり付きながら驚きの声を上げる。
「それはいかんな。大きくなれないぞ」
「……ナウンの言い方はまるでお父さんみたいだね」
僕の目の前に座るナウンは、少し眉間にシワを寄せながら僕を見つめ心配そうに呟き、ザイクはそんなナウンの様子に吹き出す。
「そう言うザイクもお母さんみたい……」
ラウンが驚いた際にテーブルにこぼした香草をすかさず濡れ布巾で拭き、更に僕にお茶を淹れてくれたザイクの行動にハーヴは苦笑。
「むっ。こやつと夫婦等、絶対に嫌な事だ」
ナウンがハーヴの言葉に眉間のシワを更に深めながら言うと、すかさずザイクも嫌そうに顔を軽く歪めて反論をする。
「ハーヴの言っている事はそう言う事では無いけど……。俺だって、ナウンが夫とか絶対に嫌ですね」
「2人は親友ではないのか?」
2人の表情をヤフクは面白がり、わざと話を掘り込んだ。
「俺達は幼馴染みだが、親友かと問われると微妙だな」
「そうだね。ナウンのじい様と俺のじい様がここで友人になってから家族ぐるみの付き合いだけど、俺達性格は正反対だもんねぇ」
ナウンとザイクはそう言いながら頷き合う。
「そうなの?」
つい気になって僕がラウンに聞くと、いつもは黙ってみんなの話を聞いているだけの僕が興味を持った事が嬉しいと思ったラウンは、ニカッと歯を見せて笑い、うん!と頷く。
「そうだね。兄ちゃんS'ってここぞと言う時の息の合い方は凄いし連携も見事だけど、いつもつるむ訳じゃ無いな。2人の友人達も見事にタイプが違うしね」
ナウンは真面目で真っ直ぐで時々頑固。自分にも他者にも厳しいが、でも弱者を見放さない優しさがある人。
ザイクは明るくて気さくだから一見話し掛けやすい。だけど、その実近付いてきた他人は信用していないから先ず徹底的に調べ上げて害が無いと判る迄心は開かない。友人となっても、努力をしない弱者は簡単に見放す冷血漢だね。とラウンは説明してくれた。
僕は、そんな風に言われたら2人は怒るのではないかと心配になったけれど、逆にナウン達は「良く見てるなぁ!」と感心していた。
「やっぱり、ラウンは医者向きだね。人の性格を的確に見抜くとか怖いねぇ」
ザイクは苦笑しながらそう呟く。
「成る程、面白い。では、ラウンから見て俺やグヴァイはどう見えているんだ?」
そうヤフクが問うと、ラウンは僕等を少しだけじっと見つめる。
「そうだなぁ。ヤフクは俺様って感じなのに、実は面倒見が良いよね。あと素直で感性豊かだ。グヴァイは物腰柔らかくて素直だけど実は頑固。でも、何故か放っておけなくて構いたくなるかな。……グヴァイは正に弟タイプでヤフクはそんな弟に振り回される苦労人な兄ちゃんって感じだよね」
「「………………」」
ラウンの言葉にザイクとハーヴは「「確かに!」」と言って頷き合って笑ったが、正直僕は心の中で『えぇぇぇ!?』と思っていた。
隣のヤフクの顔を見れば、なんか物凄く眉間にシワが寄っているし少し離れた所に控えているヤームさんを見れば、彼はこちらに背を向けて俯き肩を小さく震わせていた。
……あれは絶対に笑っている。
「僕って頑固ですかぁ……?」
「悪い意味じゃないよ。グヴァイの集中力の高さを言っているんだ。周りが見えなくなる程の集中力って頑固さが無いと続かないからさ」
「……俺は、グヴァイに振り回されているのか?」
まだ肩を震わせているヤームさんを一瞬だけ睨み、ヤフクはラウンを見る。
「そう見えるけど?」
ラウンが笑ってそう答えると、ザイクとハーヴが「うんうん」と同時に頷く。頷かれたヤフクは、これでもかと盛大に顔をしかめた。
そんなみんなのやりとりがツボに入ってしまい、思わず僕は吹き出し大声で笑ってしまった。
「プッ!あははは!!」
「!?」
目の端に涙を浮かべお腹を押さえて笑う僕を、みんなが驚いて見つめる。
「……グヴァイ?」
ラウンから声を掛けられたけど、笑いが止まらなくて肩を震わせたまま右手を挙げてみんなに謝った。
「……笑って、ごめんなさい」
「いや、グヴァイって大声で笑えるんだなぁって思って驚いた」
そう言うハーヴにみんなも頷く。
中々笑いが止まらなくてちょっと喉が痛いと思っていたら、いつの間に用意してくれたのかヤームさんが僕に冷えた水を手渡してくれた。
「あ、すみません。ありがとうございます」
「いえいえ、ヤフグリット様の弟君ですから♪」
「まだそれ引っ張るのか……」
ヤフクは嫌そうに言うけれど、ヤームさん的にかなりツボだった様で、楽しそうだ。
「はい♪今まではヤフグリット様が周りを振り回される方でしたが、まさかそのヤフグリット様を振り回される方が現れるなんて……っ」
ヤームさんの肩がまたぷるぷると震え出す。
「ヤーム。お前ぇ、後で覚えていろよ……」
「……今日は、中々面白いものを見れる。やはり、グヴァイが元気になったおかげかな?」
今まで1人状況を静観していたナウンが、お茶を飲みながら楽し気にぽつりと呟いた。
「確かに!グヴァイの大笑いは意外だったな」
ラウンもお茶を飲んで笑う。
「そうだな…。俺も、ヤームの新たな一面が発見出来たよ」
「私も、でございますよ」
ヤフクはヤームを睨み付け、ヤームさんはにこにこととても楽しそうに笑う……。
でも、ちょっと2人を取り巻く空気が怖い。
「まあ、このまま食堂にいるのも何だから談話室へ行こうか?」とザイクが提案したので、僕達はトレーを返却口へ戻し移動する。
いつものソファに座り、寝る前だからとザイクが安眠を促す香草茶を用意してくれた。
基本的に侍従が淹れたお茶を振る舞ってくれるザイクだけど、どうやらザイク自身もみんなに手ずから淹れたお茶を振る舞うのが好きな人の様だ。
さすが好きなだけあって、ザイクのお茶は温度も香りも味も全て完璧だった。
ただ、ヤフクだけはヤームさんが淹れたお茶や毒味をした食べ物しか口に付けない。いつも、目で「すまない」と謝るヤフクにザイクも「どうか気になさらないで下さい」と呟き優しく微笑む。
彼がどんなに僕等と同じ位置でいたいと願っても、現実はそうはいかない。
従者のヤームさんは僕等に親切で優しいけれど、それはヤフクが気を許しているからだけではなく、僕等の素性を徹底的に調べ上げて害が無いと判った上でのあの態度なのだろう。僕達には向けられた事はないけれど、ヤームさんが他の人へ一瞬だけ見せる従者の顔は正直僕は怖かった。
「そう言えば、食堂のカウンターでぼんやりとしていたが、何を考えていたんだ?」
ヤームさんとの見つめ合い(?)を止めたヤフクが僕を見る。
「あぁ、うん。……なんか、昨日ぐらい?もっと前からかな?みんなが話し掛けてくれる様になったし、なんか寮内の空気が清んでいるなぁって思ったんだ」
「空気で気付くとは流石だな」
「?」
僕が言った言葉に、にやりとヤフクは笑った。
「お前に呪術をかけていた奴に、術返しを掛けて捕まえたんだ」
集団催眠みたいな呪術だったが、無事に解けたのさ。とヤフクは笑う。
「……術返しを受けた人はどうなったの?」
呪い返しは、喰らったら術者は死ぬ事になる。と聞いた事があった僕は、不安気な気持ちでヤフクを見た。
「安心しろ。質の悪い呪術ではなかったから、術者は死んでいない。ただ、一族郎党生涯イルツヴェーグへの立ち入りは禁じさせてもらったがな」
「そうなんだ……」
ヤフクの話に僕の気持ちは複雑になった。
「グヴァイ……」
ナウンは茶器をローテーブルに静かに置き、僕を真っ直ぐに見つめる。
「言っておくが、“一庶民の僕なんかの所為で”とか相手に同情心を湧かすなよ。そもそもイルツヴェーグで呪術はご法度。並びにここソイルヴェイユは国の中枢を担う人材育成の場だ。そんな所で他者を呪う様な器の奴なんかいらないんだ」
僕の思った事を見透かし、釘を刺す。
「……はい」
仰る通りだ。
「まぁ、寮母並びに寮監が動いた事案で王都追放だけで済んだのは随分珍しいよな」
「それは、やっぱグヴァイの為だからじゃないか?」
「やはりそうか」
「今年の“風の子”は目に入れても痛くない程の愛され様だな」
「本当にな」
ナウンとザイクは2人だけで何やら話していたけど、ちょうど談話室内に置かれているピアノを演奏し始めた上級生がいて、その演奏が素晴らしくて僕はナウン達の会話は聞き取れなかった。
いよいよ明後日から授業が始まる。
僕が入寮してからあっという間の半月だった。
今朝、朝食後に新入生は全員談話室へ集合する様にと連絡を受けてヤフクと僕が移動すると、ソファセットやクッション等は全て片付けられて細長いテーブルが置かれた広い空間となっていた。
そして、入学手続きの際に注文をしておいた制服・靴、教科書が全員に配られた。制服は上下紺色のブレザーとスラックス。白いシャツに新緑色のネクタイ。(ネクタイの色は学年別に違う様だ)ブレザーとシャツは着る際にスムーズに背中の羽が出せる作りになっているしとても触り心地が良い。そしてブレザーに施された胸元の校章にはどの寮生か一目で判る様に精霊が下にデザインされている。
サムフィスとインディフィスが「入学おめでとう!」と言いながら僕等に手渡して行き、その他の先輩達は皆2階以上の談話スペースから顔を出して僕等を見つめ、手渡されて行く度に全員が「ようこそ、ソイルヴェイユへ!」と声を揃えて祝って拍手の雨を降らしてくれた。
全員に配られ終えると「明日の夜18時から食堂で新入生の歓迎会が開かれるので、必ず出席する様に」と寮監から全員に通達され、解散となった。
僕は受け取った教科書の内容が早く知りたくて、直ぐに部屋へ戻る。どの教科書もとても興味深く、つい昼食も忘れて教科書を読み耽ってしまった。
すると、夜になっても部屋から出てこない僕を本気で心配したヤフクが合鍵を使って乱入。またもや周りが聞こえていない僕から教科書を取り上げて、叱りつけたのだった。
「お前なぁ!やっと傷も治って食欲も前みたいに戻ってきたのに、また身体を壊す様な真似して本当に何やってんだよ!?」
「ごめん……。あまりにも教科書の内容が面白くて、つい」
「ついって……。勉強が好きだとは聞いていたが、ここまでとは……」
呆れ返ったヤフクは深い溜め息を吐いた。
「勉強嫌いのヤフグリット様には是非とも見習って頂きたいと私は思いますけどね」
と、すかさずヤームさん。
「食べる事を忘れる程には俺はなりたくないぞっ。……とにかくみんな待っている。メシに行くぞ!」
「う、うん」
今丁度読んでいたソイルヴェイユの歴史が面白くて、出来ればキリが良い所まで読みたかった。だけど、ちらっと教科書を見た僕を見ていたヤームさんが苦笑いを浮かべながらそっと頭を横に振ったので、ヤフクがだいぶ心配もしているし怒ってもいるのだと解り、黙って後に付いて行く事にした。
『あれ?そう言えば……』
ここ数日、食堂や談話室に入っても僕を拒絶する様な空気にならない。それに、ナウン達が座る場所へ向かっている途中等で話し掛けてきてくれたり、目が合うと片手を挙げて挨拶をしてくれる人が増えた様な気がする。
裏庭に行けば、同じ新入生やハーヴ達とは別の先輩達が来て薬草園の手入れを一緒にしたり、図書室で本を探していれば誰かしらが一緒に探してくれたりお薦めの本を紹介してくれる。
『みんなが纏っている空気も清んでいる気がするなぁ』
清らかな空気が目で見える訳では無いけれど、何故か僕はそう思えた。
「どうした?」
ヤフクと僕はカウンターに並び、お互い料理をトレーに乗せていく。
隣に立っているヤフクは僕がぼんやりとしている事に気付き、首を傾げる。
「……え?あ、ううん。何でもない」
トレーに乗せ終えた僕達は中2階への階段を登り、先に席に着いて食べ始めていたラウン達と合流をする。
「お♪やっと来た!また図書室に籠っていたのか?」
テーブルを挟んで前にハーヴ・ナウン・ザイク達、そしてこちらにはラウンとヤフク。ヤフクは当然の様に僕の左側に座り、僕はラウンとヤフクの間に座る様促される。この位置が僕の席と決まった様だ。
「いや、今日は部屋に居た。探し回る手間が無くて良かったよ。……だが、制服と教科書を受け取った後からずっと昼も食べずに教科書を読み耽っていた様だ」
今日は皆それぞれに用が有り、昼食を取れる時間もバラバラになるので昼は集まらず、夕食を共に食べようと約束していた。
だから、ヤフクの言葉にみんな驚いた表情になった。
「え!?グヴァイ昼食べてないの!?」
ラウンは、今夜のメイン料理の一つバウの香草焼きをナイフで切らずにフォークで突き刺し、そのままかぶり付きながら驚きの声を上げる。
「それはいかんな。大きくなれないぞ」
「……ナウンの言い方はまるでお父さんみたいだね」
僕の目の前に座るナウンは、少し眉間にシワを寄せながら僕を見つめ心配そうに呟き、ザイクはそんなナウンの様子に吹き出す。
「そう言うザイクもお母さんみたい……」
ラウンが驚いた際にテーブルにこぼした香草をすかさず濡れ布巾で拭き、更に僕にお茶を淹れてくれたザイクの行動にハーヴは苦笑。
「むっ。こやつと夫婦等、絶対に嫌な事だ」
ナウンがハーヴの言葉に眉間のシワを更に深めながら言うと、すかさずザイクも嫌そうに顔を軽く歪めて反論をする。
「ハーヴの言っている事はそう言う事では無いけど……。俺だって、ナウンが夫とか絶対に嫌ですね」
「2人は親友ではないのか?」
2人の表情をヤフクは面白がり、わざと話を掘り込んだ。
「俺達は幼馴染みだが、親友かと問われると微妙だな」
「そうだね。ナウンのじい様と俺のじい様がここで友人になってから家族ぐるみの付き合いだけど、俺達性格は正反対だもんねぇ」
ナウンとザイクはそう言いながら頷き合う。
「そうなの?」
つい気になって僕がラウンに聞くと、いつもは黙ってみんなの話を聞いているだけの僕が興味を持った事が嬉しいと思ったラウンは、ニカッと歯を見せて笑い、うん!と頷く。
「そうだね。兄ちゃんS'ってここぞと言う時の息の合い方は凄いし連携も見事だけど、いつもつるむ訳じゃ無いな。2人の友人達も見事にタイプが違うしね」
ナウンは真面目で真っ直ぐで時々頑固。自分にも他者にも厳しいが、でも弱者を見放さない優しさがある人。
ザイクは明るくて気さくだから一見話し掛けやすい。だけど、その実近付いてきた他人は信用していないから先ず徹底的に調べ上げて害が無いと判る迄心は開かない。友人となっても、努力をしない弱者は簡単に見放す冷血漢だね。とラウンは説明してくれた。
僕は、そんな風に言われたら2人は怒るのではないかと心配になったけれど、逆にナウン達は「良く見てるなぁ!」と感心していた。
「やっぱり、ラウンは医者向きだね。人の性格を的確に見抜くとか怖いねぇ」
ザイクは苦笑しながらそう呟く。
「成る程、面白い。では、ラウンから見て俺やグヴァイはどう見えているんだ?」
そうヤフクが問うと、ラウンは僕等を少しだけじっと見つめる。
「そうだなぁ。ヤフクは俺様って感じなのに、実は面倒見が良いよね。あと素直で感性豊かだ。グヴァイは物腰柔らかくて素直だけど実は頑固。でも、何故か放っておけなくて構いたくなるかな。……グヴァイは正に弟タイプでヤフクはそんな弟に振り回される苦労人な兄ちゃんって感じだよね」
「「………………」」
ラウンの言葉にザイクとハーヴは「「確かに!」」と言って頷き合って笑ったが、正直僕は心の中で『えぇぇぇ!?』と思っていた。
隣のヤフクの顔を見れば、なんか物凄く眉間にシワが寄っているし少し離れた所に控えているヤームさんを見れば、彼はこちらに背を向けて俯き肩を小さく震わせていた。
……あれは絶対に笑っている。
「僕って頑固ですかぁ……?」
「悪い意味じゃないよ。グヴァイの集中力の高さを言っているんだ。周りが見えなくなる程の集中力って頑固さが無いと続かないからさ」
「……俺は、グヴァイに振り回されているのか?」
まだ肩を震わせているヤームさんを一瞬だけ睨み、ヤフクはラウンを見る。
「そう見えるけど?」
ラウンが笑ってそう答えると、ザイクとハーヴが「うんうん」と同時に頷く。頷かれたヤフクは、これでもかと盛大に顔をしかめた。
そんなみんなのやりとりがツボに入ってしまい、思わず僕は吹き出し大声で笑ってしまった。
「プッ!あははは!!」
「!?」
目の端に涙を浮かべお腹を押さえて笑う僕を、みんなが驚いて見つめる。
「……グヴァイ?」
ラウンから声を掛けられたけど、笑いが止まらなくて肩を震わせたまま右手を挙げてみんなに謝った。
「……笑って、ごめんなさい」
「いや、グヴァイって大声で笑えるんだなぁって思って驚いた」
そう言うハーヴにみんなも頷く。
中々笑いが止まらなくてちょっと喉が痛いと思っていたら、いつの間に用意してくれたのかヤームさんが僕に冷えた水を手渡してくれた。
「あ、すみません。ありがとうございます」
「いえいえ、ヤフグリット様の弟君ですから♪」
「まだそれ引っ張るのか……」
ヤフクは嫌そうに言うけれど、ヤームさん的にかなりツボだった様で、楽しそうだ。
「はい♪今まではヤフグリット様が周りを振り回される方でしたが、まさかそのヤフグリット様を振り回される方が現れるなんて……っ」
ヤームさんの肩がまたぷるぷると震え出す。
「ヤーム。お前ぇ、後で覚えていろよ……」
「……今日は、中々面白いものを見れる。やはり、グヴァイが元気になったおかげかな?」
今まで1人状況を静観していたナウンが、お茶を飲みながら楽し気にぽつりと呟いた。
「確かに!グヴァイの大笑いは意外だったな」
ラウンもお茶を飲んで笑う。
「そうだな…。俺も、ヤームの新たな一面が発見出来たよ」
「私も、でございますよ」
ヤフクはヤームを睨み付け、ヤームさんはにこにこととても楽しそうに笑う……。
でも、ちょっと2人を取り巻く空気が怖い。
「まあ、このまま食堂にいるのも何だから談話室へ行こうか?」とザイクが提案したので、僕達はトレーを返却口へ戻し移動する。
いつものソファに座り、寝る前だからとザイクが安眠を促す香草茶を用意してくれた。
基本的に侍従が淹れたお茶を振る舞ってくれるザイクだけど、どうやらザイク自身もみんなに手ずから淹れたお茶を振る舞うのが好きな人の様だ。
さすが好きなだけあって、ザイクのお茶は温度も香りも味も全て完璧だった。
ただ、ヤフクだけはヤームさんが淹れたお茶や毒味をした食べ物しか口に付けない。いつも、目で「すまない」と謝るヤフクにザイクも「どうか気になさらないで下さい」と呟き優しく微笑む。
彼がどんなに僕等と同じ位置でいたいと願っても、現実はそうはいかない。
従者のヤームさんは僕等に親切で優しいけれど、それはヤフクが気を許しているからだけではなく、僕等の素性を徹底的に調べ上げて害が無いと判った上でのあの態度なのだろう。僕達には向けられた事はないけれど、ヤームさんが他の人へ一瞬だけ見せる従者の顔は正直僕は怖かった。
「そう言えば、食堂のカウンターでぼんやりとしていたが、何を考えていたんだ?」
ヤームさんとの見つめ合い(?)を止めたヤフクが僕を見る。
「あぁ、うん。……なんか、昨日ぐらい?もっと前からかな?みんなが話し掛けてくれる様になったし、なんか寮内の空気が清んでいるなぁって思ったんだ」
「空気で気付くとは流石だな」
「?」
僕が言った言葉に、にやりとヤフクは笑った。
「お前に呪術をかけていた奴に、術返しを掛けて捕まえたんだ」
集団催眠みたいな呪術だったが、無事に解けたのさ。とヤフクは笑う。
「……術返しを受けた人はどうなったの?」
呪い返しは、喰らったら術者は死ぬ事になる。と聞いた事があった僕は、不安気な気持ちでヤフクを見た。
「安心しろ。質の悪い呪術ではなかったから、術者は死んでいない。ただ、一族郎党生涯イルツヴェーグへの立ち入りは禁じさせてもらったがな」
「そうなんだ……」
ヤフクの話に僕の気持ちは複雑になった。
「グヴァイ……」
ナウンは茶器をローテーブルに静かに置き、僕を真っ直ぐに見つめる。
「言っておくが、“一庶民の僕なんかの所為で”とか相手に同情心を湧かすなよ。そもそもイルツヴェーグで呪術はご法度。並びにここソイルヴェイユは国の中枢を担う人材育成の場だ。そんな所で他者を呪う様な器の奴なんかいらないんだ」
僕の思った事を見透かし、釘を刺す。
「……はい」
仰る通りだ。
「まぁ、寮母並びに寮監が動いた事案で王都追放だけで済んだのは随分珍しいよな」
「それは、やっぱグヴァイの為だからじゃないか?」
「やはりそうか」
「今年の“風の子”は目に入れても痛くない程の愛され様だな」
「本当にな」
ナウンとザイクは2人だけで何やら話していたけど、ちょうど談話室内に置かれているピアノを演奏し始めた上級生がいて、その演奏が素晴らしくて僕はナウン達の会話は聞き取れなかった。
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