ミリアーナの恋人

maruko

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 父から、母はミリナが幼い頃に亡くなったとしか聞かされていなかった。母が何故亡くなったのか、病気か事故か、そんな事も教えてくれなかった。聞いたら悲しそうな顔をするからミリナは父の気持ちを慮ってそれ以来聞くのは止めた。遊んでいる時に友達が両親の馴れ初めや祖父母の事など話していた時も、ミリナだけはそれをニコニコと聞くだけだった。だって何も知らないのだから。でもそういえばアンナは両親の馴れ初めを言っていたような記憶がある、あまり覚えていないがきっと父とあの赤髪の女性の事だったのだろうと今ならわかる。

 ただミリナにもひとつだけ祖母らしき人について不思議な記憶とそれに伴う品も持っていた。あの記憶の言葉があの時はよくわからなかったけれど、今こんな事になってあれには意味があったのだと理解できた。

 急いで家に帰り自分の部屋に駆け込み、秘密の隠し場所を探った。最初はクローゼットの奥に入れていたけど、クローゼットは古くなり扉が半分外れてしまって父に頼んだがお金がないから買い替えも出来なかった。そこにお小遣いを貯めていたがちょくちょくなくなるので隠し場所を変えたのだ。この場所なら父は気づけない。
 犯人は父だと思ってもミリナは詰れなかった、少ない給金でミリナを男手一つで育ててくれていたから、父娘なのにミリナは父に対して遠慮があった。
 でもそれが今日根底から覆った。
 腸が煮えくり返る思いで秘密の場所をゴソゴソとひっくり返していく。
 そして奥底にしまったを手に取った。
 それから鞄に下着と服を詰め込んだ。
 秘密の場所から貯めてたお小遣いも財布代わりの袋に入れ直す。念の為クローゼットに置いたダミーのお金の袋を見るとやはり入っていなかった。笑える。
 もうここに帰ってくることはないとぐるりと部屋を見渡すと髪飾りが目に入った。
 手に取りどうしようかと考えた、これは父からの誕生日プレゼントだ、昨日までのミリナはこれをとても大切にしていた。
 散々悩んで置いていくことにした。

 家を出て隣町の教会に行くために辻馬車に乗る。
 固い座席に座り上を向く、堪えていた涙が落ちそうで、鉱夫のおじさん達の真似をして疲れたふりをしてタオルを目に乗せた。
 涙はタオルが吸ってくれる。
 アンナの頭を撫でる父、抱き着いていたアンナを抱き返す父、お小遣いをアンナの手に乗せてニコニコしている父、全てミリナが初めて見る父だった。

 愛されていなかった、それを痛感した。

「私にはお父さんしかいなかったのに、アンナにはお母さんがいるじゃない」

 悔しかった。
 唯一頼れるはずの父に愛されていなかった事を愛されているアンナに突きつけられたことが、胸の奥から黒い感情が湧き出るほど悔しかった。

 もうすぐ成人を迎えるミリナは子供っぽい感情だとわかっているものの、涙はあとからあとから溢れ出て止まる気配は微塵もなかった。

 ふと肩を叩かれた。

「えっ?誰?」
 と思った瞬間「終点ですよ、降りてもらわないと」と声をかけられた。
 どうやらミリナは泣き寝入りしてしまっていたようだった。慌ててタオルを顔から外し起き上がる。

「えっここ何処?」

「終点ですよ」

「すみません、ラクスは?」

「ここもラクスだけど、何処に行くつもりだったの?」

「ラクスの教会です」

「あ~乗り過ごしたのか、もっと早い馬車なら折り返すんだけど、これ今日泊まりだから明日の朝にならないと動かせないんだ」

 親切な御者は丁寧にミリナに説明してくれた。因みに教会まで歩くには2時間はかかると言われる。辺りは夕暮れ時で、今から歩いても途中で真っ暗になるから止めとけと言われた。

「この辺って宿屋ありますか?」

「あるけどあんまりおすすめ出来ないなぁ、ちょっと待ってて」

 御者が降りて何処かへ行ってしまった。ミリナは自分が情けなくなる。激高して飛び出したはいいがすぐ様他人に迷惑をかけるなんて!
 お薦め出来ない宿屋でもそこに泊まるしか方法はないのでは?と考えていたら、御者が年配の女性を連れてきた。

「あんたかい、乗り過ごしたって女の子」

「あっはい、そうです」

「家に来るかい?大したものは出せないけどベッドは空いてるよ」

「えっと⋯」

 悪い人には見えない。きっと困ってる私を助けようとしてくれているのだと分かる。そうミリナは思ったが、今のミリナは誰も信じる事が出来なかった。

「無理にとは言わないよ、娘の部屋が空いてるんだ、そこは鍵がかかるから、食事も途中で何か買って部屋で食べたら?」

 年配の女性はミリナの心が読めるのか、そう提案してくれた。ミリナは有難く申し出を受けることにした。

「ありがとうございます、お世話になります」

 女性はハンナという名前で、彼女は辻馬車の待機所で賄い係として雇われていた。勤務時間が終わって帰るところだったそうだ。
 家は近くで直ぐに部屋に案内してくれた。部屋の中はベッドとタンス、机などが置かれていたけれど、棚にも本一冊残ってはいなかった。

「よいしょ、ごめん開けてくれるかい」

 部屋の外からハンナの声がして開けると手にはシーツと枕、掛布を持ってきてくれていた。

「これ使って、洗ってあるけど急だから干してはいないんだ、でもこれしかないから」

「いえありがとうございます、さっきは変な態度でごめんなさい」

「⋯まだ信用しない方がいい。私も昔家出してこの土地に辿り着いた、ここに来るまでに何度も何度も騙されたんだ。疑ってかかるくらいが丁度いいんだよ、命まで取られたら取り返しがつかない」

「⋯⋯⋯はい」

「名前も本当の名前じゃなくてもいいし言わなくてもいいよ。あっそれと明日の朝は7時出発だから」

「わかりました」

「あぁおやすみ、それちゃんと食べてから寝るんだよ。腹が減ってたら変なことしか考えられないからね」

 思いがけずハンナという女性と知り合えて、さらっと過去を聞いた、何だか仲間ができた気分にミリナはなった。
 言われたとおりに、ここに来るまでにパン屋で買ったミルクと白パンをお腹に入れて、ミリナは朝までぐっすりと眠った。




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