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第三章 葛藤
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その日最後の花がポトリと落ちるのをユリアーナはボンヤリと見ていた。
数日前から蕾が出なくなった“みちしるべ”の最後の花は摘む気になれなくて落ちるのを待っていた。
花壇の前のベンチに腰掛け、早朝から夕刻まで最後の一つになった2日ほどは、全く執務も手を付けなかった。
ボンヤリと見ていた赤い色が落下した時、大きく開く事がなかった花弁が2枚だけ散ってヒラヒラと落ちる、その他の花はガクから外れたままポトリと落ちた。
ポトリの上にヒラヒラと緩やかに落ちるその様は、赤い色が重なった瞬間、季節が変わったのだと告げた気がした。
春から初夏に差し掛かる、その季節になっていた。
土の上に落ちた花を見つめていたユリアーナは、少しの時間だけ眺めて立ち上がり、最後の花を拾う。
スカートのポケットからハンカチを取り出してその中にソッと包んだ。
ユリアーナに四六時中付き添っていたマールが昼食用のバスケットを手にしていたから、それを受け取ると中身を出して、花をハンカチごとバスケットに収めた。
「私の部屋の机の上に置いてきてもらえる?」
ユリアーナの言葉にマールは頷いてバスケットを持ってその場から立ち去った。
最後の花をどうするつもりかは決めていないけれど、乾燥させても既に時期を過ぎているから、他の物と一緒には出来ない。だけど捨てる事がユリアーナには出来なかった。
どうにかしてその花を取っておきたかった。
シモンとの思い出が欲しかった。
ユリアーナは全く音沙汰のないシモンとは、もうこの先の未来を想像することは出来なくなっていた。
婚約者のいる相手に無意識とはいえ仲良くなってしまった。
遂に恋心まで覚えてそれ以上深入りする前にと逃げ帰った。
それでも忘れられなくてカインとこの国で会った時、何となくシモンとは繋がっている気になって浮かれていた。
夜会でシモンから告白された時、二人の思いが通じてる事に嬉しみを感じた。
だけど自分のせいでシモンとファライナの婚約が壊れてしまった事に罪悪感を感じた。
その後の調査でそれは違ったのかもしれない、そう思えたけれど罪悪感は未だ拭えていないのだ。
ユリアーナのせいでなくてもキッカケにはなったような気がしていた。何故ならダイナスが間にいたからだ。
そうして色々と分かったのにその後、シモンからの連絡が途絶えた。
シモンの告白の返事を保留中のユリアーナから何通か手紙は送っていた。
それでも音信不通なのが彼のユリアーナの手紙の返事のような気がして、やはり二人は交われないのだとそう思った。
結局はユリアーナの決めきれない態度が招いた結果なのだと自分で自分を戒めている。
いつも自分の気持ちだけを優先してしまうユリアーナは、自分はあの頃と何も変わっていないのだろうと自身の未熟さに打ちのめされていた。
そのままベンチに座っていたユリアーナの手に最初に雫が落ちた。
どうやら小雨が降ってきたようだった。
空を見上げて屋敷の中に入らなければと立ち上がったユリアーナの視界にその人は入った。
正確にいえは彼は一人ではなかった。
公爵家に無断で入り込むなどとそんな事をするはずがないのだから考えれば分かるのだが、その時のユリアーナには、横にいた執事のアルホーンもカインも全く目に入らなかった。
濡れ羽色の黒髪はあの時のまま
深い水底を思わせる吸い込まれそうな青い瞳もあの時のまま
騎士よりも白いけど、薬草園にばかり入り浸るから貴族の令息にしては、少しだけ灼けた肌もあの時のまま
そしてその口内に隠している愛嬌のある笑みを醸し出す八重歯もきっとあの時のままのはず。
ユリアーナは、ゆっくりと此方に向かって歩み寄る彼に、胸を逸らせながら足早に近づいていった。
数日前から蕾が出なくなった“みちしるべ”の最後の花は摘む気になれなくて落ちるのを待っていた。
花壇の前のベンチに腰掛け、早朝から夕刻まで最後の一つになった2日ほどは、全く執務も手を付けなかった。
ボンヤリと見ていた赤い色が落下した時、大きく開く事がなかった花弁が2枚だけ散ってヒラヒラと落ちる、その他の花はガクから外れたままポトリと落ちた。
ポトリの上にヒラヒラと緩やかに落ちるその様は、赤い色が重なった瞬間、季節が変わったのだと告げた気がした。
春から初夏に差し掛かる、その季節になっていた。
土の上に落ちた花を見つめていたユリアーナは、少しの時間だけ眺めて立ち上がり、最後の花を拾う。
スカートのポケットからハンカチを取り出してその中にソッと包んだ。
ユリアーナに四六時中付き添っていたマールが昼食用のバスケットを手にしていたから、それを受け取ると中身を出して、花をハンカチごとバスケットに収めた。
「私の部屋の机の上に置いてきてもらえる?」
ユリアーナの言葉にマールは頷いてバスケットを持ってその場から立ち去った。
最後の花をどうするつもりかは決めていないけれど、乾燥させても既に時期を過ぎているから、他の物と一緒には出来ない。だけど捨てる事がユリアーナには出来なかった。
どうにかしてその花を取っておきたかった。
シモンとの思い出が欲しかった。
ユリアーナは全く音沙汰のないシモンとは、もうこの先の未来を想像することは出来なくなっていた。
婚約者のいる相手に無意識とはいえ仲良くなってしまった。
遂に恋心まで覚えてそれ以上深入りする前にと逃げ帰った。
それでも忘れられなくてカインとこの国で会った時、何となくシモンとは繋がっている気になって浮かれていた。
夜会でシモンから告白された時、二人の思いが通じてる事に嬉しみを感じた。
だけど自分のせいでシモンとファライナの婚約が壊れてしまった事に罪悪感を感じた。
その後の調査でそれは違ったのかもしれない、そう思えたけれど罪悪感は未だ拭えていないのだ。
ユリアーナのせいでなくてもキッカケにはなったような気がしていた。何故ならダイナスが間にいたからだ。
そうして色々と分かったのにその後、シモンからの連絡が途絶えた。
シモンの告白の返事を保留中のユリアーナから何通か手紙は送っていた。
それでも音信不通なのが彼のユリアーナの手紙の返事のような気がして、やはり二人は交われないのだとそう思った。
結局はユリアーナの決めきれない態度が招いた結果なのだと自分で自分を戒めている。
いつも自分の気持ちだけを優先してしまうユリアーナは、自分はあの頃と何も変わっていないのだろうと自身の未熟さに打ちのめされていた。
そのままベンチに座っていたユリアーナの手に最初に雫が落ちた。
どうやら小雨が降ってきたようだった。
空を見上げて屋敷の中に入らなければと立ち上がったユリアーナの視界にその人は入った。
正確にいえは彼は一人ではなかった。
公爵家に無断で入り込むなどとそんな事をするはずがないのだから考えれば分かるのだが、その時のユリアーナには、横にいた執事のアルホーンもカインも全く目に入らなかった。
濡れ羽色の黒髪はあの時のまま
深い水底を思わせる吸い込まれそうな青い瞳もあの時のまま
騎士よりも白いけど、薬草園にばかり入り浸るから貴族の令息にしては、少しだけ灼けた肌もあの時のまま
そしてその口内に隠している愛嬌のある笑みを醸し出す八重歯もきっとあの時のままのはず。
ユリアーナは、ゆっくりと此方に向かって歩み寄る彼に、胸を逸らせながら足早に近づいていった。
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