Summer Vacation

セリーネス

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夢の始まり3

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5分、いや恐らく3分間ぐらいは笑っていただろうか? 
久志は笑いながらベッドから転げ落ちたかと思ったら、仰向けのまま腹を抱えるようにしてゲラゲラと笑い続けた。 

「……あ~、腹痛ぇ。見ろよ、笑い過ぎて涙が出てるじゃねぇか」 

久志は腹を押さえながら起き上がり、スラックスのポケットから出したハンカチで涙を拭く。 
そんな久志とは反対に俺は訳がわからず、只呆然とその姿を見ているしかなかった。 
止まらぬ笑いの所為で、未だに小刻みに肩を震わせながら、久志は両手で軽く俺の両肩を叩く。 

「クックックッ……。だっ、駄目だ。面白すぎて笑いが止まんねぇ。話を理解しているのかと思えばどこか噛み合わねえし、顔が青いからおかしいなって思っていたら…。お前、何か勘違いしてねぇか?」 

俺は、久志の言っている事が何と無く飲み込めてきた。 

「……彰ぁ、俺は一体いつ野郎好きになったんだ?」 

「おっ、……お前が手を握ってきたり、見つめながら変な事を言ってくるからだろ!そ……それに、洋介や隆一の話にノッてこないし、そんだけ顔が良くてかなりモテるくせに彼女の1人も作らないじゃないか!」 

「阿呆」 

ようやく笑いが治まった久志は座り直し、俺に向き直る。 

「女なんかに現つを抜かしてる暇なんざ今の俺にはねぇんだよ。……てめぇが欲しいって言ったのは、俺のパートナーとして最適だと思ったからだ」 

「……パートナー?」 

「怪盗の、だ。……だいったい、てめえだって毎朝下駄箱に可愛い封筒が沢山入っているくせに女を作らねぇじゃねぇか。てめえこそマジ女に興味あんのかよ?」 

「なっ!何で俺の下駄箱の中を知ってんだよ!おっ、……俺は今はまだ彼女とか欲しいって思えないし、作った所で一緒にはいられないから断ってるだけだよ!……って俺の話はどうでも良いんだってばっ!!」 

いつも俺よりも後に来るくせに、何でそんな事を知っているのか驚いて、思わず話が脱線しそうになった。 
しかし、聞き漏らさなかった単語がある。 
怪盗?今久志は怪盗って言わなかったか?? 
しかも、俺がパートナーとして最適って……。一体、どういう意味だ? 

たぶんかなり間の抜けた顔で久志を見つめていると、久志は左手で頭をバリバリ掻きながら、俺の所為で言葉使いが昔に戻っちまった。と目の前で舌打ちをしながら悪態付いている。 
そういえば中等科の頃、久志は外見に似合わずかなり言葉使いが悪かった。 
頭が切れる分毒舌家なのは今も変わらないが、それに拍車をかける様に誰も寄せ付けない冷たく硬い雰囲気を出し、ひどく荒んでいた。 
おかげで柄も悪くなり、初等科から久志に想いを抱いたまま中等科女子棟へ上がった同級生達は、同窓会で再会した時皆ショックのあまり後で泣き出したらしい。 
……だが、いつのまにか雰囲気が柔らかくなり、今の話し方になっていた。 
何があって柄が悪くなったり良くなったりしたのか知らないが、元に戻って良かったと思った俺だった。 

「……何ボーッとしてんだよ」 

久志の顔を見ながら、つい過去を振り返ってしまっていた俺のおでこに、久志はでこピンを食らわす。 

「イッテェ……。何すんだよっ。お前があんまりふざけた事を言うからしばし理解に苦しんでたんだよ!」 

俺が額を擦りながら軽く睨むと、久志は「こいつは……」とでも言いたげな顔で溜め息を吐く。 

「真面目な顔をして冗談を言うか?……このが」 

「いきなり親友から怪盗のパートナーに最適だ。とか突然言われたら悪い冗談か気が触れたのかと思うのが当たり前だろっ」 

「……悪い冗談でも、俺の気がおかしくなった訳でもない。……彰、お前どこかで怪盗・怜悧れいりって名前聞いた事ないか?」 

知っている。ほんの1週間前にニュース番組が取り上げていた名だ。 

「……だいぶ昔から政界や芸能業界、それに一部の一般企業を怒らせている……と言うか、困らせている奴じゃないか。だけど、それがどうしたって言うんだ?」 

首を傾げる俺を見て、久志はニヤリと笑う。 

「それがだ」 

「…………………!?」

俺は言葉を失った。 
何か別次元の言語を聞いた気がして、思わず久志の額に右手を当ててしまっていた。 

「はぁ。……彰。お前、信じてないな?」 

久志は眉間にシワを寄せ、深くため息を吐き俺の手を額から外すとスッとベッドから立ち上がる。 

「ここでは細かい説明がしにくい、俺の部屋へ行こう。……っと、その前におまえの家に行かなきゃな。着替えを取りに行こう」 

そう言うと、トレーを手に持ちさっさと部屋を出て行く。 
俺もベッドから降りて久志の後を付いて行こうと立ち上がった。 

「あれ?」 

ふと自分の服を見ると、昼間着ていた道着ではなく、見慣れない淡いグリーンのTシャツに薄茶色のコットンパンツを着ている。 

「……それ、俺の」 

俺が聞くよりも早く、久志は部屋の入り口で振り返り答える。 

「道着のままだとシワが付いてしまうし汗臭いから、お袋が用意したんだ」 

久志は結構衣類や履く物にこだわるので、着ている服はとても着心地が良い。 

「ああ、どおりでなんか動きやすいと思った。……あれ?でも、変だな」 

「何がだ?」 

「ズボンが丁度良いんだよ。お前の方が背が高いはずなのに。……これ、昔着てた奴出してきたのか?」 

股がみの位置も丈の長さもまるであつらえたかの様に丁度良いのだ。 
それが本当なら何か、嫌だなと思いつつ軽く首をかしげる俺を見て、久志はまたニヤリと笑う。 

「あぁ、まあな。……今の俺のだとブカブカだろ?」 

「……………」
 
中等科へ上がったばかりの頃は、俺と久志の身長差は殆んど無かったのに今ではあり得ない程の差がある。
並んで立つと『小さいなぁ。顎を乗せるのに丁度良すぎ。早く大きくなれよ♪』としょっちゅう久志からからかわれている。 
 
「くっそ~っ!毎日煮干し食って牛乳だって1パック飲んでいるのに~!……って、あ~!?」

中等科3年の頃に成長期が終ってしまったのかと思う程何故か伸びない為、久志から顎乗せにされたり弟から抱き締められると俺は本当に涙が出てきそうになる。 

「……どうした~?」 

変な声を上げ突然立ち止まった俺を、久志は今度は何だ?と言いたげな表情で振り返る。 

「あ、あのさ……。だっ誰が、俺を着替えさせてくれたの?」 

「誰って。……たぶん姉貴?俺が帰宅した時にはもうその服装だったぞ?……で、何で顔が真っ赤なんだ?彰?」 

久志がニヤニヤ笑いながら俺を見てきたので、俺は慌てて弁解をした。 

「いやっ、あの、違うんだっ!……俺は、ただここ8年近く裸とか下着姿を女性に見せた事が無いから、……その、はっ、恥ずかしいって思っただけなんだ!!」 

「恥ずかしいって。……お前は純情乙女かっつーの!」 

久志はぷっと吹き出した。 

「まったく。彰は高校生になっても変わらないなぁ。いやぁ、ホント可愛いなぁ」 

「……なっ、てめっ!たった半年しか違わねぇのに何兄貴面してんだよ!つーか、その手はなんだ!バカにすんな!」 

久志がクスクスと笑いながら俺の頭を撫でてきたものだから、俺は久志の手を払い除けて憤慨する。 

「そう怒るなよ。悪かったって……。それよりも、“女性”って、お前お袋さん以外に女の知り合いなんていたのか?」 

「……お手伝いの香代さんに、小学生の頃は風呂入る時に替えの下着を出して貰ってたんだ」 

「あぁ、成る程ね。……そういや久しく香代さんに会ってないな。元気にしてるのか?」 

小等部の頃は、久志は頻繁に俺の家に遊びに来ていた。 
だから、勿論香代さんの事も知っている。 

俺達は香代さんの名が出たのをきっかけに、他愛もない昔話をしながら玄関へ向かう。 
途中、久志はキッチンにトレーを置きダイニングを挟んで隣のリビングの前を通る。すると、部屋の中にあるアンティーク調の長椅子に久志の母親がグッタリと横になっていた。 

「……喜美恵きみえさん、どうかしたのか?」 

おばさん、と決して言ってはいけない。 
誤って本人の目の前で言おうものなら、こめかみを両のこぶしで挟まれ、細身の身体とは思えない力でグリグリとされる恐ろしい刑が執行される。 
小さい頃、何度か誤って口にした時にその都度容赦無い貴美恵さんに無言の怒りを食らったもんだった。 
しかも、かなりの美人が笑顔でやるもんだから本気で怖いものがある。 
よって、例え本人に聞こえてなくても、本能的に名前で呼ぶように俺は擦り込まれた。 

「ん?ああ、部室でお前に投げられた時、背中を強くぶつけたらしいんだ。……大丈夫、そんな心配そうな顔すんなって。帰って来た後、良く効く薬を姉貴が塗ったって言ってたから、明日には元気になってるって」 

まさか、思いっきり投げた相手が貴美恵さんだったなんて……。 
あの時は知らなかったし必死だったとはいえ、青い顔で横たわっている姿に俺はとても心苦しくなる。 

「彰、今お前の腹だって痛くないだろ?それだってその薬のおかげなんだぜ」 

その場を離れる事が出来ずに貴美恵さんを見ていた俺に、久志は俺の腹を指差しながら優しく諭す。 
言われて俺はシャツをめくり腹を見ると、かなり強く殴られたはずなのに腫れ上がる事も無く少し赤くなっている程度。 
しかも触らないかぎりその赤い部分に強い痛みを感じない。 

「凄い薬だな」 

ジッと腹を見ている俺を久志は軽く笑った。 

「安心したか?」 

「あぁ」 

「……ま。お前が長時間目覚めなかったのは、姉貴が作った睡眠薬の所為なんだけどな。ホント、よく分量間違えるから困るよ。無事に目が覚めて良かったな」 

「えっ!?」 

さらっと久志は怖い事を笑いながら言ったものだから、一瞬聞き間違えたかと俺は思った。 
しかし、本当によくある事なのか、言った久志自身はあまり気にしていない感じでいる。 

「……永遠に、目覚めないなんて事もあるのか?」 

恐る恐る久志に聞いてみる。 

「ぷっ!……なんて顔してんだよ!そうじゃねぇよ。分量間違えると人によって頭痛や吐き気、あとは倦怠感や熱が出る様な副作用が起きる時があるだけだよ」 

俺が目を覚ました時に、久志が手を額に当てたり具合を心配したのはそういう理由だったのか。 

しかし…… 

『……だけって簡単に言う割りには嫌な副作用だなぁ』 

なんとも無かった体に本気で心底感謝した俺だった。 
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