私はわたし─存在しなくても生きてます─

maruko

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「はっ?」

「ですから、そちらのご令嬢のご尊父?様の画策により、私達の婚姻届は“落し物”として、シュール家に届けられておりましたの。それを貴方のお母様は、出すに及ばずと放って置いたそうですわ」

「な!」

 そうなのだ。
 マルシェとサミュエルの婚姻証明書は、結婚式の時に教会の司教様より証明されて渡された。それを国の機関に届けて承認されれば、晴れてご結婚おめでとう!となるのだが、出したあと落し物として家に戻ってきたというわけだ。

 そしてどうやら宰相の娘との婚姻に乗り気だったシュール家の女主人、サミュエルの母は、その“落し物”を誰にも言わずに握り潰していた。

 新婚3ヶ月で夫サミュエルとサミュエルの父は、国の命により魔物討伐の部隊に緊急に配属された。
 親子は別々の部隊にいる為、サミュエルの父親はこの事を知らない。

 残されたマルシェは、この一ヶ月の間、シュール家で義母と一時的に出戻った義姉に、散々いびられた。部屋すら屋根裏部屋に移動もさせられ、ほぼ軟禁状態だった。
 手紙すら送らない新妻を怪訝に思わないのか、一度も帰ってこないサミュエルに、そろそろ愛想が尽きかけてもいたが、それでも一生を添い遂げると誓った相手だからと、なけなしのちょっぴり残った愛情をよすがに耐えていた。

 だが、追い出された日。
 その出されなかった書類を目の前に突きつけられ、マルシェの心は折れたのだ。

 シュール伯爵家からは馬車なんて出してもらえない。
 マルシェの父が用意してくれた花嫁道具は、部屋に戻ってみたけれど、何一つ残っていなかった。
 屋根裏に移動させていた、少ない服をかき集め鞄に詰めて、トボトボと伯爵家を後にした。
 やっとの思いで、王都の辻馬車乗り場まで辿り着いたときに、目の前が真っ暗になって意識が遠のいた。

 そして目覚めた時、妊娠の事実を告げられ、序に前世を思いだしたのだ。

 心は折れたけど、子供の事もあったから、なんとか奮い立たせて、サミュエルと相談しようと思い訪ねてきたのに、彼は浮気の真っ最中。

 前世の記憶は曖昧なのだけど、私何か罰が当たるような事をしていたのかしら?と、マルシェは心の中で独り言ちた。

 マルシェの話を聞いたサミュエルは、突然椅子から立ち上がり土下座を始めた。
 そしてマルシェに涙ながらに詫び始める。

 それを一瞥するマルシェ。
 困惑しているのはミルフィだった。

「サミュ何やってるの?謝る必要ないじゃない!だって私達の間にこの女が割り込んだのよ!」

「そんな事実はない!なんだよ!私達の間って。お前と俺はただの幼馴染だ。婚約の打診もずっと父上が断ってくれてたのに。それで察しろよ!俺はお前を何とも思っていなかったって!」

「そんな!酷い!うっ!」

 涙を溢しながら酷い酷いと嘆くミルフィだが、その点だけはサミュエルに同情するマルシェだ。
 彼女は幼い頃に見目麗しいサミュエルに一目惚れしてから、ずっと「好き好き」口撃を繰り返していた。
 幼馴染と言っても、サミュエルはミルフィに何の気持ちも持てなかったし、世間で言うところの妹みたいなんて気持ちすら、思わなかったそうだ。
 それなのに野心満々のシュール伯爵夫人(サミュエルの母)によって、幾度となく会わされていたそうだ。
 これは学園生の時、マルシェがサミュエルの友人から聞かされた彼の黒歴史らしい。だがそれも今更だ。既には合体している。

 学園生時代、サミュエルはマルシェに一目惚れしたと言って告白してきた。
 あまり異性に耐性もないマルシェだったが、結婚はサイゼット王国以外の人とするのが、いいと思っていたから前向きに検討していた。
 何度も何度も執拗くアタックされて、マルシェはとうとう絆された。

 そして結婚に至ったのだが、マルシェの出自を正確に知っているのは、シュール伯爵とサミュエルだけだ。

 表向きマルシェは、父が最初に引き取った時のまま、ラグレイド公爵家の養女となっている。それは、王妃陛下とも話をして、過去の醜聞にマルシェを巻き込まない為の処置だった。
 それでもサイゼット王国内であれば、元王太子のラグレイド公爵と同じ髪色を持つマルシェが、ひとたび社交界に出たら何を言われるか分かったものじゃなかった。

 それでも父は、シュール伯爵家でマルシェが侮られないようにと、本当の出自を伯爵とサミュエルには告げてくれたのだ。

 二人がいればマルシェは大事にされただろう。

 過去の醜聞など何もなければ、マルシェはサイゼット王国の王女なのだ。

 それは秘密裏にサイゼットの王妃陛下は認めてくれている。国王に秘密にしているのは、彼が知れば必ずお披露目されてしまうからだ。
 それを避けたい為、秘されている。
 ひょっとしたら国王は気づいているかもしれないが、自身の子であるラグレイド公爵が、言わない事をいい事に、知らぬふりを通してくれているのかもしれない。
 何故ならマルシェに国王からこっそり誕プレが届いていたからだ。

 そんなマルシェに無礼な事を仕出かした、この国の宰相とシュール伯爵家。
 この先どうなるのだと、サミュエルが慄いたのはしょうがないだろう。
 現に土下座のサミュエルの肩はかなり小刻みに震えていた。







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