最後の人生は⋯。

maruko

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9 星に問う

 カイラスク王国
 イシュエルの始まりはその国だった。
 前世のイシュエルが生きていた頃から経過した年数は定かではないが、おそらく百年単位だと思われる。何故ならカイラスク王国は獣人の国だった。
 国王は獅子の獣人で、前世のイシュエルはカイラスク王国の公爵家の出自で狼の獣人だった。
 あの頃のイシュエルの名はアンゼリカ、周りにはアンと呼ばれていた。
 兄をつがいと認識した始まりの国。
 国名が変わっていないのが不思議な気持ちになる。

 あの時人間族と呼んでいた者達の襲撃は、今では当たり前にある銃や大砲を用いてカイラスクに攻めてきた。鋭い爪や強靭な牙で戦う獣人たちに為すすべはなく、たちまち劣勢に陥った。そして公爵家にも人間の兵士が銃を持ってやってきた。嫡男である兄は勇猛果敢に戦おうと前に出たその時、イシュエルアンゼリカは兄の前に自然と体が動き銃弾に倒れた。
 最期は兄に抱かれて息絶えたが、その瞬間を待ちわびてもいた。それは兄が番だったという苦しみから解き放たれた時でもあったから。

「もう苦しまなくてすむ」

 アンゼリカはそう思って幸せだった。

 その次の輪廻からは全てがブレイド王国この国に生まれた。平民の時も子爵令嬢だった時も、カイラスク王国ではなかった。

 だから隣国の歴史など調べてもいない。
 アンゼリカが死んだあと獣人は殲滅したのか、人間の王が誕生したのか、何故国名が変わらないのか、わからないまま輪廻を繰り返している。

 イシュエルとカイラスク王国の王太子との婚約が決まったという。
 繰り返すこと4回目で初めてかつての祖国と関わりを持つことになったイシュエルは、胸の中で言いしれない不安が押し寄せ波を打つ。
 順調に行けばその王太子と婚姻してイシュエルは隣国へと行くことになる。
 4度目の人生で物理的に兄と離れようとしたけれど叶わなかったが、今世は大丈夫だろうか?無事に嫁げるのだろうか?

 (無事に嫁げたとしてもお兄様へのこの想いは断ち切る事ができるのでしょうか?)

 自室から見える夜空の星にイシュエルは問いかけた。


 ◇◇◇


「姫様、これでよろしいですか?」

 侍女ソフィアの問いかけにイシュエルは頷いた。
 明日は兄の学園の卒業式だ。
 来年からリヒトールと学園に通い始めるイシュエルとはすれ違いになる。
 寂しくもあるがホッとする気持ちもある。
 すれ違ってくれるからこそ顔を合わせる機会が減る、そうすれば恋こがれて苦しむ時間が少しでも減ってくれるのだから、兄が学園に通っていたこの3年間はイシュエルに少しだけ心の安寧を与えてくれた。
 イシュエルは今14歳、あと2週間ほどで15 歳になり学園に入学する。

 春生まれのイシュエルは春を告げるという名を国王からつけてもらった。
 だがその名の通りとはいかなかった、何もその目に映さない瞳は暗く顔は常に無表情。
 周りからは『氷の王女』と揶揄されていた。

 王女に通り名をつける不敬を誰が広めたのかはイシュエルにはわかっていたが、どうでもいいと思っていた。
 リヒトールは悔しそうに否定してくれていたが、それはイシュエルが止めた。
 もうどうにもならないほどに兄の婚約者であるソフィアとの溝は深く広がっていた。
 ひょっとしたら彼女はイシュエルのへの思いを感じ取っているのかもしれない。それならイシュエルの一番の理解者はソフィア彼女であるかもしれない、イシュエルはそう思っていた。

 思っていたけれど口には出せない。

 出すほど彼女と話すわけでもないし、彼女がイシュエルを侮っている事を肯定しようとも思わない。

 それでもイシュエルは今世は兄に纏わりつかないように気をつけていた。
 それは、これ以上兄を好きになりたくなかったのもあるが、婚約者であるソフィアへの配慮でもあった。

 だけどこれだけは渡すのを許してほしい。

 カリムトロに懇願されたのだ。

『卒業祝いにイシュエルの刺繍したものが欲しい』

 それから1ヶ月丁寧にひと針ふた針と刺した。
 この国の紋章“鷹と百合”それを上質な布を銀色に染めたクラバットに刺していった。なかなかの出来栄えだと、普段は何にも熱を持たないイシュエルが珍しく熱心に刺した刺繍だった。
 ラッピングは上手に出来なかったので侍女に頼んだ。

 出来上がったその祝いの品を眺めながら、兄にいつ渡そうかとイシュエルは思い悩んでいた。



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