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夏期2
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「セユナンテ、頼みましたよ」
「はい。しっかり送ってきます」
「グヴァイ」
「はい」
「楽しんでいらっしゃい」
「はい!」
夜明けと呼ぶにはまだ早い星の瞬きが見える中、寮の門前でミフサハラーナさんに見送られながらセユンさんと馬車に乗り込む。
戸が閉まり、石畳の上から馬達の蹄と車輪の回る音が軽やかに響き出す。
僕の向かい側に座るセユンさんは、騎士隊服姿。
あの日、僕からの手紙を受け取ったセユンさんは所属の第二隊長及びズナブサイラン団長から僕を送り届ける許可をその日の内に得てくれたのだった。
僕は帰省を諦めかけていただけに、セユンさんの優しさに言い尽くせない感謝の気持ちで今も心が一杯になる。
「セユンさん、本当に有難うございます」
僕は、伝えたい気持ちが上手く纏められなくて、結局簡素な言葉と頭を深く下げるしかお礼を伝えられない。
そんな僕に、セユンさんは首を横に振って笑顔を見せる。
「グヴァイを助けてあげられる事は俺が嬉しいから良いんだ。……それに、そろそろオンルーナフへ行かなきゃならない順番が来そうだったしな」
セユンさんはまだ階級も高く無い騎士とは言っても、伯爵家の次男坊。それなりに貴族社会では顔と名が知られている。そんな人物が子供を連れて長距離移動等しては、近隣の領主達へ変な憶測を呼びかねない。
しかし、騎士団には年に2回任務としてサーヴラー国所属の全ての隊から各2名ずつ国境の駐屯所での短期訓練を受けると言うものがある。
それを使い、表向きは北の国境・オンルーナフへの短期訓練に向かうそのついでに途中通る村に帰省するソイルヴェイユの生徒を送り届けてあげる。と言う体を取ったのだ。
「でも、ヤフクから聞きましたよ。セユンさんは今回訓練を受ける側ではなくて指導する側だって」
ザイトールじいちゃんとの一戦の経験を糧に、日々己を磨き上げたセユンさんはたった一年で騎士団の精鋭達と肩を並べる程の実力者となり、他の隊から訓練指導を求められる人となっていたのだ。
「耳が早いなぁ。そうだね、まだまだ若輩者の俺がそれこそ実力者揃いのオンルーナフで指導するなんて烏滸がましい事としか思えないけれど、テイユファンランフさんからの教えは他の騎士達にとてもためになるからね。これを機に伝えられる様に頑張るよ」
そんな風に謙虚な物言いをするセユンさんだけど、あの時一緒に指導を受けたラグリーサの騎士達の向上振りは素晴らしく、後に他の駐屯地へ栄転した者が多かったとヤフクから聞いている。
だから、じいちゃんの本気を出させたセユンさんは本当はもうとっくに精鋭の1人だったのではないのだろうか?と秘かに僕は思っている。
「さあ、着いた」
昇降機前広場に馬車が到着する。
馬車を降りた僕達は、朝早くから馬車を出してくれたソイルヴェイユ専属の御者と馬達にお礼を述べ、昇降機乗り場の入り口を潜る。
「さて、グヴァイも慣れている通り今から昇降機に乗って階下へ向かうのだけど、中に入って座ったら俺が良いよって言うまで目と耳を閉じていて貰うが良いかな?」
「? …はい」
セユンさんの言葉の意味が僕は解らないけれど、きっと僕が知ってはいけない事をするのだろう。
頭に疑問符は浮かぶけれど、素直に頷く。
「うん、良い子だ。大丈夫、後できちんと説明はしてあげるからな」
僕の戸惑う表情を読んだセユンさんは、僕の頭を優しく撫でながら微笑む。
「………………」
相変わらず美丈夫スマイルの使い先が勿体ない人だ……。
僕に振り撒かないですれ違った際に振り返って頬を染めているお姉さん方に使えば良いのに。とは以前ヤフクが言っていた言葉。
最初ピンと来なかった僕だったけれど、この一年間でホームルームの仲間達が話す格好良い男になるにはとか女の子にモテるにはどうしたら良いかとかを聞いて意味を理解する。
セユンさんはかなり見た目が格好良いし性格だってモテる要素が多い男の人だけど、確かに僕に発揮しなくて良い。
しみじみ残念な人なんだなぁと思い直す。
「……今、失礼な事考えなかったかな?」
セユンさんは優しい笑顔なのに、背後からちょっとだけ不穏な空気を醸し出す。
「いいえ、全く。わかりました。セユンさんの言う通りにしますね」
同じくこの一年で身に付いた笑顔の仮面で僕は素早く誤魔化す。
「グヴァイ?」
追求を受けそうになったけれど、タイミング良く何処かの階で止まっていた昇降機が到着し扉が開く。
「はぁ。……なんかだんだん、カルズヤームに似てきてるよね。まあ、良いけどさ」
先にセユンさんが乗り込み、入り口の扉から一番遠い位置の椅子に僕を座らせると、右手で僕の両目を覆い左手を後頭部に添える。
聞き返したくなる様な事を言われたけれど、墓穴を掘りたくないので僕は口を噤んでおく。
「肩の力を抜いて、俺の手に頭を寄り掛からせて……。そう、そのまま目を閉じているんだよ」
言われるまま目を閉じ、背中を背もたれに預け、セユンさんの手の温かさを頭に感じながら力を抜く。
「メルバ・デゥヤグンドゥ・ハフザマナガヤダズ・モザラス」
聞き慣れない歌(?)が小さな声で頭の中に響く様に入ってくると、気付けば僕は静寂の世界に包まれていた。
目を閉じているから勿論暗闇の中ではあるけれど、身体は何か温かいものが抱き締めてくれている様な安心感があって、ちっとも怖いとは感じなかった。
『なんか懐かしい……。あぁ、セユンさんに抱き締められながら寝ていた時みたいなんだ』
フワフワと暖かくて気持ちが良く、僕はそのまま眠ってしまいそうだと思う。
「よし、もう目を開けて良いよ」
体感的には一分も経っていない気がした。けれど、ぼんやりと目を開ければ既に昇降機はだいぶ下の方へ移動をしている様だ。
「気分は悪くなっていないかい?」
セユンさんは隣に座ると、鞄から水筒を出して僕に手渡す。
「はい。特に何とも無さそうです」
一口だけ飲むと、それは爽やかな香りと甘酸っぱさを感じるエスリのジュースだった。
「なら良かった。さて、説明をしないとね」
セユンさんも別の水筒を取り出して一口飲む。
「この昇降機には幾つか一般人が知らない秘密があるんだ」
「秘密ですか」
「そう。まあ、ざっくり言えば軍事用だったり王族の為の秘密だな」
「ざっくりって言うよりハッキリ言っちゃってますよ?」
全くもってざっくりじゃない発言に、僕は苦笑混じりに思わずツッコミを入れると「あ、本当だね」と呑気に笑う。
……そこ呑気に笑う所?
「展開した魔方陣は、見られても安易に真似出来ない代物だから見ても構わないと俺は思うけどね。とは言っても軍事機密と決まっているから仕方なくグヴァイを護る為に“静夜”の魔術式を展開させて貰ったんだ」
歌と思ったのは呪文の詠唱だったのか。しかもあの静寂の中に包まれたのは僕の為。
何から僕を護るのかを話さないって事は、それも軍事機密って事なんだろう。
僕が黙っている事にセユンさんは小さく微笑み、話を続ける。
イルツヴェーグの昇降機は全て到着階が管理されていて、この昇降機も本来一番下となる階は一般市民専用出入口広場。
それを、今回は僕を目立たせずに騎士と同行出来る様に到着階を変更させられる魔術式を使用したのだと言う。
魔術式を使わずに途中で騎士専用昇降機に乗り換える方法もあるけれど、そもそも使用する為には騎士団発行の許可証が必要となる上に乗降の際に誰が使用したのか騎士団本部に画像の記録が残されてしまう。
要らぬ隙と問題を作らない為、乗り換え無しで着ける方法を取ったと言う訳だった。
しかも、聞けばこの魔術式は展開させるにはかなり複雑な上に魔力の消費も多く、上級位の魔術師や騎士隊でも隊長位以上の者しか使用の許可が降りない高難易度だと言う。
一介の騎士が展開させてはいけなかったのではないだろうか?
「セユンさんは隊長クラスじゃないですが、使用して大丈夫だったのですか?」
そう聞けば「あぁ、大丈夫」と笑顔で頷くけれど、何故か僕は背中が一瞬ゾクッと震える。
「魔力に関しては俺は魔術師にもなれる程保有しているから問題は無い。使用許可もね、交換条件を飲んでもらったんだ♪」
その交換条件とは一体どの様な内容なのか気になる。
けれど、セユンさんから不穏な空気がまた漂い出している……。
ちょっとだけセユンさんとの距離を取って見上げると、僕の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「グヴァイに怒っている訳じゃないから安心しろ♪」
……語尾の♪が怖いです。
僕がまた少しだけ後ろに下がろうとしたのが判ったセユンさんは「ははっ」と苦笑し、不穏な空気を霧散させる。
「怖がらせてごめんな。俺が恨んでいるのは団長に対してだから」
セユンさんは東の国境・メウハヤグムへは2年前に行っていて今年辺り北か南に行く可能性があったそうだ。
「それが、まさか指南役にされるとは思わなかったけどなぁ」
なんと、ラグリーサの件は実は全ての国境の隊にまで伝わっている有名な話となっていた。
常に現状よりも更なる強さを求め続けている騎士隊からすれば、かつて竜皇国一の剣士であった曾祖父から強さを認められたセユンさんは格好の指南役ではないか!と思われたのだそうだ。
以前から団長宛に「セユナンテ・ハヌテス・メグリーを出向指導に回して欲しい」と要望書も届いており、いずれ行かせる方向で考えていた所に今回の僕の件が入り、大変“丁度良い”と言う事でセユンさんの出向が決まった訳だった。
「……出向訓練は約3ヶ月間ひたすら訓練を行うかなり厳しい任務なんだ。いつも自分がいる場所とは異なる地でのものだから、得られるものは大きくて出向訓練自体は俺は嫌いじゃない」
ただ、本来出向任務が完了した後は所属地に戻り数日間休暇を貰った後に通常任務に復帰する。
なのに、セユンさんだけは王都へは戻らず休暇も無いまま西の国境・レンヴェーヌ領へ継続出向。と団長から手渡された任命書には記載がされていたのだ。
「え……?もしかして6ヶ月間休み無しなんですか!?」
「いや、訓練が主と言っても週に一日ぐらいは休日を設ける事が騎士団では規則として決まっているから、流石に一切休み無しはないとは思う」
けれど、一々王都へ戻る時間が勿体ないからと間を置かずに立て続けに2カ所も行かせるとか中々に鬼の所業である。
「はぁ」と深く溜息を吐いたままセユンさんは下を向く。
『これって、やっぱり僕の所為だよね?』
「あの……、」
申し訳ない思いになった僕が謝ろうと声を出したのと同時に昇降機がリーンと鳴る。
「着いたか。……グヴァイの所為じゃ無いからな」
立ち上がりながらそう言ってぽんっと僕は頭を軽く叩かれてしまった。
下を向いていても相手の心理を読むとか、相変わらず怖い職種だ……。
昇降機乗り場を出て騎士団専用出入口まで行くと、セユンさんと同じオンルーナフへの短期訓練に参加する女性騎士が僕等を待っていた。
驚いた事に、その女性はズナブサイラン団長の娘で名はレリチェーヌ・シュナン・ハトゥランダヤール。
上に兄が二人、下に妹が一人いて兄妹全員騎士団に所属しているのだそうだ。
僕は初めましてと思って挨拶をしたら、実は二度目ましてで去年の夏に騎士団が僕の実家に来た中にレリチェーヌさんも一緒に居たんだそうだ。
「とは言っても、私は君を愛でていた連中の外側から君を見ていたから君が私を覚えていないのは仕方が無いよ」
そう言って「ふふっ」と笑うレリチェーヌさんは本当に綺麗な女性で、僕の頬は自然と赤らんでしまう。
照れる僕に、セユンさんは「グヴァイも男の子なんだねぇ」なんて失礼な発言をしながらひょいと簡単に僕を抱き上げる。
去年からだいぶ背も伸びてきたし、筋力と共に体重だって増えているにも関わらずセユンからすれば僕は相変わらずとても細くて軽いのだそうだ。
「さて、出発しようか」
僕の荷物の肩掛け鞄はレリチェーヌさんが持ち、ザイトールじいちゃんから貰った剣だけを背負い直して僕はセユンさんの首に腕を回す。
「よろしくお願いします」
「あぁ。落とす事は絶対に無いけれど、しっかり掴まっているんだよ」
「はい。しっかり送ってきます」
「グヴァイ」
「はい」
「楽しんでいらっしゃい」
「はい!」
夜明けと呼ぶにはまだ早い星の瞬きが見える中、寮の門前でミフサハラーナさんに見送られながらセユンさんと馬車に乗り込む。
戸が閉まり、石畳の上から馬達の蹄と車輪の回る音が軽やかに響き出す。
僕の向かい側に座るセユンさんは、騎士隊服姿。
あの日、僕からの手紙を受け取ったセユンさんは所属の第二隊長及びズナブサイラン団長から僕を送り届ける許可をその日の内に得てくれたのだった。
僕は帰省を諦めかけていただけに、セユンさんの優しさに言い尽くせない感謝の気持ちで今も心が一杯になる。
「セユンさん、本当に有難うございます」
僕は、伝えたい気持ちが上手く纏められなくて、結局簡素な言葉と頭を深く下げるしかお礼を伝えられない。
そんな僕に、セユンさんは首を横に振って笑顔を見せる。
「グヴァイを助けてあげられる事は俺が嬉しいから良いんだ。……それに、そろそろオンルーナフへ行かなきゃならない順番が来そうだったしな」
セユンさんはまだ階級も高く無い騎士とは言っても、伯爵家の次男坊。それなりに貴族社会では顔と名が知られている。そんな人物が子供を連れて長距離移動等しては、近隣の領主達へ変な憶測を呼びかねない。
しかし、騎士団には年に2回任務としてサーヴラー国所属の全ての隊から各2名ずつ国境の駐屯所での短期訓練を受けると言うものがある。
それを使い、表向きは北の国境・オンルーナフへの短期訓練に向かうそのついでに途中通る村に帰省するソイルヴェイユの生徒を送り届けてあげる。と言う体を取ったのだ。
「でも、ヤフクから聞きましたよ。セユンさんは今回訓練を受ける側ではなくて指導する側だって」
ザイトールじいちゃんとの一戦の経験を糧に、日々己を磨き上げたセユンさんはたった一年で騎士団の精鋭達と肩を並べる程の実力者となり、他の隊から訓練指導を求められる人となっていたのだ。
「耳が早いなぁ。そうだね、まだまだ若輩者の俺がそれこそ実力者揃いのオンルーナフで指導するなんて烏滸がましい事としか思えないけれど、テイユファンランフさんからの教えは他の騎士達にとてもためになるからね。これを機に伝えられる様に頑張るよ」
そんな風に謙虚な物言いをするセユンさんだけど、あの時一緒に指導を受けたラグリーサの騎士達の向上振りは素晴らしく、後に他の駐屯地へ栄転した者が多かったとヤフクから聞いている。
だから、じいちゃんの本気を出させたセユンさんは本当はもうとっくに精鋭の1人だったのではないのだろうか?と秘かに僕は思っている。
「さあ、着いた」
昇降機前広場に馬車が到着する。
馬車を降りた僕達は、朝早くから馬車を出してくれたソイルヴェイユ専属の御者と馬達にお礼を述べ、昇降機乗り場の入り口を潜る。
「さて、グヴァイも慣れている通り今から昇降機に乗って階下へ向かうのだけど、中に入って座ったら俺が良いよって言うまで目と耳を閉じていて貰うが良いかな?」
「? …はい」
セユンさんの言葉の意味が僕は解らないけれど、きっと僕が知ってはいけない事をするのだろう。
頭に疑問符は浮かぶけれど、素直に頷く。
「うん、良い子だ。大丈夫、後できちんと説明はしてあげるからな」
僕の戸惑う表情を読んだセユンさんは、僕の頭を優しく撫でながら微笑む。
「………………」
相変わらず美丈夫スマイルの使い先が勿体ない人だ……。
僕に振り撒かないですれ違った際に振り返って頬を染めているお姉さん方に使えば良いのに。とは以前ヤフクが言っていた言葉。
最初ピンと来なかった僕だったけれど、この一年間でホームルームの仲間達が話す格好良い男になるにはとか女の子にモテるにはどうしたら良いかとかを聞いて意味を理解する。
セユンさんはかなり見た目が格好良いし性格だってモテる要素が多い男の人だけど、確かに僕に発揮しなくて良い。
しみじみ残念な人なんだなぁと思い直す。
「……今、失礼な事考えなかったかな?」
セユンさんは優しい笑顔なのに、背後からちょっとだけ不穏な空気を醸し出す。
「いいえ、全く。わかりました。セユンさんの言う通りにしますね」
同じくこの一年で身に付いた笑顔の仮面で僕は素早く誤魔化す。
「グヴァイ?」
追求を受けそうになったけれど、タイミング良く何処かの階で止まっていた昇降機が到着し扉が開く。
「はぁ。……なんかだんだん、カルズヤームに似てきてるよね。まあ、良いけどさ」
先にセユンさんが乗り込み、入り口の扉から一番遠い位置の椅子に僕を座らせると、右手で僕の両目を覆い左手を後頭部に添える。
聞き返したくなる様な事を言われたけれど、墓穴を掘りたくないので僕は口を噤んでおく。
「肩の力を抜いて、俺の手に頭を寄り掛からせて……。そう、そのまま目を閉じているんだよ」
言われるまま目を閉じ、背中を背もたれに預け、セユンさんの手の温かさを頭に感じながら力を抜く。
「メルバ・デゥヤグンドゥ・ハフザマナガヤダズ・モザラス」
聞き慣れない歌(?)が小さな声で頭の中に響く様に入ってくると、気付けば僕は静寂の世界に包まれていた。
目を閉じているから勿論暗闇の中ではあるけれど、身体は何か温かいものが抱き締めてくれている様な安心感があって、ちっとも怖いとは感じなかった。
『なんか懐かしい……。あぁ、セユンさんに抱き締められながら寝ていた時みたいなんだ』
フワフワと暖かくて気持ちが良く、僕はそのまま眠ってしまいそうだと思う。
「よし、もう目を開けて良いよ」
体感的には一分も経っていない気がした。けれど、ぼんやりと目を開ければ既に昇降機はだいぶ下の方へ移動をしている様だ。
「気分は悪くなっていないかい?」
セユンさんは隣に座ると、鞄から水筒を出して僕に手渡す。
「はい。特に何とも無さそうです」
一口だけ飲むと、それは爽やかな香りと甘酸っぱさを感じるエスリのジュースだった。
「なら良かった。さて、説明をしないとね」
セユンさんも別の水筒を取り出して一口飲む。
「この昇降機には幾つか一般人が知らない秘密があるんだ」
「秘密ですか」
「そう。まあ、ざっくり言えば軍事用だったり王族の為の秘密だな」
「ざっくりって言うよりハッキリ言っちゃってますよ?」
全くもってざっくりじゃない発言に、僕は苦笑混じりに思わずツッコミを入れると「あ、本当だね」と呑気に笑う。
……そこ呑気に笑う所?
「展開した魔方陣は、見られても安易に真似出来ない代物だから見ても構わないと俺は思うけどね。とは言っても軍事機密と決まっているから仕方なくグヴァイを護る為に“静夜”の魔術式を展開させて貰ったんだ」
歌と思ったのは呪文の詠唱だったのか。しかもあの静寂の中に包まれたのは僕の為。
何から僕を護るのかを話さないって事は、それも軍事機密って事なんだろう。
僕が黙っている事にセユンさんは小さく微笑み、話を続ける。
イルツヴェーグの昇降機は全て到着階が管理されていて、この昇降機も本来一番下となる階は一般市民専用出入口広場。
それを、今回は僕を目立たせずに騎士と同行出来る様に到着階を変更させられる魔術式を使用したのだと言う。
魔術式を使わずに途中で騎士専用昇降機に乗り換える方法もあるけれど、そもそも使用する為には騎士団発行の許可証が必要となる上に乗降の際に誰が使用したのか騎士団本部に画像の記録が残されてしまう。
要らぬ隙と問題を作らない為、乗り換え無しで着ける方法を取ったと言う訳だった。
しかも、聞けばこの魔術式は展開させるにはかなり複雑な上に魔力の消費も多く、上級位の魔術師や騎士隊でも隊長位以上の者しか使用の許可が降りない高難易度だと言う。
一介の騎士が展開させてはいけなかったのではないだろうか?
「セユンさんは隊長クラスじゃないですが、使用して大丈夫だったのですか?」
そう聞けば「あぁ、大丈夫」と笑顔で頷くけれど、何故か僕は背中が一瞬ゾクッと震える。
「魔力に関しては俺は魔術師にもなれる程保有しているから問題は無い。使用許可もね、交換条件を飲んでもらったんだ♪」
その交換条件とは一体どの様な内容なのか気になる。
けれど、セユンさんから不穏な空気がまた漂い出している……。
ちょっとだけセユンさんとの距離を取って見上げると、僕の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「グヴァイに怒っている訳じゃないから安心しろ♪」
……語尾の♪が怖いです。
僕がまた少しだけ後ろに下がろうとしたのが判ったセユンさんは「ははっ」と苦笑し、不穏な空気を霧散させる。
「怖がらせてごめんな。俺が恨んでいるのは団長に対してだから」
セユンさんは東の国境・メウハヤグムへは2年前に行っていて今年辺り北か南に行く可能性があったそうだ。
「それが、まさか指南役にされるとは思わなかったけどなぁ」
なんと、ラグリーサの件は実は全ての国境の隊にまで伝わっている有名な話となっていた。
常に現状よりも更なる強さを求め続けている騎士隊からすれば、かつて竜皇国一の剣士であった曾祖父から強さを認められたセユンさんは格好の指南役ではないか!と思われたのだそうだ。
以前から団長宛に「セユナンテ・ハヌテス・メグリーを出向指導に回して欲しい」と要望書も届いており、いずれ行かせる方向で考えていた所に今回の僕の件が入り、大変“丁度良い”と言う事でセユンさんの出向が決まった訳だった。
「……出向訓練は約3ヶ月間ひたすら訓練を行うかなり厳しい任務なんだ。いつも自分がいる場所とは異なる地でのものだから、得られるものは大きくて出向訓練自体は俺は嫌いじゃない」
ただ、本来出向任務が完了した後は所属地に戻り数日間休暇を貰った後に通常任務に復帰する。
なのに、セユンさんだけは王都へは戻らず休暇も無いまま西の国境・レンヴェーヌ領へ継続出向。と団長から手渡された任命書には記載がされていたのだ。
「え……?もしかして6ヶ月間休み無しなんですか!?」
「いや、訓練が主と言っても週に一日ぐらいは休日を設ける事が騎士団では規則として決まっているから、流石に一切休み無しはないとは思う」
けれど、一々王都へ戻る時間が勿体ないからと間を置かずに立て続けに2カ所も行かせるとか中々に鬼の所業である。
「はぁ」と深く溜息を吐いたままセユンさんは下を向く。
『これって、やっぱり僕の所為だよね?』
「あの……、」
申し訳ない思いになった僕が謝ろうと声を出したのと同時に昇降機がリーンと鳴る。
「着いたか。……グヴァイの所為じゃ無いからな」
立ち上がりながらそう言ってぽんっと僕は頭を軽く叩かれてしまった。
下を向いていても相手の心理を読むとか、相変わらず怖い職種だ……。
昇降機乗り場を出て騎士団専用出入口まで行くと、セユンさんと同じオンルーナフへの短期訓練に参加する女性騎士が僕等を待っていた。
驚いた事に、その女性はズナブサイラン団長の娘で名はレリチェーヌ・シュナン・ハトゥランダヤール。
上に兄が二人、下に妹が一人いて兄妹全員騎士団に所属しているのだそうだ。
僕は初めましてと思って挨拶をしたら、実は二度目ましてで去年の夏に騎士団が僕の実家に来た中にレリチェーヌさんも一緒に居たんだそうだ。
「とは言っても、私は君を愛でていた連中の外側から君を見ていたから君が私を覚えていないのは仕方が無いよ」
そう言って「ふふっ」と笑うレリチェーヌさんは本当に綺麗な女性で、僕の頬は自然と赤らんでしまう。
照れる僕に、セユンさんは「グヴァイも男の子なんだねぇ」なんて失礼な発言をしながらひょいと簡単に僕を抱き上げる。
去年からだいぶ背も伸びてきたし、筋力と共に体重だって増えているにも関わらずセユンからすれば僕は相変わらずとても細くて軽いのだそうだ。
「さて、出発しようか」
僕の荷物の肩掛け鞄はレリチェーヌさんが持ち、ザイトールじいちゃんから貰った剣だけを背負い直して僕はセユンさんの首に腕を回す。
「よろしくお願いします」
「あぁ。落とす事は絶対に無いけれど、しっかり掴まっているんだよ」
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