【本編完結】婚約を解消いたしましょう

maruko

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第三章 葛藤

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 朝一番の列車の出発を待つ人は疎らだった。
 ホームで父の右手を両手で握り心を込める。
 (お父様の気持ちがお母様に届きますように)

 ユリアーナが祈る気持ちが分かったのか、ユリシーズは左手をユリアーナの手に重ねて、娘の手を優しく撫でて彼女のエールに心で答える。
 (頑張ってくるから)

 ユリアーナはアトルスに戻らない事を選択した。

 ユリシーズは如何して娘がその選択をしたのか敢えて聞かなかった。ただアトルスで何か娘の心に変化を齎す事があったのは間違いないと感じていた。

「じゃあ行ってくる」

「お気をつけて⋯⋯お父様」

 出発の合図で汽笛がなる、乗り込む父の背を見つめ、頑張って!頑張ってお父様、お母様を連れて帰ってきてね。そう心の中で父にもう一度念押しのエールをユリアーナは送っていた。

 汽車が行きホームに取り残されたユリアーナは、あの日の父の寂しさを実感した。

 表に待たせた馬車に乗りユリアーナは今から領地へと視察に行くことになっている。
 ロッサルト公爵領にはまだレールを轢いていない。

 検討したいが予算がどれくらいかかるのか、まだ勉強不足でユリアーナは把握していなかったが、領地に着いた頃には絶対にレールを通すんだ!と意気込んでいた。何故なら、2日間の馬車旅は思ったよりも腰と臀部に負担を掛けることを知ったからだった。


 ◇◇◇


 ユリアーナが向かったのは公爵領でも比較的裕福な一帯で、領都と呼ばれる街に一旦落ち着いた。

 そこにはロッサルト公爵家のカントリーハウスがある。
 他の街では少ない傘下の貴族に任せている街もあった。ロッサルト公爵家は、国の財政を支える程の広大な領地を賜っているにも関わらず傘下の貴族は少ない。
 ユリシーズが徒党を組むのを好まない性格も理由にあるが、子がユリアーナ一人になるとは思わなかったという理由もあった。
 嫡子以外の子にも領地を分割して治めさせるつもりだったのだ。

 だがユリシーズの思惑は外れてしまい、広大な領地はユリアーナ一人の肩に重くのしかかっていた。

 ユリアーナは領地の地図を広げるたびにプレッシャーと戦わなければならない。
 そして最近は現実を見つめるようにもなった。

 もうすぐユリアーナは19歳になる。
 何時までもオスカーへの失恋に落ち込んでいる場合でも、シモンへの恋心に現を抜かしてる場合でもなかった自分の立場に気付かされ打ちのめされる。

「早くお相手を探さないと行けなかったのにね」

「えっ?」

 領地に赴きカントリーハウスの執事に目を付けていた村へと案内してもらう途中、ユリアーナの心の声が大きく漏れてしまって執事は何事かと目を見開いていた。

「お嬢様?」

「ごめんなさい、何でもないわ。まだ着かないかしら?」

「もうすぐですよ」

「そう、やっぱり地図だけでは分からないこともあるわね。道の整備が古くなってるわ」

「旦那様もお忙しいのでなかなか目が行き届きません。この辺は傘下の代官を入れてませんから」

「そうね」

 あまり裕福な土地ではない村に向かう途中の道は過去に一度整備をしていたはずだが、メンテナンスが行き届いて居らず、敷き詰めた筈の煉瓦が所々浮いているようで馬車の乗り心地がかなり悪くなっていた。
 こんな道では商人もあまり行きたがらないだろうと、ユリアーナは持参したノートに書き記すが、揺れでかなり字が歪んでしまいペンを持つ手に力が籠もる。

 それから30分程で目的地に着いた。
 領都からそれ程離れていないのに村は寂れてしまっているのが、馬車を降りて直ぐに分かった。

 村には50人ほどの領民が住んでいると村長に教えられながら、目的の場所まで案内して貰った。

 薬草園にする予定の土地は、やはりカラカラに乾いていて村長の目には嘆きが浮かんでいた。

 ユリアーナは手で土を少量取り揉み上げてみる。

 その仕草がシモンがしていたのと同じだと思い出し、またもや浮かぶシモンを苦々しく思う。勝手にユリアーナが思い浮かべたくせにシモンもいい迷惑だろう。

 馬車の後ろから着いてきていた荷馬車から、いくつかの苗を使用人達が運びこんでいた。

「村長、これを育ててみてくれるかしら?ここに育て方の注意事項が記してあるわ」

 ユリアーナが苗と合わせて数枚の説明書を渡すと、村長は熱心にそれを読んでいた。
 その間にもどんどんと苗が運び出されて、その様子を見物に来た村民達の目に希望が浮かぶのをユリアーナは感じた。

「これは水無で育つのですね」

「そうよ、でもね肥料が必要なの。肥料も持ってきたけれど、おそらくそれはここでも作れるでしょう、合わせてそれも仕事になるわ。始めは公爵家からも人を手配するけれど、行く行くは村でこの畑を管理して欲しいの」

 村長はユリアーナの言葉に涙が溢れてきた。

 生まれも育ちもこの村だった。
 一度は都会に憧れて村を出ようとしたけれど、年老いた両親が心配で完全に村から離れることはできなくて、就職だけ領都の端で開いていた商店に勤めた。こんな村には嫁の来てもなく、別にお互い好いてはいなかったが隣の娘と結婚した。1男4女が生まれ貧乏子沢山で必死にやってきた。
 子供達には満足に食べさせてやれず3女は幼くしてこの世を去った。

 毎日働き先まで2時間かけて歩いて通った。
 昼を食べる余裕は無いのに妻が毎日なけなしのパンを持たせてくれた。
 勤続30年で、決まりだからと解雇されてからは日雇いの労働を余儀なくされた。
 前村長が急逝した時、村で一番古参だからとなりたくもない村長をさせられて3年目だった。
 村長の仕事は年4回、食糧支援の嘆願書をロッサルト公爵宛に送ることだけだった。
 もう浅ましく物乞いのような嘆願書は書かなくても良くなるのか?

 村長の涙は村人達全員の思いだった。
 

 ユリアーナは集まって喜ぶ皆に次期領主としての心を伝えた。

「遅くなってごめんなさい。希望を捨てないでこの村に留まってくれてありがとう。これからもよろしくお願いします」

 頭を下げるユリアーナに村民達が慌てふためく、その様子が可笑しかったのだろう、村の子供たちに笑顔が生まれた。

 それはとても眩しく久しぶりの笑顔だった。





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