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第三章 葛藤
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ライレーン王国で高位貴族通しの婚姻は王太子以来だった。公爵家と侯爵家の婚姻は王都の端に、その荘厳な佇まいに圧倒される様に聳え立つ大聖堂で行われた。
先日ユリアーナの胸で「独身最後の涙よ」と言ったエンバーは、上品な光沢のシルクのウェディングドレスに身を包み、しゃなりしゃなりと渋い臙脂の絨毯の上をカッシード侯爵と共に花婿の元へと歩いている。
王族席に座るダイナスは真っ直ぐ前を見て花嫁を見つめていた。その視線がユリアーナは、つい気になったが彼は見事に隠しきっていた。
誓いの口づけの時にも視線は外さないダイナスの精神力にユリアーナは脱帽せずにはいられなかった。
隠すなら最後まで。
先日の父の言葉がユリアーナの胸に蘇る。
『幸せになる為に結婚するのではなく、結婚してから幸せになるの』
カッシード侯爵夫人の深い言葉の意味を、ユリアーナに教えてくれたのは意外にも父ユリシーズだった。
あの日エンバーはロッサルト公爵家にお泊りした。突然のユリアーナの申し出で戸惑うエンバーだったが、直ぐに了承してくれた。
エンバーの着替えを届けに来たカッシード侯爵家の執事に「独身最後の我侭よ」とエンバーは言っていたが「多くないでしょうか?」と言われていたのを聞くと、エンバーはこの台詞を何度も使っているようで、ユリアーナは笑ってしまった。
二人でユリアーナのベッドに寝転がり沢山の話をした。
今まで言えなかったエンバーは積を切ったように胸の内をユリアーナに吐露した。
ダイナスとの出会いから始まり、好きだと気付いた経緯、ダイナスも同じ気持ちだとわかった時の歓喜した時の気持ち、それでも婚姻が叶わない非常な現実に打ちのめされた時の気持ち、誰かに相談したくても王族のダイナスの事だから迂闊には言えなかった事。
そんな話をエンバーはユリアーナに話してくれた。
せめて自分には言ってほしかった、と言ったユリアーナにエンバーはユリアーナだからこそ言えなかったと言い難そうに言うのを聞いて、あぁそうか、オスカーとの事を気にしてくれて遠慮したのだと、ユリアーナは自分の気持ちばかりで周りが見えていなかったのだと改めて反省した。
「ダイナス様の事はかなり早くに諦めは付いていたの、それなのに如何してか折りにつけ気持ちが出てくるのよ、もう腹が立って腹が立ってしょうがなかったわ」
エンバーが必死に忘れようとしている時に限ってダイナスが構ってきて困ったのだと彼女は言った。そして決心したようにユリアーナの目を見つめたが、その時ユリアーナはエンバーが何を言いたいのか分かってしまった、そしてそれが正直なエンバーの気持ちだと思った。
「リーア、怒らないでね」
「怒らないわ。私今思ったのだけど、エンバーはあの時のマリアンナの気持ちが分かるのね」
「⋯っ」
エンバーは言葉に詰まってそして悲しそうな顔をしてユリアーナを見つめていた。
学生時代よくエンバーはオスカーに憤っていた、勿論親友の気持ちを考えて怒ってくれたのだろう、だけどそこには自分と同じ様な立場のマリアンナの心を慮ってもいたのだと理解した。
きっとあの頃、マリアンナは必死でオスカーへの気持ちを隠そうと努力していたのだろう、ただユリアーナがオスカーとマリアンナを見つめ過ぎて気付いてしまったのだから、マリアンナの努力は無駄に終わってしまっていた。
そしてどうして今あの頃のエンバーやマリアンナの気持ちがわかるのか、ユリアーナは気づいてしまった。
もう認めてしまうしかないように思えた。
「エンバー、気持ちって隠す努力って如何すればいいのかしら?」
「リーア⋯⋯貴方オスカー様には隠していたでしょう?」
「うーん、あの時は意識せずに隠せたの、努力というより考えないようにしていたのだけど」
「誰か気になる人が居るのね」
「⋯⋯多分、まだ間に合うって思っているのだけど、思えば思うほど顔が浮かぶから何だか無理そうで挫けそうなの」
「抑えなければいけない御方なの?」
「⋯⋯⋯婚約者がいらっしゃるの」
「⋯⋯⋯そう」
その後、エンバーは何も言わなかったしユリアーナも何も話さなかった。
この気持ちはいつか忘れる事ができるのだろうか?
その方法を教えてくれたのは、当の本人なのだからユリアーナは、その事も考えて泣きたくなる。
「時間は薬にもなるんだよ」
あの時のシモンのアドバイスを思い出してユリアーナは考える、時間以外にこの気持ちを消す薬はないのかしら?
そしてまたまた気付いた。
ユリアーナはオスカーの事を考えなくなってきていることに。
彼と会わなくなってまだ半年しか経っていない、半年シモンと会わなければこの気持ちはなくなるのかしら?
隣で静かに眠るエンバーの寝顔を見ながらユリアーナも目を閉じた。
式が終わった後、あの日の夜の語らいをユリアーナは思い出していた。
そんなユリアーナを安心させるように隣の父が呟いた。
「素敵な結婚式だったね、次期公爵夫人は幸せになれるよ」
「⋯⋯そうね、幸せになる努力をエンバーも小公爵もきっと怠らないわ」
ユリアーナは親友の幸せを願い心からエールを送った。
(エンバー頑張れ!)
先日ユリアーナの胸で「独身最後の涙よ」と言ったエンバーは、上品な光沢のシルクのウェディングドレスに身を包み、しゃなりしゃなりと渋い臙脂の絨毯の上をカッシード侯爵と共に花婿の元へと歩いている。
王族席に座るダイナスは真っ直ぐ前を見て花嫁を見つめていた。その視線がユリアーナは、つい気になったが彼は見事に隠しきっていた。
誓いの口づけの時にも視線は外さないダイナスの精神力にユリアーナは脱帽せずにはいられなかった。
隠すなら最後まで。
先日の父の言葉がユリアーナの胸に蘇る。
『幸せになる為に結婚するのではなく、結婚してから幸せになるの』
カッシード侯爵夫人の深い言葉の意味を、ユリアーナに教えてくれたのは意外にも父ユリシーズだった。
あの日エンバーはロッサルト公爵家にお泊りした。突然のユリアーナの申し出で戸惑うエンバーだったが、直ぐに了承してくれた。
エンバーの着替えを届けに来たカッシード侯爵家の執事に「独身最後の我侭よ」とエンバーは言っていたが「多くないでしょうか?」と言われていたのを聞くと、エンバーはこの台詞を何度も使っているようで、ユリアーナは笑ってしまった。
二人でユリアーナのベッドに寝転がり沢山の話をした。
今まで言えなかったエンバーは積を切ったように胸の内をユリアーナに吐露した。
ダイナスとの出会いから始まり、好きだと気付いた経緯、ダイナスも同じ気持ちだとわかった時の歓喜した時の気持ち、それでも婚姻が叶わない非常な現実に打ちのめされた時の気持ち、誰かに相談したくても王族のダイナスの事だから迂闊には言えなかった事。
そんな話をエンバーはユリアーナに話してくれた。
せめて自分には言ってほしかった、と言ったユリアーナにエンバーはユリアーナだからこそ言えなかったと言い難そうに言うのを聞いて、あぁそうか、オスカーとの事を気にしてくれて遠慮したのだと、ユリアーナは自分の気持ちばかりで周りが見えていなかったのだと改めて反省した。
「ダイナス様の事はかなり早くに諦めは付いていたの、それなのに如何してか折りにつけ気持ちが出てくるのよ、もう腹が立って腹が立ってしょうがなかったわ」
エンバーが必死に忘れようとしている時に限ってダイナスが構ってきて困ったのだと彼女は言った。そして決心したようにユリアーナの目を見つめたが、その時ユリアーナはエンバーが何を言いたいのか分かってしまった、そしてそれが正直なエンバーの気持ちだと思った。
「リーア、怒らないでね」
「怒らないわ。私今思ったのだけど、エンバーはあの時のマリアンナの気持ちが分かるのね」
「⋯っ」
エンバーは言葉に詰まってそして悲しそうな顔をしてユリアーナを見つめていた。
学生時代よくエンバーはオスカーに憤っていた、勿論親友の気持ちを考えて怒ってくれたのだろう、だけどそこには自分と同じ様な立場のマリアンナの心を慮ってもいたのだと理解した。
きっとあの頃、マリアンナは必死でオスカーへの気持ちを隠そうと努力していたのだろう、ただユリアーナがオスカーとマリアンナを見つめ過ぎて気付いてしまったのだから、マリアンナの努力は無駄に終わってしまっていた。
そしてどうして今あの頃のエンバーやマリアンナの気持ちがわかるのか、ユリアーナは気づいてしまった。
もう認めてしまうしかないように思えた。
「エンバー、気持ちって隠す努力って如何すればいいのかしら?」
「リーア⋯⋯貴方オスカー様には隠していたでしょう?」
「うーん、あの時は意識せずに隠せたの、努力というより考えないようにしていたのだけど」
「誰か気になる人が居るのね」
「⋯⋯多分、まだ間に合うって思っているのだけど、思えば思うほど顔が浮かぶから何だか無理そうで挫けそうなの」
「抑えなければいけない御方なの?」
「⋯⋯⋯婚約者がいらっしゃるの」
「⋯⋯⋯そう」
その後、エンバーは何も言わなかったしユリアーナも何も話さなかった。
この気持ちはいつか忘れる事ができるのだろうか?
その方法を教えてくれたのは、当の本人なのだからユリアーナは、その事も考えて泣きたくなる。
「時間は薬にもなるんだよ」
あの時のシモンのアドバイスを思い出してユリアーナは考える、時間以外にこの気持ちを消す薬はないのかしら?
そしてまたまた気付いた。
ユリアーナはオスカーの事を考えなくなってきていることに。
彼と会わなくなってまだ半年しか経っていない、半年シモンと会わなければこの気持ちはなくなるのかしら?
隣で静かに眠るエンバーの寝顔を見ながらユリアーナも目を閉じた。
式が終わった後、あの日の夜の語らいをユリアーナは思い出していた。
そんなユリアーナを安心させるように隣の父が呟いた。
「素敵な結婚式だったね、次期公爵夫人は幸せになれるよ」
「⋯⋯そうね、幸せになる努力をエンバーも小公爵もきっと怠らないわ」
ユリアーナは親友の幸せを願い心からエールを送った。
(エンバー頑張れ!)
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